Ma mort
いつからだったのか、自分でもよく分からない。私は、ほとんどすべての男に嫌悪感を抱くようになっていた。中学生の頃には、もうそうだった。同年代の男子たちは、ちらりと見る者もいれば、盗み見る者もいた。中には、隠そうともせず堂々と視線を向けてくる者までいた。私自身、人と目を合わせるのが苦手だからなのか。それとも、女として自分を守ろうとする本能なのか。彼らの視線が私の顔ではなく、鎖骨より下へ向けられていることだけは、不思議なほど敏感に分かった。
テレビでは、ああいう健康食品のCMをよく見かけた。思春期の少女は、ある種のエキスを飲んで胸を大きくすれば、男たちに囲まれ、特別な扱いを受けられるのだと。
特権は、
男が与えるものだった。
家のすべては、一番年上の男──祖父が決める。
この世界の道徳も規範も、有史以来ずっと男たちによって定められてきた──父と、子と、聖霊に至るまで。
私たちは、アダムの肋骨でしかない。エデンを追放された元凶でもある。
私たちは誰一人として、自分自身を語ることはできない。自分の耳を、自分の目で見ることができないように──私たちの存在も、私たちの姿も、「他者」によって構築されている。
女という存在も。女というイメージも。いつだって、「男」に与えられてきた。
もっとも、それは後になって考えるようになったことだ。幼い頃の私が、そんなことを背負っていたわけではない。
まだ物心もつかない頃。ある日の午後、昼寝をしていた私は、すすり泣くような声で目を覚ました。私は昔から、人一倍耳が良く、そのぶん寝つきも悪い子どもだった。
私はベッドから起き上がり、音のする方へ向かった。そこには、高校一年生の叔父が、小学六年生の姑姑の上に覆いかぶさっていた。叔父は片手で姑姑の口を塞ぎ、スカートの下で両足を大きく広げ、ズボンは半分脱げかけ、股間からは見たこともないものがぶら下がっていて、スカートの中を探ろうとしていた。
「…叔父さん?」
私の声を聞くと、叔父はすぐに姑姑から飛び降り、ベルトを引っ張って足を引きずりながら去っていった。解放された姑姑は立ち上がり、私を強く抱きしめた。泣くことはなかったが、震えが止まらなかった。
張仕信の行動には、多くの合理的な分析が考えられる。長年兄の陰に隠れて疎外されてきたことが、歪んだ不安定な人格を育んだこと。そして、兄が予期せず家から追放されたことで、張仕忠が受けていたあらゆる優遇と期待が張仕信に投影されたことなどが挙げられる。幼少期から放置されてきたことへの恨みが、家族の中で唯一の希望となった彼を傲慢でうぬぼれの強い人間へと変え、弱者をいじめることで満足感を得るという歪んだ精神状態に陥らせた。それに加えて、思春期特有の性への好奇心や、たまたま彼の傍らに虚弱な実の妹がいたことも、彼の性格を悪化させた。
けれど。
どれほど理性的な分析や説明を並べたところで、彼女にとっては何の意味もなかった。
彼女は実の兄にレイプされそうになった。
それだけが、唯一重要なことだった。張仕信にどんな理由があったのか。どんな経緯があったのか。そんなことは、どうでもよかった。
それでも世界は、加害者のために「もっともらしい説明」を探そうとする。理不尽を理屈で正当化しようとする。あらゆる不公正と罪を、不公正と災厄を受けた者の側へ押しつけようとする。──あなたたちさえ痛いと言わなければ、この世界は今まで通り穏やかだったじゃないか、と。
だから。あの日のことを知っているのは、張月臻だけだった。
彼女には分かっていたからだ。真実を口にしても、責められるのは家族最後の希望である彼ではない。最初からこの世界に生まれてくることを望まれていなかった自分なのだ、と。
禁断の果実を口にしたのは、いつだってイブであって。アダムがイブへ禁断の果実を押しつけたことには、ならない。
けれど。禁断の果実の種は、イブの中に残る。
あの男の言った通り、私は連瑀辰からLINE通話を受けた。
「私の代わりに、店長のビリヤード場を手伝ってくれない?」
案の定、そんな頼みだった。
