24、自由は幸せ
「ヤエさん、本当にごめんなさい」
テレジアとヒナタが対立した日の夜。
二人はテラスにゆったりと座っていた。
月明かりが庭を明るく照らす。
テラスもその恩恵にあずかりほんのりと明るい。
ヤエは椅子に、テレジアはテーブルの上に、各々で座っている。
きっとテレジアの謝罪には色々な意味がこもっているだろう。
ヤエにはそれがわかっている。
「いいのよ。テレジアさんも私のことを思って行動してくれたんでしょ?」
「ええ、始めはそうでした」
「始め?」
「ええ、始めは、です」
「じゃあ後半はなんだったの?」
「私はびっくりしたのです」
「びっくり、したの? なにに?」
「ヒナタが私の言うことを聞かなかったことに、です」
「ああ」
ヤエは納得したとばかりに息を漏らし、家の中のベッドで泣き疲れて寝ているであろうヒナタを見るように、視線を一度室内に投げてから、視線を戻してまたテレジアの方を見る。
単純に人間の子供のことをテレジアは知らなかったのだ。
ヒナタはここまでとても聞き分けのいい子だった。
ダメだと言われたことはしなかった。
テレジアにとってはそれが当たり前になっていた。
子は親の言うことを聞くものだと思いこんでしまっていた。
でも違う。
今日のヒナタのように、子には親の言うことを聞かない時期が定期的に訪れる。
兆候は少し前からあった。
森で狩人を助けたときがいい例だ。
テレジアの決定にヒナタが逆らっている。
テレジア自身もヤエ以外に興味がないから、そのことに対して意見がぶつかることがなかっただけだ。
でも、今日はそれが徹底的にぶつかった。
「ヒナタは今までいい子だったものね。テレジアさんがびっくりしても仕方ないわ」
「はい。あそこで私の目的は変わってしまいました。ヤエさんのためにヒナタが剣を振るうのを止めようとしていたのに、私の言うことをヒナタに聞かせようと思ってしまいました」
ふすんと鼻から漏れる息からテレジアの反省と激情を恥じているのが感じられる。
しょぼんとしている狸姿のテレジアはとても愛らしい。
「ふふ」
「あ、ヤエさん、笑いましたねえ。なにがおかしいのですか……」
「ごめんなさい。神様でもそんな感情的になるんだと思ったらおかしくて」
「神はいつだって感情的ですよう」
テレジアはフンと横を向いて少しむくれている。
「ああ、テレジアさん、ほんとごめんなさいって。あの状況で感情的になるのは当たり前だから膨れないで」
「当たり前ですか? 本当に?」
ヤエの嬉しい言葉にテレジアの鼻先からふすふすと息が漏れる。
そんなテレジアの姿を見てヤエはとても可愛いと感じて。
真剣な話の最中だというのに、ついつい綺麗な毛並みに手が伸びてしまう。
その柔らかさと艶やかさを感じながらヤエはテレジアに答える。
「ええ、私とテレジアさんが逆だったらきっと私が感情的に怒っていたわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。なんていうの? 片方が感情的になっていると、片方が冷静になる感じって言ったらいいかしら? テレジアさん、わかる?」
「……うーん、神時代はずっと個人作業だったので……いまいちピンときませんねえ」
「まあ、そういうのがあるのよ。自然にバランスをとろうとするというか、なんというか……言葉にするのは難しいわね」
「バランス……それならなんとなくわかる気がします。神は均衡を愛しますからねえ」
「そうそう、そんな感じよ。そしてそれって私たちにとってすごく良い傾向よ」
「そうなんですか?」
こてんとテレジアは首をかしげる。
「ええ、そうよ。だってそれって私たちが良いコンビになってきたってことでしょう?」
「良いコンビ……それは嬉しい言葉ですねえ」
「ね、この世界に二人でやってきて自然とお互いのバランスが取れてるんだからやっぱり私たちは相性が良かったのよ」
「ふふ、過労コンビですものねえ」
「あの頃の徒労を思い出すと、今がどれだけ自由で幸せか実感できるわよね」
「ですねえ……女神やめて良かったですよう」
その言葉に、ヤエは異世界転生ジャンクションに立ったあの日を思い出す。
そしてそれがすごく遠く感じる。
「テレジアさん、あの時は本当にありがとう」
「なにを言うのですか。こちらこそ感謝ですよう。あの時ヤエさんが私を誘ってくれなかったら、きっと今も私は死んだ目で異世界転生ジャンクションにいたでしょうから」
テレジアが大袈裟にため息をついた。
狸の見た目でのその行動が面白くてヤエは思わず笑ってしまった。
「……私たち、幸せね」
「ええ……」
確かにヤエの言うとおり幸せだ。
テレジアはそう思った。
そして今日、それは壊れかけた。
テレジアはそうも思った。




