ダルタニャン2
マリアは「知識」の賢者と呼ばれる。三賢者の中でもメガラニカに関する知識は最も多い。
この都市における役割は探偵である。彼女はいわば飾りで、実際は玉髄が依頼をこなしているとほとんどのプレイヤーは思っている。それこそが無知ゆえの間違いであり、他者の間違いさえも利用するのがマリアの生存戦略である。
とはいえ、
「現時点で犯人を見つけるのは無理だわ」
己の限界をわきまえるのもまた、彼女の賢さの一つである。
白い足を鉄製円卓の上に乗せ、ルイが残念そうな声を出す。
「おや、残念。参考までに聞きたいね、なぜ?」
「証拠がないから」
何でもないようにマリアが言った。その様子を見て、不撓は苛立ちながら言う。
「ずいぶん諦めが早いな」
「事実上の完全犯罪が可能だもの。いくら機械化が進んでも、プライベートは残った。つまり個人の秘密も残る。そしてなにより――」
マリアは五人のプレイヤーを見渡して、言う。
「死人に口なし、よ」
結局のところ「軍」の不撓やケント、「組織」の柘榴やルイならば、証拠隠滅はそう難しくないのだ。彼ら彼女らはカリスマであり、権力者である。二大組織は警察であり、裁判所でもある。
どちらかが混沌を望めば、それは叶うのだ。
すべてを台無しにできる以上、そう強くは踏み込めない。真の目的がなんなのかも分からずには、リスクが高すぎる。
「それは暗に自分たちは違うと言ってるのかな」
ルイの眼が鋭く光った。「思想」の賢者とは呼ばれるものの、その内側には明瞭な苛烈さがある。闘争を恥ずべき最後の手段であると捉えながらも、選択肢から外すことはない。
「私たちの数が大したことないのは知ってるでしょ」
「ああ、知ってるぜ。「軍」内部にも内通者が何人もいる、「組織」もだろ? なのに気弱すぎないか、それに――」
不撓は玉髄を指さす。玉髄は眉をひそめるだけだが。
「お前はなんで兇手を見逃したんだよ」
「まともにやり合うには危険だった。マリアの安全も確保しなければならなかったし」
「共通の利益を考えられないってか、ロリコン野郎め」
玉髄の表情が変わった。
張りついた表情は、静かな怒りだ。理性を保ちながらも攻撃性が溢れている。
「この場にいる全員を制圧して、拷問でもしてみようか」
彼になら、戦闘こそを役割とする彼であれば、それは確かに可能である。
「ともかく、帰還計画を進めるしかないわ」
マリアは淡々と言った。
「う、裏切り者がいるかもしれないのに?」
不撓の裾を掴みながら、「技術」のケントが言った。その手は震えている。彼は探偵であるマリアに少なからず期待していた。南極都市の危機はどうでもいいが、それが自分の研究を遅れさせるのは明白だ。だからなんとかしたい。
「主導権が欲しいなら、あげればいいのよ。私たちは帰りたいだけなんだから」
「それで済むとは思えねーが」
不撓が小馬鹿にするように笑みを浮かべた。
「そうじゃないなら私たちに恨みがあるのかも。あるいは帰還自体を阻止したいのか。いずれにせよ必ずリアクションがある」
「……なるほど、相手の目的を図るためにも帰還計画を進めると」
ルイが言った。マリアが頷く。
「追い出したいなら、私たちは出て行くのを止めはしないでしょう。攻撃を加えたいなら面従腹背……そして、最高のタイミングで裏切るでしょう。最後に、もしも計画の阻止のためなら、一気に動くと思うわ」
「なぜ?」
「不完全な状態でも実行は可能だから」
それは自殺行為に近い。帰還計画には技術や超能力がなくてはならない。だが、可能性はあるのだ。都合の良い超能力者で出てくるかもしれない。いや、すでに超能力者を匿っているのかもしれない。
どこかの勢力が単独で、予告なしに計画を断行する可能性がある。
「南極都市から出て行くことが気に入らないなら、敵は確実に動くわ」
マリアは続ける。
「さもないと、いち抜けたってされちゃうわよ?」
マリアが言語化したことにより、その可能性が全員の頭に植えつけられる。
どうせ台無しにされるリスクが高いなら、そのプロセスやタイミングは自分たちで決める。きわめて人間的な振る舞いだ。自分の意思で、決めたいと願っている。
「少なくとも、私と玉髄は帰還するわ……そういう契約だもの」
マリアが振り返り、玉髄を見る。
玉髄は小さく頷いた。