「もちろん、いきなり全部任せるわけじゃないの。」連瑀辰は付け加えた。「今くらいから少しずつ店に来る時間を増やしてもらって……安定期に入ったら全部お願いしたいの。お給料も店長が二倍出すって言ってくれてるし、コンビニよりずっといいと思う……それに、引き継ぎの間にコンビニも辞められるでしょ……どうかな?」
私は、彼女がこれほど下手に出て、懇願するような口調になるのを聞いたことがなかった。
「……子どもを産むつもりなの?」
電話の向こうは答えなかった。
そこまで話した以上、この質問は答えるまでもないと思ったのだろう。
「家族には、何て言うの?」
「……まだ、どう話せばいいか分からない。」
私は指先で名刺を弄んだ。
──妊娠二か月なら、まだ簡単に下ろせる。
「……昔は、妊娠三か月までは人に言っちゃいけないって言ってたよね。流れやすいから──」
「だから。」
連瑀辰は私の言葉を遮った。
「これから一か月ちょっとは、店長にできるだけ動くな、学校にもあまり行くなって言われてるの……本当に産むことになったら、大学も続けられないし。」
「……下ろすことは考えなかったの?」
長い沈黙が流れた。
「……もちろん……もちろん……もちろん考えたよ!」
泣き声が、一瞬で受話器の向こうから弾けた。
「私、まだ二十一歳なんだよ! まだこれからなの! 大学を卒業したらオーストラリアへ留学するつもりだった! どうして五十過ぎの男の子どものために、自分の人生を壊さなきゃいけないの! ……でも……」
──店長が昔、何をしていた人なのかくらい、あなたも何となく分かるでしょ。
「私はどうなってもいい。ここまで来たら全部自業自得だから。あの人に消されたって構わない。この人生、好き勝手に生きた報いなんだって思えばいい。でも、もし店長が私の家族にまで手を出したら、私は……」
──Jadeには、事故で流産したように見せる。
私は名刺に印刷された電話番号を見つめた。
あの男の計画通りなら、連瑀辰が流産すれば、かつての勢いも政界とのつながりも失った店長は大きな打撃を受ける。やがて半ば自暴自棄になってビリヤード場を手放し、その場所はあの男のものになる。
そして。私と連瑀辰は、これまでと同じように、そこで働き続ける。
連瑀辰は胎児から解放される。店長からも解放される。
そして私は──
金を手に入れる。
その金で、彼女の三百七十五万の借金を少しでも減らせる。
そうすれば。彼女はもうクラブで作り笑いを浮かべる必要はない。
誰にも縛られずに済む。
自由になれる。
「瑀辰、聞いて。私……」
名刺を裏返し、「Bailey──プロのマネージャー」と印刷された面を見た、その瞬間だった。
胸の奥から、言いようのない悪寒が込み上げてきて、私は何を言おうとしていたのか分からなくなった。
寒気というより。ドブに落ちたような、湿っていて、気持ちの悪い吐き気だった。
解放。
金。
束縛。
自由。
……違う。
どこか。
何かが違う。
「……七ちゃん?」
受話器の向こうから聞こえた声が、我に返らせた。
「あ、ごめん。」
私はとっさに嘘をついた。
「さっき虫が目の前を飛んできて。えっと……私、どこまで話してたっけ?」
「えっと……何か話そうとしてたよね?」
「そうだっけ? まずいな、一瞬で忘れちゃった。」
私はさらに嘘を重ねる。
「さっき首の後ろを虫に刺されたみたいで、ちょっと痒くて……薬を塗ってくる。またあとで電話するね。」
「う、うん……分かった。」
そして私は、すぐに通話終了のボタンを押した。
連瑀辰をBaileyのもとへ行かせて子どもを下ろさせれば、彼女は胎児からも店長からも解放されるかもしれない。
──けれど、Baileyからは逃れられなくなる。
子どもが事故で流れたのではなく、中絶されたのだと知っているのは、Baileyだけだからだ。
もしその後、連瑀辰がBaileyに逆らおうとすれば、彼はいつでも真実を店長へ話すことができる。政界との人脈を手に入れたBaileyには店長も手を出せないかもしれない。だが、自分を裏切った義理の娘には、何をするか分からなかった。
