062 旅の記憶[8]
森を分断するように伸びる道を、ゆっくりと私達を乗せた馬車はゆく。ガタガタと揺れるたびに、荷台の木箱の中身はガチャガチャと音を立てる。そんな積荷の合奏も、三日目となれば慣れたものだ。順調に進んでいるおかげで、今日中にはセルバ村には着く事ができるだろう。
これまではミズキの強すぎる魔力がゆえに魔物も寄ってこず、順調な旅だった。けれどまだまだ油断はできない。そう思いなおし警戒を強めれば、ふっと影が落ちる。見上げれば高く晴れ渡る空に、一羽のカラスが悠々と泳いでいた。まるで私たちを見下ろすように、大きな翼を広げ旋回している。
「大きなカラスだねぇ」
「そうね。不幸の予兆じゃなければいいけど」
「ん? なんでさ?」
「カラスってあまり良いイメージないじゃない? 動物の死肉に群がったりするもの」
「あぁ……。ごみをあさったりと迷惑なイメージもあるかもね。
けど俺の……、元々いた国ではさ、三本足のカラスが神様を導いたなんて話があるんだ。
だから悪いイメージばっかじゃないよ」
「へぇ、ミズキ君はこの辺の生まれじゃないのかい?」
「えぇ、遠くの国なんですよ」
さすがのミズキも、部外者であるポールが居る事もあって「元居た世界」などと言う事はなかった。けれど遠くの国なんて言ってしまうと、どこの国なんだと聞かれたりして面倒だ。特に行商人は色々な国へと行くのだから、行った事あるかどうか確かめたくなるだろう。
けれど私も今は彼の考えを深く読む事ができず、冒険者ギルドでのようにその後の展開を踏まえた話運びをするのは難しかった。それは噂の盗賊の事もあって周囲を警戒しており、いつもより広く、浅く魔力の色を読むようにしていたからだ。
ボロを出した所で別に彼なら問題ないとは思ったけれど、それでも話を無理やり変えてしまう方が得策だろう。
「ちょっといいかしら? ポールさんはどうして冒険者を辞めたの?」
「ん? 辞めてはないというか、元々冒険者らしからぬ立場だったしな。
運び屋だったってのはギルドで聞いただろ? 行商はその延長みたいなもんだからな」
「それじゃあ、元々商人になるつもりで開業資金を集めるため冒険者をやってたのかしら?」
「いや……、そうでもないんだが……。なんて言えばいいか……」
「あっ、ごめんなさい。言いにくい事なら別にいいの。ちょっと気になっただけだから」
さすがに思考を読めない状態とは言え、この歯切れの悪さと彼の表情からあまり触れられたくない事なのは分かる。話題そらしのはずが、思わぬ地雷を踏んでしまったようだ。
「いや、そうじゃないんだがな……。人を探しててな」
「人探し? 俺たちと一緒だね」
「ん? そうなのか?」
「えぇ、私達は医神アスクを探しているの」
「あぁ、名前だけは聞いた事あるな。なんでもすごい医者だとか」
「ポールさんはどんな人を探してるのさ? 生き別れの家族、とか?」
「ちょっとミズキ!」
ズケズケと切り込むミズキに、さすがに冷や汗が出る。
本当に生き別れの家族だったらどうするつもりだ……。
「あぁ、俺の探してるのは少しの間一緒に旅した奴さ」
「へぇ、旅の仲間かー。どんな人?」
「んー……。全然知らない。というか、知る時間も取れなかったな……」
「なるほどー? つまり一目ぼれした相手だね!?」
「ちょっとミズキ、落ち着きなさい」
相当退屈だと感じていたのか、ミズキの話への食いつきが異常に良い。それも無理からぬことか。景色は変わり映えしないし、唯一の楽しみは休憩時の馬とのふれあいくらいなのだから。
そんなデリカシーのない子供じみた相手にさえ、ポールさんは嫌な顔せず応じるのだから彼はかなりできた人だ。
「ははは、もしかするとそうかもな」
「キニナルー! キニナルー!」
「おいおい、めちゃくちゃ食いついてくるじゃねーか」
