第十一話 酒場と踊り子
「いらっしゃい〜!珍しいね、女一人だけ?」
暗く、光りの消えた夜の街。唯一開いている酒場を見つけるのは、そう難しくなかった。
顔に傷のある主人に、少しも疑われず、女だと思って貰えただけで気分が良い。
ニコッと微笑んで、カウンターに座ると「へへっ」と照れたように顔を緩ませるのが嬉しい。
その瞬間、支配権が自分にあると思える。この感覚が好きだ。
「甘いモノが欲しくなっちゃって……」
幼い頃は、高めの地声が男らしくなくて恥ずかしかった。けれど、今は可愛い声を簡単に作れて便利とさえ思う。
「そういう夜ってあるよね。でも危険だからさ、出歩く時は誰かと一緒の方が良いよぉ」
普段は、注文を聞くだけであろう店主が笑顔で話しかけてくるので、微笑んで頷く。
それだけで、立板に水のように、何でも説明してくれる。
「ほら、ああゆう良くない奴らも出歩いてるからさ」
店主が指差した方向を見ると、むさ苦しい男達が大声で騒いで、机を叩いていた。
「勇者巡礼のやつらだよ。勇者一行と同じ道を進めば、同じくらい強くなれるか、栄誉を得られる、もしかしたら、欠員に入れるかもって思ってる、冒険者達」
欠員という言葉に、ギュッと胸が締め付けられる。僕の事だった。
「まぁでもアイツらは、もうコレ以上は無理ね、魔術師がドラゴンに食われちゃったんだってさ」
「それは、お気の毒に」
消化されたんなら、もう墓にも入れてやれないだろう。
そういう事があるから、大抵のまともな人間は冒険者になどならない。
防壁のある都市で暮らすか、軍に所属して大勢で互いを守りあうかだ。
少し、ネジがおかしくなってるか死が怖くない人間しか、勇者の一行に加わる事はできない。
「調子乗って、ドラゴンなんて大物取ろうとするから……」
「うるせー!もっと人数が居たら倒せたんだよ!後ちょっと、後、ちょっとだったんだよ……うっうぅ〜」
冒険者の一人が、泣いてテーブルに突っ伏す。
「馬鹿だよねぇ、そんな人数が多くちゃ勇者巡礼にならないじゃないか。ドラゴン程度の恐怖にやられるヤツが、魔王なんて倒せるわけがないだろう?」
「なんで断言できるんだよ!」
主人は顔の傷を撫でながら「決まってるだろ」と答える。
「魔王は恐怖を糧にするからさ。だから、無駄にモンスターを産み、街を襲わせて、人々を恐怖に駆り立てる。そんな事も知らず、冒険者やってんのかい?」
冒険者達はウッと言葉を詰まらせる。そんな事は知っている、知っていても、普通の人間は恐怖から逃れられない。勇者でなければ、無に至れない。
「あんた達みたいなビビリが軍団で魔王の根城に押し寄せても、魔王の力を高めるだけさ。勇者の旅ってのは、勇者が選んだ者達に、恐怖を消させるための旅なんだから。足手纏いになるぐらいなら、故郷に帰んなよ」
ピシャリと言い放つ、その横顔は、一度は魔王に挑戦した事があるのだろう。冒険者の横顔だった。
「まぁそもそも、アンタらが求める魔術師を、この酒場じゃ紹介できないしね。なんせ、都市防衛のために、国が一気に魔術師を雇い上げちゃったんだから、奇跡でも起きなきゃ無理だよ」
そこまで話してから「ああ、いけないねぇ」と手を口で覆う。
「注文まだだったね。お客さん、甘いものだったっけ?糖蜜を溶かした糖蜜湯で良いかな?3ルテカで、とても甘いし、良く眠れるよ」
僕は「じゃあそれで」と頷いて、同盟国の共通硬貨を3枚出す。
「まぁ、無駄だと思うけど、お客さんも手の空いてる魔術師に覚えがあったら誘ってみてよ。今なら仲介料、一部サービスするからさ」
主人はウィンク一つすると、調理のために、カウンターの奥に消える。
その間に、店の中を見渡す。客は例の巡礼の冒険者のグループ、それから防衛のために派兵されてきた兵士、地元のグループしかいなかった。
踊り子に、ここで会ったと書いてあったけれど、今日はいないのか?
そんな事を考えていると、酒場の扉が開く音がして、振り返る。新しい客だろうか?
入ってきたのは、細かい刺繍が沢山されたヴェールを何十にも重ねた豪華な服を身に纏った、くすんだ赤毛の壮齢の女だった。
踊り子というには、少し年が行き過ぎてる気がするが……この女なのか?
