第35話 リュシアン、最後の試練を告げる
王国筋肉部隊が猫にビビって撤退した翌日。
魔王城は、筋肉と混乱の余韻でまだざわついていた。
「魔王様〜! 闇猫様のおやつの時間です〜!」
「魔王よ!! 筋肉ストレッチの時間だ!!」
「やだぁぁぁぁぁ!!
私は魔王なのぉぉぉ!!」
(いやもう日常がカオスすぎるだろ)
宝玉が光る。
「ひゃああああああああああ!!」
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その時だった。
空気が、ピタリと止まった。
魔王城の全員が息を呑む。
「……来た……!」
ミュリエルが震える声で言った。
「魔王様……リュシアンの魔力反応です……!
前回より……はるかに強い……!」
(お、ついに“最後の試練”だな)
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空間が静かに裂け、リュシアンが姿を現した。
以前よりも濃い影をまとい、
その瞳は深い闇のように静かだった。
「……魔王ヴァルナ。
約束の時だ」
「ひっ……!」
ヴァルナは一歩下がりかけたが、
すぐに踏みとどまった。
「……逃げない……!
私……強くなったから……!」
(お前、ほんと成長したな)
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リュシアンは静かに頷いた。
「……確かに、貴様は強くなった。
だが——」
影が揺れ、空気が震える。
「“魔王”を名乗るなら、
影界の深層を越えねばならぬ」
「深層……?」
「前回の影界は“浅層”。
今回は——“最深層”だ」
「ひぃぃぃ!!」
(いや名前からして危険すぎるだろ)
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リュシアンが指を鳴らした。
「——“影界・最深層”」
世界が一瞬で暗転した。
前回とは比べ物にならないほど濃い闇。
空間そのものが重く、息がしづらい。
「くっ……!
体が……重い……!」
「ここでは、魔力も筋肉も通用しない」
「筋肉は通用しないのか!?」
「通用しない」
「そんなぁぁぁぁ!!」
(いやバルゴが一番ショック受けてるな)
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リュシアンの影が巨大化し、
ヴァルナの影を飲み込もうと迫る。
「“影喰らい・完全形態”」
「ひっ……!」
「魔王よ!!
筋肉で影を殴れ!!」
「殴れないよぉぉぉ!!」
(いや影は殴れないだろ)
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ヴァルナは震えながらも、俺を握りしめた。
「……でも……!」
魔力が、ゆっくりと流れ始める。
「走った時みたいに……
魔力が……巡ってる……!」
(そうだ、その感覚を思い出せ)
宝玉が光る。
「ひゃああああああああああ!!」
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「闇の……盾!!」
バチッ。
黒い光がヴァルナを包み、
影の侵食をギリギリで防ぐ。
「……ほう」
リュシアンの目がわずかに細くなる。
「浅層では通用したが……
最深層では、その盾は長く持たぬ」
「うぅ……!」
「魔王ヴァルナ。
最後の試練は——」
影がさらに濃くなる。
「“自分の影”との戦いだ」
「えっ……!」
(おお……ついに来たな)
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影が形を取り始める。
ヴァルナと同じ姿。
同じ杖。
同じ魔力。
「……これ……私……?」
「そうだ。
影は“弱さ”を映す。
貴様が乗り越えねばならぬのは……
他者ではなく、自分自身だ」
(いや急にシリアスなこと言うなよ)
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影ヴァルナが口を開いた。
「……あなたは魔王じゃない。
猫に頼って……
筋肉に振り回されて……
魔王候補にも勝てなくて……
弱いまま……!」
「っ……!」
(お前の弱点全部言われてるな)
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ヴァルナは震えながらも、
ゆっくりと俺を構えた。
「……でも……!」
涙をこらえながら叫ぶ。
「私は……逃げない……!
弱いままじゃ……終わらない……!
魔王として……前に進む!!」
(……よく言った)
宝玉が光る。
「ひゃああああああああああ!!」




