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84 そうだ京都へ行こう

京都には向かいます。

 およそ2時間の思想教育…じゃなくて教義を受け、キリスト教について少し理解出来たということで、何とか解放してもらえたが、それでも神様を信じる気持ちにはなれなかった。

 こればっかりは、一生掛かっても無理だとは思うが、カトリック(イエズス会?)の考え方が少し分かったことで、彼らが何を目指しているのかおぼろげながら分かった気がする。

 何より、彼らは非常に勤勉であり、様々な知識と実務能力を兼ね備えていると言うこと。

 何で知ってるの?と思うくらいに、様々な事物に精通している。

 その地域に入り込み、その地域特有の言語・文化を吸収した上で、その地域の言葉で話し・しきたりに則した行動を取ることで信頼を得て、耳を傾けさせることに成功している。   

 茶の湯を覚えたりしたことも、その一環であろう。

 誰もが兵隊であり指揮官となりうるわけだ。

 時には、相手の求める法外な要求(日本ならヨーロッパの武器)に応えることで、権力者に接近し教義を広める機会を得ようとすることも往々にしてある。

 権力者本人を入信させ、教皇の僕(しもべ)とすれば、その地域全体をキリスト教一色に染めることも出来るだろう。

 だからこそ、後に秀吉に警戒されてしまったわけだが、ともかく布教のためには手段を選ばないところが、ここまで急速にキリスト教が広まった原因ではなかろうか。


 尾張での布教については「ぜひおねがいしたい」と言ってくれたのだが、トーレス神父はすぐに府内(豊後国)に戻らなければならないらしく、自分は関われないが、ガスパル・ヴィレラに手紙を書くから、良かったら京都まで行って直接話をして欲しいと言われた。

 やはり責任者となると、なかなか忙しいようだな。

 因みにトーレス神父は何のために堺に来ていたかというと、大友宗麟の依頼によるものらしい、とまでしか分からなかった。

 確か、この頃は大内は既に滅んで、毛利と一戦交えている頃ではなかったかと思うが、それと関係あるのかな?

 そしてこの争いは、将軍足利義輝の取りなしで和睦したように記憶している。

 もしかすると、その絡みかもしれないな。


 いやぁ、それにしても堺まで来ると、話が一気に九州までおよんでいくところが凄いな。

 尾張に居たら、せいぜい信濃か京都までの話しか出てこないもんな。

 場合によってはスペイン・ポルトガルまで話がおよぶという、さすがは国際都市と謳われただけのことはある。

 やっぱり畿内を押さえないと、天下人とは言えないわけだよな。

 俺たちが日比屋邸から帰り際にそれとなく、ガレオン船を作れる船大工が欲しいねえ、と言う話をトーレス神父にしたところ、「そんなひとがいたら、わたしがしりたいです」と、はぐらかされてしまった。

 元よりダメ元で聞いてみたわけだが、やはり無理だったな。

 そうとう布教に協力してあげないと見返りは無さそうだ。

 ともかく、ヴィレラ神父宛の紹介状を書いてもらったので、今井さんは帰りも船を手配する予定だったが、急遽京都経由で帰ることになった。

 こんなことなら、玉ちゃんを連れて来るんだったな。

 そう言えば前田慶次は京都にいるんだったっけな。

 どこに住んでるかは知らないが、手紙を出したい場合、飛脚に頼めば届けてくれるのかしら?


 ※小さな街ならその街の名前を書けば、だいたい届いたようですが、京都のような大きな街だと、通りの名が分からないと届かないこともあったようです。

  いずれにしても配達人が人づてに訪ね歩いて届けていたようです。


 それだったら直接行った方が速いって話になりそうだな。

 まあ良い、出会えればめっけもんぐらいの感じで行くとしよう。

 それよりも気になるのが、三好対六角の戦いだ。

 巻き込まれないようにしないといけないのだが、ついさっきまで一方の当事者と茶を飲んでいたわけだからな。

 どうも不思議な感覚だな。

 因みに、自分らに関係無い戦いでも戦場マップに部隊とか表示されるのかな?


