第十七話 その名はメーガス
「凄いな、こんな花火が打ち上げられるなんて。君、本当に凄い魔術師だったんだな!酒場の主人に紹介された時は、半信半疑だったけれど」
天高くに落ちる流星群を落としながら、僕は笑う。
酒場でくだを巻いていた巡礼の冒険者の一団。
その酒瓶の中身を炎で一瞬で枯らして、叩き起こして連れ出したのだ。
『今からあんたらのパーティに入る、メーガスだ。よろしく』
そう言った僕は、フワフワのシフォンスカートのように見える、白糸で防御魔術式が刺繍された踊り子の魔術装備を身に着け、耐魔布でできた、オフショルダーの長袖のフリル付きのシャツをフェミニンに着こなしていた。
なにより、肩より少し上のボブヘアスタイルのミルクティー色のカツラ、桃色の口紅を塗り、春の花のような色を瞼に乗せた姿は、パーティの荒くれ者たちを頷かせるには充分な美しさだった。
「この程度の余興で楽しんで貰えたなら何より」
流石に、これだけ上げればブレイブ達にも見えるだろう。
伝書使い魔が、届けた支部長の引退の知らせ、僕の事故による死亡記事を鼻で笑って、火の中に投げ捨ている。
吹いてきた夜風に揺れる炎の中で煤になるのを見ながら、寒さに厚手のストールを体に手繰り寄せる。
ストールの美しい金色の糸が炎の明かりで美しく輝く。
頬を擦り寄せながら、あの晩の事を思い出す。
『手伝ってくれ、ティッカ』
睡眠状態に落とした意識のない補佐官を引きずって、ティッカの元へすぐに行って、端的に事情を説明した。
『冤罪で命を狙われてるから、僕を死んだ事にする。死人を追いかける事はできないだろうからね。代わりに』
ローブを外し、目の覆いも外して、髪を振るとウィンクする。
『コッチで逃げる。僕が逃げてる間に、コレを指定の位置に浮かせておいてくれないかな』
ティッカの魔力でも、痩せた補佐官とローブに布を詰めただけのカカシを浮かせておくぐらいはできるのだ。
『まずバレないと思うけど、追求されたら、怖い魔術師に脅されてやったって言っていいから』
説得に応じてくれるか、半信半疑だった。ティッカがダメなら生徒のうちの誰かの家族を人質にやってもいいかと思っていた。
しかし、ティッカは驚くほどアッサリ頷くと言った。
『装備、変えたほうがいいよ。この辺の人っぽくないもん、服貸してあげるから、こっちきて』
そうして、僕はティッカが幼い頃に着ていたお下がりを貰って、今着ている。
新しいパーティのメンバーを急き立てながら、裏門から出ようとする中、見送りに来たティッカが尋ねた。
『ねぇ、帰ってこれるの?』
答えられ無かった。
おそらく支部長は僕を見逃して、虚偽の報告を上げてくれるだろう。
関わりたくないからだ。
僕と交戦して都市を破壊された場合、その責任は支部長に伸し掛かる。それに補佐官や自分の命も危ない。
そして周辺の高官達は、保身こそ考えていても、そんな支部長を支えてくれたり、補佐官の命を助けてくれる存在ではない。
そのうえ、都市の防衛機構を使って僕を倒せなかった場合、有用性の否定に繋がるし、彼は無駄に力を消費して経済的にも損害を出した事になる。
僕と戦って得する事は一つもない。
じゃあどうするか?
僕が死んだふりをして、逃亡するのを見過ごすしかないのだ。
おそらく、現場に現れたのがカカシだと気がついても、支部長はその事を報告しないだろう。
むしろ誰かに、その事実を指摘されても『混乱していて見えなかった』『幻術がかかっていた』と厚顔無恥に嘘すらつけるだろう。
そういう世渡りのできる男だ。耳打ちの意味は分かっているだろう。
魔術師なんて、それぐらいしたたかでなければ昇進なんてできない。そういう職業だ。
だが、それで安全と言われると、ウンとはうなずけない。
だって、僕はこれから田舎に隠居して安全に過ごそうとは、これっぽっちも思ってないのだ。
眉根を下げて、ティッカを見上げる。
『僕、これから一発殴りに行かなきゃいけなくて……そいつが今、魔王の所に向かってるんだよ』
ブレイブ、あの野郎。
事情を説明しないで、全部自分で背負おうとしたヒーロー気取りの横っ面に一発入れて、目を覚まさせなきゃならない。
僕らは別に誰かのために世界なんて救わなくて良い。
愛とか友情のためでもない、家族も関係ない。
僕らは、ただ帰り道に美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、折り合いのつかない嫌な過去をぶっ飛ばして、好きな服着て、楽しい思い出を作るために生きている。
そのために邪魔になるなら、帝国だろうが王国だろうが、魔王でも神でもぶっ飛ばしてやる。
性格の悪い僕の相棒を名乗るんなら、それぐらい分かれよ。
そのためなら、命をかけて何でもすると、決めてしまったのだ。
だから、魔王とも戦うし、多分ほかの面倒くさい国とだって戦う、もしかしたら世界とも。
さすがの僕でも、無事に帰ってこれるか自信がなかった。
そう煩悶する僕の様子に、ティッカははぁ〜と深々と溜息を吐くと肩をすくめる。
『これ、こっちの夜は寒くなるから着てって』
そうして、肩からずり下がった厚手のストールを手に取ると、僕の肩にかけた。
『でも、これティッカのお気に入りだろ?』
『そーだよ、かなりお気に入りだよ』
そうして、巻きつけたストールを引っ張って、僕を引き寄せると抱きしめて言った。
『だから帰しに来て、絶対だよ』
温かくていい匂いがした。
ティッカは僕の背中を叩いて言った。
『アンタのことも超気に入ってんだからさ!』
そうだな、こんな子のためなら、少しは世界を救ってもいいかもしれない。少なくとも魔王は倒してから、帰ろうって気になれる。
そして、僕らしくもない弱気な事を言ってしまったなと気がつく。
『全員ぶっ飛ばして帰ってくるよ。お返しのお土産つきで』
その言葉に、ティッカはようやくニコッと歯を見せて笑う。
『これ、ママから。キーシェの住んでた所だって。勇者の後を追うなら、そっちにも寄るでしょ?なんかわかるといいね』
渡された手紙には、次の街の住所が書かれていた。
そう、ブレイブの事とは関係ないかもしれないが、まだ謎が残っている。僕の出生の秘密。
それが、これからどう関わってくるのか、わからないけれど知りたい事には違いない。
「ねぇ、次の街についたら寄り道しても良い?」
新しいパーティのメンバーに尋ねる。まだ名前はよく覚えてないけれど、リーダー格の男は、笑顔で微笑みかけると何でも「うん、いいよ!」と答えるので扱いやすい。
「ところで、君の名前は?まだ聞いてなかったけど」
パーティの一人に尋ねられて、僕は笑って答える。
「メーガス」
「え?メーガスって、そりゃ役職の名前だろ?」
不思議そうに尋ねる相手に、謎めいた笑みを浮かべて黙らせる。
「今はまだ、それだけ。これから、新しい名前を貰いに行くから……」
だから、待ってろよブレイブ。約束を果たすまで、死ぬなんて許さない。
僕だって、お前に相応しい名前を考えているんだから。
そう思いながら、僕は魔王へと続く道のり、その先にいるブレイブを思い浮かべながら見つめた。




