82 義興と久秀
三好義興は三好長慶の嫡男にして、三好家の目下の世継ぎ候補第1位である。
人物名鑑によれば1542年生まれ1563年没と書いてある。
史実通りになるなら、来年死亡することになる。
つまり二十歳そこそこで死んだ訳だが死因は黄疸とある。
それも突然死に近い状態だったという。
それが元で、松永久秀による毒殺説が噂されるようになった訳だが、最近ではその説には否定的な意見が多い。
俺の脳内家庭の医学によれば、黄疸はあくまで症状であって死因にはならない。
黄疸が現れる疾患としては、肝炎が一番有力なわけだが、それ以外にも膵臓ガンや胆石、胆道ガン、肝硬変などがある。
だが、急性だったことを考えるとウイルス性の肝炎、それも劇症型などもあるA型肝炎だった可能性が高い。
感染経路も食べ物からということで、おそらく貝類などからの感染ではないだろうか。
父の三好長慶もその翌年死亡するのだが、息子の死がショックすぎて精神を患ったのが原因と言われている。
それ以前から、後継者と思しき者たちが相次いで死んだこともあり、何者かによる裏切りを疑ったとしても無理からぬ事ではあるが、無実である弟の安宅冬康を誅殺するなど、もはや手の付けられない状態であったという。
その後、長慶を失ったことで三好家は実質、松永久秀と三好三人衆に委ねられることになるが、この三人衆が後に将軍義輝を襲撃して殺害する永禄の変を起こす。
そのまま天下を目指すかと思われたが、松永久秀と対立、後に彼の寝返りを招くことになった。
その後は、力を付け上洛してきた織田信長にペイッと蹴散らされて三好家は終わるわけだが、この義興が順当に三好家当主に収まっていたらどうなっていただろう。
十河一存を既に失ってはいたが、10年後でも畿内での一大勢力として君臨し続けていたのではなかろうか。
織田陣営としては、倒さねばならない強力な敵が増えるわけだから、余り喜ばしい状況では無いかも知れない。
問題は足利義輝がどうなるかである。
既に死に体である足利幕府ではあったが、いちおう将軍としての体裁はまだ保っていた。
それでも義輝は再び実権を持った幕府を取り戻そうと画策していたのだ。
三好側としては、当然将軍には傀儡でいて欲しいわけで、義輝のこのような動きは阻止したかっただろう。
つまり、義興であろうが、長慶であろうが、いずれ義輝は排除される運命だったのではないだろうか。
三人衆のようなやり方では無かったかもしれないが、いずれにせよ排除、ないしは無力化されていただろう。
なまじっか武将としての実力があるだけに、警戒されてしまったと言える。
だが、仮に織田家が将軍暗殺を阻止し、幕府再興に力を貸すとなるとどうだろう。
無論、いずれ時期を見て政権を簒奪するわけだが、上手く事を運べば、一向一揆と真正面からカチ合うという、失策を犯さずに済むかもしれない。
そうなれば史実のような、織田包囲網などという事態は避けられるかもしれない。
今は六角・畠山連合軍が細川氏を支える名目で三好と対決しているわけだが、夏前には長慶に蹴散らされて大敗し、和睦してしまうので、六角・三好の体勢が整う前に美濃を落とし、上洛出来る体勢を整えておかねばならない。
つまり、三好家にはなるべく史実通り、衰退していってもらう、と言う結論になるだろう。
と言うわけで、気の毒だがこのおにいちゃんには史実通り死んでもらうしか無いようだな。
なかなか利発そうな青年だけどね。
残念だね。
「正室が嫌なら側室でも良いぞ」
あら、まだその話、続いてたのね。
俺は「自分のような、得体の知れぬものを招き入れれば、家名の汚点となりましょう」と、断りを入れておいた。
これで諦めてくれれば良いが。
「ならば、ワシの側ではどうだ?」
は?すぐ後に奥さんいるのに、何を言い出すんだこのオッサン。
どうしても俺を三好陣営に入れたいらしいな。
「織田が滅ぼされた時には、考えるとしましょう」
「う〜む。それ程まで申すか……あのようなうつけ者の跳ねっ返りの何処が良いのかのぅ」
