85 淀川のぼり
京都に着かなかった。
仕方ない、俺が男に化けるか。
エドの場合、ガタイがでかい上に髭と髪が真っ赤なので、否応なしに目立つ。
たとえほっかむりしても、180cmの巨体はやっぱり目立つに違いない。
ならば、俺が男のフリをして漕ぎ手に混じっていた方が、目立たないだろう。
俺は七五三兵衛にそう提案してみた。
彼は、あんたにできんの?という顔をしていたが、元々男だし、男らしい仕草には自信がある。
問題は、男物の服が無いことだな。
エドの服じゃでかすぎるしなぁ。
俺が服があればと言う話をすると、七五三兵衛はいきなり着物を脱いで、褌一丁になると「汗臭いのは我慢せい」と言って、着ていた着物を差し出した。
いや、あんたの着物だってだいぶでかいんですけど。
エドのよりはましだけど。
えぇ〜……ほんとに臭そうだな……。
俺が逡巡していると、「そやな、着替えんのやったら、そこの浅瀬にいこか」と言って、船を川の中州に着けて、草が生い茂っている中で着替えてこいと言うことのようだ。
別に着替えるのはアイテムボックスに入れてしまえば、樽の中でも一瞬で着替えられるのだが、まあいい、そう言うことにしておこう。
俺は草むらをかき分け、中州の中程まで進んだところで着替えてみた。
背丈は七五三兵衛とは5cmぐらいしか変わらないのだが、胴回りが大きく違うので、彼の着物だとやはりだいぶ幅が余ってしまうようだ。
デフォルトだと七五三兵衛のように着崩した着方になってしまうので、そうすると胸元がはだけて、大変エロいことになってしまう。
なので、きちんと着ようと帯をキッチリ締めるが、合わせが背中にまで回ってしまった。
ダメだなこりゃ。
どうしようか悩んでいる時、新九郎たちが皆、中州に下りてきた。
そして、新九郎が草むらの外から何か言ってきた。
「吉子様!大変失礼ながら、我らの着物でよろしければ、お使いください」
うん、そうだね。
先に言って欲しかったね。
まあ、言うタイミングは無かったっぽいけど。
俺は元の服に戻して、皆の前に出た。
「そうね、お願いするわ。あいつの服はでかすぎたわ」
「承知しました。体格では虎之助が一番近いかと」
そう言うと、目のつり上がったちょっと気の短かそうな男が前に出た。
そうか、君が虎之助か。
って言うか、未だに全員の顔と名前が一致していない。
まあでも、これで覚えたよ虎之助君。
「じゃあちょっと借りるね」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、お礼を言うのはこっちなんだけど」
「お、俺は、ど、吃りで気も利かねえけど、何かお役に立ちてえと思っていました。お、俺を選んでくれてありがてぇと思った次第でやす」
そんな大層な…。
とも思ったけど、まあ立場上しょうがないのかもしれないな。
笑顔でもサービスしてやろう。
俺は虎之助から着物を受け取ると、取って置きの笑顔で「こちらこそありがとうね」と言って、そっと手を握ってやった。
すると、虎之助君は弾かれたようにバックサイドジャンピング土下座をいきなり敢行してきた。
バックサイドジャンピング土下座とは相手に正対したまま、真後ろに1m以上飛び退き、そのまま土下座の姿勢で着地する技のことである。
なかなかのバネの持ち主とみえる。
その姿勢のまま「お、恐れ多いことにございます」と言って、土下座のままスッとさらに1mほど後ろに下がった。
え?今どうやって移動したの?
実は凄い体術の使い手なんじゃないか?こいつ。
俺が驚いているところに新九郎が「では着物を七五三兵衛殿にお返ししておきましょう」と言ってきた。
一瞬、「うんお願い」と言いそうになったが、ここは自分が直接返すべきだと思い直し、「いえ、私が直接返します。ありがとう」と言うと、なぜか少し残念そうな顔をしていた。
なんだ?君も手を握ってもらいたかったのか?
俺の握手は安くないんだよ。
虎之助の服に着替え、俺たちは船に戻り、七五三兵衛に着物を返した。
もちろん、笑顔と握手付きで丁寧にお礼を述べてお返しした。
七五三兵衛は「臭い思いだけ余計やったな」と、笑って受け取った。
握手効果無し!
