第十三話 不都合な真実
少しだけ準備に時間がかかったが、僕は単身でティッカの家の前に立った。
その足音に、警備兵達が振り返ると、驚愕に目を見開く。
「貴方様は……!どうして、このような場所で」
何も難しい事はしていない。メイクを落として、荷物から魔術師の正装に着替えたのだ。
肩の勲章の数で、誰かは一目でわかったのだろう、つとめて講義の時に出すような声を出す。
「夜の散歩をしていたら、君等が騒いでいるから無視できなくてね」
目の覆い越しに、警備兵の中にまぎれている、鼻血男を睨みつける。アイツめ、よくもいけしゃあしゃあと嘘をつきやがって。
「一体何が起きたのか、僕に説明してくれないか?この都市を守ると、支部長に約束したのだ。恐ろしい敵がいるなら、是非とも話しを聞きたい」
僕が「照らせ」と言うと足元から炎が湧き上がって、警備兵達の顔を照らし出す。顔を見回すと、興奮していた獣の血色から、血の気が引いて青ざめた顔色になる。そこまで怯えなくてもいいのに。
「そんなに怯える事はない、暗がりでよく見えないから、君等の顔を確認したいだけだ。さぁ、話してくれるかな?一体誰が、どんな敵に襲撃されたんだ?僕に説明しておくれ」
「い、いえ貴方様が出張る程の敵では……屋敷の門で踊り子の女に襲撃されまして……」
事情をよく知らずについてきた輩が、説明するのを「うんうん」と頷いて聞く。
「踊り子なら、屋敷の中にも入れるのに外で?警備の兵を?それは中々、興味深いね?どんな意図があったのだろう」
その問いかけに、警備兵達が鼻血を出していた男を横目で睨む。段々、冷静になって、おかしいと思い始めてきたのだ。
「勇猛果敢に街を防衛している貴方達には敬意を評したい。だが……女の子を追い回すのは、外聞が悪いだろう。もし、何かの誤解だったら、尚更……僕は誇り高い貴方達に恥をかいては欲しくないんだ」
そう言いながら、彼らに促す。
「襲われた警備兵は誰かな?一緒に、上官殿の所に報告に行こう。そうして事実を確認した上で、正式な令状を持って処断すれば良い。手続きを踏んで、悪いことは無いだろう?」
今にも泣き出しそうな鼻血男を、仲間たちは庇いたてはしなかった。かばう理由がなかった。
「さぁ、みんなで行こう。そして事実確認を……高官の邸宅の警備に問題があってはいけないからね。再度、全てを検証し直ししましょう。勇者のパーティを離れた僕でも、それぐらいの貢献はできますので」
ヤブに突っ込んで蛇に噛まれた人間の顔があるとしたら、今目の前にいる人間たちの顔がちょうど相応しい。
来た時の勢いはどこへやら、とぼとぼと俯く警備兵達を連れ立って、ティッカの家から離れていく。
屋根の上から、チラッと覗いているティッカに小さく頷いて見せると、笑顔で手が振られる。
まぁ、僕は利己的で、口が悪く、女装が趣味の変なやつで、復讐を目標にするような人間性の男だ。
でも、良いことをするのが嫌いって訳じゃあないんだと、こういう時に再確認させられる。
邸宅に戻ると、それまで興味本位でついてきていた警備兵達は散り散りに逃げ、最後に残ったのは鼻血男だけだ。
理性が戻ってきたのか、青ざめはじめて震える。
「すみません、出来心だったんです。本当に、こんなおおごとにするつもりは……」
僕は何も知らない振りをして、首をかしげる。
「おおごとなのだろう?襲撃犯がいた、この高官の邸宅に。それを報告するのは警備兵として大事な仕事だ。ちゃんと君の上司と立ち会いの上で、何が起きたか、どんな風に攻撃されたのか、経緯までしっかり調べて明らかにして記録を残さなければいけない。大丈夫、君は真実を言うだけで良い、きっと勲章が貰えるさ」
真実の検証という辺りで、いよいよ男は情けなく泣き始める。
もし万が一、女に殴られて逆上しての事などと、そんな不名誉な話を共有されては、謹慎で済めば良い方だろう。降格もあり得る。そう計算できる程度には冷静になったようだ。
邸宅に入ると、ガタガタ震えて足を止める。
「す、すみません、私は嘘をつきました!どうか、許してください、報告だけは……!」
チキン野郎め、最後まで嘘を突き通す度胸ぐらい持てば見直してやったものを。
「ほう、じゃあ一体何をもって、か弱い女の子を集団で追いかけていたのですか?」
膝をついて謝る男を見下ろして、問いかけると、相手は声を震わせながら、へりくだった笑みを浮かべて答える。
