81 茶会
茶会です。
茶会だけです。
茶会当日の朝。
俺たちは昨夜の食事と遜色無いほどの豪華な朝食をご馳走になり、余りの歓待ぶりに少々持て余し気味である。
うちの領地も食事情に関しては他の領地よりも恵まれていると思っていたが、文化の中心である京都より栄えていたと言われる堺の食事情は、こちらの予想をはるかに超えていた。
俺が昔、京都のホテルで食べた、和食の高級フルコースと比べても、何ら遜色無いどころか、油っこい物が少ない分、より高級なイメージがするほどだ。
こんな物ばかり食べてたら、今が戦国時代であることも忘れてしまいそうである。
もちろん俺1人のために、こんな歓待をするわけが無い。
おそらく今日のゲストに、最低でもきちんとした役職を持ったお公家様が参加していることは間違い無いだろう。
俺が知っているお公家様は山科言継だけである。
仮に山科卿以外の人が来るのなら、朝廷に新たな人脈を拡げるチャンスになるかもしれないな。
11時半ごろに、お使いの人が俺を呼びにやってきた。
宿の敷地に茶室があり、そこの手前まで案内されるが、呼びに来た人はすぐに帰ってしまった。
ここからは、完全に1人の大谷吉子(大谷吉続)としての人間力が問われるのだ。
茶の湯の知識はスキル書で知っているはずだが、作法を知っていてもそれが何を意味するのかまでは分かっていない。
今回は今井さんが開いた茶会なので、今井さんが亭主となる。
何人来るのかは知らないが、一番メインのゲストが正面に座り、一番心得のある人が最後になる。
俺はたぶん後から2〜3番目とかになるだろう。
いちおう初心者だとは伝えてあるので、作法を外れても叱られることは無いと思うが、大事なのは相手を思いやる気持ちと言うことなので、細かな作法の手順を気にするよりも、気持ちの部分で外れないようにしないとな。
庵の小さな入口を入ると、狭い上がり框になっており、そこで履き物を揃えて脱いで上がる。
すぐ目の前に襖があり、そこを開ければいきなり茶室になっているようだ。
一応女だし、ちゃんと座って「失礼します」と言って、ちょっとだけ襖を開ける。
その後両手で全て開け、奥に向け一礼する。
既にゲストは3人座っていた。
正面の席は山科言継さんだった。
ここで「あ、どうもその節は…」とやってはいけない。
他の2人は知らない顔だが、1人は厳しい目つきで如何にも戦国武将といった佇まいで、もう1人はまだ若くお坊ちゃんっぽい男だが、これも多分武将だろう。
俺は座りながら座敷に入り、座りながら襖を閉める。
ここでも一辺に閉め切らないで1回ちょっと引き出して、次の動作で全部閉める。
襖の開け閉めは二段モーションと覚えておけば良い。
座敷に進み、しつらえを確認する。
掛け軸であるとか、その前に飾ってある花とか、釜や器を見て、どういった趣向なのかを見定め、褒めたり感想を言ったりする訳だが、俺はそんなの見たところで何も分からない。
知識として何焼きの抹茶茶碗で釉薬は何で、といった言葉は知っていても、目の前の物を見て、それが何かは分からないのだ。
教わって初めて、あ〜これが高麗茶碗ですか、などとなるのだ。
俺はまだ何も分からないので、コメントのしようが無いから、しつらえについてはとりあえずスルーした。
今回の席順は呼ばれた順に座っていく形式なのだろう。
座布団の前で再び一礼し、席に着く。
山科さんとはいちおう面識があるので(向こうが覚えているかは分からないが)小声で、「その節はお世話になりました」と挨拶をしておく。
どうやら覚えていてくれたようで、近江での事件を思い出し笑いをしながら挨拶してくれた。
普通、待っている間は雑談などしてはいけないのだが、この時は山科さんから話しかけてきた。