そう考えながら見ていると、その女と目が合う。
「キーシェ?あんた、コッチ来てたの!?ちょっと!連絡しなさいよ!」
女は、まるで古い知り合いに会ったみたいに、嬉しそうな顔をして近づいてくる。
だが、当たり前だが、僕はキーシェなんて可愛らしい女の名前だった事は一度もないし、目の前の女を知らない。
「ど、ちらさまですか?」
勢いに圧倒されて、驚きながら、ようやく声を絞り出すと、女はようやく人違いに気づいたらしい。
「よく見たら……若っ!えっ……でも他人?嘘でしょう?目の下の泣きぼくろまで一緒なんてある?」
僕の腕を掴んで揺さぶろうとした手を止めて、顔を覗き込む。
「ねぇ、貴方、親族にキーシェって人いない?聞き覚えない?」
僕は首を横に振る。だが無視はできなかった。
何度も僕が殺される理由。割愛されたけれど、それってもしかして、母親に関する事なのか?
だとしたら、何度ブレイブが聞かないようにと、止めても聞きたがったという話しも合点がいく。
だって、今、この瞬間の僕も知りたくてたまらなかった。
「わからないんです、生まれた時から家族がいなくて……」
父親の事は濁して、同情を誘うように目を伏せる。
「あら、あらあら……可愛そうに……」
店主が静かに僕の頼んだ飲み物を置くと、彼女は「アタシはいつものと、追加で、このお嬢さんにお菓子も上げて、アタシの奢りで」と金を店主に渡す。
「だから、もしかしたら、そのキーシェさん?が母親なのかも……?どんな方なんですか?聞かせてください」
女は、肩に重ねていたストールをずり上げながら「子供好きのキーシェが手放すとは考えられないけど」と断ってから続ける。
「そうね、ここ何十年か連絡が取れなくなってたから……戦争に巻き込まれたって可能性もあるわよね……悲しいけれど」
僕の顔をしげしげと覗き込んで「それにしても瓜二つ」と感嘆の声を漏らす。
「キーシェは、踊り子だったの。ここよりもう少し北にある、瘴気鉱山のほとりにある街で生まれて……知ってるでしょ?あそこって危険だけど魔生石が良く採れるから、色んな所から流れてきた人間が沢山いるのよ」
そこは、魔王へ続く旅路で経由する街だった。今頃、ブレイブ達もたどり着いているだろう。
「キーシェは炎と踊る女って呼ばれるぐらい、炎の扱いに長けてた。生まれた時から魔生石には日常的に触れてたし、魔術師にもなれたんだろうけど、本人は荒っぽいのが嫌いだったからって、この街に来て踊り子に」
炎の魔術を得意とするのは僕もだ。そして、魔術師の性質は親から子に引き継がれる事が多い。
父親の家には、魔術に関する本こそあったが、誰も魔術に長けた者はいなかった。
だから僕が特異体質だったのかと思っていたが、違ったのだ。
「そりゃ見事な踊りだったよ。炎をまるで花びらやスカーフみたいに操って、寄り添って、折った紙なんかを飛ばしたり、燃やしながら踊るんだ。情熱的で、美しくてねぇ」
店主から届けられた酒を舐めながら、彼女は思い出に浸るようにうっとりと目を伏せて語る。
「やんごとなき御方も、キーシェの踊りを見たがったんで、若い頃は色んな国で巡業して回ってたのさ。だから、不在の期間もあって、この辺の人間でも若い世代は活躍を知らないヤツが多くてね、嘆かわしいよ」
その巡業で父親と出会って、僕ができたのだろう。しかし、この情報のどこに僕が殺される要素があるっていうんだ?
「それで良い年になったから、一度は田舎で腰を落ち着けるってコッチに帰ってきたんだよ。踊り子の教室を始めるから、一緒にやらないかって誘われて共同で数年やってたんだけど……あの子ったら、帝国から追いかけてきた貴族の男と駆け落ちしちゃって」
話している途中で、女は目を細めて僕を見る。
「そう、確かあの貴族の優男、アンタみたいに真っ黒な髪だった。ねぇ、やっぱりアンタ、キーシェとあの貴族の兄さんの娘なんじゃないの?」
「真っ黒な髪……?」
そんな馬鹿な、忘れようがない。あの冷たい灰の瞳と金色の髪。僕を家に迎え入れた父親は、黒髪の優男という表現には全く当てはまらない男だった。
「そうよ、だって、キーシェは炎みたいに見事な赤毛だったもの。くるっとしたくせ毛だったし。一瞬染めたのかと思ったけれど、あのお兄さんとの子供なら納得ね。髪もまっすぐで、目の色も、そういえば彼と同じグリーンだわ。キーシェは琥珀色だったもの、光の加減で金も混じって、綺麗ねぇ」
混乱が頭を襲って、指先が冷たくなる。ずっと父親だと思ってた、憎んでた、あの男は、じゃあ誰だ?
ずっと、黒髪も、グリーンの瞳も、母親譲りだと思っていた。けれど、もし母親がキーシェという女なら、僕の父親は、全く別の男だという事になる。
帝国貴族らしい血統主義の父親が、他人の、平民の血が混じった子供を引き取って貴族にしたて上げるなんて、そんな屈辱を受け入れるとは、にわかに信じられない。
一体、その優男は誰なんだ?
