20、ハピバ
夕刻。
狸のしっぽ亭には明かりが灯り、室内のテーブル席にはヤエ、テレジア、ヒナタが座っている。
テーブルにはヤエが異世界冷蔵庫から購入した一歳児でも食べられるケーキが鎮座していて。
それを囲むようにチキンステーキやパンケーキなどなど、ヒナタを祝う食事が並んでいた。
そう。
今日はヒナタのバースデーパーティ。
「ハッピバースデー、ヒナター」
そんなヤエの歌でヒナタの誕生日パーティは始まった。
「ヤエママおうたじょうずー」
ヒナタはヤエの歌に喜んで、パチパチと拍手を送る。
言葉もだいぶ上達している。
「ヒナタ、これはあなたの誕生を喜ぶ曲なんですよう」
「たんじょー?」
わからない言葉だったらしく、ヒナタはヤエの方へと首をかしげる。
「ええ、誕生日っていうのはこの世に生まれてきてくれて良かったって伝える日なのよ。だから──」
生まれてきてくれてありがとう。
そう言ってヤエはヒナタの柔らかい頬に手をあてる。
暖かい。
本当に可愛い、とヤエは思う。
自然とヤエの表情に微笑みがあふれる。
木でできた体だけれど、ちゃんと感情を表現できる。
「たんじょー! あいがとー! わかたー!」
誕生の意味がわかったからなのか、ヤエの手のひらの感触が心地よかったのか。
ヒナタもまたキャッキャ笑う。
「ほらほら、さっさと食べないとせっかくの料理が冷めてしまいますよう」
「そうね、今日はヒナタのお祝いだからいっぱいご飯を用意したのよ」
「ごはーんたべうー!」
ヒナタが両手をあげて喜ぶ様に、ヤエはいそいそと料理をとりわけを始めた。
「はい、ヒナタ。とりさんと、さかなさんと、やさいさんよ。自分で食べられる?」
「あーい、たべらえうー」
逆手に持った木のフォークで肉や魚を刺して器用に口へと運んでいる。
ぱくぱくもぐもぐしているその姿は、まるで幸福そのものが形になっているようだった。
気づけばヤエもテレジアも料理を食べる手を止めて、その姿に目をとられてしまっている。
そんな母親二人の視線に気づいて、ヒナタはキョロキョロと二人へと視線を泳がせた。
「ヤエママ、テレママ、どしたー?」
ヒナタ、どうしたの?
いつも母二人が優しく聞いてくれるのを真似してヒナタが二人に問いかける。
「ふふ、ヒナタが可愛くて見てるのよ」
「かわいい? ひー、かわいい?」
最近、ヒナタは自分のことを『ひー』と呼称するようになっていた。
「ええ、とっても可愛いわ。どれだけ見てても飽きないくらい」
「へへー」
褒められて嬉しそうなその笑顔もとびきり可愛い。
「可愛いだけじゃなくて、ヒナタは偉いのもありますねえ、フォークがもう上手に使えます」
テレジアが褒めたようにヒナタはフォークを上手に使う。
これでも使い始めはあまり上手ではなく、ポロポロと食事をこぼしていたが。
今はとても綺麗に食べられるようになった。
「えらい? ひー、えらい?」
「ええ、偉いですよう。ねえ、ヤエさん」
「偉いわよー。こんなにフォークが上手に使える子は見たことないわ」
「ひー、えらーい!」
母親二人から褒められてヒナタは満足そうに笑い喜ぶ。
「その上手なフォークでお皿の上で寂しそうにしてるにんじんさんも食べられたら完璧ですよう」
テレジアの言葉に。
さっきまで喜んでいたヒナタはピタリと止まり、視線だけで自分の皿の上を見た。
白い皿の上。
ポツンと。
にんじんが佇んでいた。
「ぼくもたべられたいよう」
にんじんがヒナタに語りかける。まあ、テレジアが声を当てているのだけれど。
「ひーは、にんじんさん、たべるのかわいそうだなーとおもってー」
さっきまで他の食べ物をぱくぱく食べていたヒナタにはその言い訳は厳しい。
「ぼくもほかの子と同じでヒナタを大きくしたいんだよー」
と、にんじんが説く。まあテレジアだけど。
「ヤーママー?」
助けてとばかりにちょっと赤ちゃんぶってヤエを見る。
ヤエはそんなヒナタの言葉ににっこり微笑みを返してから言葉に繋げる。
「おのこしはー?」
これはヒナタがご飯を残そうとする時に繰り返しヤエがかけてきた言葉。
「……だめー」
ダメだったか、と幼児のくせに不承不承という言葉が実に似合いそうな顔でヒナタは答える。
これもいつものやりとりだ。
「正解! にんじんさんもヒナタを大きく強くしてくれる大事なご飯よ。おのこしはダメです」
ヤエもテレジアもヒナタを甘やかすだけじゃない。
必要なことは必要なこととしてしっかりと教えている。
とはいえテレジアは神だし。
ヤエは異世界人だから。
この世界の常識を教えきれているかといえば自信がない。
「ほらーぼくを食べてよう」
にんじんテレジアがまだやっていた。
「あいー、たべるー」
諦めたようにフォークでにんじんを刺して口に運んだ。
二度、三度、噛んでから、ごっくんと飲み込んだ。
「えらい! ヒナタは本当にえらいわ!」
ヤエは両手でヒナタの頬をはさんでむにむにとこねながら褒める。
「うーん、ひーは、えあーい、ほめてー」
こねられながら自分が頑張ったことを母二人に主張している。
「ぎゃあああ、ぼく、ヒナタに食べられたー」
にんじんテレジアがまだ続いていた。
「ちょっとテレジアさん、食べてって言ってたにんじんが苦しんだらダメじゃないの?」
ふざけている狸テレジアにヤエは笑いまじりに指摘した。
「てへ、しっぱいしっぱい。少しにんじん役が楽しくなってしまいましたねえ」
そう言いながら、照れるようにして両前足で鼻を隠した。
「にんじんさんくるしむ? たべないほうがいい?」
ヒナタはテレジアの芝居を真に受けたのか、はたまた食べない理由になりそうだと感じたのか。
真剣な顔でヤエに問いかけた。
「いいえ、にんじんさんはヒナタに食べられて喜んでるわよ。ねえ、テレジアさん?」
「そうですよう。さっきの声は私がやったんです。にんじんさんはヒナタのお腹で喜んでます」
「あいー」
よかったと安堵するヒナタ。
「さ、ちゃんとにんじんさんも食べられたヒナタにはご褒美があります」
「ごほーび!?」
「ええ、誕生日のケーキを食べましょう。ヤエママの昔いた場所の食べ物でとても美味しいんですよ」
「きゃーい! たのしみー!」
喜ぶヒナタを横目に見ながら、ヤエはテーブルの上にあったケーキを切り分けた。
「ヒナタの初ケーキですね」
「ケーキおいし?」
「ええ、とってもおいしいわよ。さ、食べましょう」
「あい! いただます!」
「どうぞ」
生まれて初めてケーキを食べたヒナタの感動。
久しぶりにヤエが食べる前世のケーキの味。
テレジアが神として見ていたケーキを狸になって食べる経験。
どれも違ったものだったけれど。
どれも等しく感動だった。
二人と一匹はそんな感動を分け合いながら。
いろんな話をする。
そんなふうに幸せな誕生日パーティは続き、やがて夜に溶けていった。




