第29話『こういうのは帰るまでがイベント』
「――あっという間だったなぁ~」
俺たちは、あれから2店舗に行き楽しい時間を過ごした。
最中ドキドキのドッキドキであり、初めての空間に緊張感はほぐれなかったけど、ギリギリ楽しさが勝ってくれた。
後は帰るだけ。
「せっかくだし、女子寮の前まで送るよ」
「え、いいよいいよ」
「いいって」
「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおうかな」
デートの心得とかはないけど、こういう楽しい時間は家に帰るまで気を抜くなって言うからね。
結局、購入したものは最初の文房具店で手にしたメモ紙だけ。
他店内で居心地が悪かったけど、学生も多く訪れる場所だから気にせずいよう、と自分に言い聞かせ続けた。
学生の身分相応な買い物ということで、お店の人たちには是非とも寛容な心でいてもらえると助かります。
「帰りはバスに乗って帰る?」
出口より少し先にあるバス停へ指を差しながら提案する。
「せっかくだし、このまま歩いて帰りたいかな」
「そう? 疲れてない? お金なら、俺が出すよ」
「いいよいいよ、そういうのは大丈夫。いいから、行こうよ」
個人的には納得できていないけど、歩き始められちゃうとどうしようもできない。
小走りで追いつき、肩を並べて歩く。
「今日は本当に楽しかった~」
チラっと覗いた横顔には満面の笑みが咲き誇っている。
夕日を背に歩き、照らされる道路や建物の影が伸びていて。
都会とはいえず、でも田舎とも言えない、なんともいえない空間が広がり続けている。
時間帯のせいか、どこから漂ってくる晩御飯の支度をしているであろう、空腹を誘う匂いも漂ってきた。
隣に歩く美少女以外は、あっちの世界と何も変わらない。
そんな落ち着きのある雰囲気に浸って――じゃないじゃない、会話を途切れさせないようにしなくちゃ!
「失礼な質問かもしれないけど。なんで友人を作らないの?」
「たしかにそれは失礼な質問だね」
「ごめん。でもさ、そんなに硬い雰囲気を漂わせている様子でもないし、物腰柔らかくて話しかけやすいと思うんだけど。それに、誰かと話すことに抵抗があるわけでもなさそうだし」
「褒めてくれるのはありがたいけど。でも私、そんなに積極的じゃないよ」
「ん~、でもさ? 女子からは近寄りがたい存在だと思われていたとしても、下心丸出しな男子ぐらいだったら話しかけてくるんじゃ?」
ここまで疑問を伝えておいて、ゲーム上の仕様だということは理解している。
それにゲームの進行を加味すると、現在は対人コミュニケーションへトラウマを抱いて目線すら合わせられないはず。
流れが変わってしまったのは確定だから、どう変わっているかを把握しておきたい。
「うん、まあ。でも第一声に『ごめんなさい』って伝えて距離をとってるの」
「さすがに感情丸出し人間はお断りか」
「そこまで毛嫌いしているわけじゃないけど……でも、男子と少しでも話をしていると周りの女子から向けられる目線がちょっと怖くて」
ああ、なるほど完全に理解した。
ゲームのシステムか、強制力が働いているのか、はたまた偶然か。
トラウマが植え付けられても孤立、そうじゃなくても容姿の美しさによって孤立――ということだろう。
対人関係を拒絶するか、されるかの違いでしかない。
なんとも現実的で、実際に起きていそうな事案だこと。
一目惚れする男子は多いだろうし、俺も例外ではないからこそ理解できてしまうし、だからこそ嫉妬を向けられる対象にもなってしまうのだろう。
であれば、アリサはもっとキツイ状況にあるということか。
容姿はもう文句の付け所がないし、ミーシャと違って金持ちの中でも金持ちだから。
「良くも悪くも、学び舎は仲良しこよしする場所でもないから。気楽に、とは言えないけど、思いのほか話が合う同じ境遇の人が居るかもね」
「そう……かな。もしかして、ミナトくんの親友のこと?」
っは!? お、俺は今! 無意識に最高の行先へ道を示してしまった!
と、嬉しい反面。
カイトは該当する人物ではあるが、残念ながら頭の中に思い浮かべていたのはアリサのことだった。
ここで嘘でもカイトの話題を持ち出せば、今回達成することができなかった顔合わせを強引に実現させることができる。
しかし親切にアリサを紹介すれば、未来がどうなってしまうのかわからなくなってしまう。
エンドコンテンツで2人は顔見知りではない、という認識だったが、今のゲーム裏を体験している感じでは、描かれなかっただけで交友関係になった可能性もある。
う、うおおおおお! どうするううううう? 正解はどれだあああああ!?