 ※当事者で無い場合、部隊情報までは表示されませんが、部隊を率いている武将の名前と、兵数は表示されます。


 へぇ。

 どれ、京都に向かう前に確認しておくか。

 あれ?京都にはもう誰もいないですね。

 なんだ、六角に取られちゃったのか。

 でもって、主戦場は大阪に移ってるんだな。

 あ、松永さん達もまだ移動中だね。

 ほぼ、三好の全軍が飯盛山に向かってる感じだな。

 飯盛山城には総大将の三好長慶が籠もっているので、包囲される前に何とか体勢を整えたいところだろう。

 でも、我々もその近辺を通らないと京都には行けない。

 何事も無く通り過ぎることは、出来そうも無いなぁ。

 松永さんに頼んでみようかな。

 でも、通す代わりに何か要求されそうだよなぁ。

 とは言え、美濃攻めが始まる前に戻らなくてはならない。

 遅くとも四月中旬には、戦の準備に取り掛からねば間に合わなくなる。

 気がつけば、あと5日で3月も終わりである。

 仕方ない、戦闘員じゃないエドもいるが、強行突破しかないか。

 多分美濃攻めが始まってしまうと、京都に寄っている暇がなくなると思うので、なるべくこの機会を逃したくないのだがな。


 今井さんにそんな状況を説明して、何か良い手は無いか聞いてみたところ、淀川を京まで遡上する渡しが有るという。

 今、ちょうど松永さんらが陣を張ろうとしている辺りまでは、多分行けるだろうという話だ。

 だが、そこから先は運次第という、なかなかギャンブルな話である。

 多分だが、六角陣営の主力は高野山の辺りから攻め上がって、飯盛山城の包囲を急ぐだろうと思われる。

 高野山方面から北上するのは畠山高政が指揮する軍勢およそ40000だ。

 対する三好軍は城に籠もる18000と、山崎城周辺から出張ってきた10000が間もなく合流する。

 それ以外にも各地から続々と飯盛山周辺に集結しつつある。

 当然四国から来る軍勢は、淀川を上ってくることになるので、運が悪いと鉢合わせることもあるかもしれない。

 怪しい連中が淀川を京に向かって上っていけば、必ず見つかるだろうし、運良く松永さんに話ができれば見逃してもらえる可能性もあるが、捕まってしまったら、かなり面倒なことになってしまうだろう。

 今井さんは、「美濃取った後でもええんちゃいます?」と言っているが、どうだろうなぁ。

 美濃を取ったら取ったで、それどころじゃ無くなる気がするんだよなぁ。

 さらに今井さんは、淀川に出る前に石山本願寺の脇を通ることになるので、そっちも危険を伴うという。

 うーんそうかぁ。

 京都行ったら曲直瀬道三先生のところにも顔出したいな、と思ってたんだがな。

 そうやって俺が諦めきれないでいると、今井さんが「よっしゃ、ほな眞鍋はんに聞いてみますわ。昨夜泊まった宿で待っとっておくんなまし」というと、水軍の元締めのいる港へと向かって行った。