「ごめんなさい、落ち着きのない人で……。嫌なら無視してください」
「まぁいいさ、どうせ暇だしな。と言っても、俺も話せる事はあんまりないんだけどな」
そこまで言うと彼は少し黙りこむ。話せる内容がない人の話をする、それはかなりの難題だ。
暇つぶしとはいえ、興味を持ってくれている人に話すならなおさらだろう。
「俺が冒険者の時ソイツと出会ってな……。運び屋の仕事の途中で拾ったんだ」
「拾った?」
「あぁ、ソイツは奴隷だったんだ。おそらく魔物に襲われたかなんかで主人が死んで、命からがら逃げてきたんだろうな。
かなり弱っていて、このままじゃ死ぬのは目に見えていたから、奴隷引継ぎ魔法を使ったんだ」
「奴隷引継ぎ……?」
「えぇ……、お前奴隷の制度知らないのか? あ、そうか、遠い国の出身だからか?」
「それもあるけど、ギルドで保護されていたのもあって色々教えられてないのよ。
その辺の説明は私が代わりにするわ」
旅に出る前にギルドの職員たちから彼は何も知らされていないと聞いていたが、さすがにこれは先が思いやられる。それもこれも彼の強すぎる魔力を求めてギルド内で派閥争いがあったからという話だが、それを治めるためとは言え何も知らない状態で放り出すとは、ギルド内は彼によってかなり混乱していたのだろう。その結果面倒を被る私の身になって欲しいものだ。
ともかく、奴隷について説明してやらねば……。とは言え、私も奴隷の実態というのは、教育係のソーン先生くらいしか知らないし、何より先ほどの説明からすれば登録されていない奴隷の事だろう。
となると奴隷の制度ではなく、魔法の部分について話すべきか……。
「人を奴隷にする方法はふたつあるの。ひとつは自らの意思で奴隷になる方法、もう一つは精神を折る方法」
「すげぇ不穏な言葉が聞こえたような……」
「前者はお金を作るためとか、そういう理由で奴隷になる場合。後者は強制的に奴隷にする呪いよ。
どちらも同じ魔法で、かけられた者は主に絶対服従となるわ。そして逃げられたとしても、主から離れれば衰弱してゆき、いずれ死に至るわ」
「うわぁ……、悲惨」
「まぁそれも昔の話よ。今は奴隷にも配慮した制度があって、命に係わる命令は拒否できるし、主から離れても衰弱する事もないわ。逃げる事も難しいけれどね。
だけど、さっきの話を聞く限りはその制度外の奴隷……。いわゆる裏奴隷ってやつよね?」
「裏奴隷?」
「世の中には奴隷を昔のように好きに使いたいヤツもいるのさ。あ、もちろん違法だからやるなよ?」
「奴隷自体興味ないかな……」
先ほどの食いつきの良さが嘘のように冷めた様子だ。
おそらく父と同じく奴隷に忌避感があるタイプなのだろう。
「まぁいいさ。今でも裏奴隷ってのは少なからず居てな、俺の拾ったのはその中でも主人が死んだヤツ、野良奴隷とか呼ばれるモンだな」
「え? でも主人だけが死んじゃうとかあるかな? 絶対服従なんでしょ?」
「魔物の急襲とかで、命令が間に合わなければありうるわ。あとは奴隷魔法の妨害とかね」
「まぁ珍しい事には違いないがな。んで、俺は死んだであろうソイツの主人に代わって、新しい主人になる魔法を使ったんだよ」
「へー、ポールさんって魔法も使えるんだ?」
「奴隷魔法は奴隷本人に掛かっているから、その紐づけを変えるだけなの。
だから魔法の適性が無い人でも比較的簡単にできるのよ」
「ホントに基礎の基礎から説明しないといけないんだな……。これは君も苦労するねぇ」
「えぇ、でもそれが私の役目だから……」
二人で顔を見合わせついたため息は、荷台で繰り広げられる合奏にかき消された。
次回は6/8(月)更新予定デス。
ちょっと長くなったので中途半端と思いつつ今回はここまで。
おかげで次回が微妙に短い……。




