Mon prochain
「七ちゃん!」
振り返ると、講義が終わるや否や教室を飛び出した私を、王育廷が足早に追いかけてきた。
「連瑀辰見なかった?」
「……同じクラスなんだから、どうして私に聞くの?」
「もう三日も学校に来てないんだ。」
大学生なら、一、二週間くらい授業をサボるなんて珍しくもないでしょう。
「LINEは?」
「返事がない。InstagramもFacebookも更新してない。」
「ねえ、王育廷。一応、親切で言っとくけど、ストーカー規制法ができたの知ってる??」
「俺はストーカーなんかじゃない!」
ストーカーって、みんなそう言う。どうして男って、こうも自覚がないんだろう。
もちろん、ただの冗談だ。でも、こんなに焦っている王育廷を見るのは初めてだった。
「風邪でもひいたんじゃない? それとも……男の子は知らないかもしれないけど、女の子って体調が悪い時は、二、三日ベッドから起き上がれないことだってあるよ。」
そう言うと、彼は気まずそうに視線を逸らし、後頭部を掻いた。「……ってことは、お前も会ってないんだ?」
私は首を横に振る。
連瑀辰の方から連絡してこない限り、私はビリヤード場へ行かない。偶然とはいえ、あの鉄の箱を投げつけられてからというもの、私はあそこへ「アルバイト」にも行っていなかった。もちろんコンビニの方は辞めていない。私には、期限切れのお弁当が必要だから。
クラブでは食事も出る。ただ、接客中の女の子が食べる姿を気にする客もいるし、食べた後は口紅を塗り直さなければならない。だから、どれだけお腹が空いていても、炭酸飲料でごまかす程度。客が料理を注文してくれても、一、二口つまむくらいしかしない。以前、「私がここへ来る前は三食どうしてたの?」と聞いた時、彼女はそう答えていた。
客に店外へ連れ出され、一緒にレストランで食事をする時も同じだ。どれほど高級な店でも、どれほど豪華な料理でも、体裁を考えれば少し口をつける程度しか食べられない。「私にとって一番おいしいのは、一人で吉野家に行って特盛牛丼を頼むこと。」そう笑っていた。真鯛のお造りも、タラバガニも、トリュフも、フォアグラも。何がおいしいのか、彼女にはさっぱり分からないって。
ビリヤード場の店長は、ときどき私と連瑀辰に夜食をご馳走してくれた。もっとも、それ以上によくあったのは、常連客が大量の鹽酥雞を買ってきて、「お前たちも食べろ」と分けてくれることだった。私はあまり手を付けない。コンビニの店長と、「お腹を壊したから休みます、なんて理由は認めない」と約束していたから。一方で、連瑀辰は好き嫌いがない。
むしろ常連に「滷味買ってきて」とおつかいまで頼むくらいだ。王育廷が彼女のお下がりのズボンを履けるのも、不思議ではない。
正直、最近の彼女は少しずつ……世間一般の「美人の体型」からは外れてきているのかもしれない。
でも、その「世間一般」なんて所詮は男の好みを基準にしたものだ。
女の身体から内臓でも抜き取って、柳みたいに細い腰だけを理想にしている。そんな基準、知ったことじゃない。
だから、ビリヤード場で一晩中食べ過ぎて、お腹を壊したとしても、別に驚くようなことではない。
「……私から電話してみる。」
もし本当にそういう事情なら。女として最後に残った「見栄」で、王育廷のLINEには返事をしないというのも理解できる。
スマホを開き、LINEの一覧をしばらく探して、ようやく連瑀辰の名前を見つけた。正直に言えば、私のLINEはスタンプ送信機みたいなものだ。「LINE交換しようよ。スタンプ送って。」そう言われて一つ送ったら、そのまま二度と連絡を取らない。そんな相手ばかりだった。
「……出ない。」
数分後、私は通話画面を閉じ、王育廷へそう伝えた。
「携帯番号は?」
「知らない。」
「え? 知らないの?」
「じゃあ教えて。連瑀辰の番号。」
空気が数秒、凍りつく。
「……俺も知らない。」
「でしょ。」私は両手を広げた。
私たちの世代で、同級生の電話番号まで知っている方が珍しい。
でも、Maria――陳苡若なら知っているかもしれない。一年生の時、クラス全員のメールアドレス、携帯番号、住所が載った連絡網が配られた。陳苡若の性格なら、きっとまだ捨てずに持っている。
もっとも、ストーカー規制法が施行されてからは、男子学生が連絡網を悪用して女子学生につきまとったり、嫌がらせをしたりする事件が後を絶たなかったこともあって、そういう名簿は配られなくなった。