 そうかぁ。

 また、眞鍋さんの世話になってしまうのかな。

 だったら酒を用意しとかないとな。

 実は取って置きの、まぼろしの酒が1本、まだ残っている。

 これは例の信長さんを昏倒させた焼酎で、しかも5合しか無い。

 皆さんで分けられる量ではないし、もし焼酎が初めてなら、飲み方にも気をつけないといけない。

 ただ、眞鍋さんにそーっと渡しても、またもろたで〜と言って、皆に振る舞ってしまいそうなので、どうしようか悩ましいところではある。

 とりあえず、振舞酒用に2樽ほど清酒を皆さんに飲んでもらってる間に、これは皆に内緒でね、と言って渡すとするか。

 と言うことで、今井さんが戻る前に酒蔵を訪ねて、天皇陛下への献上酒という酒を(1樽金100)2樽購入。

 お付きに皆さんに運んでもらって、宿へ戻った。

 って言うかお供の丑五郎(うしごろう)という男が、実はとんでもない力持ちで、1人で一樽(およそ90kg)持ってしまったので、あとの4人で一樽楽々運ぶことが出来た。


 待つこと1時間。

 今井さんが七五三兵衛と連れだって戻ってきた。

 こちらが何か言う前に七五三兵衛の方から「京まで行くんやて?」と聞いてきた。

 まだOKなのかどうかも分からないので「そうです」と答えたのだが、「船賃は来る時の倍かかるで」と言ってきたので、俺は今井さんの方をそれとなく見た。

 今井さんは指でピースサインを送ってきた。

 ヴィクトリーの意味じゃないだろうから多分金200ってとこか?

 仮に金2000だとしても払うしかないけどな。

 俺はうなずいた。

 それで商談成立であった。

 大阪人は話しが早くて良い。

 七五三兵衛は「明日朝出発でええか?」と聞いてきたので、「それでお願いします」と俺は深々と頭を下げた。


 「ほな、明日朝、港でな」


 と言って帰ろうとするので、「ちょっとお待ちください」と引き止めた。


 「京都に着いたらお礼をする暇もないと思うので、先にこちらをお持ちください」

 「なんや、おぉ、こらまたえらい豪気やな」


 酒樽を見た七五三兵衛は「おおきにな。後で取りに来させるわ」とニカッと笑うと大急ぎで帰って行った。

 因みに船賃は金2000でした!

 オーマイゴッ!



 翌朝、既に船は用意されていたが、当然のことながら関船ではない。

 津島で待っていた船と同じ、小早という20人ぐらいが乗れるカッターボートのような船である。

 そしてどういう訳か、俺が昨日買った酒樽が二つそのまま乗っていた。

 おいおい、まさか船の上で飲むんじゃないだろうな。

 俺は桟橋にしゃがんでいる七五三兵衛を見つけて声を掛けた。


 「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 七五三兵衛はのっそりと立ち上がり「おぉ、よろしゅうたのんます」と、珍しく低姿勢であった。

 しかし彼に近づくと、その酒臭さについ顔をしかめてしまった。


 「すまんな、あんたにもろた酒、昨夜全部飲み尽くしたわ」

 「え?全部?」

 「それで、すまんけど途中何回かあんたとその南蛮人は樽ん中に隠れといて欲しいんや」

 「え?まさかそのために飲みきったとか?」

 「まあ、それもあるが、ワシらにあれしきの量はどうっちゅうことないわ」

 「そうですか」


 それじゃあ、あんなに高い酒じゃなくても良かったかな。

 ま、気持ちの問題だけど。

 しかし、樽に隠れないと通れないのか。

 俺は何とかなるが、エドは樽に入らないだろ。

 頭から被ってしゃがんでも足が出ちゃいそうだけどな。

 エドに『そういう話になってるけど』と伝えると、『若い頃密航するのによく使った手だ』と言って何ら問題無いという顔をする。

 意味分かってないなコイツ。

 まあ、何とかなるだろう。

 ここはプロである眞鍋さんにお任せするとしよう。

 全員が船に乗り込み、俺とエド以外のお供の人たちは漕ぎ手の振りをしてもらうため、他の漕ぎ手と一緒に座るように言われる。

 酒樽には注連縄(しめなわ)が締めてあり「御献上品」と書いた札が貼ってあった。

 つまり、酒を運ぶ荷船を装う訳だな。

 それも献上品の酒だ。

 なるほど、それなら高い酒も意味があったと言うわけだ。

 やるな七五三兵衛。


 堺を出航した我々は、1時間ほどして淀川に入った。

 この時代の淀川は、木曽三川と同じく、いくつもの支流に分かれ、川底も浅く氾濫を繰り返していたようで、慣れた船頭でも氾濫の度に浅瀬の位置が変わるので、船の航行には苦労していたようである。

