075 旅の記憶[21]
一瞬の静けさ。それは永遠に感じるほどに重く、そして冷ややかだった。
その静寂を破ったのはマモンだ。
「……盗賊? どこに居るんだ?」
「あら、まだしらを切るつもり? それとも本業を忘れたのかしら?」
「……。お嬢ちゃん、あまり大人をからかうもんじゃねぇぜ? なんの根拠があってんな事言ってんだ」
「ミズキ、彼がどんなヘマを踏んだか教えてあげて」
「ほう? ボウズの方が俺たちを疑ってると?」
突然の事に、ミズキは私の顔を見つめ一瞬硬直する。まさかそんな役を押し付けられるとは思っていなかったようだ。ま、いつも私を盾にしてるんだから、これくらいしてもらわないとね。
そして洞窟の中で揺らめく魔力で筆談した彼の気付きを丁寧に説明し始める。
「疑ってるというか、えぇと……。洞窟に入る前違和感があったんだよね。
冒険者なのに、見張りの事に気が回らなかったでしょ? 入口から敵が来て挟み撃ちになるなんて、一番やっちゃいけない事なのに、それを考えなかったのはおかしいなってね」
「ふっ、それだけか。俺だってうっかりする事くらいあるさ。それに、俺なら魔物程度蹴散らせられる」
「それだけじゃないよ。洞窟を進む時、剣を抜かなかったよね?
本当に盗賊のアジトだと思っていたなら、剣を抜いて戦闘態勢で進むはず。
その上先頭に立つわけでもなかった。魔導士のために時間稼ぎしなきゃいけないはずなのに、魔導士を守る陣形じゃないのはおかしいよね?」
「それに関しては、私も先頭を譲る気が無かったのもあるけれど、それでも変だと思うには十分だったのよ。
あなた達にはあの洞窟がどういったものか、最初から分かっていたのよね?」
「おいおい、その程度で盗賊だと思われてちゃあ、冒険者みんな盗賊になっちまうぜ?」
どうやらマモンはいまだしらを切るつもりらしい。しかし彼もなかなか我慢強いのだから、そういう反応をするのも想定内だ。なにせ亜空間バッグという餌を見せたにも関わらず、今まで奪おうというそぶりを見せなかったのだから。
ならばもう少し踏み込んだ揺さぶりをかけてやる必要がある。
「ところで、出会った時の事覚えているかしら?」
「あ?」
「私達が乗っていたポールの馬車、あなた達は出会ったその場で荷物を調べたわよね?
村まですぐに着く距離なのだから、着いてから調べればいいはずよ。
それに乗合馬車の定期便が運休されているほど危険な街道なんて、警戒して普通の商人は通らないわ。
そんな所を警備する必要性なんてないし、それならこちら側の道に人手を増やすほうがギルドとしては合理的よね?
それで思ったのよ、あなたたちは警備と称して獲物を探してたんじゃないかってね。
金目の物を持っていれば奪う。なければ護衛して、少々の護衛料をもらう。獲物を見極めるために、その場で検査する必要があったのよ。
私達の馬車は日用品しか乗せてなかったから襲わずにいた、そういう事じゃないかしら?」
「おい嬢ちゃん、それなら獲物を探すのに人通りの多い道の方がいいだろう?」
「そうね、でも気づいたのよ。昨日ギルドに行った時、あなた達以外にも冒険者が居たわね。
これはギルド全員でやってる事じゃないのかもしれないってね。
他の冒険者が居れば仕事ができない、だからあなた達は単独で別の道の警護をしていた……。
それに仕事の跡を隠蔽するにも、人通りは少ない方が都合がいいものね」
「……ははは、まったく想像力のたくましい子たちだ。そこまで言うんだ、もちろん証拠はあるんだろうな?」
「えぇ、この中にあるわよ? そのために集めたのだもの。
私でも読み取れるほどなのだから、魔導士ギルドから専門の調査班を送ってもらえば確実ね」
証拠品を集めた亜空間バッグを掲げれば、すっと場が静まり返る。