クラスメイトに連絡を取りたければ、互いに連絡先を交換していない限り、学科の事務室に行って、職員に聞くしかない。
ただ、少し気まずいことに。あの日以来、私は陳苡若とほとんど話していなかった。
私の予想とは逆だった。二つの世界の「団契」を経験したあと、距離を置いたのは彼女ではなく私だった。
以前にも増して積極的に話しかけてくる彼女から逃げるように、私は講義が終わるたび教室を飛び出し、朝一限ですら安心して居眠りできなくなっていた。
本当に陳苡若へ聞きに行くべきだろうか……。
もっとも、連瑀辰はもう学部を移ってしまったのだから、彼女たちの学部事務室へ行って連瑀辰の連絡先を聞く理由も、私にはない気がする。聞くのなら、同じ学部の王育廷が行くべきだろう。とはいえ、「ここ数日姿を見かけないから」という理由で事務室へ尋ねに行って、ただ三日講義を休んでいただけだったら、お互い気まずいだけだ。逆に、もしそうではなかったとしても。学校が関わってろくなことになった試しはない。
契約更新されなかった、あの「いわゆる」『ジェンダー平等心理学者』のおかげで、もともと大してなかった学生の信頼は、すっかり壊れてしまったのだから。
……ビリヤード場の店長に聞きに行く方が、よほど早いかもしれない。というより、あそこへ行けば十中八九、連瑀辰の様子は分かる。
唯一の問題は。
今日はコンビニのバイトがあることだった。夜十一時に仕事が終わってから、わざわざビリヤード場まで回る気にはなれない。
しかも行けば、またFrank? Fredyだったか、あいつらに捕まって酒の相手をさせられるに決まっている。
「……あとでもう一回LINEしてみるよ。たぶん、本当に風邪ひいてるだけかもしれないし……って、その顔何? まさかお見舞いに行こうとか思ってないでしょう? あの子、実家暮らしなんだから、あんたが心配する必要ないよ。」
好きな相手にどう気遣いを示せば、相手の負担にも、お節介にもならないのか。思春期の男の子にとって、それは毎日講義で触れているヘーゲルやユングより、ずっと難しくて、ほとんど答えのない問題なのかもしれない。
タロットでも引いた方が、まだ当たる。……ああ。宗輔室がある理由、少し分かった気がする。行ったことはないけれど。
……もし本当に陳苡若を探すなら、高い確率で宗輔室にいるだろう。
王育廷と別れた私は、コンビニのバイトまで空き教室で少し寝ようと思い、適当に教室を探し始めた。あの若ハゲ、連瑀辰がいないからって、お義理でも「昼ご飯一緒にどう?」くらい聞いてこないんだから。文学部の図書館の前をぶらぶら歩いていると、不意にスマートフォンが震えた。
──私に何か用?
LINEの通知には、そう表示されていた。返信するより先に、もう一件メッセージが届く。
──王育廷でしょ? あの人があなたに頼まなかったら、あなたからLINEしてくるわけないもの。
うん、その通り。私はそれくらい冷たい人間だ。一年以上の付き合いも、無駄じゃなかったらしい。
──まだ近くにいる?
たぶん、王育廷がまだ私のそばにいるか、という意味だろう。私は画面を開き、「N」とだけ送った。本当は"No"のスタンプを送ろうとしたけれど見つからなかった。まあ、どうでもいい。
直後、LINEの着信が鳴った。
「もしもし?」
予想していたような、いつもの誰とでも渡り合える自信に満ちた声は聞こえてこなかった。返ってきたのは、沈黙だけだった。向こうの生活音は聞こえている。電波が悪いわけではない。
「えっと……もしもし? 何かあったの?」
「……いや……何かあったってほどじゃ……ないんだけど。あはは……」
力のない、乾いた苦笑。少し鼻にかかった声。喉も少し枯れている。風邪でもひいたあとのような、あるいは大病のあとみたいな弱々しさ。でも、私の勘は、それが身体の不調だけではないことを告げていた。
私は黙って、次の言葉を待った。考えを整理する時間が必要なのだろう。私は急いでいない。
日差しを避け、一本の大きな木の下へ移動する。落ち葉を踏むたび、ぱり、と乾いた音が響いた。耳に届いているその砕ける音は、落ち葉のものなのか、それとも受話器の向こう側にいる少女のものなのか。
「私……」
震える声が漏れたかと思うと、彼女はその先を飲み込んだ。その間に私は、起こり得る最悪の可能性を頭の中で順番に並べ始める。家族のこと?彼女の家族について、私は何も知らない。恋愛?若ハゲが彼女を追いかけていることくらいしか聞いたことがない。お金?そんな悩みがあるとも聞いていない。家族が重い病気になった、とか。そんなことは知るはずもないし、仮に知っていたとしても、どう慰めればいいのか分からない。