「お、踊り子にフラレて……抵抗されて、むかついて髪を掴んだら、な、なぐられて、それで、鼻の骨を折られて、怒りがおさまんなくって、どうにかしてやんなきゃ気がすまねぇって気になって……本当にすみません、ほんの出来心だったんです」
そうして、いやらしい目で僕を見上げると、こう言った。
「男なら、わかるでしょう?」
「わからない」
間髪入れずに答えた。
「お前のようなヤツとひとくくりにされると虫唾が走る。消し炭にして消してやろうか?」
その言葉と共に、チリチリと男の前髪が燃えて「ヒィッ」と悲鳴が上がる。
「今回は見逃してやる。だが、次に貴様が上官に報告できないような悪事を行ったら……」
「お、行ったら?」
「骨まで燃える呪いをかけた」
ボワッと耳の横で小さな炎を弾けさせると、男が泣きながら転がる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
もちろん嘘である。そんな呪いはない。いや作れるかもしれないけど、そんな手間をかけるほどの話しでもない。馬鹿にはコレぐらいの嘘で丁度いい。
「もういい、消えろ」
そう手で払うと、慌てて走って転がりながら逃げていく。
全く、つまらないものに関わってしまった。
本当なら、踊り子の仕事を手伝った後、ゆっくり母親らしき女の事を聞く筈だったのに。
邸宅を後にしようとすると「おや、来ていらしたのですか?」と声がかかって足が止まる。
ああ、まったくままならない。
振り返ると、そこにいたのは支部長だった。
「今夜はいらっしゃらないと、補佐官から聞きましたが……窓からおみかけしまして、警備の者と何を話していたんです?」
階段を降りてきて、近くまで人のいい顔で迎えに来る。
これは、もう今夜は逃げられないな。
「散歩がてら通りかかったら、邸宅の警備が万全では無かったので指導していました。それと……僕、お呼ばれしてましたか?補佐官からは何も聞いた覚えがないのですが」
補佐官に対する嫌がらせを忘れずに含めておくと、支部長が「ああ〜」と溜息を漏らす。
「彼、抜けている所があるんですよね。注意しておきます、本当にすみません」
抜けているんじゃなくて、ワザとだろ、本当に気づいてないのか?
「どうぞ、こちらへ、貴方が来てくれたと知ったら、皆喜びますよ」
招かれて、階段から二階へと導かれる。お偉方との懇談会なんて、面倒でしか無いから避けたかったのに。
「恥ずかしながら、補佐官は亡くなった親友の息子なんです。死に際に、ひとかどの魔術師になるように鍛えてやってくれと言われていて……しかし子供の頃から知ってるから、ついつい甘やかしてしまって良くないですね」
遮音魔法がかけられた廊下を歩きながら、そんな事を支部長は漏らす。
亡くなった親友の息子を預かって、世話するなんて見た目の通り人が良いのだろう。
万人が、こういう人を慕うのだろうなと思った。
「甘やかすのは本人のためになりません。特に、これから魔王の軍勢が来るんです、甘えで死んだら親友に恨まれますよ」
こんな風にチクリと刺すと、僕が悪いみたいに聞こえるほど。
支部長は胸に手を当てて「仰るとおりです」と頷く。
「今後は、貴方からも厳しく指導していただけると助かります。きっとあの子の成長に繋がるでしょう」
さり気なく僕に責任をスライドしていった。優しいようでいて、流れで人を働かせる。そういう責任者らしい振る舞いに抜け目なさを感じ取る。
一番奥の部屋に案内されると、先程の宴会で見た、錚々たるメンバーが酒とタバコを片手にテーブルを囲んでいた。
補佐官が、ゲェっという顔で僕を見るが、涼しい顔をして席につく。
魔王の進軍に対する助言か、それとも周辺国との紛争に対する助言か、僕に求められるのは、そんな所だろう。
王都の高官が、最初に話しかけてきた。
「勇者のパーティから外れた事をとても残念に思います。貴方ほどの人こそが、我が国の英雄として相応しいと信じていましたから」
「はぁ……僕も、そう信じていましたからショックです。でも、気持ちを切り替えて国のために尽くそうと思います」
わざわざ掘り返す必要あるか?何だコイツ。そう思いながら、話しを流す。だが、相手は執拗に絡んでくる。
