094 セルバ村の朝
ハシミさんと語り合った翌朝、私たちは次の地へ向かうため準備していた。
といっても、私とマティナは着の身着のままで森を抜けたのもあって、大した荷物など持ってはいない。
それに、私はミユキさんから借りたままになってしまっている亜空間バッグがあるので、どんな荷物もこの中に収まってしまう。
「さっ、できたわよ」
「あ……、ありがとうございます……」
赤い髪を解かし、後ろでひと束の三つ編みにしてやれば、少し緊張した面持ちだったマティナは小さく礼を言う。
「いいのよ。それに私達は姉妹なんだから、敬語はなしね」
「あっ……。うん、そうだね……。おねえちゃん」
一晩たって、少し落ち着いたのだろう。おかげで逆に、よそよそしくなってしまっている。
それは私とて同じことだ。朝がくれば、全ては夢で、またギルドの仲間たちと楽しい日々が続いていれば……。そんな夢を見なかったわけはない。
けれど非情にも、朝は皆に平等にやってくるものだ。
「なんだか昨日よりも、髪が伸びてるわね」
「うん……。寝るときは何ともなかったのに、起きた時は首に絡まってたくらいだから……」
「やっぱり魔力量が多すぎるからかしらね」
「え……?」
マティナは、何か問題があることなのかと、心配するような目で私を見つめる。
本人も異常だと思うくらいだし、私の言い方にも問題があった。ただ、知識のある者からすれば、それは普通で、なんとでもなる問題でもある。
「あぁ、あなたは知らないのね。魔力はね、髪に宿る事が多いのよ。とくに女はね。
大抵は色の変化だけで収まったりするものだけど、それでも多い魔力は、長さで補うの。
赤髪はかなり魔力蓄積量が多いはずだけど……。それでも伸びるのだからかなりね」
「それって、大丈夫なの?」
「心配することはないわ。伸びたら切ればいいだけだもの」
そういって頭を撫でてやれば、マティナは顔を赤らめて、少し顔を綻ばせる。
安心させるためそうは言ったが、問題は切る方法だ。
普通にただハサミで切ってしまえば、そこに溜まる魔力が一気に解き放たれてしまう。
それは魔力の濃い場所を作ることになり、ひいてはそれは、魔物の発生原因にすらなる。
魔道具のハサミを手に入れられるまでは、しばらくは無理矢理にでも編み込んで誤魔化すしかないだろう。
「さてと、そろそろ下へ降りましょうか」
「うんっ」
私の内心の心配などつゆ知らず、マティナは嬉しそうに私の手を取った。
少しびっくりしたけれど、なんだか本当に妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。
やさしくその小さな手を握り返し、私たちは階段を降りてゆく。
「お二人とも、おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます。えぇ、おかげさまで。ほら、マティナも挨拶して」
「おっ……、おはようございま……す……」
食堂兼談話室の扉を開けると、キュウさんの優しい声が聞こえてきた。
けれどマティナは、その顔を見るや否や、私の後ろに隠れてモジモジしている。
人見知り……、というよりは、この子もその魔力の多さから、彼らの異常性に感づいているのかもしれない。
「おはよーさん、おめえらも朝飯食えよ。準備できたら出発だ」
「ハン、食べるか喋るかどちらかにしなさい」
「んじゃ食うから、あとはまかせた」
ハンさんがもぐもぐとサンドイッチを食べながら喋る姿に、キュウさんの小言は続く。
そして仕事を丸投げした彼は、ルッツさんと共に、山盛りのサンドイッチを頬張る作業に戻った。
キュウさんは小さくため息をついたあと、私たちの元へとやってくる。
「そういうことですので、お二人も朝食をどうぞ。
その後は準備をして、昨日の話通り王都へ向かう予定です。
あ、ちなみにサンドイッチは食べ放題だそうです。問題は……、もうあまり残ってないことくらいでしょうか」
「おい、さすがに全部食っちまうほど大人気なくないぞ!?」
「はぁ……」
ハンさんの声に、再び彼はため息を漏らした。
しかし言葉通り、二人分は残されていたので、私達が朝食抜きになることはなさそうだ。
「ありがとう。マティナ、いただきましょうか」
「うん……」
ハンさんの向かいに座れば、マティナはうつむきがちだ。
まぁ、大柄な彼の目の前というのは、威圧感というか……、どうしようもない圧があるのは仕方ない。
私も相手を見通す目と、今ほどの図太さがなければ怖がっていたところだろう。
そんな事を思いながらキャベツとハムのサンドイッチを食べていれば、全てをたいらげ終わったハンさんは言う。
「あー、サンドイッチもいいが、昨日のおにぎりってヤツも良かったよな」
「あぁ、あれね。おいしかったよね。焼いた魚が入ってるって聞いたときは、どんなゲテモノかと思ったけど」
「確かに。それだと魚丸ごと入ってるのかと思うよな」
「あ、今日もおにぎりの方がよかったですか?」
ハンさんとルッツさんの話に割って入ったのは、朝食を作ってくれたであろうヨシノさんだ。
彼女は昨日の着物とは違って、今日は動きやすそうな、生成りの長袖長ズボン姿だ。三角巾をしているところから、今まで調理作業をしていたのだろう。
彼女は、私達に温かいスープを配膳しながらも、二人と話を続けた。
「いや、サンドイッチもうまいんだがな……。あのおにぎりってのは、ここでしか食えないだろうからな」
「そうですねえ、お米があればどこででも作れるんですが、稲作している所はまだ少ないですから。
よかったら、お米を持って行かれますか?」
「材料あっても、作る人がいないじゃん?
