13、赤ちゃん勇者
慌てふためくヤエの勢いに驚き、テレジアの毛並みがぶわっと膨らんだ。
「どうしました? ヤエさんが慌てると良いことありません。落ち着いてください」
「これはちょっと落ち着けないわ。この職業見てよ」
視線が鑑定ボードの上を泳ぐ。
「んー? おおー、これはこれは勇者ですか。確かにびっくりしますねえ」
「でしょう? 勇者よ? 勇者! この世界って勇者がゴロゴロしてる感じ? そもそも勇者って職業なの? 勇者ってあれよね? 世界を危機から救う系のあれよね? 待って、この世界って危機が迫ってる感じ?」
赤子のとんでもない職業にヤエはあわてふためいた。
「まあまあヤエさん落ち着いてくださいよう。そうですねえ勇者という存在はまずレアですね。そこらへんにゴロゴロはしてません。そしてヤエさんがお察しの通り世界の危機に合わせて現れます」
「やっぱり! 世界終わった! さようなら私のスローライフ!」
ネガティブモードに入ったヤエは頭を抱える。
「終わってませんって。そもそもヤエさんのチートがあれば世界の危機なんて狸の鼻息くらい軽いものです。前も言った通りに本気出したら三日でこの星の文明ごと現生人類を滅ぼせるんですよう」
「そこまでとは聞いてないわよ?」
「言ってませんでした?」
「うん」
「てへ、しっぱいしっぱい」
「ちょっと! それで誤魔化せる範囲超えてるわよ? え? 待って? 私、すっごく不吉なことを思いついちゃったんだけどさ。テレジアさん、すこーし確認させて。この子は勇者で世界から危機を救う役目があって、私は異世界から転生してきた異物で世界を滅ぼす力を持ってるってことよね?」
「事象だけ言えばそうですねえ」
「……それだと私がこの世界の危機ってことにならないかしら?」
「あ」
狸テレジアはパックリ口を開けて上を向いた。
「あ、ってことは?」
ヤエの問いに開いた口を閉じて、テレジアはヤエに向き直る。
「はい。なるほど、そうなりますか。さすがヤエさん。ご明察ですね。さすヤエ!」
「待ってー! 褒めても誤魔化されないわよ! ってことはよ? 私、この子に殺される運命ってこと!? テレジアさーん? チート盛りまくって困ること起きてるじゃないのよー!」
「起きましたねえ。こうなっては仕方ありません。この子は狼に美味しく食べてもらいましょうか」
「え」
「え、ってなんですか。ヤエさんを殺す存在なら今のうちにやっておくのが一番ですよう?」
それは神の合理的発想だった。
「……それは……無理よ」
考え方はわかる。
だけれどそれはヤエには出来ない。
赤子が森に生えたばかりで。
ヤエの自己認識がもう少し森によっていたら違っていたかもしれないけれど。
今のヤエの精神でそれは選択できない。
「出来ますよう? 私が一声掛ければ良いだけなんですから」
「違うの」
「違いますか?」
「私がそれを受け入れられないの。だってミルクをあげちゃったもの」
「ミルクを? それが何か?」
「……可愛いって思っちゃったの」
「ああ、なるほど。では生かすと?」
「ダメかな?」
「いいえ、ここはヤエさんの世界です。全てヤエさんの自由で良いんですよ」
「ほんと?」
「ええ」
「ありがとう」
「いえいえ、私は狸で怠惰に生きていければ良いだけなので」
「それでも、ありがとう」
この世界ではヤエの全てが受け入れてもらえる。
それだけで感謝に値する。
「育てるんであれば、名前をつけた方がいいですねえ」
「確かにそうね。テレジアさんがつける? 女神に名付けられるなんてそれだけで祝福じゃない?」
「いいえ、今の私はただのカリスマックス狸ですからダメですよう。育てると決めたヤエさんがつけてください」
「そっかー」
ヤエはバウンサーで無邪気に笑っている赤子を見た。
太陽のようにずっと笑っているこの赤子。
この子を育てるために生まれた森の空間に差し込んだ陽の光。
暗闇の森の中でも自ら陽光のように輝いていた。
思考の中に現れるそのすべての光景の中に陽の光があった。
この世界にも太陽が有って。
この子はきっとその中を歩いていく人間だ。
「決めた、この子の名前はヒナタにするわ」
陽のあたる所を意味する前世の言葉。
これが異世界で通じるのかわからないけれど。
ヤエはこの名前がこの子にはふさわしいと思った。
「ヒナタですか。いい名前です」
「ありがとう。ヒナタ、あなたはヒナタよ。これからよろしくね」
「キャアイ」
名前が気に入ったのかご機嫌に笑うヒナタを見て。
ヤエもテレジアも幸せそうに笑うのだった。




