12、鑑定
「ふう、ミルクをあげるだけで一苦労だったわね」
ヤエはカウンター席に腰掛けて一息ついた。
すでに陽は傾いていて、時刻は夕方になっている。
ログハウスにはいい具合に夕日が差し込み、テーブルや椅子が長い影を作っていた。
「一苦労って言いながらずいぶん楽しそうでしたよ、ヤエさん」
テレジアは相変わらずカウンターに丸まったまま、からかうように軽口を動かす。
ヤエも自分がこのバタバタを楽しんでいたのは自覚している。
「そうね。久しぶりに人の形になって動き回って。つまらなかったといえば嘘になるわね。いえ、楽しかったわ」
「楽しいなら良いじゃないですか。全部はヤエさんの思うままでいいんですよう。私を見てください。やりたくないから何もしてないじゃないですか。そしてヤエさんはそれをとがめない。これぞ自由です」
「そうね。私がやりたいことをやっている分には、忙しいのも悪くないわ」
「ヤエさんはなんだかんだ働くのが好きですからねえ」
「う……まあ、嫌いじゃないわね。それに森生活で心が癒された今だからこそ楽しめるのかも」
「それは良いことですよう」
ヤエもそれに同意するように微笑んでうなずいた。
視線をバウンサーで眠る赤子に移す。
赤子特有のふわふわとした金色の髪が寝息に合わせて揺れている。
「それにしてもこの子、どこからきた来たのかしらね」
「森に生えてましたからねえ。人間かどうかすらも怪しいですよう」
「え、そうなの? でも見るからに人間で、ミルクも美味しそうに飲んだわよ?」
「ヤエさんだって、今は人間の姿ですけど、本質は森でしょう? 私だって女神ですが狸です。姿はそこまで本質を表しませんよ」
「あ、確かに、それはそうね」
「ま、この赤子の正体が不安なら鑑定すればいいんじゃないですか?」
「待って! 私、鑑定も持ってるの!?」
鑑定といえば異世界転生チートの代表みたいなやつだ。
「そりゃありますよう。
転生チートの人気ランキングトップテンくらいはずらっと網羅してるんですから。
そこからヤエさんの要望や転生後の未来を軽く先読みした上で、
必要になりそうなチートを盛ってあるんですよう。
チートはいくら盛っても困ることはありませんからねえ」
「……テレジアさん有能すぎない?」
少しの間があってテレジアが小さくうなずいた。
「ええ……それゆえの堕天《狸化》です」
テレジアは多くを語らない。
しかしヤエはテレジアが女神時代に多忙であった理由を理解した。
有能な人間に仕事が集中し、ブラック企業化するのは前世の企業だけじゃなく。
天界の神たちにも共通する悪癖らしい。
「思い出させちゃってごめん、心中お察しするわ」
「気にしないでください。今は怠惰な美狸に転生して、日がな一日惰眠をむさぼる日々ですから。これも全部ヤエさんが誘ってくれたおかげですよう」
「ふふ、思い切って誘ってよかったわ」
「ええ、本当に。お互い今が幸せで良かったすよねえ」
「キャアイ」
お互いのスローライフを讃えて微笑み合うヤエとテレジアに同意するように。
さっきまで寝ていたはずの赤子も楽しそうな声をあげた。
「ふふ、赤ちゃんもそうだって」
「不思議な赤子ですねえ。全く泣きませんし、ヤエさんやっぱり鑑定してみましょうよう」
「そうね。見てみましょうか。鑑定って異世界転生スタンダードな感じの使い方でいいの?」
「ええ、対象を視認しながら鑑定と唱えればステータスが見えますよう」
「わかった。やってみるわ」
──鑑定!
同時に赤子の上にステータス画面が表示された。
「あ、出た」
「出ましたねえ」
「あ、これってテレジアさんにも見える感じ?」
「そうですねえ。ヤエさんにくっつけたのは超高機能詳細鑑定ですので、鑑定結果の他人への共有がデフォルトでオンになってます。嫌ならオフにも出来ますよう。その時は固有鑑定と詠唱してください」
とんでもないことを何てことない感じで言っているテレジアにヤエは呆れた。
「もう、なんていうか、さすテレよね」
「なんですかそれは? さては褒めてますね? もっと褒めてください」
テレジアの鼻がフンフン鳴る。
「ふふ、正解。褒めてるわ。さすがテレジアさんを略したのよ。テレジアさんから与えられたチートに驚きすぎて言葉も出てこないわって意味よ」
「まあ、ヤエさんのためなら当然ですよう。さ、赤子の正体を見てみましょうよう」
「そうね」
二人の視線が赤子の上に浮いたステータス画面に向かう。
「名前は……空欄なのね」
「生まれたてで誰にも名付けをされていないってことですねえ」
「性別は女の子、と」
「私たちは女所帯ですから、やりやすくていいです」
「職業レベルは『1』だって、そう言えば、この世界ってレベルがあるのね」
「ありますよう。ヤエさんも森のレベルがずいぶんと上がってるはずですから、こんどステータス見た方がいいですよう」
「そっか。自分のステータスなんて全然見てなかったわ」
「くっつけたチートもそこにのってますから気が向いたら見てみても楽しいと思いますよう」
「ええ、そうねえ……こんど見てみるわ……って……え? 待って! テレジアさん! やばい!」
適当な返事をしながら赤子のステータスを見ていたヤエ。
急に驚いた声をあげた。