松永久秀は、何やらぶつくさ言いながらも、ようやく諦めてくれたようだ。
ヤレヤレと思っていたところに、今井さんがようやく「お待たせして申し訳ございません」と言いながらやって来た。
宴席は旅館から一区画ほど隔てたお茶屋さんで行われた。
お茶屋と言っても、今で言う料亭のことである。
もちろんお姉さんも呼んで楽しめる大人のお茶屋さんだが、お坊さんもいるし、今回は女性が2人も参加していて、1人は松永さんの奥さんである。
さすがに、それは憚られたようだ。
ここの店の売りは京都に引けを取らない高級会席料理である。
ただし、宗易先生は禅宗のお坊さんなので、生臭物は控えられたようだ。
本来であれば、刺身や焼き魚と言った料理がコースのメインになっていたはずである。
今回の献立は、精進料理とまでは言わなくても、かなりそれを意識した素朴な物が多いようだ。
煮物とか野菜中心のヘルシーな料理ばかりなので、俺としてはほぼ酒ばかり飲むことになった。
これだけの店なので、さすがに酒は良い物を置いている。
やや甘口だがスッキリとした後味の清酒で、ついグビグビと飲みすぎてしまったようだ。
最初は三好義興も俺に興味を持っていたようだが、俺が余りに酒を飲むので、徐々に引きはじめ、最後にはおりきさんとばかり話をしていた。
よしよし、それで良いのだ。
俺に惚れても、ろくなことにならないからな。
宴が進み、全員がだいたい酔っぱらってきた頃、松永さんがこちらに寄ってきて話しかけてきた。
まだ諦めてないのか?と思ったが、違ったようだ。
「お主、浅井の殿様から直に室に求められた申し出を、その場で断ったというのは真か?」
「はい、その後が大変でしたけど」
「ふむ、そうであろうな。そもそもお主はなにゆえ武士の真似事などしておるのじゃ?」
は?真似事かぁ。
まあ、分からなくて当然か。
信長さんに話したことと、同じ話をするしか無いのだが、果たして伝わるのやら。
「真似事じゃなくて、武士のつもりなんですけどね」
「ほう。武を持って何を成すのじゃ?」
つまり、力を付けて何をするつもりかって事だよな。
どうするかなぁ。
正直に答えて良いものかどうか……。
ま、酒の席だし、良いか。
「天下統一ですね」
「ホッ…ホッホッホッホォ」
と、一頻り笑った後、目を鋭く光らせ声を落として言った。
「三好がそれに一番近き所に居ることはご存じか?」
「今は確かに」
「ホッ、聞きようによっては、いずれ三好は崩れると言うておるようにも取れるのぉ」
「それもありますが、物の考え方が近いのです大殿様とは」
「問に答えよ、如何にして三好が崩れると申すのじゃ」
ウ〜ン、これは言いにくい話だなぁ。
俺がどう説明しようか思案している所に、千宗易が助け船のつもりか、声をかけてきた。
「拙僧を前にしてずいぶんと生臭き話にございますな」
「これはしたり!申し訳ござらぬ」
「大谷殿も、少々酒に吞まれたご様子、余り深き意味は無かったのではございませぬかな」
まあ、意味はあったんだけど、ここは宗易先生のお気遣いに甘えるとしよう。
「そうですね、少々飲み過ぎました。余計なことを言ったようです、すみません」
「左様か……」
宗易先生の手前もあってか、松永久秀の追求はそれで終了したようだ。
やれやれ。
だが、久秀の次は宗易先生であった。
「其方が差し入れてくれはった菓子は、皆、今まで見たこと無いもんでしたな」
「そうですね、私が作ったものですので」
「ういろうもそうや言う話を聞いてなぁ」
「まあ、お菓子は良い値段で売れますし特産品になるかなと」
「ほんなら武将などせんと、菓子を作っとったほうがよろしいのとちゃいますか」
「いや、それだと、ゲームの意味が……じゃなくて、あくまで菓子は手段ですので」
「げえむ?」
「いや、ちょっと酒が過ぎたようです、お忘れ下さい」
「なるほど、そのようですな」
※気をつけて下さいね大谷さん。
あまり未来の情報を漏らすようだと、強制終了しますからね。
こりゃすんません。
え?強制終了するとどうなるんですか?
