19、噂は魔族を走る
勇者の噂は千里を走る。
時には魔族の国の酒場で語られる。
「おい、災厄の森に現れた勇者っての知ってるか?」
下側の牙が長く伸びた赤い顔色の男が隣の緑色の男の肩を叩きながら語りかける。
「おう、俺も聞いたぜ。勇者ってのはどうやら人間らしいな」
緑色の男がボッコリとでた眉根を不快そうに寄せた。
「だな。よりによって勇者かよ」
「勇者ってことはよう、そのうち俺らを殺しにくるってことになるんか?」
「かも知んねえな。あいつら弱えからってたまに勇者生やすの卑怯だよなあ」
「マジでそれな。数は多いしすぐ死ぬしで、普段は虫みたいな種族なのに百年にいっぺんくらいバカ強えの出てくんのだけはやめてほしいよな。災厄を勇者が防いだ後には必ず人間の王が勇者使って、領地目当てにこっちに攻め込んでくんしよー」
「なーあれで領地も狭くなるし、仲間も結構死ぬからなー」
「とはいえ勇者いねえと災厄で世界が滅ぶしな。魔族に生えてくれりゃいいのによ」
「そしたら即人間なんて滅びちまうだろう」
「違いねえ」
うっぷんを晴らすようにエールを一気に煽る。
テーブルに置いた木のジョッキがにぶい音を鳴らす。
「災厄っていやあよ、やっぱあの災厄の森が今回の災厄なのか?」
「いやーどうなんだろうな? 一時期はこの世界を飲み込む勢いで広がってたけどよ」
「今はピタッと止まってんもんな。死世界の砂漠もまだ残ってっしよう。あっこと繋がってんのはうちの国の喰われた領地っくらいか?」
「人間側にも繋がった部分があるらしいけどよ。人間どもは領地がひれえから特に気にしてねえみてえだな。んでその人間側の領地と繋がった部分にある村に勇者に会った人間がいるらしいぜ」
「へーそうなんかよ。てか、お前の方が勇者情報詳しいじゃねえか、ちくしょう。てなると勇者が生えたって情報はほぼ確定かー災厄の森が災厄なのか。それとも別の災厄が来んのか」
「どっちにしろ世界が動きそうだな」
「めんどくせえなー」
二人の魔族は迫りくる世界の動乱にうんざり顔を見合わせた。
「おい、兄さんら」
そこへさっきからカウンターでフードを被ったまま酒を飲んでいた黒づくめの男がテーブル席の二人組に声をかけた。
「んだよ」
赤い顔の魔族が怪訝な顔でカウンターに視線を投げる。
「見ねえ顔だな」
緑色の魔族が警戒して腰を浮かせた。
「そう警戒してくれるな。我は勇者を見たという村の情報を知りたいだけだ。教えてくれたら今夜の兄さんらの酒代を全部だそう」
「は? マジかよ」
「おい、のっかんなのっかんな。話だけで酒代払うなんてうさんくせえよ」
「お、おお、そうだな。フードで顔も見せねえやつは流石に信用できねえな」
「顔か……」
黒づくめの男は納得したようにカウンター席から立ち上がり、ゆっくりと歩き二人の魔族の席の脇に立った。
こうやってそばに立たれても目深に被ったフードの中は真っ暗で何も見えない。
「我が顔を見せれば納得して話すんだな?」
「お、おお」
「はな、す」
二人の魔族はその迫力に押されてこくこくとうなずく。
「なら見るがいい」
黒づくめの男は二人の魔族にだけ見えるように軽くフードをずらした。
その瞬間、二人の魔族の背筋がビッと伸びる。酒の酔いは瞬時に消えた。
「話します」
「うむ、話せ」
「魔族領の東端からさらに行った所、人間の領地とも魔族の領地とも言いにくい曖昧な辺り。そこは人間の領地と魔族の領地の貿易路の近くにあるカート村ってとこでそこが災厄の森と接していて、そこの狩人が勇者と遭遇したと言っています」
「カート村か……元はあそこも魔族の領地だったな」
「はい! カート村に接した魔族領は災厄の森にのまれました」
「人間の住む場所だけが無事ってことだな」
「はい! そうなります!」
「そうか。情報感謝する。今晩の兄さんらの酒代は我が全部払っておこう。存分に楽しむと良い」
黒づくめの男はカウンター奥の店主にずっしりとした革袋を投げて渡す。
受け取った店主の手元で高価な金属音が鳴った。
「じゃあな」
そう言って黒づくめの男は酒場から音もなく出ていった。
残された二人の魔族は緊張から解き放たれて大きく息を吐きだした。
「はあああ……やっばあああ」
「お、おお、おい、今のってアレだよな。あの方だよな?」
「おう、みなまで言うな。めんどくせえことになるだろうが」
「そ、そうだな」
「俺らは知らん男に情報提供をして今晩の酒代をもらった。ラッキーじゃねえかよ、な、おい! とりあえずよう酒代がタダになったんだから飲めるだけ飲もうぜ!」
「そりゃあ賛成だ! マスター! この店で一番高くて強え酒を持ってきてくれ!」
二人の魔族は酒代がタダになったのを良いことに。
朝が来てもまだ寝てねえんだから今晩だと言い張ってずっと酒を飲み続けた。
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