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060 旅の記憶[6]

 紆余曲折の末まとまりかけた話を遮るため乱入した一人の男。茶髪で頭に布を巻き、ボロボロになった緑のマントを羽織ったその姿は、私達よりもよほど旅人の風貌だ。だが短剣を携え、革製の胸当てをしている所から冒険者であるとも見える。


 けれど他に仲間が居る様子はない。軽装であるため、単独で魔物の討伐等を行うようなタイプでない事は確かだし、そもそも冒険者であっても単独行動など自殺行為だ。だからこの話を遮ったのも、美味しい話を居合わせた者達に独占させず、一枚かもうとしたのだと大抵の者は考えるだろう。

しかし彼がもっと前から、それこそ私が受付の元女冒険者とにらみ合いをしていた頃からこちらの様子を窺っていた事を知る私にとっては、的外れな推測だと断言できる。


 そんな彼にいち早く反応したのは、その受付の元女冒険者だ。

彼女はまるで重力を失ったかのようにカウンターの上を舞い、そして音もなく着地したかと思えば、目にも止まらぬ速さでその男に飛びついた。


「ポール! ポールじゃないか! 元気にしてたのかい!?」


 喜びに弾む声と共にがっしりと抱きしめ、そしてわしわしと頭を撫でる。くしゃくしゃになった巻かれていた布ははらりと落ち、短い髪の毛はゴツゴツとした女の手でボサボサにされてゆく。

彼女の言葉を合図とするように、ギルド内の他の男たちもポールと呼ばれた彼を取り囲み、口々に「お前今までどうしてたんだ」とか「まだくたばってなかったのか」などと言う。皆が知る人物という事は、どうやら彼はこのギルドではそれなりに有名人なのだろう。


「痛い痛い! ギブギブ! 姐(あね)さんもみんなも落ち着いてっ……!」

「ったく、こんくらいで音をあげてんじゃないよ!」


 バンバンと肩を両手で叩かれる彼は、やっと解放されたことで苦笑いしながら身なりを整えた。

そして一息つきなおし、ここへ来た理由を語る。


「色々話たい事はあるけどさ、今はその魔術師さんたちに用があるんだ」

「なんだい? アンタたち知り合いかい?」

「そういう訳じゃないんだけどさ、さっきの依頼についてな」

「うん? そうかい。まぁいいけど、依頼についてならアタシが間に入るよ。いいかい?」

「あぁ、お願いするよ」


 そういったやり取りをしたのち、私の前へとやって来た。

そして満面の笑みで自己紹介しながら握手を求めてきたのだった。


「はじめまして、俺は商人ギルドのポールだ。君たちがセルバ村に行きたいって言ってた魔術師だね?」

「ええ、そうよ。でもその話をどこで聞いたのかしら?」

「あぁ、馬車の待合所で知り合いの御者に聞いてね。俺もセルバ村に向かうから一緒にどうかなって思ったんだよ」

「そうなの。で、馬車の運賃を折半しようって事かしら?」

「いや、俺は行商しながら旅しててな、馬車はあるんだ。まぁ、荷物と相乗りになっちまうけどな」

「それじゃあ、護衛の依頼料節約が目的かしら?」

「ははは、俺は護衛なんて付けないさ」

「そりゃそうだ、アンタ商人になったって言っても、まだこっちのギルドに籍も残してんだからね。

 ま、腕がなまっちまったってんならアタシが紹介するけどサ」

「つまり元冒険者って事かしら? しかも護衛無しだなんて、腕は確かなの?」

「うーん、人並み?」

「ぷっ……、アンタは人並みどころが逃げ専門じゃないか!」

「ちょっと姐さん! それはあんまりな言い方じゃないかな!?」


 途中から姐さんと呼ばれる受付の元女冒険者も話に入ってくるが、彼女によって少しばかり話がそれる。それは仕事のためというのもあるが、久々に会った彼と話をしたいという思いの方が大きいようだ。

そして彼の冒険者としての素質を彼に代わって話し出す。


「まーコイツはさ、依頼の中でもいわゆる運び屋仕事をやってたんだ。

 街から街へ小さいモノを運ぶ仕事さ。だから討伐依頼受けるようなガチの戦闘系とは毛色が違うね」

「そそ。親書とかの重要なモノや緊急物資、例えば薬の配達みたいなね。

 だから戦闘経験は他よりは少ないんだけど、さすがに訓練もしてたし素人じゃないさ」

「なるほど、つまり私達の魔法をアテにして護衛代をケチろうって所かしら?」

「言い方!」


 さすがに護衛を受けて生計を立てている者達の中でその発言は不用意だと思われたようだ。

けれど周囲の冒険者はみな魔物特化のため、盗賊を相手にするであろう今回においてはさほど問題にならないと私は考えていた。実際その言葉に反応したのは彼だけだったし、私とこの場で一番強いという男との一件を見ていた者たちに、異を唱える者など居ない。


「ま、まぁ大人数でゾロゾロ歩くのも大変だろ? 荷台に二人乗せるくらいはできるし、その方が良いってのが商人としてのだな……」

「結局ケチろうとしてんじゃないのサ! まぁウチはどっちでもいいんだけどさ」

「うぅ……。スマン、今日は酒奢らせてくれ……」


 文句を言う人が居ないのと、不服と思わない者が居ないのは別問題だ。稼ぐチャンスを奪われた暇してる冒険者たちの視線に耐え切れず、彼はおそらく依頼料よりも高い出費を支払う羽目になった。

