26、ヤエの趣味
「ふう、こんな感じかしら?」
湯気をくゆらす皿を目の前にしてヤエはひとりごちた。
今日の一皿は魚料理、白身魚のバター醤油ソテー。
この世界に醤油があるのかないのかわからないけれど、ヒナタに自分の故郷の味を食べさせてあげたいと考えて、ヤエ自らが手をかけて作った一皿だった。
ここからわかる通り。
最近のヤエのスローライフの中には自分で料理をする趣味が加えられていた。
もちろん異世界冷蔵庫に頼めばいくらでも完成品を届けてくれる。
でもそれをヤエはどうにも味気ないものに感じてしまうようになっていた。
それならば料理をしてみようと、ヤエは思い至ったというわけだ。
食材は異世界冷蔵庫から取り出したり、森の恵を得たりで様々だった。
野菜などは森であるヤエの本領発揮でこの世界の野菜を栽培して収穫できる。
魚は森の中では淡水魚しかいないのでベースは異世界冷蔵庫からで。
肉は森の中の獣の肉を食べることもできるのだけれど。
森の中の獣はヤエが願ってしまうと、わんさと身を捧げにくるので少し困ってしまうことが多く。
もっぱら異世界冷蔵庫から取り出すようにしている。
そう考えると野菜以外は異世界冷蔵庫産が多い。
今日の白身魚も異世界冷蔵庫から取り出したサワラだった。
バターも醤油も同じだから、これは完全に地球の料理ということになる。
それが三皿、キッチンに並んでいる。
ヤエ、テレジア、ヒナタの分だ。
両手に一皿ずつ、もう一皿は体からするすると生やした蔦で持つ。
懐かしい前世の香りに鼻をくすぐられながら。
そのままゆっくりとテラスに向かい。
三つの椅子が据えられているテーブルにそれぞれ配膳した。
すでに主食のバケットは切り揃えられて、バスケットの中に置かれている。
これも異世界冷蔵庫から小麦を取り出してヤエが自作したバケットだった。
我ながらすっかりと料理にハマっているなと、ヤエは思った。
とてもじゃないが、前世では考えられない。
会社で食べるのはコンビニおにぎりだったし。
家に帰れた時に食べる食事もコンビニ飯だった。
前世のヤエの体は大手コンビニ数社で出来ていただろう。
それが今やパンまで自作するようになっている。
異世界転生スローライフには感謝しかない。
テーブルからすっと視線を上げて森を見ると。
中庭ではヒナタが剣を振っていて、それをテレジアが受けている。
あの日以来、テレジアは積極的にヒナタの剣の修行に付き合うようになった。
それは付き合うというよりは稽古をつけているに近かった。
そんな二人にヤエは声をかける。
「ヒナター! テレジアさーん! ご飯できたわよー!」
◇ ◇ ◇
昼食ができたことを告げるヤエの声が二人の耳に届いた。
ヒナタはヤエの声に素直に反応して視線をヤエに向けた。
そしてその隙をついてテレジアがふかふかな尻尾でヒナタの頭に一本入れた。
「ふふ、ヒナタ、一本ですよう」
ニンマリと笑う狸テレジア。
「テレママ! それズルだよ!?」
それに対してヒナタは断固抗議の姿勢。
「試合中にそんな言い訳はききませんよう」
「でもでも、ズルだよ! ヤエママの声がしたら見ちゃうよ!」
「……私の尻尾が真剣だったらヒナタは死んでいます。死んだらそんな言い訳は意味ありませんよう。そういう時は意識をわけなさい。いいですね? さ、ご飯に行きますよ」
テレジアの言葉に二人は庭からテラスに向かって歩き出した。
「うー、ズルだけど、わかった! 今度から油断しない」
くちびるを軽く尖らせながらも、渋々は納得しているヒナタ。
「じゃあ、今日の付け合わせのマッシュポテトは私のものですねえ」
その隣をてこてこと歩いているテレジアは、ヒナタをからかうように言った。
稽古の前に二人で一本取った方が相手の昼食の一品をもらえる約束をしていたからだ。
「えー! マッシュポテトはダメー! お魚半分にしてー!」
ヒナタはヤエの作るなめらかなマッシュポテトが大好きだった。
それはテレジアも同じで双方それを狙っていたのだった。
「お魚はヒナタの成長には必要なので食べなきゃダメですよう」
「ヒナタ、もう三歳になったもん! 大きくなったもん! お魚なくても平気だよ!」
魚はそこまで好きじゃないヒナタだ。
「狸に一本取られている身ではなにを言っても無駄ですよう」
テレジアは議論を終わらせるように、急に歩を早めると。
とっとことテラスへの階段を昇って自分の席へとついた。
「あー! テレママ、待って! まだマッシュポテト取ったらダメだからね!」
焦ったヒナタも駆け足で追いかけるようにしてテラスの階段を駆け上り。
テラスの自分の席へと素早く座って、自分の皿をガードした。
そんな二人を呆れたようにヤエは交互に眺める。
「ヒナタ、それはお行儀悪いわよ?」
「だって! テレママがズルして私のマッシュポテトとろうとするんだよ!」
「正当な勝負の結果ですよう」
「テレジアさんも賭けは良くありませんよ。仮にも神でしょう?」
「今の私は一介の狸です。狸とは食に貪欲な生き物なのですよう」
「もう、狸になったり神になったり都合がいいんだから」
「ほんとだよ! テレママはズルなんだよ!」
「ふふ、神とは常に利己主義なのです」
「ほらまた、神になった。さっきまで狸だったでしょう?」
「狸もまた利己主義なのです」
ああいえばこういうといった具合のテレジアに。
ヤエとヒナタは呆れたように目を合わせて軽くため息をついた。
「もう、テレジアさんはここ最近急に食べ物にこだわるようになっちゃって困るわ」
「いやあ、ヤエさんの作る料理が美味しいんですよう。ねえ、ヒナタ?」
「うん! ヤエママの作る料理すっごくおいしいよ!」
急に意気投合した二人にヤエは驚く。
とはいえ褒められて悪い気はしない。
料理を作る身としては美味しい美味しいといっぱい食べてもらえるのは正直嬉しいことだ。
「もう! さっきまで喧嘩してたと思ったら急になんですか……でも仕方ないですね、マッシュポテトはまだまだありますから、取り合わないでおかわりしてください」
「やったね、テレママ!」
「やりましたねえ、ヒナタ!」
どうも二人にはめられた気がしながらも。
ヤエは残ったマッシュポテトが入ったボールを取りにキッチンへと向かうのだった。