「正統な評価だとは思っていませんよね?新しい魔術師も、貴方ほどの能力があるようには見えなかった。あからさまに不当な評価だ。どのような確執があったかわかりませんが、不公平ですよね。今回の勇者は……良くない。そう思いません」
やけに煽ってくるので、目隠しの奥で目を細める。何が言いたいんだ、コイツ。
「はぁ……まぁ、怒ってないかと聞かれたら、そうだと言えるほど、僕も人間ができているわけじゃありませんから」
僕の答えに、外交官が飛びついてくる。
「そういえば、貴方がエラストリス派の信徒で、帝国から弾圧されて亡命してきたのは有名ですね。王国への忠義には感銘を受けます。帝国に対する怨みは、今も消えていませんか?」
帝国から身分を偽って逃げる時、そういう事になっていた。宗教的弾圧を受けて、両親が殺された孤児という設定で王国に流れ込んだのだ。
「はぁ、まぁ……そうですね。良い感情はありません」
これは本当だ。帝国では苦い記憶しかない。取り入るつもりはあっても、愛国心なんてものは欠片もない。
最もそれは、難民を受け入れた、と聞こえは良いものの、エラストリス派の人間を奴隷同然に安月給で働かせた王国側にも持ってない。
だが、その言葉は彼らが望む言葉だったのだろう、笑顔で顔を見合わせると、僕の前に書類を出す。
「コレは……?帝国貴族の書類に見えますが……つい最近、妻とその連れ子を迎えられた、という内容に見えますが」
書類をふって肩をすくめる。この書類が一体、重要な話しの何にかかってるのかわからない。
戦争の中心になるほど重要な貴族には見えないし、魔王に関与する人間にしては住んでる場所が安全圏すぎる。
「この人物が一体、なんだというのです?」
僕が問いかけると、外交官が語る。
「迎えられた妻と連れ子は、勇者の血縁です。母親と妹ですね。それを帝国が見つけ出して、爵位を与えた」
もう一枚、出された人物画には、どことなくブレイブに似た、ソバカスの浮かぶ、灰色の髪の女の子が描かれていた。
「本来なら勇者は、生まれた時に預言者に取り上げられる。家族は、その事を誰にも漏らしてはならないし、預言者もまた話さない。そういう不文律があった……だが、それを帝国が破った。父親の死で貧窮していた、勇者の母親を娶ったんです」
「話しが見えてきませんね。勇者の血が繋がった家族がいたから、なんだっていうんです。天から落ちてきたわけじゃないんです、そういう事もあるでしょう」
僕が訝しんでると、同盟国の外交官が「良いですか!」と迫ってくる。
「ヴァンリッヘ三世が、この勇者の妹を側室に迎えようとしているのです。これは由々しき事態ですよ。彼が凱旋してきた時、必ず皇帝は勇者と交流を持ちたがる、そして、この妹と家族ごと、帝国に取り込もうとする!」
王国の重鎮が、呻くようにつぶやく。
「そんな事になれば、同盟が揺らぐ。周辺の小国や少数民族は、深く物事を考えない!かつての勇者が領主として、収めると言われれば、簡単に王国から寝返ってしまうでしょう」
「そんな……ブレイブが領主だなんて、アイツはそんな事ができる立派な男じゃ……」
「実際がどうであっても関係ないのですよ。人は強い物語を持つ英雄に弱い!そうして、魔王という強大な敵が居なくなった時、痩せた大地、足りない食料、資源、曖昧になった国境線、必ず戦争が起きる。その時、一番大事な駒を、帝国に取られるわけにはいかないんです!」
ツバが飛ぶ程の熱い口舌に、しかし僕は、妙に指先から冷えてくのを感じた。
頭の中には、ブレイブの手紙の内容が蘇る。
【とにかく、俺はメーガス、君にその件について関わるなと言った】
僕が何に関わって殺されたのか、ブレイブは頑なに書かなかった。そう、そして一言も、その殺される原因が僕であるとは書いては、いなかったのだ。
「帝国に、支配権を、正当性をもたせてはいけない。彼らは、自国の民族のためなら、周辺国を奴隷のように使役する恐ろしい国です。特に、現皇帝のヴァンリッヘ三世は、兄を暗殺して即位したような冷徹な男だ」
ブレイブは手紙で、こうも言っていた。
【彼らも君と同じで、融通が聞かなかった。良い人達だったから、凄く悲しかったよ】
テイマーやモンクも殺されたのだ。しかも、融通がきかせられなかった事が原因で。彼らほどの逸材を、どんな屈強な魔物なら倒せるのか、どうして、その魔物についてブレイブが手紙に書かなかったのか?
