076 旅の記憶[22]
「背を見せるとはとんだシロウトだな!!」
剣を振り下ろしながら叫ばれるそれは、ルイとの稽古を思い出させるものだった。
その剣先は目前に迫る。けれど私は避けなかった。避ける必要がなかったのだ。
キンッという音と共に、目の前へとそれは現れた。
「まったく、なにやってんだ!?」
「お前……」
そこにはマモンの攻撃を見事に剣で受け止めたポールの姿があった。
「どうせ俺が居るのもわかってたんだろ!?」
「えぇ。見せ場を残しておいた方がいいかと思って」
「んな気遣いいらねってのっ……!」
言いながらマモンの腹を蹴れば、二人の距離は開く。
それはポールの力によるものではなく、競り合うよりも間をとった方がよいという二人の見解の一致だ。
「くそっ! お前隠れてやがったのか!」
「そりゃあんな意味深に付いてくるなと言われたら……、ってその時居なかったか。
ともかくマモンさん、あんたと戦う気はない。今からでも自首しましょう」
「はっ! お前に何が分かる!? 戦うしかない俺たち冒険者の苦労なんて、商人になったお前に分かるわけないだろう!?」
その言葉にポールは一瞬押し黙る。商人に転向し、魔王不在の平和な時代の恩恵を享受している彼にとって、たとえ冒険者を兼務していたとしても「分かる」などと言えるわけがないのだ。
「分かるわけねぇよ! どれだけ苦しかろうが、盗賊やるやつの気持ちなんて分かりたくもねぇ!!」
どうにか宥める言葉を探したポールだったが、発せられたのは彼の素直な気持ちだった。
それは彼の罪悪感。過去に奴隷を売って儲けてしまった、その罪悪感が言葉となったのだ。
だからこそ彼はマモンにも罪と向き合い、そして思い直して欲しいと願う。
だがもはやただの盗賊ではなく、命を奪う事に躊躇の無くなった彼に、その想いが届くことはない。
「だったら見逃してやるからすっこんでろ! 商人なら戦うのと逃げるのと、どっちが得かわかるよな!?」
「うるせぇ! 損得なんて関係ねぇ! 俺はお前を止める!」
「ならば死ねっ!!」
声と共に剣を振り上げるマモン。しかしその一瞬の違和感に気付く。彼の魔力が揺らいだのだ。
集中している時の魔力はピンと張り詰め、触れれば裂けそうな痛々しささえあるものだ。それが揺らぐ……。
マモンもかなり腕の立つ冒険者なのだから、集中力を保てないなんて事はないはず……。
その違和感が引っ掛かり、私は瞬時に、そして無意識のうちに索敵範囲を広げた。揺らいだ魔力の先を知るために。
しかしそれは、私の索敵よりも早かった。
「ポール避けてっ!!」
「なっ!?」
その時にはすでに矢は放たれ、彼の目前へと迫っていた。完全に私のミスだ。
初めから盗賊の正体も、ポールと支部長が後をつけている状況も、全てを知っていたから油断した。
他に敵はいない、その判断ミスが伏兵の確認を怠らせ、相手の出方を視る事へと注力させてしまっていた。
今からミズキの魔法イメージを歪め、固めなおすのでは、矢を雹で落とす事も、蔓で防御する事も叶わない。ただ私は無理だと理解しながら、彼に避けろと言うことしかできなかった。
私が招いた事なら、せめて身を挺して守らねばと駆け出したその時、青い風が私の頬を掠めた。
それは私の目でも追えないほどの速さで、いったい何が起きたのかと混乱させる。
認識した時にはそれはそこに居た。手に持った剣でポールへと放たれた矢を叩き切り、そしてそのままその剣を、矢を放った者が居る茂みへと寸分の狂いなくナイフの如く投げる。
その剣が消えた先では短い断末魔と共に、何かが倒れる音だけがした。
何が起こったのか把握しきれないが、この隙に私と同じく一瞬硬直するマモンを蔓で縛り上げる。
その様子に一息つき、ポールは礼の言葉を口にした。
「悪い、助かった」
「……」
青い風のごとくやってきたのは一人の男。白い肌と肩にかかる青白い髪、そして何よりも印象的なのがその姿だ。すらりとした体躯を魅せるように肌を露出しており、唯一身に纏っているのは腰に巻かれた生成りの布だけだ。
「ごめんなさい。私の判断ミスよ」
「ん? 何がだ?」
「伏兵を想定して、索敵を広げておくべきだったわ。あなたもありがとう、危ない所だったわ」
「……」
私の問いかけにも彼は答える事は無い。青白い前髪で隠されたその瞳が何を見ているかはわからないが、ポールの身の安全を確保できたなら他に口を出す気はないようだ。
