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074 旅の記憶[20]

 事件の痕跡、それは立ち入る事が許されない精霊の森へと続いていた。


「まさか森の中へ入るつもりか!?」

「行ける所まででも行って調べないと、何の成果もありませんでしたなんて言えないわ」

「だからってお前……。大体なんで森の中に続いてるんだよ!?」

「それを調べに行くのよ。さっきの可能性の話なら、生き残りが逃げ込んだとかじゃないかしら?

 被害者は行商人だっていうし、森の事を甘く考えていた可能性もあるわ」

「だが森に入るのは……」

「あなた達に無理は言わないわ。私達だけで行くから、ここで待っていてもらえるかしら?」

「お前たちだけで!? んなもん行かせられるわけないだろ!?

 ……仕方ない、俺たちも行く。だが危なくなったらすぐ引き返すからな」

「えぇ、助かるわ。ありがとう」


 少し考え込んだマモンだったが、私達が勝手な行動をして万一の事があったらと考えたようで、渋々ながら了承した。リーダーの決定には絶対なのか、他の三人からも異論は出なかった。


 私達6人は、恐る恐る森へと踏み込む。そこは木々が密集しているように見えていたが、草丈もそこまで高くなく、入ってみれば意外なほど歩きやすい。


 別名迷いの森ということで、目印になるよう木々に印を付けながら進む。景色が代わり映えしない森だが、それを辿れば街道に出られるようにという意図だ。もちろん私は魔力を辿れば出られるのだけど。


「おい、まだその魔力の痕跡ってのは続いてんのか?」

「ええ。むしろ強くなってるわ。何か……、嫌な空気さえあるほどに」

「深追いしないほうがいい。引き返すなら今だぞ?」

「いえ、その必要はないわ。もうすぐそこよ」


 私が指差す先、そこには無機質な岩肌と、ぽっかり開いた洞窟の入り口があった。周囲は口を開ける崖を避けるよう木が生えておらず、草丈も今までよりさらに低い。

まるで広場として整備したかのようなそれは、なんらかの生物がこの場を行き交う事を示していた。


「……。この中か?」

「ええ。魔力としては弱いけれど、強い想いが溢れてるわ」


 立ち止まり中を遠目に伺うが、暗く永遠に続くようなその闇は、普通の人間には見通せないだろう。

けれど私の目はその惨状が見えていたし、マモンも苦々しい表情を浮かべていた。


「顔色が悪いけれど、大丈夫?」

「あぁ、問題ない。ただここからでもするんだ、ひどい血の匂いがな」

「そう。中は……見ない方が良さそうね」

「そういう訳にもいかんだろう。何かがあるって事だからな」

「……。ミズキは残った方がいいわ。あなた慣れてないでしょう?」

「え? 俺? いやでも、ここで待ってるのも……。

 それに君こそ大丈夫なの? 血の匂いって……」

「お気遣いありがとう。でも残念な事に、惨状を見るのは初めてじゃないわ。

 それに、もう逃げないって決めたから」


 私はもう子供じゃない。惨劇を前に見てる事すらできず、忘れる事で逃げるような弱さはもう捨てたんだ。だからどんな目を覆いたくなる現実にも、立ち向かうんだ。

そんな決意など知る由もないミズキは、小さく「そっか」とだけ肯定した。


「それじゃあ、入るか」

「ええ。その前に、入り口は二人ほど見張りを立てましょうか。あとミズキは光球魔法をお願い」

「えっ、あ、うん」


 少し戸惑うミズキだったが、光球魔法を出せば恐る恐る私の背にぴたりとくっついて付いてくる。なんだかんだ言っても怖いのだ。だからといって私を盾にするのは……、これも何度目だろうか。