※転生サービスはその時点で終了です。
普通に次の人生を、一から歩んでもらうだけです。
すみません、気をつけます。
宴会はその後、程なくして終了。
松永久秀と三好義興は、また明日から戦じゃと言って、馬で岸和田の方へ向かう。
わざわざこの茶会のために戦場から抜け出してきたという事らしい。
まさかと思ったが、本当に戦の最中だったようだな。
なんつー神経しとんのじゃ。
っていうか、それってだいぶ舐められてるよな六角承禎。
俺と久秀夫人は再び宿に戻り、その日は何事も無くそのまま就寝した。
翌日は堺で大谷本舗の商品を扱いたいという、納谷衆の1人、塩屋宗悦と言う人物を紹介された。
今井さんとは、茶人仲間として互いに茶会を開いては、菓子やお茶を比べてみたりしているという。
今井さんも、最初にそういう仲間内の茶会に招いてくれればいいのに、いきなりあんなハードル高いメンバーは、キツイっての。
生きた心地がしなかったよ全く。
塩屋さんはやはり商売人らしく、腰の低い当たりの柔らかい人だったが、名物の話になるととたんに目の色が変わる。
物欲の固まりのような人のようだ。
俺が持って来た羊羹と甘納豆をいたく気に入ったらしく、さらに近江で評判になっているういろうについても、「おかしいと思ったんですわ、あんな近江みたいな田舎町で、あんだけ砂糖使こうた餅菓子、よう作れたもんやなと思っとったら案の定や」と、なかなか良く物が見えている人のようだ。
ただ、堺まで尾張から運び込むのは大変だし、生ものが多いのでそういった物は現地で生産してもらうしか無い。
羊羹は高級品なので運賃を掛けても儲けが出るかも知れないが、甘納豆は厳しいだろうな。
あれはどう考えても庶民の味である。
だが、塩屋さんはそれでも良いからとにかく、品物を送って欲しいという。
それをあちこちの席で紹介するから、ある程度評判になった所で、堺から菓子職人を派遣するかどうか考えさせてくれと言う。
まずは、マーケティングというわけだな。
俺としてはそれで構わないと言うことで、仮に暖簾分けのようなことになった場合に、そこでローヤリティの話をするとしよう。
俺としては、大谷本舗が全て直営店じゃなくても良いと思っている。
コンビニみたいにフランチャイズ制にする手もあるだろう。
その場合、店長の教育は最も重要だし、美紀さんのように間者が紛れてくることもあり得るので、その辺のセキュリティ対策も含め、考えておかねばならないだろう。
塩屋さんはその名の通り、塩をはじめとする調味料全般と、小麦粉や小豆、大豆と言った穀物類も扱う、食料品の卸が主要な業務だが、それ以外にも茶器や茶葉の取り扱いもするらしい。
中々のやり手のようだ。
そこで、いちいち市場で相場を気にしながら砂糖をちまちま買うのも面倒なので、ドーンとまとめて持って来てもらえないかと頼んでみたところ、船一艘用意してもらえれば、それに積めるだけの商品を用意出来ると豪語した。
船一艘と言ってもなぁ。
右から左へとはなかなかいかないだろう。
そう言えば、エドの姿が朝から見えないな。
こういう時のために連れて来たのに。
そう思っていたら、戌三郎がどこからかエドを連れて来た。
犬らしく、鼻も利くとみえる。
「おいエド!主人を置いてどこかに行っちゃダメだろ」
そう俺が日本語で窘めたところ、「ドモ、スミマセン、イゴキヲツケマッス」と日本語らしき言葉で返事をした。
おお、だいぶ言葉を覚えてきたようだな。
『で、どこに行っていたんだ?』
と、今度は英語で聞いてみた。
『港に行っていたんだ。ポルトガル船が着いてたんでね』
「ポルトガル船!?」
思わず日本語で返してしまったが、って事は誰かポルトガルの人間が来てるって事だな。
そんな話を横で聞いていた今井さんが、トーレス神父なら今、堺に居るというので、会ってみるかと言ってきた。
う〜む。
キリスト教に勧誘されそうで恐いのだが、ここは是非会っておくべきだろう。
俺は二つ返事で、「会う」と答えた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
堺での話は、すぐに終わらすつもりだったのですが、何か話が大きくなってきてしまいました。
次回、コスメ・デ・トーレス神父登場です。




