天蓋崩落1
マリアの真実をどう受け止めればいいのか、ずっと玉髄の中で渦巻いている。
狭い部屋の中で、玉髄は考える。最大の武器であった超能力も使えない。目の前に座る黒曜を倒すことはできない。そんな中で、玉髄はあくまでも無知を呪った。
今まで、自分がマリアを頼ったとき。
今まで、自分がマリアを信じたとき。
マリアは何を思っていたのだろうか。
浮かべた笑顔は、そのまま受け取っていいものだったのか。内心を想像する。環境や文脈から推理する。だが足りない。驚くほどにマリアのことを何も知らない。
閉じ込められるまでもなく、自分の世界は狭い。
枷がなくとも、踏み込みはしない。
無知であることにすら気づけなかった己を、玉髄は恥じた。
玉髄は黒曜から眼を逸らし、小さなランプを眺める。光は弱くとも確かにあった。ぶれずに玉髄と黒曜を照らしている。
奇妙な浮遊感がある。
黒曜の声が、遠くから響くようだ。本当は五メートルも離れていない。そしてなにより、センサーは正常に稼働している。機械の耳は確かに波形を映し出している。
玉髄は今、自分が感じているものこそが、心なのではないかと思った。脳の不具合こそが、現実との不一致こそが心の正体だと考えたのだ。こういった思考が逃げであることに気づいている。それでも不必要な思考はときに慰めになる。
恐怖への耐性、戦いのための冷静さ、命令や規則への従順さ、攻撃性、殺人を迷わないこと……兵士の素養のそのすべては個体に特有のものではない。南極兵士に共通するものだ。
兵士にも生物としての多様性をある程度もたらすために差が作られた。知識や脳機能、初期の外見など……どうでもいいと判断された部分だけだが。
21世紀の日本人を参考にしたのは、機械の反乱を恐れたから。状況の正しい把握ができないようにしたかった。ただ盲目的に状況を受け入れ、使命を果たすように。
玉髄は何も言わない。
聞こえてはいるが、何のリアクションもない。
ぼうっとランプの明かりを見つめるだけだ。
その光が、揺れた。
天井から光が差し込む。
小さな部屋の天井が、ぶち抜かれたのだ。埃が舞う中で、これ見よがしに何本ものレーザーサイトが並ぶ。玉髄は縛られたまま、じっとしていた。黒曜がすでに部屋から消えていた。
降りてきた男には見覚えがあった。
「よう、生きてはいるみたいだな」
玉髄は無理に笑った。
「まぁ、おかげさまで」
大きな笑い声が響く。「軍」の最高司令官・不撓が、玉髄の肩を叩く。
「連絡先から消えてたから、死んだかと思っていたが」
「柘榴の破壊だろう。思念通信に関する部分だけを潰された」
「マリアも同じ見解だ」
「……無事か」
「おう、むしろ安全すぎるぜ。あいつの事務所周辺の8ブロックに誰も入れないからな。猟犬部隊の統率の取れっぷりは半端ねぇわ」
猟犬部隊は、感覚を共有する超能力者が率いている。玉髄は驚きもせず、頷いた。
マリアは生きている。玉髄が生きていることも予想していた。囚われた玉髄が何を知ったのかも、マリアは分かっているだろう。
玉髄は今、どこに行くべきかを考える。
あるいは、どこに行きたいかを。
「……俺たちはこのまま「組織」の連中をぼこぼこにする。お前も来るか?」
不撓の提案は、紛れもない善意だった。
「いや、僕はマリアのところに行く」
少なくとも、玉髄の中で、契約はまだ生きている。