「勇者といえど、魔王の封印が終われば祝福が消える。ただの人間に成り果てるのです。血縁者との再会、権力、名声、それらの誘惑から逃れられるというのは、楽観的すぎる。特に、今回貴方を外した判断は、個人的なものだった、そうでしょう?」
【君は賢いから、魔王の根城に辿り着く前に毎回、必要のない事に気がついてしまう】
必要のない事?コレが?ああ、そうだなブレイブ、お前にとっては、必要のない事なのかもしれない。
顔を上げると、目の前に温和そうな顔つきの支部長がいた。
僕は、縋るように彼の言葉を待つ。
「我々が送り込んだ、新しい魔術師が万が一に備えて準備はしています。けれど、心もとないのです。何せ、今回の勇者は最速でココまで辿り着いてる、強い御方ですから……だからこそ、貴方にお力添えをお願いしたいんです」
僕は、声が震えてしまわないように喉を押さえて、問いかけた。
「僕に、何をして欲しいんですか?」
支部長は、親友の息子を甘やかしてしまうと言ったのと同じ口でこう言った。
「魔王を封印した後も、万が一勇者が生きていたら殺して欲しいのです」
【俺は全てを受け入れている。抵抗するつもりはないんだ。
その意思を尊重してくれ。】
手紙の内容が、伏せられて、割愛されていた情報が、頭の中で繋がっていく。
「負傷して、満身創痍でも、相手は勇者です。貴方ほどの英雄でないと、我々も安心はできない」
【何も知ろうとしないでくれ】
お前が、魔王じゃなく、お前が守ろうとした人間に殺されようとしている事を、そんな風に言うな。
庇おうとするな。
「その上で、帝国側に血縁が鑑定できないように、遺体を灰になるまで燃やして欲しいのです。貴方の炎ならできるはずだ」
【君に新しい名前をつけてもらうこともない
俺はブレイブのままで死ぬんだなぁって思ったら、なんか全てが嫌になった。】
ああ、馬鹿め。このクソ野郎。馬鹿が。
魔王にやられて死ぬから、じゃないのか、そうか。
魔王を倒しても、どうせ守ろうとした人間に殺されて死ぬ、そういう運命だって、わかってたから、嫌になったんだな。
「もちろん、この大役を終えたなら、我が国は、いえ同盟全体が貴方に相応の見返りを」
肥えた貴族がいやらしい笑みを浮かべて、僕に向けて手を揉む。
「王が末の姫を、貴方の妻に、王族の一人に迎えると申しているのです。これ以上の躍進があるでしょうか?そう、貴方は権力を、全てを手に入れる。最強の魔術師になれるのですよ」
そうだ。僕は権力を求めていた。力を、支配できる能力を。僕を危険から守り、安心させ、そしてこの燃え盛る怒りを慰撫する、復讐を達成させるために。
もし、王族の一人になれれば軍を手に入れ、そうして帝国を蹂躙する戦争で勝てるかもしれない。
そうすれば、あの日、僕を絞め殺そうとした人間達、そして行進で蹴り飛ばした無数の足、それらを全て焼き払える。
僕は、新鮮な気持ちで新しい人生を始められる。
「んな訳ねぇだろ、クソが」




