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三文芝居7

 瑠璃(るり)の家は二階建てだ。灰色の飾りっ気のない外装で、南極都市では一般的なものだった。彼女一人で住むには大きいと玉髄(ぎょくずい)は感じた。

「友人と住んでいたので」

 そう言うと瑠璃の顔色がくもる。

 玉髄は何かフォローすべきかと思ったが、そうもいかない。万が一を考えれば盗聴や盗撮用の機器がないか、安全確認が必要である。瑠璃にもそう説明し、家の中に入れてもらう。懐から取り出した小型の偵察機を飛ばす。

「ドローン?」

「ああ、先行させる」

 瑠璃の口角が少し上がった。

〈外ではそういう風に喋るんですね〉

〈……まぁね〉

 気恥ずかしさを隠しながら家の中をチェックしていく。ほとんどセンサー類が自動で行うので楽な作業だ。

「異常なし。入るぞ」

「はい、どうぞどうぞ」

 玉髄は足早に中に入っていく。瑠璃もそれについていく。

 この家は玄関からすぐにリビングにつながっている。大きなテーブルを挟んで向かい合うように二つの椅子がある。本棚にある書籍や映像媒体も趣味は二分されているように思える。B級っぽいものと、胃もたれしそうな恋愛ものの二種類しかない。ハンガーラックにある服の趣味も違う。

 似ていない二人の友情というのは、自分とマリアの関係を連想させる。

「終わりましたか」

 瑠璃の声で、玉髄は観察を止めた。安全確認のために入ったのであって、プロファイリングをしに来たわけではない。まして感傷など不要である。だからこそ、玉髄は色々と考えてしまう。

「ああ、終わった」

「……映画でも見ます?」

 気を遣われてしまったと思い、玉髄は笑顔を見せる。

「帰るさ、休んでいてくれ。本格的な調査は明日からになるだろうし」

 疑似太陽はすでに発光を止めつつある。もうすぐこの都市に夜が来るのだ。暗い場所の方が、人通りの少ない場所の方が犯罪は起こりやすい。南極都市でもこの基本文法は変わらなかった。

「今日ってなんなんでしょうね」

「……うん?」

 瑠璃がそのまま続けるので、玉髄はことばの処理が追いつかなかった。

「疑似太陽のスイッチが切れたら夜が来て、点いたら朝ですか」

 詩でも読み上げるように瑠璃が言った。返答や評価は求めていないことが分かるような調子である。その眼はどこか遠いところを見ているようだった。

 玉髄は幻想的な眼をじっと見つめ――現実に引き戻される。悪寒に身を伏せる。なぜこれほどの「冷たさ」を感じたのか、機械であるにもかかわらず、である。

(シールドが消えたんだ)

 玉髄の全身を覆っていた超能力(シールド)による「鎧」が消えたのだ。

「伏せろっ」

 瑠璃の手を掴み、ソファの陰に引きずり込んだ。

「敵だ、絶対に頭を――」

 そこで気がつく。

 瑠璃というプレイヤーはその機能を停止している。

破壊(クラック)信号……!)

 破壊信号は、電気的な接続がずたずたにする信号弾である。そうなれば最後、体を動かすことは一切できず、脳機能も停止する。

 玉髄は冷静だった。ソファの材質から完全に貫通して被弾することはないだろう。それに敵は死角から飛び出して撃ってきたはずだ。およその位置は推測できる。とはいえ廊下という直線的な場所では良い的になるだけだ。

(「手」はまだある)

 超能力の無効化(アンチサイキック)は脅威だが、つけいる隙はあるはずだと玉髄は考える。隙のない能力だというのなら玉髄はもう死ぬしかない、考える必要もなくなってしまう。不必要な思考は好むところではあるが、不必要な行動はそれほど好きではない。

(悪いが、この家は壊す)

 玉髄は伏せたまま、本棚を傾ける。触れずに手だけを動かして。大げさ音を立てて本棚が倒れる。さらにその見えざる「手」でガラスを割り、敵のいそうな場所にばらまく。ソファを切り裂いて、綿が舞う。

 逃走のための目くらましである。

 そして最後に家を()()()

 二階建ての灰色の建物があった場所はがれきの山になった。上から叩きつぶされたのだ、更地にこそならなかったが、周辺の雪が巻き上がり爆発したかのような轟音が響いた。

 

 家を潰す寸前に玉髄は飛び出し、車は使わずに走って離れていく。罠の危険があるからだ、それもチェックする暇はない。瑠璃のことを思うと胸が痛んだが、それどころではない。

 センサー類から隠れられ、超能力を無効化できる存在が人を殺せる銃を持っている。

 その犯行は、驚くほど静かで淡々としていた。ドラマもカタルシスも皆無のただの現象であった。

 玉髄の覚えている限り、二度目の恐怖であった。


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