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大森ヤエの異世界転生スローライフ~森に勇者が生えました~  作者: 山門紳士


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17/19

17、慈悲と狩人

「はあはあはあはっはっ」


 息が切れる。

 足がもたつく。

 汗が垂れる。

 寒気が襲う。

 目が霞む。

 肺が破裂する。

 筋肉と骨が軋む。


 それでも走る。


 走らなけりゃ死ぬからだ。

 どこまで走れば森から出れるかわかんねえけど。

 足を止めれば死ぬ。

 それだけはわかってる。


 俺は狩りすぎた。

 わかってた。

 この森で狩りすぎたやつの末路がどうなるか。

 俺はわかってたはずだった。

 この森の豊かさと優しさと厳しさを。


 でも俺はやぶっちまった。

 今日はひとりだった。

 いつもだったら狩りすぎを諌めてくれる爺さんが一緒だ。

 でも今日は爺さんがこないだの狩りで腰を痛めて、俺は今日ひとりで狩りに出ることになった。


 そしてつい。

 俺は森の一線を越えちまった。


「があっ」


 もつれた足が木の根に引っかかって。

 俺は勢いよく転がった。

 世界が縦に横に数回転してから大木に当たって止まる。

 息がうまく吸えない。うまく吐けない。全身が痛い。もう逃げる気力はねえ。

 それに多分もう逃げられねえ。


 噂の森の王が熊の頭の上に乗ってこっちを見てる。


 初めて見た。

 そりゃ初めてだよな。そもそもこいつを見たらあとは死ぬだけだからよ。


 見た目はただの狸だけど。

 その威圧感はどんな獣よりも上だ。畏怖すら感じる。


「遺言はありますか?」


 無機質な声。


「残して誰かに伝わるのか?」


 森の王ってのは狸なのに人間の言葉を喋るのか。


「ええ、普段あなたと一緒に狩りをしている老人に伝えましょう」


 優しい声。


「全部、知ってんだな」


 それが沁みて危うく泣きそうになる。


「森の王なので」


 厳しい反面、全部を包み込むような雰囲気は、確かにこの森の王だ。


「そうか……じゃあ、こう伝えてくれ」


 俺はゆっくりと息を吐き出してから。

 言葉を遺す。


「爺さんの分まで獲ってこうと思ってたら俺は狩りすぎたみてえだ。俺がいなくなってもあんたはこうなるなよ」


 意外とスッと言葉になった。

 森の王はそれを聞いて静かにうなずいた。


「伝えましょう。ではメッ()します」


「ああ、できれば一瞬で頼む」


「もちろんです。そこに苦しみはありません」


 安心して。

 俺は静かに目を閉じた。

 世界が暗転した。

 光も音も消えた。

 このままこの意識が消えるのを待つ。


 しかしいくら待てども。


 何も起こらない。

 俺はもう死んだのか?

 生と死の境目がわからないほどの力なのか?


 とりあえず確認しねえと。

 そんな戸惑いとともに目を開ける。


 そこに見えたのは森の王たる狸を、小さな子供が静止している姿だった。


「テーママ、めっしちゃめ」


「ダメです、ヒナタ。あなたの言うことでもこれはダメですよう。欲を出した人間はメッ()するのがこの森のルールです。この人間は滅します」


「おいさん、うーう、やぶてない」


「破りました。狩っていいのは食べる分だけというのが、このシンセカイの森のルールです。そしてこの男は食べない分も狩りました。余分に狩っておくという思考があったのも感知しています。そこに間違いはありません」


「ちゃーう、おいさん、じさんのぶん、とった」


「老人の?」


「そー。じさんけがした」


「なるほど。確かに前回老人は怪我をしてましたね」


「あい。じさんのぶん」


「そこの目を開けた狩人、問います」


「はい!」


「あなたが欲を出したのは、怪我をした老人の分を狩るためですか?」


「は……」


 はい。そう言えば良いだけなのに。

 はい。そう言えば助かるはずなのに。

 俺は、言葉に詰まってしまった。


 本当にそうだったか?


 俺は普段から狩りすぎそうになる。

 それを爺さんに諌められていた。

 今日はその爺さんがいなかった。

 だから狩りすぎたんじゃないか?


 爺さんが口酸っぱく言ってた狩人の心得。

 狩人は取り過ぎたらいけない。

 それはこの森以外でも同じだ。

 取り過ぎれば森が死ぬ。

 森が狂う。


 それを俺は軽く考え過ぎていたんじゃないか。


 そうだな。

 きっと森の王は全部知っていて俺に聞いている。

 死ぬ前まで嘘をついちゃだめだ。


「いや……爺さんの分もって気持ちは確かにあったけどよ。俺は普段から欲張りだ。今日はそれを止めてくれる爺さんがいなかった。だから……多分……爺さんの分って言葉を理由に欲をかいた、んだと思う」


「そうですか」


 森の王は感情のない黒い瞳で俺を見る。


「すんませんでした」


 これで俺は死ぬだろう。悔いはない。と言えば嘘になるけど。仕方ない。


「では嘘をつかなかった正直さとその謝罪を、今回はあなたの命に変えましょう」


「え」


「わかりませんか? 命を助けると言っているのです。ここにいる勇者ヒナタに感謝しなさい。ヒナタの言葉がなければ問答無用でメッ()していました」


「あい」


「あ、え、はい。勇者? あ、え、勇者、ヒナタ、さま、ありがとうございます?」


「きゃーい」


「良いでしょう。ただし次はありません。勇者ヒナタがなんと言おうと次に欲を出したら滅します」


「あ、は、ははい」


「ではそちらから帰ると良いでしょう」


 森の王が鼻先で俺の背後を示した。

 そちらを振り向けば目の前に見覚えのある村が見えていた。


「え? 村? なんで?」


 突然のことに驚き、再び森の王の方に向き直ると、そこにはもう誰もいなかった。


 助かった。


 そう思った途端に消えていた死の恐怖で体がガタガタと震えだす。

 俺は震える足を叩きながら、一目散に村に逃げ帰った。

 涙と土と鼻水と泥でぐちゃぐちゃになった俺を見て村の仲間は驚き理由を聞いてきた。


 だから俺は話した。


 欲を出して獲物を狩り過ぎた俺の末路と。

 それを救ってくれた小さな勇者の話を。


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