小さく咳払いを一つ。どうやら気持ちの整理はついたらしい。
「私……妊娠した。」
一秒ほど。
決して賢くない私の頭が全力で回り始めた。「何?」「どうして?」「いつ?」「避妊しなかったの?」「相手は誰?」──そんな言葉は、きっと彼女が聞きたいものではない。
「……何か月?」
「たぶん、二か月。」
「産むの? 中絶するの?」
「もちろん中絶するよ!」
受話器の向こうで、彼女は叫んだ。
「親に知られたら、殺される!」
殺されたら、結果的には中絶も同じじゃない。そんな冷たいツッコミは、今は飲み込んでおく。
私は小さく息をついた。
「じゃあ……病院へ行こう。二か月なら、まだおろせるはず。」
台湾では、中絶って違法だったような気もする。法律なんて詳しくなくても仕方ない。自分が当事者でもない限り、そんな細かい規定まで知っている人の方が少ない。
それに、私がこんなに冷静なのを責めないでほしい。二人とも取り乱していたら、何一つ解決できないから。
もし中絶が自由にできる国だったなら。私は、そもそもこの世に生まれていなかったはずだ。だからこそ、台湾ではそう簡単にはできないのだろう、と勝手に思っていた。もっとも、あの頃と今では法律が違うのかもしれない。それでも。きっと、何か方法はあるはずだ。
残念ながら、私のスマホはiPhoneじゃない。
iPhoneだったら、すぐにSiriへ聞けたのに。
神への信仰を失ったこの時代、人類を救えるのは人工知能だけなのかもしれない。
「でも……『あの人』は産んでほしいって……」
「……あの人?」
私の記憶では、彼女に付き合っている相手はいなかったはずだ。
それに、ビリヤード場では蝶のように客の間を渡り歩いていたとはいえ、もし誰かが彼女や……私にまで手を出そうものなら、その客が生きて店を出られるかどうかは店長次第だった。
もちろん。ビリヤード場の外での彼女の人間関係については、私は何も知らない。
受話器の向こうから、胸の奥を無理やり押し潰したようなため息が漏れた。
「……店長が、産んでほしいって。」
「店長!?」
思わず上げた声に、通りすがりの学生たちがこちらを振り向く。
私は慌てて声を潜めた。「ビリヤード場の店長ってこと?」
返事はない。
重苦しい息遣いだけが聞こえてくる。
「……あの人って、あなたの義理のお父さんみたいな存在じゃなかった?」
正直、年齢だけを見れば義理の祖父と言った方が近いくらいだ。
「……『義理の娘』なんて、ただの建前でしょ。」
自嘲気味の笑い声は、電波越しだからなのか、なおさらばらばらに砕けて聞こえた。
彼女は中学校時代から彼と性行為をしていた。自分の娘よりも年下の女子中学生を狙う大人の男の行動は理解しがたいが、当時は彼女も同意していたのだ。
その頃になると、彼女自身も、それが本当に「自分の意思」だったのか分からなくなっていた。彼が求めれば、応じる。禁断の果実を初めて口にした時の高揚は、いつしか何の感情も伴わない条件反射へ変わっていた。
――どうせ、悪いことなんて何もないから。彼女はそう言った。避妊はきちんとしていたし、それに。「膣なんて、他の臓器と同じように身体にあるものなんだから。あるのに使わない方が、おかしくない?」
その言葉を聞いた時、変なのは彼女なのか、それとも私なのか。
あるいは、私たち二人ともなのか。
けれど彼女は、一度も考えたことがなかった。彼がコンドームに細工をするなんて。
「刑務所から出る前に、前の奥さんは子どもを連れて家を出ちゃってたの。だから、せめて自分の跡継ぎだけは残したかったんだって。」
血のつながらない「娘」では、彼には足りなかった。彼が欲しかったのは、「本当の子ども」だった。
「跡継ぎ」なんて、本当にそんなに大事なんだろうか。私には分からない。自分の遺伝子を残したところで何になるというのだろう。私は一度だって、あの老いぼれを家族だと思ったことはない。それどころか、自分の身体の半分の遺伝子をくれた人間が、どんな顔をしているのかさえ知らない。
主が自らの姿に似せて人を創ったというのなら。そもそも、アダムの肋骨から、膣を持つイブなど創るべきではなかった。もしイブが最初から膣を持たなかったのなら、禁断の果実を口にすることなど心配する必要もなかったはずだ。
