22、勇者イヤイヤ期
誕生日を少し過ぎた頃。
いつの間にか。
ヒナタが木の棒をどこかから拾ってきて中庭で振るようになっていた。
それに最初に気づいたのはテレジア。
いつものように森の巡回にヒナタを連れて行き、すべて世はこともなしと満足して戻ってきて、これもまたいつものようにテラス席のテーブルの上に丸くなっていた。
いつもならヒナタはその間中庭で走ったり、草を編んだり、森からやってきた小動物とたわむれたり、色々と自由に過ごしていた。
でもいつ頃からか、森で拾ってきた手頃な木の枝を振ることが増えてきた。
はじめはそれを手に持って走り回りながら、虫を追いかけるだけの、子供にはよくある行為で、最初テレジアはそれを微笑ましく見ていた。
しかしそれは日々形を変えていった。
素振りが追加され。
手にしている木の枝は木の棒に変わり。
虫を追いかける行為は空を斬る行為に進化した。
ドンドンと体系的になって最近はもはや鍛錬といっても過言ではないほどになっていた。
その状況に至って。
テレジアはヤエに相談しようと考え、狸のしっぽ亭の中で昼食の準備をしているヤエを呼んだ。
呼ばれたヤエは水に濡れた手をエプロンで拭いながらゆっくりとテラスまでやってきた。
テレジアはそんなヤエに、素振りをしているヒナタを見るように言い。
ヤエが微笑んでそれを見ているのを見て。
「あれではまるで鍛錬のようじゃないですか?」
「人間はあの年齢から誰に言われずともあそこまで至るのでしょうか?」
「成長としてよくないんじゃないですか?」
と、矢継ぎ早に問いかける。
「確かにあれは鍛錬ね。すごい成長だわ」
ヤエはヒナタの一歳児とは思えない素早い動きと綺麗な剣線を見ながらテレジアにポツリと答える。
しかし、テレジアはヤエを感心させるために読んだわけじゃない。
「でも、ヤエさん、あれは……」
言いたいことはたくさんあるが、続きは言葉にならない。
世界の脅威であるヤエさんを殺すための修行ではないのか?
今はその意識はなくてただの本能からの行動かもしれない。
でもむしろ本能であればどのような状況でもヤエさんを殺すのではないか?
それを危険だとは思わないのか?
問ただしたい。
でも神の自分ですらわからないことをヤエが知っているわけもない。
だから隣にいるヤエの方をチラリと見る。
ヤエの表情は変わらない。ただ愛おしそうにヒナタの鍛錬を眺めている。
「可愛いわ」
ヤエの本心からの言葉だ。
その気持ちはテレジアにもすごくわかる。
ヒナタは可愛い。
神時代、仕事の隙間時間に見ていた下界の子供とはまったく違った。
人間の子供は本当に手がかかる。
泣くし喚くし非論理的だし、いい意味でも悪い意味でも無垢だ。
そのくせ、手をかけないとすぐに死ぬ。
繁殖という概念のない神には理解できない存在だった。
だからテレジアは初めてヒナタを見た時に見殺しにしようと考えていた。
テレジアにとって大事なのは千年の孤独から救ってくれたヤエだけ。
それ以外はノイズだ。
でも今はヤエと遜色ないほどに、ヒナタを可愛いと思ってしまっている。
ここにきてそんなヒナタがヤエを害する可能性が高まった。
すでにヒナタを排除するという選択肢は取れない。
ならばテレジアに出来ることは一つだ。
「ヤエさんがなんと言おうと、私はヒナタから剣を取り上げます」
あの剣はいつかヤエを殺すかもしれない。
殺さないかもしれない。
わからない。
でもその可能性が少しでもあるのならば止めなければならない。
覚悟を決めて、テレジアはピョンっとテーブルの上から飛び降り。
そのまま剣を振るヒナタのそばまで行って、夢中で剣を振るヒナタに声を掛ける。
「ヒナタ、棒遊びは危ないですよう。もうやめなさい」
テレジアの声にヒナタの剣線がピタリ止まった。
スウっと自然な動きでテレジアに顔が向く。
動きのおこりがまったくわからない不思議な動きだった。
その瞳はどこを見るでもなく全体を見ているような状態。
「ヒナタ? 聞こえていますか? 大丈夫ですか?」
テレジアの呼びかけにゆっくりとヒナタの瞳に光が戻る。
「テレママ? どしたー?」
完全に瞳に光が戻り、そう答えるヒナタはいつものヒナタだ。
「私がさっき言ったことわかってますか?」
「なにー?」
「棒遊びは危ないからもうやめなさいと言ったのですよう」
テレジアの言葉にヒナタの表情が曇る。
「や」
返す言葉は否定だった。
ヒナタは下を向いて頬が膨らませている。
これまでずっと大人の言うことを素直に聞いてきたヒナタの急な反抗にテレジアは戸惑った。
「や、とは? どういうことです? ほら早く棒をポイなさい」
「や!」
「やじゃないのですよう。その棒は危ないですから離してください」
テレジアはそう言ってヤエの持つ棒を咥えてヒナタの手から奪おうとした。
その途端、スイッチが入った。
「やー! いや! いやいやいや! いやあああ!」
奪われそうになった木の棒を振り回すようにブンっと上に振り上げた。
それを咥えていたテレジアも一緒に振り上げられる。
咥え続けているのは危ないと感じたテレジアは宙でそれを離し、そのまま空をクルクルっと舞って、地面に綺麗に着地した。
「ヒナタ! それは危ないですよう! 離しなさい!」
咥えていたのがテレジアでなければそのまま地面に叩きつけられていた可能性すらある。
「や! ひーはこれやるの!」
棒の先がテレジアに向く。
その迫力は凄まじく、気付けばそれはいつの間にか木剣の姿に変わっていた。
これは勇者が手に持つ武器はなんであろうと剣であるという逆説的なスキルで、生まれて初めてヒナタに勇者のスキルが発生した瞬間だった。
「ヒナタ、それは母に向けるものではありません! やめなさい!」
テレジアが牙を向いて唸る。
母と娘はぶつかり合い、最悪な状況となってしまった。
もちろんお互いがお互いを傷つけたいとは思っていないし、そこに攻撃の意思はない。
それでも、ふとしたタイミングで傷つけあってしまう可能性だってある。
ヒナタは絶対に剣を奪われまいと頑なだし、テレジアは初めて見るヒナタの反抗に対して絶対に言うことを聞かせようとこちらも頑なだ。
お互いの主張はぶつかり合い均衡し、ピンと張った糸のような緊張となる。
そして張り詰めた糸はどんな理由で切れるかわからないし、それが切れた時にはどんなことが起こるかはわからない。
そして、その糸はとても切れやすい。




