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061 旅の記憶[7]

 冒険者ギルドでひと悶着あった翌日、私たちは馬車に積み込まれる荷物を眺めていた。木箱や樽を一つ一つ開けてチェックするのは馬車の主、ポールだ。昨日遅くまで冒険者ギルドの面々と飲み交わしており、ひどい二日酔いであるにも関わらず仕事はきっちりとこなしている。マジメな人柄はその様子からも見て取れるが、そんな状態で出発して大丈夫なのだろうか。


 なんだかんだ話の流れでその宴会に参加した私達だったが、さすが冒険者という人たちは騒がしく、そして豪快だった。飲みっぷりもそうだが、食べっぷりがだ。宿場町の食料を全て食いつくさんとするその様子は、貴族社会と魔導士ギルドというおとなしい人々の集まりしか知らぬ私にとっては、まるでオークかなにかの食事風景にすら映った。まぁ……、魔導士ギルドの実戦部隊も騒がしいのだが、さすがに彼らほどではない。

そんな大宴会になってしまったものだから、彼の懐事情を心配して声を掛けた私だったが、彼にとってはこれも先行投資なのだという。


 気前の良い商人だと冒険者に認識されていれば、腕の立つ者が依頼を自ら受けてくれるようになる。そうなれば依頼を受注されるまでの待ち時間が減り、その時間を商売に使う事ができる。つまり損して得取れの精神で、金銭的な損を時間的な得で埋めているわけだ。だから私達の分と言って差し出した金銭も受け取らず、どうか贔屓にしてくれとだけ言うのだった。


 まるで商人としての至極全うな計算の上で行われているように説明されたが、それは彼のある種の照れ隠しにも似たものである。もちろん気づかぬふりをしたのだが。

そんな気前の良すぎる商人、ポールの馬車は見る見るうちに運び込まれた荷物が積みあがってゆく。荷台の先に繋がれた馬を撫でていたミヅキだが、ポンポンと馬の首元を軽く叩いて「またね」と言いながら、こちらへとやってくる。そしてこそこそと私に問うのだった。


「あのさ、なんで馬に剣持たせてるんだろ? しかも二本も」


 見れば言葉の通り、馬の鞍には鞘も付けられており、左右両方に一本ずつ剣が収められていた。

そんな鞍は初めて見るし、馬車なのだから馬自体に直接乗る事は無い。ならば鞍も必要ないだろう。


「さぁ? それはポールさんに聞いてみないとわからないけど……。

 もしかするといざという時に荷台を捨てて逃げられるようにかしらね。

 逃げ専門だなんて冒険者ギルドで言われてたくらいだし」


 納得できないといった顔をしているが、そんなに気になるなら本人に直接聞けばいいのにと思う。

もしかすると、一度私を通してこの世界では普通なのかを確認しようという、彼なりの配慮なのかもしれないけれど。


「それに、なんかやたら物騒な物が多くない? オノとかノコギリとかさ……」

「商品よ。これから行くセルバ村は、主産業が林業なのよ。だからそういう商品が必要とされるわけ」

「あぁ、そうなんだ。俺はてっきり盗賊の話ばかり聞いてたから、人をバラすためのものかと……」

「物騒なのはあなたの頭の中よ。それに彼の事は信用していいわ」

「……。どうしてそう言い切れるのさ?」

「だってそうでしょう? この場でセルバ村へ送る物を仕入れているのよ?

 盗賊の仲間の運び屋だったら、証拠を残さないよう闇ルートで隠れて仕入れているはずよ。

 あともうひとつ、ここで仕入れたって事は、彼は元々セルバ村に行くつもりはなかった。

 私たちの話を聞いて、わざわざ目的地を変更してるのよ」

「どうしてそんな事を?」

「彼が商人に向かないほど良い人すぎるから、それ以外の理由が思いつかないわね」

「……ふぅん」


 彼は何か思う所があるようなそぶりで話を終える。こういう時私は相手の考えを読んで、何か気に障るような事を言ってしまったのか確認するのだが、彼の場合それが難しい。

異世界人特有というか、彼はその中でも特に魔力が膨大なため、まるで靄がかかったかのように、魔力が邪魔して断片的にしか思考を読めないのだ。彼に若干の苦手意識があるのも、これが原因のひとつかもしれない。


 けれど考え方を変えれば、それは彼を守る障壁にもなってくれる。実戦部隊での稽古の時、ナガノさんがロベイアの雷撃魔法の下書きを高濃度の魔力で霧散させたように、彼は常に外からの魔法攻撃を無効化とまではいかずとも弱体化させられるのだ。おかげで私は対魔法攻撃には自分の身を守るだけで済むのだから、悪いことばかりではない。


 それに魔物は自身より明らかに強い魔力を持つ者を危険と認識し、襲ってくる可能性が低くなる。

おそらく人間より魔力感知能力が高いのだろう。おかげでこれまでも魔物に襲われる事はなかったし、この先もあまり心配いらないだろう。考えてみればメリットの方が大きいのだし、彼に文句を言う筋合いはないと納得する事にしよう。


「おう、待たせたな」


 その声にはっと我に返れば、荷台の上には私の背より高い荷物の山が築かれていた。布を纏い、ロープで縛られているとはいえ、さすがに威圧感というか、恐怖を感じるほどの高さだ。箱の中には金物、そして旅の食料と水。そういえば樽の中は酒もあったはずだ。

そして前方には、私達が座れるようにとスペースを空けており、小さめの木箱が椅子代わりに置かれていた。


「ちょっといいかしら? さすがにこの量を一頭立ての馬車で運ぶのは無理じゃない?」

「ん? 大丈夫だぞ。ウチのハロンは特別だからな!」

「ハロン君はお利口な上に力持ちなのかー、いいなー」


 スキあらば馬を撫でるミズキはおいといて……。ハロンというのはこの荷台を牽く馬の名だ。

白い毛並みに、太陽の光を青白く反射させる鬣の馬。確かに魔力量は普通の馬より多いようだが、見た目は至って普通で、筋肉量が多いようにも見えない。けれど魔力の多い動物は、無意識で身体強化を行う個体もいるそうだし、おそらくこの馬もそうなのだろう。


 ともかく私は信じて乗り込むだけだ。万一に備え周囲の警戒は怠らないものの、実際の進行に私が関与できることはない。

こうして私達三人と一頭は宿場町を後にし、セルバ村へと向かうのだった。

次回更新は6/5(金)の予定です。

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