第十四話 交渉
僕の口から出た言葉が、ちゃんと脳みそを通らなかったのか、部屋の空気は氷つき、周囲からは「は?」とお上品な返答が帰ってくるので、バカバカしくなって、しまった。
僕は行儀悪く、靴のままテーブルの上に乗り上げると、その場にいた全員、目をまん丸く開いた奴らを見下ろして、言った。
「僕には、この世で最も許せないものがある」
その場にある書類が全てが、僕の怒りに発火して煤になる。
「それは、人を、自分の都合で駒みたいに消そうとする、偉っそうなクソ共だ」
僕の復讐の出発地点はソコにある。
僕は、あの日、僕に屈辱を、絶望を、怒りを与えた存在を許さない。
コイツらを許したら、あの日ションベン漏らして泣きながら、歯を食いしばって「復讐するために生きる」って決めた僕を裏切ることになる。
コイツらに「はい、じゃあ勇者殺します」ってへりくだって、手に入れた権力じゃ、スッキリ憎いヤツらを苦しめられないんだよ。
だって、僕も同族になってしまっているって事なんだから。
僕は、僕が納得行く方法で、手に入れた力で、スッキリあいつらを苦しめて新しい人生を始めたいんだ。
こんなクソみたいな提案受け入れるぐらいなら、あの日、家畜小屋で殺されてた方がマシだボケ!
「だから断る。僕は勇者を救うし、五体満足で凱旋させる。帝国がどうとか知った事か馬鹿どもが、勝手に揉めて、勝手に戦争して、勝手に死ね!」
どよめきが上がる。
「なんて無責任な……!」
「戦争で苦しむ弱者の事を考え無いのか!?」
「罪のない子供達の未来を守りたいと思わ無いのか?」
ペラペラと良く回る口で、キラキラしたゲロみたいな言葉を吐く。
「僕は、そんなクソみたいな判断する世界で生き延びたいと思うほど、この世界が好きじゃないんだよ。幸せハッピークラブの馬鹿共が、そんなに国と自分と家族が大事なら、もっとマシな案を頭ネジ切れるほど考えとけ」
なんて、僕が言うことは分かっていたんだなブレイブ。
というより、何度かやり直した時に、きっとそう言ってブレイブの殺害を阻止しようとしたのだろう。
そうして殺された。
目の前のコイツらには理解できないだろうから、何度となく僕に同じ交渉をしたんだろうな。
何千何百万といる人間の命、国家、権力、財宝、世界の半分ほどを天秤にかけて、自分の個人的な感情を取る人間がいるなんて。
だから、この事実を隠したかった。
生き延びることを最初から諦めてた、ブレイブ自身が殺される事を受け入れた。
絶対、その最後を受け入れない僕をパーティから追放して。
フッと僕は笑ってしまう。
「それで、僕に断られた場合、アンタ達はどうするつもりだったんだ?参考までにお聞かせ願えるかな?」
結局、手紙の忠告があったのに、僕は無視して同じ袋小路に来てしまった訳だが、後悔は全く無い。
「事が終わるまで、貴方を拘束して幽閉します」
支部長の言葉に、笑って返す。
「それで機会を伺って毒殺でもするか?」
そういうパターンも何度かあったんだろうな。そもそも踊り子と痴情のもつれで、の所もそんな感じで、ココで殺されて、後で隠蔽されたのだろう。
補佐官が呻く。
「だから言ったんです、コイツを呼ぶべきじゃないって……私には、わかってました。コイツは絶対に勇者の側につくと。あんな危険な旅路に連れ立とうとする相手を未練たらしく、ずっと待つようなヤツです。気が狂ってる」
「ああ、お前の判断が正しかった、すまなかった」
支部長の謝罪に、しかし補佐官は怒りが収まらないのか前に出る。
「大人しく拘束されないというなら、ここでお前を倒すまで!」
感情が粗だって居るのを見て、笑う。なるほど、コレは使えるかもしれないなと、メイスをなぞる。
