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093 世界を渡る

「言わなければならないこと、ですかな?」


 ハシミさんは、ぽかんとした顔をしている。

いえ、暗闇の中なので顔は見えないが、魔力の色は、先ほどまでの戸惑いや、恨みのこもった色から、そのように変わっていた。


 それも当然だろう。出会って間のない私に、何か言われるような事があるだろうか、そう考えるのは自然なことだ。


「えぇ。あなたにというよりは、異世界人たちに言わないといけないことね」

「異世界人全員に関わる事、ですかな?」

「そう。異世界人がこの世界に来た理由、そして未だ帰れない理由。

 私は、ある人からそれを聞いたことがあるのよ」

「こちらに来た理由……、ですとな?」


 少し疑うような、怪訝な色を見せる。

それは、私のような一般人が、なぜそのようなことを知っているか、そしてそれは信用に足る情報なのか、そういったことを探ろうとする色だ。


「えぇ。私も人に聞いた話だし、半信半疑だったの。けれど、今の話を聞いて、本当かもって思ったのよ。

 その人によれば、異世界人はみな、何かしらの問題を抱えている。

 そして、その問題を解決するための時間を取るために、こちらに来ているということなの」

「問題……、ですかな?」

「えぇ。悩みや不安、抱えきれぬ想い。おそらくそういったものね。

 もし、元の世界に帰りたいと願うならば、それらと向き合い、ケジメをつけないといけないの」

「……。私の場合ですと、あの事故ですかな……」

「でしょうね……」


 ハシミさんの魔力は、またふっと暗くなる。

けれどそれは、悲しみの色ではない。今まで自分の中では、事故に向き合い、そして一区切り付けていたつもりだったのだ。

けれど、それでも自身はこの世界にいて……。つまり孫を失った世界から逃げて、ここに居座っているのだという自己嫌悪の想いが、彼に渦巻いているのだ。


「私は、まだあの子の事と向き合えていなかったのでしょうか……」

「わからないわ。けれど、向き合っていたとして、ケジメをつけられたかは別。

 問題の解決をどこだと思うかは人それぞれ。ただ、あなたにはまだ時間が必要……。それだけの事じゃないかしら」

「…………」


 ハシミさんは、じっと池に浮かぶ星々を眺める。

私の言葉は、彼に上を向かせる事すら拒絶させる、冷たいものだった。


「けれど、それは悪い事じゃないわ。

 無理やり忘れて、何もなかったふりして生きていくよりは、ずっと健全よ。

 それに、問題は解決できていなくても、あなたは十分それと向き合ってる。

 傷ついた人々に差し伸べる手も、こうして星を見上げることも……。

 今日一日しかあなたのことを見ていない私でも、十分に分かるほどよ。気に病むことなんてないわ」

「…………」


 彼には、私の想いは届かないだろう。

けれど、私は彼を尊敬している。私は、辛い現実から目を背けることしかできなかった。

色を捨て、灰色の世界を見つめていた私。強くなろうと決意しても、それでもなお本心は逃げ続けようとしていた私。


 対して彼は、それを乗り越えようと必死に抗ったのだ。

その結果、人々を助ける方法を学び、そして今はその技能を活かしてこの世界で生きている。


 もし彼がまだ逃げ続けているというのなら、世界はこれ以上彼に何を求めているというのだろうか。


「あなたにとって、何が元の世界に戻るための条件なのかは分からないわ。

 けれど、焦る必要もない……。だって、異世界人には無限の時間があるのでしょう?」

「無限の時間、とな?」

「そうでしょう? だって、異世界人は歳を取らないのだから」

「……。えらくお詳しいですな」

「えぇ、異世界人について、色々教えてもらったのよ。

 それに、少しの間だけど、異世界人と共に過ごしたから……」

「ほう……。異世界人だと明かすのは珍しい……。

 どのような方か聞いてもよろしいですかな?」


 彼は、無理やり話をすり替えたいという意図が見えるように尋ねてくる。

けれど、彼の本心が聞きたいと思っている話は別にあるのだと、私の目は見抜いていた。


「そうね……。彼は、子どもみたいに無邪気で、老人のように達観した人だったわ」

「彼、ですとな? 彼女、ではなく?」

「えぇ」


 ハシミさんが私から話を聞けると思った相手、それはミユキさんだった。

私が異世界人と過去に関わりがあった事を話した瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは、私の持っているカバン。そして、そのカバンの元々の持ち主こそが、ミユキさんだ。