ヨシノちゃんさ、俺たちと一緒に王都まで来て、毎日おにぎり作ってくれるの?」
「もう、ルッツさんってば! それじゃ、プロポーズみたいですよっ!」
彼女はお盆で顔を少し隠すが、それでも目元が満面の笑みだと示している。
唐突なモテ期に、嬉しいやら恥ずかしいやらといった様子だけど、多分相手にはそんなつもりはなかったと思う。
「あ、でもハシミさんが居るじゃないですか。彼なら多分作れると思いますよ?」
「へ? そうなのか?」
「えぇ、ご飯さえ炊ければ、握るだけですし。
あ、でも先生はご飯炊けないし……、もしかしたらハシミさんも……。
いやでも、先生が特別ダメなだけで……」
何やらブツブツとヨシノさんは言っているが、どうやらあの植物学者の先生とやらは、彼女から相当ダメな人物だと思われているようだ。
昨日の様子からも、なんとなく私もそれは察していたけれど。
「あら、そういえば、そのハシミさんの姿がないわね」
「ハシミさんでしたら、今は先生と一緒に畑に居ますよ。
お二人は元々お知り合いみたいでして、積もる話もあるんでしょうね。
まぁ……、ハシミさんが一方的に話しているだけに見えましたけど」
「ははは、その様子が見えるようだぜ」
「そうだね、あの先生は畑しか見えてなさそうだよね」
「まぁまぁ、そう言わないでください。
あれで先生は、植物学者としてはすごいんですから。
おかげでお米が作れて、おにぎりも食べれたんですよ?」
「ほう、そりゃありがたい大先生だな!!」
ハンさんは遠慮なく先生に対し、否定的な軽口を叩いたかと思えば、昨日の朝食にでたおにぎりが彼の功績の一部であると知った途端、大先生などと華麗な手のひら返しを見せる。
それほどまでに、そのおにぎりというものは美味しかったのだろうか……。少し興味が出てきた。
「それじゃ、俺たちはギルドに顔出しておくから、二人も食べ終わったら準備しろよ。
キュウ、手伝ってやってくれ」
「心配にはおよばないわ。私達はすでに準備できてるもの。
それに、荷物らしい荷物も持っていないしね」
「おう、そうか。それじゃあ、こっちの準備が終わるまで、キュウと村の中でも見てまわったらどうだ?」
「そうね……。今後必要そうなものがあったら、買い足しておくのもいいかもしれないわ」
「あ、そういや二人は金持ってんのか?
今回の依頼手伝ってもらったから、ギルドから報酬出るし、先に出しておくが」
「えぇ、ありがとう。けど、少しは持っているから大丈夫よ」
「そうか、それじゃまた出発の時、ここに集まってくれ」
「わかったわ」
ハンさんとルッツさんが出て行ったあと、私たちはキュウさんと行動を共にした。
といっても、旅の間の食糧などはハンさん達がギルドで手続きするそうだし、私が必要なものは特になかったのだけど。
けれど、ひとつだけどうしても必要なものがあった。それを探しに、私は薬師サルスの店へと赴く。
「あら、こんにちは。どうしたの?」
サルスは、私と二人きりの時とは違った、年相応な口調だ。店番としては、老婆よりもこちらの方が冒険者の男達にはウケが良さそうだ。
「こんにちは。旅に出てる前に、欲しいものがあって来たのだけど……」
「あら? 薬は必要でしょうけど、ギルドからの支給があるでしょう?
それとも、あなたは冒険者ギルドの人じゃなかったのかしら?」
「いえ、薬じゃないの。ハサミが欲しくて……」
「ハサミ?」
「ええ。それも普通のじゃなくて、魔道具のハサミ」
「あぁ……、髪切り用ね。
うーん、今私が使っているものはあるのだけど、それを渡すわけにはいかないし……。
それに予備も切らしちゃってるのよ……。ごめんなさいね」
「そうなの…。わかったわ、ありがとう」
「あっ、でも隣町のアルティなら扱ってる店があるはずよ」
「アルティ……。確か職人町ね」
「えぇ。この村の木材を加工してる町だから、川沿いの街道を行けば、そんなにかからず着くわ」
「わかったわ。ありがとう」
ハサミはしばらくお預けだけど、王都に行けば手に入るだろう。そこまでの我慢だ。
そう思い、礼を言って出ようとするが呼び止められる。
「あの、ついでと言ってはなんだけど、私の分の発注をお願いできないかしら?」
「え? でも私たちは王都に向かうつもりだから、寄り道になっちゃうの。
だからアルティには行かないと思うわ」
「それでしたら大丈夫ですよ。我々は急ぎませんし、少しくらい寄り道しましょう」
「良かった。他にもアルティから仕入れたいものがあるのよ。
発注書を作るから、ちょっと待っててね」
キュウさんがすかさず言うことで、どうやら寄り道は確定のようだ。
サルスはカウンター下から銅板を取り出し、タンタンと心地良いリズムを奏でる。
その様子を見ながら、そう言えば隣町と言えば、他にもなにかあったようなと、私は考えを巡らせるのだった。
次回は11/27(金)更新予定です。