俺は漕ぎ手の列の一番後ろに座り、皆に合わせて櫂でこぎ始めた。
和船の漕ぎ手はボートと違い、進行方向に向かって漕ぐ。
櫂で水を掻き取るようにして漕ぐのだ。
つまり完全に腕力のみが頼りの仕事だった。
これは、正直言って効率が悪い。
いくらゲーム世界でも、女の体ではとてもじゃないが、みんなと同じようにはいかない。
ここで俺は、ちょっと良いアイディアを思いついたのだが、人目につく場所だと具合が悪いので、七五三兵衛にもっと人目につかないルートは無いのか聞いてみた。
少し遠回りになるが、川の中程なら草に隠れて目につきづらいというので、そっちを通るようにお願いした。
そして、周囲に背の高い草が茂る中程に入った時、俺は七五三兵衛に、今から風を起こすので舵だけきちんと取ってくれと頼んだ。
「いったい何をする気ぃや」と、怪訝な顔をしていたが、俺が鉄扇を取りだし、煽ぐ動作をしたので、「アホぬかせ、そないなもんで船がうごいてたまるか」と、鼻で笑った。
よおし、見てろよ。
俺は、船の最後尾にしっかりと掴まり、鉄扇で大飛翔の飛ばないバージョンを発動させ、後ろに向かって煽いだ。
その瞬間、船は一気に加速、するはずだったが、俺の摑んでいた手が離れ、七五三兵衛めがけて、飛んで行ってしまった。
彼は飛んできた俺をガッチリと受けとめたが、勢いを殺せず、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。
「うわっ!ごめんなさい!大丈夫ですか?」
慌てて振り返り、詫びを入れるが七五三兵衛はあまりのことにビックリしたのか、暫く惚けた顔で俺を見ていた。
だが、次第に俺が間抜けなことをしたことに気づいたようで、笑い始めてしまった。
「ぶぁっはっっはっはっはっはぁ〜!あんた!アホやろぉ!!」
「申し訳ございません!お怪我はありませんか?」
「これしきで怪我なんぞせんわ、あんたこそ大丈夫か?」
「お、おかげさまで…」
「さよか。しっかしアホなこと考えよるなぁ、ほんまに」
「申し訳ありません」
「いや、思いつきは、悪ぅないで。悪ないけど、もちっと後先のこと考えんとな」
「ご迷惑をお掛けしました」
「あんたら、支えたってや」
七五三兵衛は新九郎達に向かって言った。
え?それはつまり、もう一度さっきのをやれという事ね。
よおし。ならばリベンジだ。
俺は船底に腰を下ろすと、足を踏ん張り、背中から新九郎達がしっかりと支えた。
「じゃあ、いきます」
そう言うと、船の後ろに向かって大飛翔を発動させた。
その瞬間、俺を支えていた新九郎達が、一斉に足を踏ん張る。
俺は強烈な力で、前へと押しつけられるが新九郎達が動かないので、その力は推進力となって、グイッと船を前進させた。
他の漕ぎ手からは「おぉぉ」というどよめきのような声が上がり、七五三兵衛は予想したより速度が速かったためか、少しバランスを崩したが、ニカッと笑っている。
「あねさん、もうひと掻きじゃぁ!」
七五三兵衛がそう怒鳴ると、新九郎が血相を変えて文句を言った。
「誰が姐さんじゃ、大谷様と呼べ」
「どっちでも良いよ、いくよ!」
船が動いているので、少し方向を上向きにして、もう一度大飛翔を出す。
船がグンと加速するとともに、ザザザザという波飛沫が起こる。
「おおぉ!こりゃぁ速いのぉ!」
ほとんどモーターボートにでも乗ってる感じである。
体感的には速そうな感じだが、流れに逆らってることもあり、実際には30kmも出て無いだろう。
しかし、この時代の船としては驚異的なスピードである。
それでも、船員達は皆一様に高揚した顔つきで、恐怖を感じている者はいないようだ。
少し速度が落ちてきたところで「もいっちょいったれ!」と、七五三兵衛が声を上げる。
「はいはい」
再び扇で煽ぎ、船は先ほどよりもさらに加速され、30kmをはるかに超える速度になった。
船は波に当たり、大きく上下に揺れながらザバババッと凄まじい大波を立てて進んだ。
もはや魚雷艇か水中翼船かという感じで、さすがにこれはやばいだろうと感じたが、船員達は顔を引き攣らせながらも、揺れる船にしがみついて、楽しそうに前を見ている。
「ヒャッホ〜ゥ!」
いつの間にかエドが七五三兵衛のすぐ後にいて、波飛沫を浴びて嬉しそうに奇声を上げていた。
七五三兵衛もそれを見て、一緒に笑っている。
なんだかなぁ。
変なところで友情が芽生えなければ良いが。
暫く順調に進んでいたが、前方に中州が見えてきたので、七五三兵衛が「左じゃ」と指示を出す。
俺の横にいた舵を切る係が、舵の棒を回そうとするが、水流が強過ぎてとても曲げられそうも無い。
まずいな。
俺は新九郎達に「前向きにやるよ」と言って、新九郎の頭を跳び箱のようにして飛び越え、前に向かって大飛翔を発動した。