私が現場検証で何も読み取れなかった事から、どうせ何もわかりやしないとタカをくくっていたマモンにとっては、本当にそれらから過去にあった出来事が読み取れるという可能性が出てきた瞬間、自身が追い詰められているという事実にようやく気付いたのだ。
「ククク……、あーっははは!!」
マモンは私達の追求のどこにおかしさを感じたのかは分からないが、森中に響き渡るほどの声で笑いだす。その表情は先ほどまでの冒険者としての顔ではなく、悪意に満ちた盗賊の顔へと変質していた。
それを合図として、私とミズキを取り囲むよう剣を抜いた男たちは動く。
「まったく、頭は良いのにバカな奴らだ。
このまま黙ってれば生きて帰れたってのによぉ?」
「どっちにしろ、後で処分する気だったのでしょう?」
「そりゃそうだ。俺たちの仕事の邪魔されちゃたまったもんじゃねぇからな。
だが、おかげで証拠品もろとも消せるんだ、ありがたい限りだぜ」
「あらあら、そんな事してギルドにはどう報告する気かしら?」
「なぁに、お前たちは精霊の森に入って帰ってこなかったと言っておけばいい。
ウチの支部長ならそれで十分ごまかされてくれるさ」
完全に支部長を下に見た発言だが、実際にシルバ村支部でのパワーバランスはそういうものなのだろう。面倒な仕事を押し付け、好き勝手にやってきた結果がこれなのだ。
「さて、悪いがお前らには消えてもらう。……やれ」
マモンの言葉に従い、三人の男たちが切りかかる。
動く気のないリーダーを外しても3対2、明らかに不利な状況だ。
「うわっ!?」
「ミズキ、あなたは座っているだけでいいわ」
ぐいっと引き寄せ、ミズキを足元に座らせる。どうせ役に立たないのは分かっているから、魔力の供給だけしてもらって邪魔にならないようにする方がいい。
もちろん切りかかって来る事が分かってたのだから、準備をしなかったわけもないしね。
「ぬあっ!?」
男の一人は、足首に巻かれた蔓に引っかかり無様に顔を地面にぶつけた。
それは元々ミズキが準備していた魔法だ。正確に、的確なタイミングて発動してやれば、ごくわずかな魔力で十分な効果を発揮してくれる。
これで2対2。といっても、こちらの戦力は実質私一人なのだけど。
「悪く思うなよガキどもがっ!!」
「ちょっ!?」
座り込むミズキに剣を振り下ろす男。ブンっという音と共に振り下ろされるが、それは空振りに終わる。それもそのはず、剣を掲げた時にはすでに、空から拳大の大きさの雹がその剣身へと落とされ、脆くも崩れ去っていたのだ。
その後はあっという間に蔓に巻かれ、モガモガとうごめく繭の出来上がりだ。
残りは一人。彼も二人と同じように、ミズキのイメージした魔法で無力化してもいいのだけど、せっかくなので私の見せ場にさせてもらおうかしら。
「クソッ! 仕えねえ奴らだ!」
悪態をつきながらも、目標である私を見据え迫り来る男。けれどその焦りも傲りも、そして動きさえも私の目にはすべて見えている。ただただ私は、その動きを殺さぬよう流してやるだけだ。
しっかりと剣を握り締める手を見据え、手首を掴む。そしてそのまま身体をひとひねりし、勢いのままに男を投げ飛ばす。そうすれば先ほど蔓に足をとられこけた男へと、見事な放物線を描いて飛んでいった。せっかく起き上がり、蔓を切って復帰しようとしていたのに、つくづく残念な人ね。
「うわぁ、綺麗な背負い投げだねぇ……」
「それほどでも」
放りなげられ頭突きされた男達は、共に伸びている。その間に剣を砕かれた男と同じように蔓で縛り上げた。
それを眺めながら、呆気に取られたミズキにパチパチと拍手を送られた。
そして振り向き、私の顔を見るや青ざめる。
「後ろ!」
振り返った時には、すでにマモンの剣は私へと振り下ろされようとしていた。
次回は7/23(木)更新予定です。




