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046 逃げ延びるには

 魔導士ギルドから逃げ出し、追手を巻くにはどうするか……。


 ギルド城下町は深夜とという事もあり、人の姿はない。けれど姿を見られるわけにはいかないと、私は人相変更の魔法を使った。

それは本当に姿を変えるものではない。相手の認識を歪め、別人と思わせる幻術士の得意とする魔法だ。実際に誰かに見られなければ発動する事はないため、魔力を持たなくとも準備だけはできる。

もちろん私は相手の魔力が見えるので、今の所誰にも見られていない事は分かっている。


 そんな私だが、幻術が相手の魔力を操作するものであっても、さすがに熟練魔導士を相手取るには分が悪い。それは先の相手の認識を歪める魔法も同じで、相手の魔法抵抗力によっては見抜かれてしまう事もあるのだ。

だからこそ追いつかれないよう、できるならば追いかけることを諦めるような場所に逃げ込まねばならないと考えていた。


 魔導士ギルドは、魔界と人間界の間を隔てる森の魔界側に存在する。いっそこのまま魔界に逃げ込んでしまえば、魔族の存在が追手を打ちのめしてくれるだろう。

しかしそれは、当然ながら私達も危険ということである。そのうえ幻術士は、魔族や魔物には効果的な攻撃方法を持たないのだから。


 ならば人間の居る側に逃げることになる。通常ならば切り立った海岸と、森の間沿いに続く街道をゆく。それは比較的安全で、いくつか宿場町があるため物資の補給も容易だ。

けれどその街々には魔導士ギルドの窓口が存在する。すなわち追手がすでにゆく先に存在するという事だ。


 どちらに向かったとしても逃げ延びる事は難しい。

ギルド街から出ても結論を出せず、私の足は遅々として進まなかった。


「おねえちゃん……」

「大丈夫よ。私がなんとかするから」


 不安をにじませる朱色の瞳に見つめられ、私は考えた。追手から逃げ切るには……。


「森を行きましょう」


 結論は簡単だった。けれどそれはある意味で最も危険な選択。


 森の中を行くのは当然危険だ。それは道がないからというだけではない。もちろん普通の森ならば、道なき道を進む事や、野生の動物、もしくは魔物との遭遇が危険の大部分を占める。

しかしこの森に限っては、それだけが問題ではないのだ。


 精霊の森、聖なる森。ひとはこの森を「迷いの森」または「迷わずの森」と呼ぶ。

一度足を踏み入れれば帰ってこられぬ迷いの森。もしくは選ばれた者しか入ることさえ叶わぬ迷わずの森。


 結果がどちらであれ、この森に入る選択肢は普通ならばありえない。私が追手ならば、相手が森に入れれば出てくる事は無い。つまり追う意味がない。

逆に入れなければ元の場所に戻される。ならば森の前で待っていればいい。どちらであっても追う必要がなくなるのだ。


 そして追いかけて森に入ってしまえば、迷い込み戦力を喪失するか、もしくは元の場所に戻されるか。

どちらにせよ追う事が不可能な状態である。


 だから私は賭けに出た。迷い込んだとして、本当に生きて帰れないとは限らない。それに捕まればどの道命はない。森にまつわる話がただの迷信である事を祈り、足を踏み入れたのだった。



 ◆ ◇ ◆ 



 鳥が舞い、風の指揮に木々が囁くように歌う。いくつもの木漏れ日は点線となり、私たちを誘う様に森の奥へと続く。


 迷信だと祈った森の実態は、迷いの森だった。

私達は元いた場所に戻される事なく森の中を彷徨い、そして巨大な銀の狼に追われる事となる。

けれど今では狼は討たれ、森は優しい光の溢れる場所へと変貌をとげた。




 先ほどまで魔物に追われ逃げ惑った、鬱蒼と茂る樹海と呼ぶにふさわしい森はどこへいったのだろうか。

そう考えている私に、私の様子を伺っていた商人ギルドの老人、ハシミが話しかけてくる。


「色々とお尋ねしたい事はありますが、まずはなぜこの森にいらしたのですかな?