ちょっと新九郎達の支える体勢が出来ていなかったが、何とか倒れ込みながらも船を減速することが出来た。
ふ〜ヤレヤレ。
ようやく制御出来る速度になったので、船は左に向きを変え、中州を避けて再び草の茂る川筋に入っていった。
先ほどより細い川筋だが、我々は流れの速い川を人力無しで遡上していった。
30分ほど、そんな状態で川を上っていたところ、七五三兵衛が「そろそろやな」と言うので、エドを再び樽に隠し、俺は漕ぎ手の一人として漕ぐフリをすることとなった。
暫くエイッホエイッホと櫂で水を掻いていると、前方に桟橋が見えてきた。
おそらく渡し場の桟橋だろう。
その周囲を侍達が取り囲み、一般の利用者は利用出来ない状態のようだ。
その渡し場を固めていた侍達が、我々に気づいたようだ。
我々を見て、武者姿の侍が、何か叫んでいる。
それと同時に船を出す動きが見えた。
「あぁ、こっち、来よるな」
ゆっくりと川を進んでいると、こちらに向かってくる2艘の船から「止ま〜れ〜!」と、声がする。
俺はエドに「大人しくしてろよ」と言って、俺自身はほっかむりをして、船員に紛れ目立たないようにした。
だが、七五三兵衛が「いざとなったら、さっきのたのんます」と、小声で言ってきた。
そうね、あの速度に着いてこれる船は無いよね。
いざとなったら逃げの一手というわけだ。
だが、あれは目立ちすぎるので、本当に最後の手段だな。
七五三兵衛に何か方策があるのだろうか。
伝令が背中に挿している旗竿には蔦の家紋が見える。
やはり松永さんの陣営のようだな。
「船を止めよ」
「いったい何事で」
「見ての通り、戦の最中じゃ。このまま引き返せ」
「引き返せ言うてもなぁ、そうでっかちゅう訳にいかんねん」
「なんだと、この先に行くことはまかりならんと言っておるのだ」
「この御神酒を今日中に、京まで届けなならんねや、そこを曲げてお願いします」
「酒だと、そんなもの捨て置け」
「ええんですか、そんなこと言うて。御所様ご所望の品やで」
「なんだと?」
そんなやり取りをしている後で、侍達のもう一艘の船の船頭が七五三兵衛を見て指をさして何か喋っている。
それを見た七五三兵衛が、その船頭に話しかけた。
「おぉ、予右衛門やないか、こないなとこで何やっとんのじゃ」
「そう言う眞鍋様こそ、何で河なぞ上ってますねん」
「ワシは堺の今井様に頼まれて、御神酒を京の山科様にお届けに上がるんじゃ」
「何でまた、こんな時期に」
「知らん」
そのやり取りを見ていた侍が船頭に尋ねた。
「貴様らは知り合いか?」
「へえ、こちらは泉州淡輪で水軍の頭をやっとる眞鍋七五三兵衛様でしてな、よう堺の町衆に頼まれてあちこち行ってますねん」
「泉州者が、何故淀川を上っておるのだ?」
「だから言うてますやん。山科様に今日中に届けなならんのですわ」
「先ほどは御所様と言っておったぞ。話が変わっているではないか」
「あんたなぁ、御所様が直接酒頼むわけあれへんやろ。山科様が仲立ちされだけの話やないか」
「それでもダメだ。今は時期が悪い。明日にも戦場になるやも知れぬぞ」
「明日ならまだええですわ。これは今日中やねん」
「ええい、暫し待て。此奴らから目を離すな」
侍はそう言うと、一艘を残して桟橋へ戻っていった。
上の人に確認に行くのだろう。
残った船の侍が、桟橋まで一緒に来るように促し、そこに紐を掛け、暫し待つようにと言って桟橋に上がっていった。
七五三兵衛は残った船の船頭に、「助かったわ、おおきに」と極小さな声で例を述べた。
どうやら、何らかの工作を事前にしていたのかもしれない。
だが、京都に行くことが決まってから一晩あったとは言え、そんな工作をする時間がはたしてあっただろうか。
そこは疑問の残るところだ。
もしかすると、今この場の機転ということもありうるかもしれない。
そんなことを考えていたら、先ほどの侍が、上司の侍大将と思われる武将を連れて来た。
「あちらの船にございます」
「何だ、ただの小早一艘ではないか。荷が鉄砲やら兵糧でなければ構わん」
「しかし、あのように男が25人ほど乗っておりますゆえ、何者かが紛れ込んでいるやも知れませぬ」
「構わん構わん、そんなことでいちいちワシを呼び出すでは無いわ、小早が10艘以上来たなら知らせよ。あとは捨て置け」
「ははっ」
侍は憮然とした顔で桟橋に戻ってきて、「行って良し!」とひとこと言っただけで帰って行った。
やれやれ。
何とか無事通れたようだな。
その後は時折早馬などをみかけるぐらいで、侍が集まっているような箇所も無く、我々は摂津から山城へと入っていった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回こそは京都です。
ひきつづきよろしくお願いします。




