25、善悪の彼我
幸せ、だと。
テレジアも心の底から感じているからこそ。
それを壊す可能性は排除したいと考えている。
「でもヒナタはそれを壊すかもしれませんよ」
「そうね」
「良いのですか?」
「ヒナタは良い子よ」
「それはわかります。
私もあの娘が可愛い。
神をも骨抜きにする可愛さ。
そして賢さ。
うちの娘は素晴らしい娘です。
あの娘にならなんでも渡しますよ。
でもヤエさんだけは別です!
ヤエさんは私の全てです。
私の始まりにして終わりです。ヤエさんだけは絶対に害させません」
「うん……ありがとう、テレジアさん。でもね、私はヒナタになら殺されても仕方ないかと思っているの」
「そこまでですか!?」
「ええ、さっきも言ったけれど、ヒナタは良い子よ。そんなヒナタが私を殺そうとするのなら、それは私がこの世界にとっての悪になっているとは考えられない?」
「それ、は……そう、かもしれませんけど。でも悪でわるいことあります? ヤエさんを悪だと判ずるのなら、それは世界が悪いのではありませんか? だったらそんな世界は滅ぼせば良いのですよう。そうすれば善悪の彼我など消えるじゃありませんか」
「ちょ、ちょっと待ってテレジアさん落ち着いて!」
興奮してふうふうと唸っているテレジアの背中を優しく撫でて落ち着かせる。
「すみません、取り乱しました。でも私はそう考えますよう」
テレジアは確固たる意思をヤエに伝える。
だけれど、ヤエはそうは考えない。
少し言葉を選ぶように考え込んでから口を開いた。
「うーん、前にも言ったんだけど、私のスローライフは世界を征服するような覇道じゃないのよ? もっと慎ましやかで穏やかでゆったりとしたもので。まあ、言ってしまえば今のこの状態が目指していたスローライフに近いわ」
三度の食事に困らず。
行動はどこまでも自由で。
かといって退屈でもない。
理想的なスローライフだろう。
「確かにそうですねえ。私も森の治安を守る以外は当初に決めた通り、ほぼ寝てすごしています。言われてみればすごく幸せですねえ」
「でしょう? 私はそんな自由と幸せを与えてくれているこの世界に感謝しているのよ」
「それは私もそうです」
「だったらこの世界の自由も認めるべきだと思うの」
「世界の自由?」
「ええ、世界が私を脅威ととらえてそれを殺す勇者を生み出す自由よ」
「……なるほど、つまりはヒナタが剣の修行をするのは世界の意思で、それをヤエさんはとめない、ということですか?」
「さすがテレジアさん、神狸、察しがいいわ」
「わかりました」
テレジアはやけに素直にヤエの意見を飲み込んだ。
「あら? わりとすっと引いたわね」
「ええ、ヒナタが剣の修行をする自由は認めましょう。でもそうなのであれば、世界と同じように私も自由にします」
「テレジアさんの自由?」
「ええ、私はその剣がヤエさんに向かうのを認めません。神の魂を使ってでも絶対にそれを阻みます。これが私の自由です! ヤエさんだけは絶対に譲れません」
それはまるで愛の告白のようで、言った後、テレジアは照れくさそうにモジモジとしてから、急に丸まってふかふかの毛玉になってしまった。
「うん……ありがとう、テレジアさん。そうならないように私も頑張るわ」
「はい。今日は疲れました。私はこのまま寝ますよう」
そう言うと、テレジアはスウスウと寝息をたてはじめた。
狸寝入りなのか、本当に寝ているのか。
わからないけれど。
ヤエはその背中を優しく撫でながら答える。
「うん、おやすみ」
つぶやきのような返事は森の中に吸い込まれる。
シンセカイの森を優しく照らす空の月を見ながら。
ヤエはゆっくりとコーヒーを啜った。