 魔法の技術は十分なようですが、幼い妹さんと二人きりで旅をするような年齢でもなさそうですが……」


 当然の疑問だ。私がどの程度の年齢に見られているかは知らないが、少なくともマティナを見て二人旅が普通であるはずはない。護衛を雇うのが一般的だろう。


 けれど、もちろんながら「魔導士ギルドから逃げてきた」なんて事は言えるはずもない。ならばそれなりに説得力のある作り話をする他ない。


「そうね、この森に入った理由よりも先に、私の魔法の事について話しておきましょうか。

 この先また魔物に襲われたとしても、私があまり力になれないと分かってもらいたいもの」


 私は先に魔法の種明かしをする事にした。森に入った言い訳を考える時間を作りたかったのが一番の理由だ。そしてもう一つ、幻術士特有の理由もある。


「どのくらい理解があるのか分からないから基本的なことから話すわね。

 分かっている事ならそう言ってもらえると助かるわ」


 そういって本当の基本的な事から話し始めた。

話している間に目的地に着く事を期待しながら。


「まずは魔法を使う人を魔導士って呼ぶ事は大丈夫よね? 魔法使いなんて呼ぶ人もいるけれど」

「ええ、それは心得ておりますよ。ギルドも魔導士ギルドという名前ですしな」


 ハシミは商人ギルドメンバーらしいし、ギルド名を間違って覚えてる事はないようだ。取引先になった時、間違えて覚えていると失礼にあたるものね。


「その魔導士の中に魔術士、一般的にイメージする魔法を使う人がいるの。

 そして魔弓士も広く言えば魔導士ね」


 私は魔道具に少し残った魔力を使い、光の魔法で宙に図を書いてゆく。

大きな魔導士の輪の中に小さな魔術師と魔弓士の輪がある図だ。


「魔力を導くものは皆魔導士というわけですね」


 魔弓士という単語に反応したのかキュウが相槌を打ってくる。

しかし昼食の時もそうだったけど、まだ警戒されてるようだ。


「そういう事よ。そして私は魔術師ではないの。魔術を扱うには魔力が少なすぎたから。

 だから私は代わりに幻術を使っているのよ。見た目は魔術と見分けがつかなかったでしょうけれど」


 さっきの図の魔導士の輪の中に幻術士の輪を追加する。大きな輪に三つの小さな輪が入っている状態だ。

この発言にハシミは疑問符しか浮かんでいない。キュウは悟られないためか、興味なさそうにしている。


「魔導の中に小ジャンルとして幻術があるのは分かりましたが、幻術とは幻を見せるものという理解でよろしいかな?」

「それは幻術の基本魔法よ。それを昇華させた物が私の幻術。相手の期待するものを、相手の魔力でもって具現化する。

 私自身は魔力の流れを操作するだけだから、魔力の消費が小さいの。魔力の少ない私にはうってつけってわけ」


理解したのかしていないのか、ハシミは「むむむ……」とうなる。


「それでは、私たちがあなたの元へ向かう前の火柱は誰の魔力を使ったというのですか?」


 キュウは私の話の矛盾を探そうとしているようだ。油断させるための嘘をついていると考えているのだろう。彼の本心は強すぎる魔力でガードされており、完全には読めないけれど。


「答えから言ってしまえば、マティナの魔力を使っていたわ。あの子は火柱を見た時気を失ったと言っていたわよね?

 それは魔力をごっそり持っていかれてしまった結果だと思うわ。もちろん私はマティナの魔力を使う気はなかったのだけど」


 キュウの怪訝な視線が私に刺さる。私だって魔法の使用者がどこか他人事のような物言いをしていればそんな顔するかもしれないが、これが事実なのだ。


「マティナは私なら大丈夫、十分に戦える魔法を使っているはず。そう思っていたのでしょうね。その想いが私の魔力と結びついてしまった。

 期待や信頼が大きいほど幻術の規模は大きくなるし、多少の距離も想いの強ささえあれば問題ないの。

 逆にあなたみたいに警戒している人からはこんなに近くても魔力を引きだせない。そういうものなのよ」


 そう言ってにじり寄るとキュウは苦笑いしながらのけぞった。


「おっと、顔に出ていましたかね。ポーカーフェイスは得意だと自負していたのですが」

「幻術の基本は相手の心情を読むことだから。相手の思考を読めないと魔法を使えないのも特徴ね。

 だから思考を読みにくい魔物相手には弱いわ。けれど相手の恐怖からも幻術は使える。対人戦なら便利なものよ」

「そうでしょうな。相手の魔力と恐怖が魔法に変化するなら、攻撃と共に相手を消耗させられるわけですからな」


 今度はハシミを警戒させてしまった。私は敵対する気もないし、信頼して魔力を分けて欲しいのが本心だ。

だからこそ、弱点にもなりうる幻術士の戦い方を説明したのだ。この先再び魔物と対峙する事があれば、彼らの魔力を頼らねばならないのだから。

けれど、ハシミは魔力は大きいものの、攻撃魔法のイメージを持っていないため、いざという時に頼りになるかは微妙なところだ。


「あなた達は幻術士にとっては本当にやりにくい相手だから、そんなに警戒しなくても私は無力よ?

 ハンさんくらいの隙を見せて欲しいものね。彼の魔力は強大で、その上ベアトラップを熊型ゴーレムの事だと勘違いしたのよ。だからあの魔法は私の力じゃない、彼のおかげよ」

「あのゴーレムはハンのイメージを具現化したものだったんですか。

 しかしベアトラップを熊のゴーレムと勘違いとは……、仲間の不勉強がバレてしまってお恥ずかしい」


 そういってキュウは心底恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。

けれどその勘違いがなければ、戦いが長引いたであろう事も確かだ。


「私はあなたたちと敵対するつもりはないわ。敵対したって勝ち目もないもの。だから警戒しないでもらえると助かるわ。

 それにこの先何かあれば力を貸して欲しいの。弱点になりうる手の内を明かしたのも、ベアトラップの彼と違って、あなたたちは説明して納得してもらった方が良いタイプの人のようだったから」

「なるほど、納得の理由ですな。と言っても、この先で戦闘になるとは考えにくいですがな」

「それはどうして?」

「この森は精霊様の加護下にあるからですよ」


 ハシミはそういうが、その加護下において私が魔物に襲われた事を彼は忘れてしまったのだろうか。

次回は4/19(日)更新予定です。



以下雑記



やっと時系列が戻ってきました。いやぁ、長かった。

……まぁプロローグまでは戻ってないんですけどね。

そこまで戻るには……、少なくとも三章は終わらないとムリカナ。

ホント長丁場だなぁ。

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