028 黒いイト
ロベイアと別れた私は、魔導士学校の空き教室で一人たたずむ。
まもなく夕闇が世界覆う。赤から青へのグラデーションの空は、明日の晴れを伝えるように星々を抱く。
指に絡むは一筋の黒い糸、その先に結ばれた者は私もよく知る人物だった。
「そう、黒幕はあなただったのね」
「ふふっ、意外だったでしょ? それとも気付いてたのかな?」
入ってきた少し背の低い少女は、悪戯っ子のように無邪気に言う。それはいつもの澄ました口調とはかけ離れ、人が変わったように思えた。
しかしその顔を見間違うはずはないし、私達の間では知られた人物だ。
赤みがかった肩に掛かる髪と、薄青色のリボンのカチューシャ。まるで自身の魔力の色が地味な事を分かっていて、それを補うような姿だと今では思えてしまう。
「アリシアさん、あなたが全てを仕組んでいたの?」
「そうだよ。どう? 楽しんでもらえた?」
嫌味な雰囲気はない。ただ本当に楽しませようとしていたような、サプライズが成功したと言いたげな、してやったりという笑みだ。そこには実技も座学も一位を取る優等生の顔はなかった。
「そうね。楽しんだかどうかはともかく、お陰で目が覚めたわ。
今ではあなたのドス黒い魔力もよく見えるもの」
「やだなぁ、ドス黒いだなんてさ。ただ私は人よりちょっと濃い魔力を持ってるだけだよ?」
「ちょっと濃い魔力ね……。天候が操れるほどの魔力量ですもの、実技が優秀な訳ね」
「なんだ、それにも気付いてたんだ?」
「あの場で他にそんな大それた事できる人なんていなかったもの」
それは並の魔術師ではなし得ない事、膨大な魔力を惜しげもなく使うことのできる者しかできない荒技。
魔力を見通す事ができる今の私なら、超高度隠蔽術でもない限り、そのような者を見逃すはずがない。
「それに考えてみればおかしいのよ。第一試験の時、炎魔法を使ったにも関わらずあなたは金属の的に穴を開けた……。その異常さに気付くべきだったわ」
「ふぅん……。答え合わせしてあげよっか?」
「炎の魔法は性質上周囲に広がる魔法よ。それなら的の一点を溶かすなんてまず不可能。的の全てを溶かすはずよ。超高度な魔法操作技能があれば別だけど」
「じゃあ、どうやったと思う?」
クスクスと嫌な笑みで語りかける彼女は、纏う紫の魔力を揺らめかせる。
それは闇の魔法を得意とする証。毒、腐食、そして死を司る魔力の色。
「そうね、あなたの魔力の色から察するに……、溶解魔法を炎魔法で包んでいたと見るのが妥当かしら」
「おぉ! すごいね! 正解だよ!」
とても嬉しそうに笑い、魔力の端を私に纏わり付かせる。それはロベイアに絡み付いていた、黒々とした糸くずに続くもの……。
「そうやってロベイアを操っていた……。いえ、魔法で操っていた訳ではないわね。
彼女の心の弱さにつけ込んだって所かしら?」
「よくわかってるじゃないか。ただ私は語りかけただけだよ。『二番じゃダメなの?』ってね。
そしたらなんて言ったと思う? 『二番を目指しては、二番にもなれない』だってさ。笑っちゃうよね。
しかもホントに筆記試験で君に負けて三番になってんの、笑い堪えるのに必死だったんだよ!?」
「それで私にキツく当たるようになったのね」
ロベイアはいつだって二番手だった。それは学校での事だけじゃない。
貴族の地位はあるものの、さまざまな利害関係から領地を与えられていない家に生まれ、そして周囲と比べられる人生を送ってきたのだろう。それが容易に察する事ができるほど、彼女の苦労と向上心の色は強かった。
だからこそ彼女にとって「恵まれている私」は、目障りだった。恵まれており、魔術の才能がないにも関わらず「特別枠」で魔導士学校に入学した者。誰からも手を差し伸べられる存在と、努力だけで這い上がった自身。そして上に控えるは超えられぬ壁。そんな環境でひねくれるなと言う方が酷だ。
「凡人の考える事はわかんないね。でもお陰で私と同じヒトを見つけられたから、結果的に良かったけどね」
「同じヒト?」