どうせ袋小路で、殺される運命が変わらないというなら、僕の矜持が変えられないというなら、巻き込んでやろう。
滅茶苦茶にしてやろう。
「あぁ?やってみろよ、クソコネ野郎が、パパのお友達にヨシヨシしてもらわなきゃ仕事にもありつけない分際で。僕に攻撃できる度胸がお前にあるならな」
補佐官の額に青筋が浮かんで「きっさま!」と杖を構える。
支部長が「よせ!」と言う言葉は間に合わなかった。
「私は天の光に傅くもの 今ひとたび力を与えよ 悪逆を貫き給え!」
稲妻が杖の先に槍の形を取り、僕へと目掛けて飛んでくる。
しかし、その稲妻は僕に到達する寸前で曲がると、グルグルと輪っかのようになって、僕の頭の上に浮かぶ。
「なっ……攻撃が!」
驚く補佐官に僕は頭の上の稲妻の輪っかを指差して笑う。
「教育がなってない。追試モノだぞ馬鹿が」
次の瞬間、稲妻の輪っかは、燃え上がって炎に襲われ、打ち消される。
「魔物に話しかけられたら返事をするなって田舎のガキでも習うだろうがよ。魔物の言葉は、それ自体が魔術の詠唱になる。自分より魔力が強い相手に、存在概念を固定されたら、その概念から抜け出せなくなるんだよ。即ち……」
僕が手を伸ばしてグルッと回すと、補佐官の体が引っ張られて、引き寄せられ、僕の前で盾になるように両手を広げる。
「お前より魔力が高い僕に、言われた通り攻撃したお前は、クソコネ野郎として概念が固定され、僕に隷従する事になる」
メイスに通していた魔力が、補佐官を拘束する。
「教科書の安定した古代語でしか詠唱した事無いのか?アホめ。現代語だって、想像力と集中力があればお前の大事な人に攻撃させられるぐらいはできる」
「やめろぉっ!」
補佐官の杖から稲妻の槍が発生して、支部長目掛けて飛び出してく。
「くッ」
すんでの所で、支部長が「守れ!」と防御魔法を張って弾く。
まぁ、それぐらいはできると思ってた。
「無駄な事はやめなさい。彼を人質に取ったところで……他の人間が、貴方を追う」
支部長は額に汗を浮かべながら、周囲の人間に目を回す。そう、彼にとって大事な存在でも、周辺の高官にとってはそうじゃない。
肉盾にされて、気が気じゃないんだろう。
だが、僕だって馬鹿じゃない。ここで全員を抹殺しても終わらない事ぐらい認識してる。
ここに来ているのは末端のやつらだけだ。外交官にしても高官にしても、コイツらに命じた偉いやつ、許可して印した偉い王族がいるわけで、この場の全員を殺しても何の解決にもならない。次の刺客が来るだけだ。
それだけの人間が、勇者の使命が終わったら使い捨てて殺しても良いと思ってる事に反吐が出る。
外交官の一人が、声を張り上げる。
「そ、そうだ指名手配もする、罪なんていくらでもデッチ上げられて、賞金首になれば、昼も夜も寝られぬ日々に追い詰められるぞ」
「国家反逆罪、殺人犯、色んな罪をつけて、貴方を追わせて追い詰める事だってできるんですよ」
なるほどな、そういう手法で責めて来るわけか。そうして逃亡して衰弱した所を国家の権力で捻り潰す。
「ま、まだ交渉の余地はある。なぁ、冷静に考えろ、敵は少ないほうが良い。大人しく、我々の言う事に従うんだ」
及び腰になりながらも、そう交渉しようとする相手に、思わずクスクスと笑いを漏らしてしまう。
「そういうのはな、平凡で守りたいものが在る人間にする交渉なんだよ」
僕はメイスを構えて、くるっと回す。
「僕は街一つ吹き飛ばす能力を持った、最強最高の魔術師」
ニッコリ笑って、周囲を見渡すと言った。
「そして、別に守りたい家族はいない。わかるか?」
