11、森とミルクの間には
ミルクの缶を胸に抱えたヤエは叫ぶ。
「待って! 哺乳瓶がないわ!」
誰にむけてかわからないが、困った時に待ってと言ってしまうのはヤエの口癖だ。
哺乳瓶がない場合はどうしたらいい?
コップで飲ませればいいのか?
育児経験のないヤエにはわからない。
そもそもコップだってここにはない。
「あ、でもコップ程度なら木で生成すればいいのか」
そう考えて、試しに手の中から木のコップを何個か生み出す。
ころんころん。
カウンターの上に転がったコップを見る。
「うーん。どれもしっくり来ないわ」
色々な形で作り出してみるがどれが新生児にとって飲みやすいのかわからない。
そもそも新生児がコップから飲み物を飲めるのかすらわからない。
こうなるとヤエにはもうなにもわからない。
「待って。コップは置いといて。まずはミルクを作るのに何をしたらいいか整理しましょう」
そう言って自分を落ち着かせて。
遠い記憶になりつつある前世の記憶から、粉ミルクの作り方を思い出す。
「えっと……たしかぁ……規定量の粉ミルクを哺乳瓶に入れて……そこにお湯を注いで、シェイクした後に……人肌まで冷めるのを待つ、だったかしら?」
あっている気がするけど。
ドラマや小説の中で見た手順だからあっているかはわからない。
うーんうんと悩んでいるうちにヤエの脳裏に気づきがはしった。
「は!? もしかして作り方ならこの缶に書いてあるんじゃないの?」
胸に抱えていた粉ミルクの缶をグッと持ち上げて側面をぐるっと回してみる。
「あった!」
ヤエのひらめきは正解で、缶の側面には正しいミルクの調乳方法が書いてあった。
ふむふむと読んでみる。
「あーなるほど。いったん熱めのお湯で粉を溶かしてから加水するのねえー……って待って! お湯もないわ! それどころか水もないわ! 終わった!」
この作業の中に出てくるものの中でヤエが持っているのは粉ミルクの缶だけだ。
哺乳瓶もない。水もない。お湯を沸かす道具もない。
ガックリ。
ヤエはその場に膝をついて崩れた。
「ンキャア」
そんなヤエの姿が面白いのか、それを見て赤子は楽しそうに笑っている。
「ヤエさーん、落ち着いてください」
一人であたふたしているヤエを見かねてテレジアが声をかけてきた。
「テレジアさーん、もーだめー、ミルク作れないよー」
「いやいや、大丈夫ですって。なんのためにチートモリモリにしたと思ってるんですか」
「チートがあっても私はだめだー」
「もーネガティブモードですねえ。うまくいかない時にそうなる気持ちは私も痛いほどわかりますが」
「でしょー? もーだめよーおわったー」
「だから大丈夫ですって。そんな水やら湯がないくらいで困るようにしてないですから」
「ほんと?」
「そうですよう。そもそも水がないって言いますけどね。ヤエさん、自分が森なの忘れました?」
「忘れていないわ。私は森よ。大森ヤエ、前世人間、今世森よ」
「はい、自己紹介ありがとうございます」
「どういたしまして」
「じゃあ森の木々は地面から何を吸ってますか?」
「えっと……水ね」
「ほらあるじゃないですか」
「は!? 森の地下には水がある。それを吸い上げればいいのか!」
「正解です!」
「水は解決ですね。次はお湯ですが、お湯を沸かす道具はすでにキッチンの中にあります」
「あるの!?」
「ありますよう。なければ美味しいご飯に困らないようにできないじゃないですか」
「テレジアさん! 天才! 女神!」
「ンフウ、もっと褒めてください」
「美狸! 美女神! 世界一可愛い!」
「いいでしょう。その賛美に免じて哺乳瓶とやらも女神が授けましょう」
「え、すごい。哺乳瓶もだせるの? テレジアさん狸になっても女神の力を持ってるの?」
「いいえ、私はここに転生する時にヤエさんにチートをモリモリするために力をほぼ使い果たしました。だから今の私はカリスマックスなただの狸です。哺乳瓶を召喚するような力は残っていません」
「あ、なんかごめん。私のせいか。え、でも、じゃあ、どうするの?」
「そこにある粉ミルクの山を見てください」
「見たわ」
言葉に従ってヤエがそちらを見れば、八十缶のミルクが山になっている。
「はい。その中に二缶セットになっている変わった個体があります」
「二缶セット」
セット。
その言葉には暗に別の意味が込められている時がある。
「まさか!? おまけつき!」
「そう、ヤエさん。あの中には哺乳瓶がおまけでついているセットがあるのを私は見ました」
テレジアの言葉を聞き、無言でミルクの山に向かったヤエ。
その中にあるビニールに入った二缶セットから、箱に入った哺乳瓶を取り出した。
「あああ、あったわ! ありがとうテレジアさん! これであの子にミルクをあげられる!」
「ムフン、女神に感謝してください!」
「女神テレジア様、ありがとう! あとで毛並みをピカピカに整えるわ!」
そう言ってヤエはキッチンの中に入り。
赤子のために慣れない手つきでミルクを作り始めた。