今までの子供のような笑みがすっと消え、彼女の淡褐色の瞳が私を真っ直ぐ捉える。
そして静かに、そっと囁くのだ。
「キミも思わないかい? 魔法は特別なヒトだけが使うべきだって」
「特別……?」
「勉強して、訓練して、努力して……。そんな事したって天才には敵わないんだ。
そんな人達が魔法を使うだなんておかしいじゃないか」
「あなたは自分が天才だと?」
「そうだよ。そしてキミもね」
突然の言葉。それを理解するのに一瞬時が止まったように感じる。
天才? そんな風に思った事は今まで一度もなかった。魔術は使えず、勉強も人並みに積み上げなければこなせない。どちらかと言えば、ついていくのにやっとな凡人、もしくはいつかロベイアに言われていた通り、無能とされても仕方ないほどだと思った事もある。
「私が天才?」
「そうだよ。君は他の人にはできない事ができる。それを天才と言わず何と呼ぶのさ?」
「そうね、変人奇人というカテゴリもあるわ」
「ふふっ、こんな時でも冗談を言えるなんてすごいね」
「それはどうも」
変人奇人、ふいに口に出た言葉ではあるが、それは素直な印象だ。
彼女の考えている事は魔力から伝わってくる。けれどそれは到底理解できるものではないのだ。
一部の天才による世界の統治。能力のある者が、ない者を適切に管理する。
効率的であるが倫理的ではないその思想が流れ込み、船酔いのごとく私の精神を揺らした。
「ねぇ、こんな間違った世界、変える気はないかい?」
「そうね。こんな理不尽でどうしようもない世界、間違ってるわ」
「そうでしょ? 君なら変えられるよ。他人のイメージすら上書きできるんだから」
「ロベイアとの話、聞いていたのね……」
「ふふっ、魔力の糸がすべてを教えてくれるんだ」
「そんな芸当できるなんて、さすが天才ね。筆記試験も満点で当然よ」
「できる事をやって何が悪いんだい? そして、人間はできる事だけをやるべきだよ」
「能力のない者は、ないなりの事をすべき。そう言いたいのね」
「そうだよ。それぞれがそれぞれに一番適した事をやる。それが正しい世界だとは思わない?」
「……思わないわ」
たった一言。けれどその一言にただただ驚いたように目を丸くした。
「私は、到底私にできないと言われている事をやるわ。例え無謀だと言われてもね」
「へぇ、意外とお馬鹿さんなのかな?」
「そう思ってくれてかまわないわ。けど何もせず終わらせる気はない。
魔法が使えなくても、剣を取って戦うわ。たとえ剣術の才能が無かったとしても」
「あはは、面白い人だ。魔術の才能がないのに魔導士学校に無理やり入ってきただけはあるね。
残念だよ。せっかく“仲間”が見つかったと思ったのにな」
そう言うとくるりと背を向け、立ち去ろうとするアリシア。
けれどそのまま見逃すわけがない。少なくとも彼女がこのままギルドに入る事は阻止しなければ。
「待ちなさい。このまま逃がすと思ってるの?」
「逃がすも何も、魔術が使えない君には“なにもできない”でしょ?」
「それはどうかしら?」
「何か考えがあるのかな? 私を倒す魔法? それとも拘束する魔法?
どっちでもいいよ、君の“できること”を見せてくれるならね」
「私にはどちらもできないわ。でも私がする必要もないの」
「という事は、助けを呼ぶとか? 私何も悪い事してないのに?」
「そうね。なにもしてないわ。ただお話をしていただけ。
だから、悪い事をしてもらいましょうか」
次の瞬間、魔導士学校中に異常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
次回更新は3/6の予定です。
以下雑記
もうちょっとアリシアさん前面に押しておけばよかったかな?
いきなり出てきた感はぬぐえない。まぁ、いつもの悪い癖です。
裏に何か隠してるキャラは異常なまでに動きがない。
なので今後もネームドのくせに動いてないと思ったら何かあります。
こりゃひどいメタ的考察ですね!俺は結構そういう視点から読んだりしますけど。