彼はミユキさんと面識があり、彼女がどうしているのか、きにかけているようだった。


 けれど私は、そのことを分かっていながら、それでもその話をするわけにはいかなかった。

それは、私が魔導士ギルドと関わりのある者だと言うことと同じだったから。


「……。それで、私が本当に言わないといけない事は、別にあるの」

「本当に言わないといけない事、ですとな?」

「ええ。その、彼の事と関わりがあるのだけど……」


 そして、彼の思い描いた相手、ミユキさんとも関わる事だ。


「魔導士ギルドに近づかないで欲しいの」

「……。どういう事か、詳しくお聞かせ願えますかな?」

「えぇ。その言っていた彼が行方不明になったの……。

 だから私は、色々と調べたのだけど……、その中である噂を聞いたの」

「噂、ですかな?」

「えぇ。魔導士ギルドが、異世界人を使った実験をしているという噂」

「実験……?」

「そうよ。私の住んでいた所は、森の向こう側。魔導士ギルドに近い場所なの。

 だから、色々な噂話は耳に入るの。その中にあった話。

 異世界人の魔力を奪う術があるという噂。そしてそれは、異世界人の命も奪うという噂」

「それを、魔導士ギルドが行なっていると?」

「えぇ。魔導士ギルドは、色々な実験を行っているのは周知の事実。

 けれど、全ての実験が公開されているわけではない。

 極秘裏に行われる、非人道的なものもあると、元々噂されるような場所よ」


 ハシミさんは、指でなぞるように顎を撫でながら、うーむと唸る。

ただの噂話と切り捨てるか、それとも本当にある事なのかと考えるべきか、悩んでいるのだ。


「そのようなこと、本当に行われていると?」

「確たる証拠はないけれど、火のないところに煙は立たない、って言うでしょ?」

「そういう慣用句もありますが、いやはや信じ難い事ですな……」

「信じる信じないは自由よ。けれど、私は危険があるなら、近づかないほうが身のためだと思うわ」

「君子危うきに近寄らず、ですかな」

「そうね。私は忠告したわ。これ以上はあなたの判断。

 けれど……。できる事なら、あなたにも無事、元の世界に帰って欲しいと願ってるわ。

 もちろん、他の異世界人たちにもね」

「ふむ……。心得ておきましょう。しかしそうなると、他の同郷の者にも伝えなければなりませんな」

「そうしてもらえると助かるわ。私には、異世界人を見分ける方法が分からないもの」

「それは私とて同じこと。けれど、こちらの方が、多少なりとも見分けやすいのも事実」

「やっぱり異世界人同士だと、何か通じるものがあるのかしら?」

「雰囲気、という程度ですがな」

「それはなかなか、見分ける力を養うのは難しそうね」

「でしょうな」


 ふふふっと笑いあい、ふっと空を見上げる。

星々は変わらず、私たちを見つめていた。



 ◆ ◇ ◆ 



 夜更けの魔導士ギルド。窓の外に星々が浮かぶ、静かな司書班の事務所に小さなノックの音が響く。

司書班班長のアスカは、作業の手を止め顔をあげた。


「どうぞ~、開いてますよ~」

「失礼いたしますわ」


 音もなく扉を開けた先に立っていたのは、手入れの行き届いた金色の髪をなびかせるロベイアだった。

手には書類の束を持ち、赤い縁取りの眼鏡をかけている。その姿は、到底実戦部隊所属の者には見えない。


「報告書が完成いたしましたので、見てくださいますかしら」

「もちろん。それで、どう? 書類仕事には慣れた?」

「少しずつですが、おかげさまで要領はつかめてきましたわ」

「それはよかった。こっちも手が回らなくて、あなたが手伝ってくれて助かるわ」


 ロベイアは何事も経験だと、二年前の別れから司書班にて書類作りを学んでいた。

そして今回、魔導士ギルドでの事件によって、その経験が活かされることになる。


「あんな()()()があったんですもの、どこも余裕がありませんわ。

 実戦部隊も、学生を吸い上げて欠けた分の戦力補充をするとはいえ、彼らにこういった仕事はさせられませんもの。その分わたくしが穴を埋めるのは当然でしてよ」

「そうね。今ではあなたも部隊の中では中堅といったところよね。

 急なことで大変だと思うけど、無理だけはしないでね」

「お気遣いありがとうございます。アスカ様も、どうかお気をつけて……」


 書類の受け渡しを行いながらの会話は、誰に聞かれても問題のないものだ。

けれど、それ以上の情報交換を彼女たちは行っていた。それこそが、この書類だ。


「それじゃあ、チェックはしておくわ。()()()()()()()()、ノア君を行かせるからお願いね」

「はい。よろしくお願いいたしますわ」


 もし彼女が居たなら、この時のロベイアの魔力は何色に映っていたのだろうか。

落ち着いた、大人びた雰囲気とは裏腹に、手渡された書類から感じ取る想いに、アスカは考える。


 アスカの能力は、書かれた文字から書いた人物の真意を読み取る能力。

実戦部隊の業務記録に記された、ロベイアの想い。それを彼女はひと文字ずつ、ゆっくりとなぞりくみ取ってゆく。


 調べた事件の様子、居なくなった友人の最後の日、自らの伝手つてを使い探すも、成果の得られない事への苛立ち……。それらすべてのロベイアの想いが、その文字列からは溢れ出してくるのだ。

そして、その中で情報共有し、アスカが彼女に伝える手段、それがノアだった。


 まるで存在を消すように、息すらもしていないかのように、静かに様子を見ていたノアに、アスカは語り掛ける。


「ノア君、明日の朝までにチェックを終わらせるわ。様子を見て、いつも通りお願いね」

「は……、はい……。わかりました……」


 書かれた内容が変質する紙に、彼女へ伝えるべきことを記し彼に託す。

こうして彼女たちは事件の真相と、そして逃亡者へと近づこうとしていた。


「あと、五日後に私は旅に出るから、その間の事お願いするわね」

「旅……、ですか……?」

「ええ、ちゃんと面と向かって話さないといけない相手だから」

「…………。あのっ……、どこへ……、いかれるんですか……?」

「……。北の地、ボレアリス領よ」

次回は11/24(月)更新予定です。

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