045 旅の終わり、逃亡の始まり【8】
私は一人“橋の向こう”へと歩みを進める。
ギルドに弄ばれた女の子を助けるためじゃない、私の大切なものを奪った奴らに復讐するために……。
『助けるつもりがなくてもいいの。でもその子が居なくなれば、ギルドのお偉いさんは悔しがるでしょうね』
クマの腕をパタパタと上下に振りながら少女は言った。
個人的な仕返し、ただそれだけの動機。けれどその程度の方が決心するにはちょうど良かった。
朱色に塗られたアーチを描く橋。極楽、もしくは地獄へと続くと言われた橋。
その入り口には、二人の警備職員が立っている。姿は黒のローブに身を包んだ魔術師でしかないが、身につけている装飾品から強力なまじないの魔力を感じる。
それはつまり、魔道具に頼らなければならないほど、本人たちの実力はそれほどでもないという事だ。
魔力を探ればやはり熟練魔術師とは程遠く、その精神も到底そのような者達のものではない。
「警備の仕事が面倒」「帰って寝たい」などという想いが魔力から読み取れた。
クマを持つ彼女が言っていたのだが、熟練者達は事故の処理に当たっているため警備が手薄になっているようだ。でなければ実力者であろう彼女でも、ギルドへの侵入などそう簡単ではなかっただろう。
ならば突破は私でも不可能ではない。身に付けている魔道具には魔法の反射効果が付与されているが、私が使うのは魔法ではない。
「はぁ……なんだって俺たちが警備なんて……」
「文句言うなよ、先輩たちも寝ずに事故処理してるんだからさ」
「いやでも俺さ、万一戦えって言われても無理だぞ?」
「さすがに襲われるなんて事はないだろ?」
「その発言自体がネタ振りになって……」
ふっと二人の視線が私の方へ集まる。
木の影に隠れているため見られてはいないが、気配に気付いたようだ。
「誰かいるのか!?」
その言葉に思い出したのは彼の言葉……。
『こういう時は猫のフリがお決まりなんだよ』
私は小さく「ニャーン」と鳴き真似をする。
「なんだ猫か」
「はー、猫撫でたいなぁ……」
「お前猫好きだよなぁ。俺もだけど」
お決まりというものはよく分からないが、効果的なのは確かなようだ。
さて、そろそろ二人には退場してもらおう。私はもう一度「ニャー」と一声。
「ん……? なんかこっちに来てないか?」
「んー? なんだなんだ!? 猫の大群だと!?」
ズドドド……、と言わんばかりの猫の大群。そのもふもふの波に二人は呑まれ、そして柔らかな毛並みに押し込まれるように地に伏す……。
そういう夢を見ているだろう。実際には惚けた顔をしながら、すうすうと寝息を立てている。
仕事を放棄して寝たい、そして猫を撫でたい。そんな望むものを見せる、それが幻術士の戦い方だ。
望みは自身から出るもの、いくら魔法を反射できたとて、自身の内側から放たれる魔法に抵抗などできようか。
眠りに落ちた二人の男の間を、私は堂々と通り過ぎる。本気を出せば、息を潜め隠れて行動する必要など初めからなかったのだ。そして木造の橋を渡りきり、結界の前で立ち止まる。
『ロイからあなたにこれを。結界を破るのに必要な鍵よ』
渡された手のひらサイズのクマ形のぬいぐるみをかざせば、結界は裂けるように開いた。
私のこの行動も、全て彼女のシナリオ通りなのだろう……。
初めて足を踏み入れた聖地。その中は木造の寺院のように、瓦葺きで多角形の建物がいくつも立ち並ぶ。それらは円を描くように配置され、まるで建造物自体が何かの魔法陣を描いているようだった。
結界の鍵であるぬいぐるみが指し示す方へと歩けば、整然と並ぶ建物を入ったり出たりと何かの儀式のように繰り返すこととなる。
意味があるのかないのかは分からないが、導かれるままに進めば人の気配はあるのに、誰にも出くわす事はなかった。おそらくは見つからないようにするための指示なのだろう。
そうして最終的に辿り着いたのは、中央の大きな建物。他と同じく多角形になっているのは分かるが、大きいこともあって上空から見なければ何角形なのかは分からない。
朱色の二本の柱を繋ぐように立つ木製の茶色の壁に、両開きのこげ茶の扉が鎮座する。
扉を前にすると、いつかの記憶が蘇った。これは初めて教育係のソーン先生と会った日……。あの時と同じ緊張感だ。
扉の先には誰か居る。それは分かるのに、相手がどのような人物か私は視ることができなかった。
再び私の目が魔力を映さなくなったわけではない。けれど何かしらの力によって、この中の人物の魔力を遮断しているのだろう。
そっと扉に手をやりゆっくりと開く。威圧感さえ放っていた扉は、その見た目とは裏腹に軽く、すっと開いた。
そして広い部屋の中、中央に簡素なベッドとテーブル、そしてソファーが置かれ、そこに一人の少女がちょこんと座っている。
先ほどのテディベアの少女、ミオと同じくらいの歳だろうか。10歳前後に見える彼女は、いやに目立つ白いローブを身に着け、すっぽりとフードを被っている。ちらりと覗かせる前髪は神々しいまでに美しい朱色で、丸く大きな瞳もまた同じ輝く朱色だった。
その色白の顔は、思っても居ない人物の出現に驚いているのか、目を見開いて硬直している。けれどそれは恐怖を含んではいないだろう。私が表情の読み取りを間違えていなければ……。
「……助けに来たわ。といっても突然の事で混乱しているでしょう。
私を信じて逃げるか、もしくはこのまま留まるか……。自分で選びなさい」
「一緒に行きます」
返事は即座に返ってきた。それは私が来ることを知っていたかのように、何の躊躇もなかった。
もしくは本当にそうであったのかもしれない。今まで聞かされた事がすべて事実であるならば、彼女は膨大な魔力を有する忌み子なのだから。
これが私と、後に「マティナ」と偽名を名乗らせる妹との出会いだった。
そして私たちは逃亡者となる。それは延々と続く“鬼ごっこ”の始まりだった。
次回更新は4/17(金)の予定です。
以下雑記
魔法使いってネコ好きなイメージありますよね。ありません?まぁ無くてもええんですけど。
やっぱ研究家気質な人にはネコの方がいいんですかね?犬と違って日課の散歩とか必要ないですし。
あまり手がかからないのがネコの良い所かもしれないけど、時に邪魔してくるのもまたネコというもの。
研究が行き詰った時に空気を読んだのか、逆に読んでないのか邪魔しにきそう。
PCで作業してるとキーボードに鎮座するのはネコあるあるですよね!
さて、ここまでアツくネコを語りましたけど、俺は犬派です。