 石山本願寺はその淀川の一番南側の川縁に面している。

 そして、我々はわざわざその鼻先を通り抜けようというのだ。

 今のところ、織田はまだ本願寺と対立しているわけではない。

 だが、この頃から既に長島一向一揆の芽は、育ちつつあったのだ。

 石山本願寺では、本願寺顕如が法主となり8年が経っていた。

 この間に六角家や細川家、武田家、北条家、公家の三条家、九条家などと姻戚関係を深め、僧侶とは到底思えない、戦国武将のような振る舞いで勢力を拡大していった。

 畿内の有力な武家とは同盟を結んでいたが、急速に勢力を伸ばしてきた三好家とは対立し、本願寺を廻って戦いを繰り広げていたようだ。

 現在は和議を受け容れ、両者は直接敵対してはいないようだが、将軍家を傀儡にしようとする三好家とはやはり相容れないのだろう、六角家の支持にまわったようだ。

 どうやら、本願寺としては戦乱が続いた方が、門徒や支持者が増え自分達の勢力拡大に繋がると考えていたのではないだろうか?

 そのため、天下統一を実現しそうな勢力には敵対するように、仕向けていたのかもしれない。

 この頃は、三好がその対象だったのだろう。

 堺から、三好陣営の方角に向かう小舟に、怪しげな女と外国人が乗り合わせていたなら、本願寺から疑いの目を向けられたとしても、無理からぬ事と言える。

 なので淀川に入ってすぐさま俺は、酒樽の中に隠れることとなった。

 だが、エドが隠れるにはやはり樽が小さかったようで、しゃがんでもキッチリ足が二本見えてしまっていた。

 まるで樽のゆるキャラのようで、何とも締まらない。

 頼むからその格好で歩き回らないでくれ。

 笑えてきてしょうがない。

 俺以外にも笑いのツボに嵌まった者がいて、船の上でのたうち回って笑っていた。

 七五三兵衛はエドの足元に、木箱をいくつか置いて、足が見えないように隠した。

 とりあえずは、これで何とか誤魔化せそうである。

 俺は酒臭い樽の中から外を覗いて見ていた。

 ちょうど目の位置辺りに注ぎ口の穴が開いていたのだ。

 船はクネクネと曲がる淀川を上り続け、2時間ほど川を上ったところで右前方に立派な石垣と大きな伽藍を備えた、まさしく城のような寺院が見えてきた。

 驚いたのは、寺の中にも周囲にも人が溢れていたことだ。

 門徒だけでなく、普通の町人や農民達が大勢お参りに押し掛けてきているのだ。

 さながら正月の明治神宮か、鶴岡八幡宮かという有様だ。

 いやぁ、これだけの民衆が一斉に敵に回ったと想像したら、空恐ろしいばかりである。

 ゲームでも石山本願寺は気がつけば兵数がとんでもない数になっていることがあったが、こういう事なのだろうな。

 酒樽作戦が上手くいったのか、本願寺の脇を通り過ぎても、見張りから特に誰何されることもなく、誰かが尾けてくる気配も無いようだ。

 その後船は大きく左に向きを変え、本願寺は見えなくなった。

 船が再び、右に向きを変えたところで、七五三兵衛から「もう出てもええで」と、声が掛かった。

 ふう、ヤレヤレ。

 俺は、樽から抜けると身体を伸ばし、一息ついたが、エドが何やら苦労しているようだ。

 身体を丸めて樽に入ったはいいが、1人では抜け出せなくなったらしい。

 そのうちガタガタともがき始めたので、七五三兵衛が慌てて駆け寄り、「いわしたらあかん!」と叫んだが間に合わず、ついに樽は内部からバキバキと破壊され、赤達磨のようなエドの馬鹿力で、割れた樽はさらに木っ端微塵に粉砕されてしまった。


 「あほんだら!この先どないすんのじゃ。まだあんねんで危ないとこ」


 あぁ……、どうしましょう。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

長引かせても仕方ないので、次回は京都に着くと思います。

ひきつづきよろしくお願いします。

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