 洞窟の中はそこそこ広く、私とマモンが隣同士並んで歩ける広さがある。そして地面は均されていて、人の手が入っている事は見て取れた。

つまりこの洞窟は、盗賊の巣である可能性が高い。だが人の気配はなく、難なく最奥の場所まで辿り着いたのだった。


 立ち止まる私の背に、ミズキの顔がぶつかった。彼は前も見ずに歩いていたようだ。


「ミズキ、そのまま顔下げておきなさい」

「え?」

「あまり気持ちのいいものじゃないわ」

「……うん」


 そこにあったのは、一面赤く染まった空間だった。

染み付き、充満する腐敗した鉄の匂いは、目を伏せているミズキの精神を追い詰めるほどに鼻を突く。

それを現すように光球魔法に注がれる魔力は乱れ、ゆらゆらと蝋燭のように光は揺らめいた。


「こりゃ盗賊のアジトか? しかし誰も居ないな。

 それに死体もないって事は、魔物にでも襲われて食われたか?」

「そう考えるのが妥当ね」

「って事は、盗賊は全滅か。あっけないな」

「……。そうかしら? 私には違和感があるけど?」

「違和感?」

「えぇ。ここが盗賊の巣で、たまたま魔物に襲われたのならこうはならないでしょう?」

「どういう事だ?」


 現場に視線をやれば、マモンも釣られるようにそちらに目をやった。

そこには赤く染み付いた血の跡が全体を覆う。そして盗賊が奪ったであろう品々も積み上げられていた。

しかしそれらには血痕が付いておらず、さらに言えば魔物の“食べ残し”もなかった。


 魔物が人を襲い、そして胃に収める事はよくある事だ。というよりも、魔物にとって人間を含めた自身より弱い生物など、食料でしかない。

そんな魔物が人間を食べるとして、こんなにお行儀良く何も残さない事なんてあるだろうか?


「魔物が盗賊を食べたとして、彼ら魔物にとって服を着た私達は、硬い殻を持つ蟹みたいなものよ。

 特に武装した盗賊なら防具を身につけてるはずだし、旅人なら厚手の服を着るはず。

 それらをきれいに剥くほど、魔物は賢くないはずよ。器用な人間でさえ蟹の殻に多少は身を残してしまうくらいだものね」


 背中から「その例えはやめてくれ、蟹が食べれなくなる」という声がきこえた気がするけど、無視しましょう。


「なるほどな。それじゃ名探偵さん、この状況をどう考える?」

「魔物のために殻を剥いてあげた人間が居る、そう考えるのが妥当じゃないかしら?」

「つまり盗賊はまだ生きてると?」

「でしょうね。そしてここは、証拠を魔物に食わせるための言わば餌場ね」

「だから生き残りが居なかったのか。えげつない事をするもんだ……」

「そうね。ともかく、ここにある盗賊が集めた品は調べる必要があるわ。一度村へ持ち帰りましょう」

「そうだな。だが量が量だ、台車を用意して何度も運び出さないとな」

「その必要はないわ」


 私はミユキさんから借りた亜空間バッグを取り出し、証拠品を収納しはじめる。その様子を目の当たりにしたマモン達は、驚きの声を上げて詰め寄った。


「なんだそれは!?」

「亜空間バッグよ。初めて見るのかしら? 魔導士ギルドでは珍しくないものなのだけど」

「マジか……? そんなの聞いた事もない」

「そうなの? うん、それも仕方ない事よね。魔導士ギルドが研究開発したものには、知られていない珍しい物もあるわよね」


 さも当然のように言えば、マモンは深いため息をついた。常識外れな魔導士という存在に呆れ果てたようだ。

そんな彼らをよそに収集を再開すれば、ミズキは静かに私の隣へとやってきて手伝ってくれる。


「私は大丈夫だから、休んでいていいのよ?」

「大丈夫。お化け屋敷の血糊と思えばなんともないよ」

「そう。もし気分が悪くなったら無理しないでね」

「ありがとう」


 言葉にしたのはここまでだった。その後は静かに二人で山積みにされた盗賊の戦利品をカバンへと詰める。ゆらゆらと揺らめくミズキの魔力を眺めながら……。


「ふぅ、こんなもんね」

「そうか。それじゃ、村に帰るか」

「えぇ。これで盗賊問題は解決するはずよ」

「だといいがな」


 光球魔法が洞窟を照らし、私達は外へと歩みを進めた。魔物が出たなんて事もなかったようで、外に居た二人の見張りと合流し、あとは街道まで出ればすぐ村に着くだろう。

けれど私は、その前にやる事があった。


「ところで、ひとついいかしら?」

「なんだ?」

「いつまで冒険者ごっこをやってるつもりかしら、盗賊さん?」

次回は7/20(月)更新予定です。

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