「それで、その様子だと他に仲間はいないんだな?」
「えぇ、あとは隠れている支部長だけよ」
「そうか。とりあえずこれで解決か?」
「いえ、彼らの処分をどうするか、それが問題ね」
縛り上げられたマモン達をちらりと見れば、憎らし気にこちらを睨む。
それでも気づかれないように巻きつけられた蔓を解こうとしているのだから、まだあきらめてはいないようだ。
「どうするつっても……」
「このまま連れ帰って、全てを白日の下に晒せば冒険者ギルド最大のスキャンダルね」
「だからって隠す訳にもいかんだろ?」
「……。ならここで処分すればいい」
今まで静観を決め込んでいた青髪の男は突如として言葉を発した。
それは静かで、そして背筋が凍るほどの冷たい声だ。
「処分って……」
「一度過ちを犯した人間だ、二度目が無いとも限らん」
「そんな問題じゃないだろ!?」
「お前がやりたがらないなら俺がやろう。貸せ」
男はポールの剣を奪い取り構える。それは今から行うことに対してなんの躊躇も感じさせなかった。
「待って、それは私たちが決めることじゃないわ。
そうでしょう、支部長さん?」
私が彼の隠れる茂みへと目をやれば、「来なければよかった」という後悔の魔力は、「こちらに話を振らないでくれ」という懇願の魔力へと変わっていた。
「もうバレてんだ、出てこいよ」
ガサガサと茂みをかき分け、ポールは支部長を引っ張り出す。
その姿はイタズラがバレた時の子猫のように縮こまっていた。
「先に言っておくわ。わたしが報告した事が魔道士ギルドでは“あったこと”になる。
つまり盗賊を処分して魔物に襲われた事にすれば、ギルドのメンツも、あなたの立場も守られるわ。
もしくは全てを白日の下に晒し、全てを失うか……。それは支部長、あなたが決める事よ」
「……」
長い沈黙。示された二つの選択肢、それはどちらも身を裂く結果となる。
彼は優しすぎた。支部長という面倒事を押し付けられ、損な役回りを一身に受けようとも、文句ひとつ言う事なく職務を全うしてきた。
そして彼は甘すぎた。ギルド支部の統制は彼がトップとなった時点で崩壊し、そして結果としてギルド内部に盗賊を生んでしまった。
そんな彼が初めて支部長として下す決断。まがりなりにも共に支部を支えた仲間を切るか、これまで世話になったギルドの顔に泥を塗るか……。
そのような考えが、彼の頭の中を駆け巡っていた。
「少し、話をさせてください……」
「ええ、いいわ」
蔓で巻かれた口を解いてやれば、マモンは吠える。
「クソッ! 殺すならさっさと殺せ! お前だってわかってるだろ!?
どのみち死罪は避けられねえんだ!」
「マモン……」
ただ静かに名を呼ぶだけ。けれどそれは、罪人に対する軽蔑の魔力など含んでいなかった。
ゆっくりと膝を地につき、目を見据える。そして優しく抱きしめる。
「すまない。私が不甲斐ないばかりに……」
「なっ……、なんだ気持ち悪い!!」
「今の時代、冒険者が苦しい生活を強いられているのは私も分かっている。
それなのに私は、支部長としての責務を放棄してしまった。
そのせいで皆がさらに困窮すると分かっていながらだ。
君たちに罪を犯させたのは、まぎれもない私だ」
「お前……。バカ言ってんじゃねぇ! 俺らが勝手にやった事だ!
さっさと剣を抜け! 覚悟はとうにできてんだよ!」
「……。ならば私も共にゆこう。責任者は責任を取るために居るのだから」
「なっ!?」
剣を抜き、自らに突き立てようとする彼。それをマモンは必死の体当たりで防ぐ。
そこへポールが割って入り、支部長の剣を取り上げた。
「何やってんですか! そんなの責任を取るって言わないですよ!」
「止めてくれるな。こうなったのも、そしてこの事に気付かなかったのも私のミスだ」
「……もういいわ」
今までの支部長という重圧とストレスで、すでに冷静な判断が出来なくなっている人にこれ以上付き合ってられないと、私は冒険者たちの群れへと割って入る。
少なくとも優しすぎる支部長はマモン達を斬捨てる事はおろか、断罪したくもない様子だ。
そして彼らの行いの責任は自らにあると言うのだ。
「あなたが責任を取るというのなら、そうしてもらいましょう」
私の静かな一言に、再び森に沈黙が降りた。
次回は7/27(月)更新予定です。