ドンッと床にメイスを打ち付け「風通しが悪いな」と詠唱する。
瞬間、屋根と壁を構成していたネジ、木材、壁紙、その全てが素材に戻って、弾けて中空に浮かび上がる。
壁がなくなり、床だけの絶壁に置き去りにされた高官達は、小鹿のように震える。
「お前らが僕を脅す、嘘話をでっち上げる前に、僕はこの街を灰に変えられる。何か間違いがあるか?支部長殿」
支部長は汗だくのまま、ゴクリと喉を鳴らして頷く。
「交渉ってのは、お互いの立場が近い奴らの間でだけできるんだ。お前らに出来るのは嘆願だ、それを理解して貰わなきゃ困る」
補佐官の顎を、肉に爪が食い込んで血が滲むほど、掴んで引き寄せる。まだ爪先に残っていたネイルが染み込んで、じきに痺れて動けなくなるだろう。
「まさか、悪鬼跋扈する王立魔術学院で、平民奨学生の僕が、ただ真面目に強いだけで、今の地位に有りつけたとでも思ってたか?」
プライドから、来歴から、信心から、研究を邪魔されたり、学閥同士の小競り合いなんぞ死ぬほどやってきた。学者の本分は探求であるのに、偉くなればなるほど交渉と政治の能力が必要になる事を、どうやら支部長以外は理解していないらしい。
「気分転換にちょっと空の散歩と行こうか?」
補佐官を引きずりながら、屋根が無くなった地点から浮かび上がって、見下ろす。
「夜明けまでに、僕の持てる分……2千億ルテカを用意しろ。僕を脅すって事は、そういう事だ」
どよめきが上がる。
「そんな金、簡単に用意などできない!」
「国庫をあければできるだろ?その程度の財がなきゃ、都市の維持もままならないはずだ。断るなら別に、住民を全員灰にしてから、ゆっくり自分で金庫をあけるだけだが」
一人が「気が狂ったのか!そんな事して何になる!」と怒鳴りつけてくるので「わかんないか?」と笑う。
「一人か二人を殺した犯罪者程度では騒ぎにもならないけど、街を滅ぼせば英雄になる。帝国にとってはな。いやはや腹が立つ相手だが、背に腹は変えられない。それに、皆興味をそそるだろ?僕がなぜ、そんな凶行に及んだのか、包み隠さず喋ってやるよ、国が滅茶苦茶になるぐらい大声でプロパガンダしてやろう」
交渉なんて粋がった台詞を口にした年寄り共が、ゲロを吐きそうに青ざめた顔でフラフラとする姿は、目に楽しかった。
「これが交渉だ、覚えておけ。ルールを尊重してやったからといって、僕がお前らの作るルールに従う義理はない。温情にあぐらをかくな!」
「化け物め……!」
本心から漏されたであろう言葉に笑う。
よく言う。
国のために尽くして、これまで人を守るためにと戦ってきた人間を大多数のためなら、殺しても良いと判断できる。その心の方が化け物ではないのか?
いいや、その醜悪さこそが人間であるというなら、僕は化け物と呼ばれた方が誇り高くすら感じる。
僕はメイスを高く掲げて、空の彼方を指す。
「準備しておけ、夜明け前に、あの空に僕は現れる」
この街に来て暫く、魔王軍の龍が防衛機構に撃ち抜かれた地点だった。
まさか、この街を守ろうと言った、その数週間後には壊すと宣言する羽目になるとは思わなかった。
「引き渡しは支部長、アンタがやれ。この人質と交換だ」
補佐官をぶら下げて、睨みつける。大事にしているという言葉に間違いがないなら、行動はある程度予測できる。
僕は補佐官を引きずって飛び上がる「無理に探そうなんて思うな夜が僕を隠してくれる」その瞬間、僕の姿は彼らの目には映らなくなっただろう。
そうして、冷たい汗をかいて動揺する支部長の横を通り過ぎる際、耳元で囁いた。
「平穏な日々を取り戻すために、アンタがやるべき事は、わかってるな?」