その辺は冒険者同士のしがらみだし、私達の知るところではないのだけど。


「けどな、個人での契約はやめときな。形式上だけでもいいからギルドを通してもらうよ」

「あぁ、それは俺も思ってたところだ。俺への冒険者としての依頼と、彼女らへの派遣依頼を同額で処理してもらえると助かる」

「そうね。それが妥当な所ね。そうなると費用はいくらくらいになるのかしら?」

「頭金金貨10枚、プラスして一日当たり金貨2枚が相場さ。オプション付けるかい?」

「いえ、実質護衛だけだからそれで十分よ」

「よし、わかった。準備するから待ってな」


 そう言って再び軽い身のこなしでカウンター内へと入る彼女は、受付の背に一面広がる棚から銅板を取り出し、当金(あてがね)と木づちを使って契約書を作り始めた。

魔導士ギルドなら紙で行うのだが、それは製紙技術を持つからこそできる贅沢な紙の使い方だ。冒険者ギルドなどの外部組織であればこういった手法がとられる。

領主である父も金打(かなうち)職人が居ない時などはよくやっているのを、幼いころから私は視ていた。そんな様子に興味をそそられつつも、今まで約束通り口を挟まなかったミズキは、小声で私に疑問を投げかけてきた。


「あのさ、護衛依頼はしないんだよね? なのにお金かかるの?」

「あぁ、あれは冒険者ギルドへの手数料よ。私達がポールさんへ護衛を依頼した事にしたの。

 そして彼は私達に魔導士派遣を依頼したって形ね。それでかかる費用は相殺したのよ」

「魔導士派遣?」

「えぇ。冒険者たちが魔導士ギルドに魔術師の派遣を依頼するのよ。

 魔法を使える人って魔導士ギルドに入りたがるから、高度な魔法が使える優秀な魔術師ほど冒険者にならないの。だから戦力的に不安があれば魔導士ギルドに派遣依頼が来るの。

 派遣された人も実戦経験を積めるし、なにより結構な収入になるのよ。副業のつもりがそっちが本業になる人もいるくらいにね」

「ってことは、その派遣依頼と護衛依頼の依頼料が相殺されたわけ?」

「そういう事」


 それは戦力を売りにしている冒険者が魔術師には敵わないという事である。実際には時間稼ぎしてもらわないと魔術師単体では最大の力を出せないとしても、だ。

そういった事情で冒険者ギルドは戦力を依頼する側であるため、魔導士ギルドに逆らいにくいという側面もあるのだが、これについては説明する必要もないだろう。

まぁ、私達が魔導士ギルドの者だと知った時の冒険者の反応で、そういうギルドのパワーバランスを彼は薄々感づいているようだけれど。


「ん? でもさ、なんで手数料かかるのにわざわざそんな事を?」

「ただの手数料じゃないわ。事故が起きた時の保険よ。元々冒険者ギルドは冒険者を守るためのギルドでね、冒険者が怪我なんかで仕事が続けられなくなった時に補助してくれるのよ。もちろん死亡時は遺族が生活できるようにお金が渡されるわ。そのために手数料を取ってるの。

 それを依頼人にも適用してるのよ。それにそういった事故じゃなくても、冒険者と依頼人との間で問題があった時に対処してくれるから、手数料を払ってでもギルドを通した方がいいのよ」

「なんか意外としっかりした組織なんだね……」

「しっかりしてないと三大ギルドなんて名乗れないわよ」


 そんな説明を聞いた後彼は満足したのか、カウンター内で心地よい音を立てながら行われる作業を見つめていた。そんな小さな子供のような行動に、音を奏でる主は「そんなに珍しがるモンかい?」なんて笑いながら応えている。それでも手は止まらないのだから、冒険者仕事だけでなく受付仕事も慣れたものなのだろう。


「ほいよ、これで完成さ。あとは二人のサインを頼むよ」

「サイン? 名前書けばいいの?」

「ん? もしかして初めてなのかい? これに手を置いて魔力を流すだけさ」

「へぇー」


 完成した文字が刻まれた銅板をまじまじと眺めながら、彼はそっと手を置いた。

サインとは、契約内容が書かれた書類、つまり今回であれば銅板に魔力を流す事で契約内容を双方が同意したという証となる。それは何かしらの契約違反があった時の証拠となり、魔導士ギルドに属する組織によって裁きが下される際の材料となるのだが、そのあたりの事についても彼には後で説明が必要なようだ。

まぁサイン自体は私がする必要もないし様子を見ておこう、と眺めていたが、大事な事にハッと気づいた。


「ちょっと待って!!」


 その声も虚しく、手の置かれた銅板からは目をくらます光が放たれ、そして次の瞬間銅板だったそれは粉々に砕かれていた。


「一体何が……、って! なんだいこれは!?」

「言い忘れてたけど、彼は魔力が強すぎてギルドで保護されてた人なの」

「ははは……、銅板が魔力に耐えきれなかったんだね。そんなの見た事も聞いた事もないよ……。

 まぁ俺としては心強い限りだけどさ……」


 様子を見ていたポールは苦笑いし、そして受付の中には「まったく、作り直しじゃないのさ」とブツブツと文句を言う姿があった。そしてバツが悪そうにミズキは謝り続けている。

そんな中一人だけ恐怖におののいていた人物が居た。私に背を取られたあの男だ。あの時私が相手じゃなかったら、こんな化け物を相手にしていたのかという恐怖、それは彼にトラウマを植え付けるには十分だったようだ。

次回は6/1(月)更新予定です。



以下雑記



金打職人ってのはもちろん造語ですよ。異世界のタイプライター的な職業?

ちなみに一般的には「きんちょう」と読んで「堅い約束をする」って意味らしいです。

契約書作る人って認識だとなんかしっくりくるね。たまたまやけど!

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