「もし、本当にアンタがキーシェと彼の子供なら、私のお陰で生まれた可能性、あるわね」
硬直する僕をよそに、女が楽しそうに語り続ける。
「あのお兄さん、どれだけ偉い人だったか知らないけど、キーシェと駆け落ちした後、従者だかなんだかが追いかけてきて、聞き込みして回ったんだから!赤毛の女はどこだ!って、もちろん私達は失礼な帝国な人間にキーシェを差し出すわけないんだから、逃げたのと反対方向を教えてやったわけ!」
彼女は、思い出したのか手を叩いて笑う。
「あ〜思い出すだけで笑える。あの横柄な金髪のゴッツい軍人貴族!アタシ達のキーシェを淫売呼ばわりして、許せないよ、全く。瘴気の砂谷の方向を教えてやったから、相当痛い目にあったとは思うけど」
僕は思わず問いかける。
「その……金髪の軍人、目の色は灰色じゃありませんでしたか?」
「そうそう!冷たい灰色の目をしてて、問い詰められた時、とっても怖かったのを良く覚えているわ。知り合いなの?」
なんて答えるべきか、分からなくて喉が詰まった。
僕は、その男に父親だと思い込まされて、物心ついた時から育てられたんですよ。そして、殺されかけた。今、憎んで死ぬより酷い目に合わせようと思っている。だけど、今は、この男が誰で、何のために僕を自分の息子と偽ったのか、わからなくて混乱している。
どれも、この場で朗らかに笑う女性に明かすに相応しくない言葉に思えた。
その時だった、店の扉を開く音と共に「ママァ!大変〜!」と女の大きな声が割り込んできたので、二人で振り返る。
そこにいたのは、これぞ踊り子というような、露出度の高い薄絹、音の鳴る金属の装飾を身に纏った、色っぽいタレ目の女がいた。
「ティッカ!店で大声出さないの、ちょっとどうしたの?相方は?」
踊り子は、精霊術の一種だ。全ての物、自然、動物に宿る気を、踊りを通して操る。操術士の一種である。肉体で精霊を感じて操るため、薄着の者が多い。
「それが大変なのよ」
僕を無視して、隣の女に話しかけるため、迫ってきたティッカという少女。そのため僕の顔の横には、彼女の褐色のデコルテが露わになった、豊満な乳房が現れて、押しつぶされそうになる。
「あの!間に挟まってるから!」
思わず、逃げようとすると、ティッカの大きな琥珀色の瞳が僕を映す。
「うわ〜超かわいい〜!どこから来たの!?ねぇ都会!?都会でしょ、綺麗な色のリップ〜どの街で買ったの?アイシャドウも濡れてるみたいで綺麗〜コレ粉?凄い、魔法の粉?」
無遠慮に至近距離で顔を覗き込まれるのは、ちょっと嫌だけれど、頑張って配合した化粧品を、塗って整えた顔を褒められるのは、痺れるくらい心地いいので許す。
「どこにも売ってないよ、僕が自分で配合したんだから」
フフンと鼻を鳴らして言うと一拍の間を置いて黄色い声が上がる。
「凄い凄い、これ自分で作れるの〜!?天才じゃん!?」
「ティッカ!もう、まくしたてないの!本当にお前は、落ち着きがないんだから!それより、結局何が大変だったんだい」
「あっ!そう!大変なの、今日の宴会に一緒に営業で行くはずだった相方が、練習中に足を捻って踊れなくなっちゃって!それで慌ててママの所に来たの、代わりの子、どうにかならない!?後、一時間なんだけど、二人で注文うけちゃってるの!」
「この馬鹿娘……!」
ティッカの母親は、額に手を当てて溜息を吐く。
「そういう事が起きないように、常に代わりができそうな子の予定を押さえとけって言ったでしょう。私だって、今さっき他の子を別の屯所の宴会に送り込んで来た所なんだよ」
「じゃ〜その子達を呼び戻して!ティッカの所の方が高官とかいて、ちょ〜報酬高いんだから」
「お黙り!そんな事をされたら、客は見下されたとか差別されたと思うでしょうが!楽しいひと時を買った客に冷水浴びせるような真似するんじゃないよ!」
親子喧嘩の間に挟まれて居たたまれない。
そして、強制的に踊り子に出会ってしまった。まさか、このティッカが僕を殺した犯人の踊り子?
能天気で、あどけなくて、とてもそんな風には見えない。
「わ〜ったから説教やめてよママ!そのお客さんが二人でって楽しみにしてくれてるんだからさ、どうにかしなきゃじゃん?もぉ、踊りはティッカがどうにかするから、せめて誰かアテない?演目がちょっと地味になっても、お客さんを黙らせられるような顔の良い子……」
言いながら、ティッカの視線が僕の顔に降りてくるのを感じた。
「嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
だが言ったも同じだった。
「キーシェに似てるし……有りね」
ティッカの母親と彼女の二人に挟まれて、僕は思わず叫んだ。
「踊り子なんてできないったら!」




