027 覚醒魔導士の戦いかた
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
響く雷鳴と痛烈な悲鳴。それが戦いの終わりを告げた。
視界は白一色に染まり、目は焼かれたように何も捉えなかった。
けれど一つだけ、ただ一つだけ見えたものがある……。見えたものは一瞬、けれどそれで十分だった。
空を覆う暗雲が裂け、日の光が私達を照らす。その場に立っていたのは私の方だった。
何が起こったか分からない見物人達がどよめき、場を困惑の色で満たす。
静かに歩み出し、うずくまる彼女の前へと立つ。
「うぅ……ぐっ……」
「大丈夫? 怪我はない?」
魔法を無効化するほどに強力な防御魔法がかけられていたが、雷撃を受けた精神的なダメージが大きいのか、小刻みに体を震わせ、涙を浮かべながら私を睨みつける。
言いたい事はあっても、言葉にならないようだ。
「とても……いい試合だったわ」
手を差し出すが、プライドが許さないのだろう。その手を彼女が取る事はない。
「二番手だ、三番手だと言ってごめんなさい。あなたは今日戦った相手の中で一番の強敵でした。
ロベイアさん、ありがとう」
「えっ……、あなたメモは……」
答えは口にしない。ただ優しく微笑むのみ。
少し冷えた手を取りロベイアを立ち上がらせると、私はナガノさんの元へとゆく。
そしてはめていた銀の指輪を外し、彼の手に握らせた。
「この試合、私の負けです。私は魔道具を持っていました。それは反則行為になるかと思います」
「……いいのか? これを返すって事は、目的は達成できたのか?」
「目的は……まだです。過去との決着も……、ついてはいません。
けれど、もう逃げません。過去と向き合えたから、この指輪はお返しします」
「そうか……」
私は会場をあとにする。ギルドへの道は閉ざされてしまったけれど、それだけが選ぶ道じゃない。だから私は進み続ける。
「お待ちなさい! どこへ行くつもりですの!?」
「……お手洗いよ」
◆ ◇ ◆
最寄りのトイレの個室、そこで私は吐き続けた。
全てを思い出した。それはあの厄災がもたらした景色も、匂いも、肌に纏わり付く不快な空気も思い出させたのだ。
私の良すぎる目は、土壁に阻まれた先の世界も見通していた。
強大な敵に抗い、砕かれた人だったもの……。焼かれ、炭と化した人だったもの……。踏みにじられ、赤い染みだけになった人だったもの……。
そして……、引きちぎられ打ち捨てられた人形のように横たわる……私の愛していたもの……。
それら全てを見ていたのに、ただ深い闇に飲まれたと記憶を、何より私自身を誤魔化していた。
だから全てを吐いた。この弱い心が砕かれそうな不安も、恐怖も、悲しみも、絶望も……。
そして強くなると、決意だけを残すのだ。
「はぁ……はぁ……」
何もかもを吐き出しへたり込む。嫌な汗が全身から吹き出し、黒い髪が頬に張り付く不快さだけが感覚として残る。
しばらく動けそうにない。けれどこのままでは何もできなくなりそうなほどに、満身創痍といった状態だった。
そこに一筋の魔力の流れが見える。まっすぐで、気高い黄色の魔力。高慢で、けれど不安げな魔力。
個室のすぐ前に来た時、私は身なりを整え自ら扉を開けた。
「……ひどい顔ですわね」
「それはお互い様でしょ。目が腫れてるわよ」
そこにいたのはロベイアだ。しかし嫌味を言いに来た訳ではないのは、私には見えている。
そっとクリーム色のハンカチを差し出された。
「手だけじゃなく顔も洗ったほうがよろしくてよ」
「お気遣いどうも」
手洗い場にゆき、顔を洗う。そして借りたハンカチで拭けば、ゆっくりとロベイアは話し出した。
「あの指輪、魔法を反射する魔道具なんですって?」
「そうよ」
「ナガノ様に事前に借りていたのだとか」
「ええ」
「では、その効果でわたくしの魔法を跳ね返したと?」
「……そう思ってもらって構わないわ」
すっと空気が冷えるのを感じる。それは魔力の色など関係ない。ひどく冷たい怒気だ。
「ふざけないでくださいます!? あの指輪は一度きりの効果だと言うではありませんの!!