「えっ……」
表には出さず内心で頭を抱えてのたうち回っていると。
ミーシャが急に足を止め、メモ紙が入ったビニール袋を地面へ落としてしまった。
「どうしたの?」
両手で口を抑えりミーシャを横目にビニール袋を拾い上げる。
それでも手が伸びてこないから、目線を向けられている先を同じく見てみると。
「へっ、へへっ。お、お前! 今度こそ!」
そこに立っていたのは、物語最初でミーシャを襲う役目だったはずの男だった。
「申し訳ありませんが、人違いでは?」
「んなわけあるかぁ! そのかわいい顔に金髪ロング、スカートから覗かせる頬擦りしたくなる柔らかそうな太もも、舐め回したくなるような足! 見間違えるはずがないだろ!」
「うっわきもすぎ」
「はぁ!? な、なんだとぉ!?」
「全てを否定はしない。俺にもわかる、ミーシャは超絶かわいい!」
「えっ、ミナトくん!? こんなときに何を言ってるの!?」
「はいこれ」
「あ、ありがとう」
とりあえず熱弁の最中、ビニール袋を手渡す。
「隣に居るだけで心臓が爆発しそうなほどかわいい子の魅力がわからないはずがないだろ!」
「お、お前何言ってんだ!」
「うるさい黙れ! こんなかわいい子を傷つけようと考えているなんて言語道断! ミーシャは俺が守る!」
「ミナトくん……っ!」
「本人を前に頭おかしいんじゃねえのか!」
ミーシャへ手をかざし、目を配らせる。
ああ、目に薄っすらと涙を浮かべ、両手で胸を抑えて苦しそうじゃないか。
許せん、絶対に許せんぞ変態野郎。
静かなる怒りは即時着火し、1歩前へ出る。
「な、なんだそれは」
「急に冷静になるなよ怖いな。まあいい。けっ! またお前が居ることを想定して持ってきたんだよ!」
両手に刃渡り――たぶん20㎝ぐらいあるであろう、長そうな包丁。
あんなものを持ち出すなんて、どれだけ俺への殺意を込めて探し回ったというのだ。
「ミナトくん逃げよ!」
「大丈夫、少し離れていて」
「でも危ないよ!」
「大丈夫。落ち着いて。俺は大丈夫だから」
慌てて声を荒げながら肩を揺さぶられるが、目線は男へ固定したまま応える。
「絶対に無理はしないでね……もしもミナトくんに何かあったら、私、私……」
「悲しい思いはさせない」
ここまで大事っぽい感じに流れを進めたけど、まあ俺、エンドコンテンツのラスボスですから。
男が構えだすものだから、俺もそれっぽく右足を引いて両腕を上げる。
「あのときの屈辱をぉおおおおおっ!」
両腕2本の包丁を真っすぐ突き出したまま走ってくる、なんとも不格好さ。
真剣な場面なのに、笑っちゃいそうになるから少しぐらい練習してきてよ。
「馬鹿正直に突進されても、困るよ!」
「はぁっ!? んな?! ぐぶふはぁっ」
闘牛を対面したときの動作を活用してクイッと横へ前進を移動させ、左腕で男の手首を強打し包丁を落とす。
そのまま体勢が前傾姿勢に崩れたところを、右膝で顎を蹴り上げる!
男は自分の勢いも相まり、後方へ反転して背中から強打着地。
あまりにも痛そうな光景に、目を細め逸らしてしまう。
「あ、あそこです!」
「キミたち大丈夫かい!?」
さすがに騒ぎを見ていた人が警備隊の人たちを呼んでくれたか。
「ミナトくん、大丈夫だよね。怪我とかしてないよね」
「うん、大丈夫だよ」
「よかった……よかったよぉ……」
ついに涙が零れ始めてしまったミーシャ。
緊張から一気に解放されたせいか、声や手に留まらず全身が震えて今にも倒れそうだ。
実際は余裕だったけど、心配をかけさせてしまった。
さすがに大胆で恥ずかしいが、下心ではなく誠意で応えなくちゃダメだよね。
「えっ」
「大丈夫。俺はどこも怪我してないよ」
震える手を握り、優しく包み込む。
「大丈夫、大丈夫だよ」
やっと安心してくれたようで、今にも崩れ落ちそうな体と足の震えは止まったようだ。
「ど、どういう状況ですか。これ」
「俺たちは学生です。門限があるので長居はできませんが、事情を説明しますので、この男を拘束してください」
「――わかりました。ご協力感謝します」
警備隊の人は、落ちている包丁を目視した途端に状況を理解してくれたようだ。
冷静に恥ずかしくなってきたから手を離したいけど。
でも空いている左手で涙を拭っている姿を見てしまっては、このままで居る方が賢明か。
「ミナトくん、もう少しだけこのままでもいいかな」
「うん」
「ありがとう」
ごめん、最初は下心なしとは言ったけど。
さすがに涙に濡れる顔もかわいすぎるし、全てがかわいすぎる。
ここから先の展開は望まないけど、役得と言っていいでしょう、この状況。
ああ、落ち着いていた心臓の鼓動がバックバク鳴り始めてしまった。