そして、人間は子々孫々に至るまで、「跡継ぎ」を求めて右往左往することもなかったのではないか。
「……私、どうしたらいい?」
もう涙さえ枯れ果てたような、絶望の声だった。
「……私に分かるわけない。」片手でスマホを耳に当てたまま、私はもう片方の手で眉間を揉む。教会の大学なんだから。全知全能の主にでも聞いてみればいいじゃないか。
※
「若曦、またぼーっとしてるの?」
我に返ると、小柄で少しふくよかな中年の女性店長が、じっと私を見つめていた。
「……すみません、店長。」
今回は素直に頭を下げた。本当に上の空だった。仕事が始まってからずっと心ここにあらずで、決まり文句だけを繰り返す、まるで魂の抜けたレジ打ちロボットのようだった。
店長は小さくため息をつく。
「体調でも悪いの?」
「……大丈夫です。」
連瑀辰と電話してからというもの、頭痛がずっと続いていた。
店長はサンドイッチの並ぶチルド棚からカットりんごを一袋取り、レジで自分の社員コードを通して会計を済ませる。
「はい、これ。」
そう言って、カットりんごを私へ差し出した。
「えっ?」
「期限切れのお弁当ばかり食べてないで、たまには果物も食べなさい。ほかに用事がないなら、今日は帰って早く寝るのよ。」
「……あ、ありがとうございます、店長。」
荷物をまとめて店を出る時も、店長はいつものように、自動ドアを出る私へ声を掛けてくれた。
「バイク、気をつけて帰るのよ。」
そんな何気ない「日常」があったからこそ。連瑀辰との電話以来、半分止まっていた私の心と身体は、少しずつまた動き始めたのかもしれない。
そういえば。私は期限切れのお弁当しか持ち帰らないけれど、あの人は普段ちゃんと果物を食べているんだろうか。私はたまに大学の食堂で野菜ばかり選んで食べたりするけれど、あの人の栄養は偏っていないんだろうか。
いっそ、このりんごはあの人に食べてもらおうか。まだ開けていないし、明日くらいまでは十分新鮮だろう。
バイクを停め、片手に期限切れのお弁当とカットりんごの入った買い物袋を提げ、もう片方の腕にヘルメットを抱えて、細い路地を通り、彼女との共同生活の部屋へ向かって歩いていると。街灯の下に、一つの黒い影が立っていることに気づいた。
男だった。
薄暗い灯りのせいで、スーツが濃紺なのか臙脂色なのか判別できない。両手を背中に回し、少し腰を曲げ、ポマードで固めた七三分けが街灯を鈍く反射している。金縁のサングラスは、まっすぐ私を向いていた。どうやら、しばらく前からそこで待っていたらしい。
両手が塞がっていなければ、すぐ警察へ電話するのが最善だった。
……引き返してバイクで逃げるか。この距離なら、さすがに追いつけないだろう。でも。あの人はどうする?もしこの男がここで待ち続けて、彼女が帰ってきたら。誰が彼女を守る?今日逃げられたとしても、明日また現れたらどうする?
私がその場で動けずにいると、男はゆっくりこちらへ歩いてきた。
「待って。」
私の足先が反射的に逃げる方向へ向きかけた、その時だった。
「張月臻と一緒に住んでいる友達、だよね。」
友達?
この男は姑姑の名前を知っている。
けれど、私の素性までは知らないらしい。
私は警戒を解かなかった。男がスーツの内ポケットから名刺を取り出すまでは。
「Baileyです。Luna――つまり張月臻のマネージャーをしています。今後ともよろしく。」
私は買い物袋を腕に掛け直し、名刺を受け取る。その瞬間、鼻をついた匂いに気づいた。
――あの、何度も部屋に漂っていた鼻を刺す臭い。ようやく分かった。あれはコロンと煙草の匂いが混ざったものだったのだ。
「……張月臻のマネージャーなら、彼女が今仕事中だって知ってるはずですよね。私に何かご用ですか?」
「スーッ……」男は歯の隙間から息を吸い込んだ。「君に用があるというより――君の方こそ、私に相談したいことがあるんじゃないかと思ってね。」
「どういう意味ですか?」
男はズボンのポケットから煙草の箱を取り出し、一本くわえると、ゆっくりライターを探し始めた。
わざと私の忍耐を試しているのだ、と私は思った。自分が優位に立っていると信じている人間ほど――特に男は女を相手にすると――わざと動作をゆっくりにして相手を待たせ、自分がすべてを掌握しているように見せたがる。
煙草に火をつけると、男はゆっくりと言葉を吐き出した。
「Jadeの妊娠の件だ。君は、一度私と話した方がいいと思う。」




