18、噂は人族を走る
勇者ヒナタの噂は千里を走る。
狩人は自慢げに村の酒場で語った。
シンセカイの森において出会ったら必ず死ぬといわれている森の王に会って。
そこから生還した自分の武勇伝を。
人々はその村の酒場で聞いた。
シンセカイの森にいる森の王に連れられていた人間。
森の王をも制御する人間の勇者の話を。
貿易の中継地であるこの村を訪れた商人、護衛の冒険者、酒場の詩人、色々な人間に、狩人は語って聞かせた。そしてそれを聞いた人間が移動した先でまたその話を語った。
狩人の実体験は、噂話や詩人の歌に姿を変えてこの大陸中を駆け回った。
◇ ◇ ◇
時には人間の国の王城で語られる。
謁見の間、貴族の定例報告を聞きながら、この国の王と王太子が退屈そうに並んで座っている。
退屈を紛らわすように、王太子が小声で王に語りかける。
「そういえば、陛下。シンセカイの森に勇者が現れたという噂話はご存知ですか?」
「息子よ、それは平民のたわごとだろう」
「それがそうでもないようです」
「根拠は?」
「私個人の諜報部隊を噂の出所に放ちまして。実際に勇者にあったという狩人から話を聞きました」
「無駄なコストだな。民は真実など語らん。語るのは騙りだけだ」
「民の騙りの中には一握りの真実もございますよ、陛下」
「ふん、小僧が生意気な口を利く。してそこにお前の言う真実はあったか?」
「ええ、命を救われて以降、何度かシンセカイの森の中で勇者に会っているそうです。勇者は森の王である狸に育てられているらしく。他の村の人間もまれに見ることがあると証言していました。情報の確度は高いかと」
「村中で騙っていなければ良いがな」
息子である王太子の有能さが少しだけ気に入らない王は無意識に嫌な言い方をした。
自分で言ってからそれに気づき、反省したように言葉を継ぐ。
「だが、シンセカイの森か……あそこはなんなんだ。死世界の砂漠を短期間で緑に変えたと思えば、人間の侵略は一切許さず、今度は勇者だと? いい加減にしろ」
「それは諜報部隊に調べさせてもわかりませんでした。あの森はなんの目的で現れたんですかね」
「さあな、世界を救うためか、世界を破壊するためか、魔族あたりは土地を奪われてるらしいからな。自分たちを滅ぼしに来た災厄の森だと考えているようだぞ。くく、蛮族どもがざまあない」
「陛下。一応、同盟国なのですよ」
「かっ、奴らとて同じだろう。裏では人間を軟弱種族と呼んで蔑んでおるわ。最近はヤツらちと調子にのっとるからな。もし本当に勇者が生まれたとあれば、目にもの見せてやれるわ」
「ま、彼らが調子にのってるのはそうですけどね。建前は大事ですよ」
「お前に言われずともわかっておる。それより、勇者とやらの件、そっちのコストでまかなってるのであれば、そのまま監視を続けておけ」
「はい」
「定期的に報告も上げろ」
「はい」
王はそう言って満足そうに鼻から息を吐きだした。
それから宰相にうながされ型にはまりきった言葉で、報告を終えた貴族を褒める。
その横の王太子の表情からは感情が消えた。
笑顔を貼りつけたまま貴族をぼんやり見るのだった。