指輪にかけられたまじないは解けていませんわ! それなのにあなたは自ら負けを認めるのですか!?」
「……そうなの? 私は魔法を跳ね返す指輪としか聞いてないのだけど」
「……まさか本気で言ってらっしゃいますの?」
「ええ。聞いたのはそうよ。でも今は、彼がその事を隠していたのも知っているわ」
指輪を返した時、その時にはすでに私の視力は戻っていた。
どんな嘘も、どんな隠し事も見抜く良すぎる目。それはあの稲光を睨みつけた時戻ってきたのだ。
だから彼が指輪を受け取る時、私に隠した「一度きりの魔道具」という事実も見えていた。
そして彼が「それを知れば私が受け取らない事を心配した」事もまた見通した。
「一体どういう事か、説明していただけますわね?」
「手の内を明かせって言うの?」
「ええ、指輪のせいでなければ、なぜわたくしの魔法が跳ね返されたか見当もつきませんもの」
「……ホントあなたって真面目ね」
「なんですのよいきなり!?」
突然の言葉に目を丸くするロベイア。それもそうだろう、彼女が見えない所で努力するタイプの人間だとは誰も思っていないのだから。
彼女はただ能力があって二番手になれた訳ではない。いえ、能力だけで言えば、元来あまり褒められたほどではない。才能の差を埋めるための日々の弛まぬ努力こそが、彼女を二番手まで押し上げていたのだ。
そして本当は二番ではダメだと、一番になりたい、誰よりも優秀であると認めさせたい……。
そう願い、そうあらねばならぬという脅迫意識のようなものに彼女は縛られていた。
そんな隠したい事実も、私の目は捉えるのだ。
だからロベイアは負けたとして、原因を追及し、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう対策を立てる。
それは今回の模擬戦だって同じだ。
「魔法はイメージの下書きを描き、それに沿うように放つもの。
あなたが雷撃をイメージし放つようにね」
「まさかわたくしのイメージに不備があったと?」
「いいえ、完璧だったわ。けれどもう一つイメージしてしまった事があるでしょう?」
「もう一つのイメージ……?」
思い当たる節はないといった表情だ。それもそのはず、本人さえ意識できない、深層心理に描かれたイメージなのだから。
「もしその雷撃が自身に向かえば、どれほどの恐怖があるか……。
あなたの無意識が起こしたイメージで、下書きを上書きしたの。
そして上書きされたイメージを使い魔法を放ってしまったなら、どうなるかわかるわね?」
「そんな事できるわけ……」
「できるわけない、それならあなたが負けるわけないわ」
これが魔導士の戦いかた。自身の魔力の代わりに、別の魔力源を使う。
魔石から魔力供給を受けるミユキさんと同じく、私は対峙する相手の魔力を利用したのだ。
しかし彼女は理解できていない……、いえ、理解を拒否しているかのような、濃い不安の色を放つ。
それもそのはずだ。なまじ魔術の知識があるのならば、原理も対策も分からぬ相手など、未知の病気と同じくらいに恐怖するのも仕方ない。
「人間は誰しも“もし”や“万一”を考えてしまうもの。対策は不可能よ」
「そんなデタラメな魔術ある訳……」
「私は魔術師じゃない。魔導士よ」
すっと近づき、彼女の肩に手をやると怯えた表情を見せ、小刻みに震える。
それほどまでに、得体の知れない魔法を使う者とは怖いものなのだ。
「……怯えなくていいわ。肩に糸くずが付いていただけよ。
ハンカチありがとう。洗ってお返しするわ。それじゃ、さよなら」
次回は3/4(水)更新予定です。
以下雑記
無事戦闘シーン修了! やったぁ~。
とりあえず覚醒したので最初の10万字で絶対超えておきたい場面はクリア!
あと2万字ちょっとありますが、ちょうどいい感じで予定通りに進みそうかな?
その区切りで2章を終えて3章に突入しますが……。
色々都合があるので1週間ほどお休みを挟むかもしれません。
その時はいつも通り後書きで再開日をお知らせします。