「プロのマネージャー」。名刺にはそう書かれていた。
私はその業界に詳しいわけではない。
けれど、「プロ」のマネージャーというものは、自分のところの女の子を「試しに使う」ものなのだろうか。
そうであろうとなかろうと、私は勝手に決めつけていた。
あの男は信用できない。
そう、主観だ。偏見だ。私個人の決めつけだ。私にとって、あの男の存在は悪臭の塊でしかなかった。私はどうしても耐えられなかった。彼女の身体が、どんな男にでも弄ばれる姿を想像することに。
それに、たとえBaileyの約束が本当だったとしても。私はBaileyがビリヤード場を奪うための共犯者になる。Baileyは、あの店をそのまま残すつもりなど最初からない。
地下クラブを作るつもりなのだ。しかも、「S」付きの。
あるいは私は、一時的には約束された報酬を受け取れるのかもしれない。あるいは売れっ子として育てられ、三百七十五万の借金をあっという間に返せるほど稼げるのかもしれない。
けれど。手元にいる二人の看板を、そんな簡単に自由にしてくれるだろうか。
私がBaileyの連絡先を連瑀辰へ渡した瞬間、私もまた店長──龍哥の復讐の標的になる。そうなれば私はBaileyの庇護に頼るしかなくなる。そして彼女は、私を守るために、借金を返し終えたあとでさえ自由になれない。
私は思わず両手で顔を覆った。
Baileyだろうが、Billだろうが、Buckだろうが、Bobだろうが。誰を頼ったところで、結局は同じだった。店長──龍哥が連瑀辰の子どもに執着している限り、彼女の中絶を手配した人間は、そのまま彼女を支配できる人間になる。
違いがあるとすれば。私が連瑀辰と一緒に仲介人を探せば、私自身も張月臻も、その泥沼へ引きずり込むことになるというだけだ。
──連瑀辰は、子どもを産むしかない。
たとえ私が彼女の代わりに店へ入らなくても。店長がビリヤード場をしばらく閉めたとしても。彼女は子どもを産むしかない。
たとえ今回、流れてしまったとしても。連瑀辰が店長の支配下にいる限り、次がある。その次もある。
男たちの執着が、私の生をつくった。
男たちの執着が、私たちの死をつくる。
「七ちゃん? こんなところで何してるの?」
顔を上げると、そこには、まだこの頃は生え際が少し危うい程度で、明るい性格をしていて、人柄もそれなりに悪くなく、同じクラスの女の子を一途に想い続けている少年が立っていた。
「……別に。ただ少し疲れただけ。ここで休んでる。」
「そっか。」
彼はそのまま私の隣へ座った。花壇を囲む縁石の上だった。
「……連瑀辰とは連絡ついた?」
「……普通の友達を心配するって、その程度なの? どうして疲れてるのかとか、具合が悪いんじゃないかとか、保健室へ行ったほうがいいんじゃないかとか、そういうことは聞かないの?」
「え、ごめん。それじゃ、なんで疲れて──」
「もういい、もういい。私の言った通りに聞き直さなくていいから。」
男。はあ。王育廷は、私の人生でも数少ない気の合う異性だった。それでも、結局は男だった。
そして私は、さっきまで胸の中で渦巻いていた苛立ちを、たまたま彼へぶつけただけだった。
彼がこんなにも慌てて尋ねるということは、連瑀辰は相変わらず彼のメッセージを既読にもせず、返信もしていないのだろう。
私は心の中で、小さくため息をついた。
「……彼女、おばあちゃんの家で急にちょっとしたことがあって、帰らなきゃいけなくなったの。あっちは電波もあまり良くないから、しばらくは連絡が取りづらいと思う。」
我ながら、とっさについた嘘にしては、よくできていると思った。
「そうなんだ……」
世間知らずの少年は、静かにうなずいた。
「何か……あったのかな?」
「そこまでは知らない。何も話してくれなかったから。」
王育廷に真実を知らせたところで、何の意味もない。
こんな話は、関わる人間が少ないほどいい。
むしろ。連瑀辰が自分から妊娠のことを打ち明けてこなければ、私はこんなに思い悩むこともなかった。
