ダルタニャン1
南極都市のとある地下室には権力のすべてが集中していた。
鉄製円卓を中心に六人のプレイヤーが顔を揃えている。部屋は薄暗く、掃除もされていないのだろう、埃が溜まっている。帰還計画についての話し合いのために集まった。
だが今日の議題は違う。
人を殺せる銃が確認されたのだ。
玉髄の報告には、銃の性能、使い手の技量・性質、センサーを抜けたこと、超能力の無効化能力について、すべてが含まれていた。窮地から脱するにあたって使った自分自身の力は隠したが、警告としては十分であった。
「軍」最高司令官の不撓は灰色の軍服を着ている。大柄な体躯に、いかにもな装飾が施された軍服がよく映える。白髪交じりの黒髪を後ろに撫でつけ、苛立った表情を一切隠さない。
不撓が口を開いた。
「どう考えてもお前たちが犯人だろ」
その目がぎょろりと動く。
見られた柘榴は、見せつけるかのように、赤い中華服から覗く足を組む。
「製造、いえ安全装置の破壊は――確かにワタクシがやりました」
胸に手を当て、堂々と言う。
「ですがそれを盗まれたのです」
髪の一本もない頭を柘榴は下げる。サングラスの隙間から見える彼女の目には反省の色ではなく、強い怒りの色があった。
「さ、さ、さすがに無理じゃない? 「組織」が大失敗なんて」
そう言ったのは「技術」の賢者ことケントである。少年は、被った軍帽を両手でさらに頭に押しつける。その手は震えている。
「うちの賢者様の言うとおりだ。盗まれた? それが出来るヤツがどこにいる」
不撓の発言にルイが返答する。
「例えば――キミ達では?」
そして細い人差し指で、不撓を指さす。「思想」の賢者たるルイの表情は、ただ微笑んでいるように見える。金色の髪に碧眼の美しい子どもだ。
「おいおい、そもそも俺たちは殺人銃のことなんて知らなかったんだぜ? なぁ玉髄」
「……その通りだ」
話を振られて、玉髄は応じる。
「僕たちは知らなかった。知っていたのは銃を持っている三賢者と、それを作った柘榴だけだ。奪われたというなら、犯人はなぜ銃の存在を知っていた?」
「ワタクシたちは裏切られたのです。切り札として用意していた兇手に」
柘榴とルイが顔を見合わせ、頷く。
「ボクたちを疑うのも分かる。でも自衛しようとしていたのは、みな同じだろう。不撓、玉髄……ケントもマリアも嘘をついてたんだよ」
それは事実である。不撓も玉髄も銃のことを知らなかった。自分の傍らにいる賢者が、己を殺せることを知らなかったのだ。
「ケントには大盾部隊が、マリアには猟犬たちがいるじゃないか。ボクたちも欲しかったんだよ、万が一のときに頼れる仲間が」
三賢者は互いを牽制している。記憶を持っている同志であるはずだが、決して気楽な間柄ではない。もとの世界でそれぞれが有名人であったのが不幸だった。お互いの悪評なら、知りたくもないのに耳に届いていたのだ。
「知らないと思っていたのかな? いや、責めるつもりはないよ。ボクが言いたいのはね、キミ達に責める権利はないってことだから」
あくまでも朗らかにルイは笑う。
だが不撓の表情は、決して緩みはしない。
「レベルが違うだろ。三賢者間ですら知らされなかったってのはヤバい。殺人銃は三つだけ、そう思ってのパワーバランスの調整、自衛のための私設部隊だ。お前たちは前提から覆した」
「そうかな?」
「とぼけんなや。第四の銃士がいるなら、はっきり言ってウチの部隊なんてカス同然だぜ。なんたって普通の銃が、殺人銃に化けるなんだからな。防ぎようがねぇ」
不撓がもっとも恐れるのは、殺人銃の大量生産および流通のコンボである。そうなれば殺人にかかる手間が抑えられてしまう。物量の優位性が損なわれてしまう。
行き着く先は、秩序の崩壊である。
「それこそ潔白の証さ」
「あん?」
「ボクたちは秩序を壊せる。でもそれをしないのは、ボクたちは秩序を守る側だからだよ」
「悪党は存外ルールに厳しいって思うがな。無法者とか言いながら手前らの法には忠実だ。秩序あっての利益を求めてるだけなんじゃねーのか」
ルイは大げさに肩をすくめた。
「今はともかく犯人を捜すしかないんじゃないかな」
不撓が銃を抜く。
その銃口はルイに向けられている。
「……おいこら、お前もあいつらに向けろや」
だが不撓には二つの銃口が向けられていた。柘榴と玉髄の銃だ。
玉髄は顔を思いっきりしかめて言う。
「落ち着いてくれ。……あなたが犯人に見えてくる」
舌打ちをして、不撓は銃を下ろす。ルイはほっとしたようにため息をつく。
「で、これからどうする? 探偵さん」
ルイの視線の先、マリアはただじっと座っている。人形のように、あるいは機械のように。閉じられた眼が開いていく。