──いや。それを全部、連瑀辰のせいにすることはできない。
Baileyは私のアパートの前で待ち伏せし、少なくとも私が「NANA」と呼ばれていることを知っていた。
つまり、あの男は私たちを以前から観察していたということだ。
たとえ連瑀辰から私に連絡が来なかったとしても、Baileyは彼女の妊娠を私へ知らせ、同じように自分の計画を進めていただろう。ビリヤード場を手に入れ。連瑀辰と私を支配し。そして──すでに彼の手の中にいる、彼女までも。
では、王育廷はどうだろう。彼にすべてを話したところで、何が変わるというのだろう。王子様が姫を救う物語は、おとぎ話の中にしか存在しない。
それに。
彼が好きになった連瑀辰は、あくまで「彼が見てきた」連瑀辰だった。もう一人の彼女を、彼は見たことがない。彼にとって、その連瑀辰は最初から存在していなかった。存在したことのない誰かのために、人は心の底から身を投げ出せるものなのだろうか。
今ここで真実を知ることは、むしろ王育廷にとって救いなのかもしれない。もう、決して共に歩めない相手へ想いを寄せ続けなくて済むのだから。
ただ。私は、その嫌われ役にはなりたくなかった。私にとっても。彼にとっても。誰にとっても。何一つ得はない。
その役目は、時間に任せればいい。
もちろん。もし本当に「真実の愛」なんてものが存在するのなら。王育廷は自分から、この泥沼へ足を踏み入れるのかもしれない。でも、その先は。まだ世間も知らない大学二年生が金を工面して。連瑀辰に子どもを下ろさせる方法を探して。そのうえ店長からも、あの世界からも逃がせるというのだろうか。
「大人の世界のことは、知らなくていい。」──知ったところで、どうにもならないから?
そういうことだったの、姑姑。
でも、もう遅かった。月の裏側を見てしまえば、そこに無数のクレーターがあることを知ってしまう。私たちが「滑らかで傷ひとつない」と信じていた月は、もう存在しない。
三百七十五万。彼女がどれだけ返したのかは分からない。
けれど、その金額は大学二年生の私には、想像をはるかに超えていた。
私自身だって、三十万を超える奨学金の返済を背負っている。
三十数万くらい、あの老いぼれにとっては何でもない金額だったはずだ。それでも、最初から生まれてくる予定ではなかった孫娘のために金を出す理由はない、とあの人は考えていた。張仕忠──私の実父が自力で私を育てられなければ、私が餓死しても構わない。あの人は、そう言った。
ならば。家出した出来損ないの娘が背負った三百七十五万の借金など、なおさら知ったことではないだろう。
──百歩譲って。
もし、あのクソじじいが私の学費も、彼女の借金も全部返済してくれたとしたら。私たちはまた、あの人の支配の下へ戻るだけではないのか。
エデンとは。
本当に楽園だったのか。
それとも、アダムとイブを閉じ込める牢獄だったのか。
私は痛む頭を抱えたまま立ち上がり、ジーンズについた砂を軽く払った。
「……眠すぎる。ちょっとどこかで寝てくる。」
眠いわけじゃない。ただ、心が疲れていた。
「お、おう……」
私は振り返り、何も知らず呆然と立ち尽くしている王育廷を見た。私は滅多に人と目を合わせない。けれど、このときだけは違った。彼の濃い茶色の瞳を見つめた。その瞳の奥には、心の底からの焦りと、不安と、心配と。
そして。ある一人の人への、偽りのない恋慕が映っていた。
いや。あれは、私の瞳に浮かんでいた感情が、彼の瞳に映り返っていただけだったのかもしれない。
私には分からない。
分かっているのは。
私はこのあと、連瑀辰のLINEをブロックするかもしれないということだけだった。彼女の代わりに働く気にはなれない。子どもを下ろさせることもできない。私は、彼女を救う命綱にはなれない。
もしかしたら。一か月もしないうちに、あの子は自然に流れてしまうのかもしれない。誰にも分からない。
もしそうだとしたら。それは主の恩寵なのか。それとも。主が仕掛けた悪戯なのか。
誰にも分からない。