「おもろい客を呼んだと聞いておったから、いったい誰かと楽しみにしておったが、お主やったとはのぉ」
「え?私?いや、こういうところは初めてで、あんまりおもろくないかもしれませんが……」
「ホッホッホッホ、もう既におもろいやないかぇ、ホッホッホ」
そう言って笑っていたが、間に挟まれた2人が怪訝な顔をしていたので、話はそれで終わりになった。
暫くするうちに、もう1人のゲストが入って来た。
シルエットから女性だと分かる。
この時、妙な胸騒ぎがしたのだが、案の定、入って来たのは梛さんであった。
俺は思わず「あっ」っと小さな声を上げてしまった。
梛さんが深々と礼をしたので、こちらも礼をする。
そのまま静々と座敷に入り、俺の隣に座った。
梛さんは「その節は……」と、軽く例を述べてきたが、それよりも気になったのが、山科卿と、その隣の武人が話している内容だった。
「おやおや、あちらがお内儀どすかぇ?」
「左様にござります。席を穢して申し訳なき次第」
「何の、まだお若こうござりますな、30過ぎには到底見えへんですわ」
「恐れ入りましてござりまする」
この武人の奥さんか。
何者なんだ、このオッサン。
だが、知らないはずのその顔に、俺はピンときてしまった。
ゲーム好きなら知らないはずが無い、その典型的な悪人面。
ひょっとして松永久秀かぁ?
あれ?でも確か今、京都で六角勢と闘ってる最中じゃなかったっけ?
そんな疑問を抱いている時、山科さんが話しかけてきた。
「主、そこのお内儀と知り合いかぇ?」
「知り合いと言うほどではありませんが、ここに来る船でご一緒させていただきましたので」
「ほぉ、さよか」
話はそれで終わりである。
何か凄い会に呼ばれちゃったのかな〜俺……。
まだ座布団が一つ余っているので、もう1人来るのだろう。
段々と恐い想像になってきたけど、そんな妄想を吹き払うように、最後のゲストが入って来た。
恭しくお辞儀をして入って来たのは、40ぐらいの物静かな僧侶だった。
全員で返礼をして僧侶が席に着くのを待つ。
動作はゆったりとしているが動きに無駄がなく、こういう場に慣れていることが窺える。
その僧侶に向かってまたしても山科さんが話しかけた。
「宗易殿、お久しゅうござるな」
「ご無沙汰いたしております」
オ〜マイガッ!!
やっぱ千利休だったかぁ〜。
何だこの茶会!
絶対俺浮きまくりだわ。
じっとりと汗が滲んできた頃、ようやく正面の襖が開き、今井さんが入って来た。
「本日は、ようこそおこしくださりました。亭主を務めさせていただきます、手前が今井でございます」
「よう招いてくれはったのぉ」
「山科内蔵頭様であらせられる」
「このような会に、よくぞお招き下さった。感謝いたしますぞ」
「松永弾正少弼様でおわす」
「此度はこのような席にお招きに預かり、恐悦至極にございます」
「三好筑前守様におわす」
やっぱ松永弾正かぁ。
あれ?三好筑前って誰だっけ、って、あ、俺なんか言わないといけないんだっけ。
「こ、この度は、私のような者をお呼びいただき、まことにありがとうございます」
「大谷飛驒掾様じゃ」
あ〜ビックリした。
テンパってる場合じゃないな、全く。
「此度は私のような者までお招きに預かり、感謝に堪えませぬ、ありがとうございます」
「松永りき様じゃ」
「お詰めを務めさせていただきます、千宗易にございます」
「…という事で我が師、宗易様にお詰めをお願い致しました」
今井さんは、コホンと咳払いをすると、「茶菓子にございます」と言って羊羹と甘納豆、それとくるみ餅を小皿に入れ、名名に配った。
そして、「こちらの羊羹と甘納豆は、大谷様より差し入れいただいたものでございます」と、名指しで紹介されてしまった。
「恐れ入ります、皆様のお口に合いますでしょうか」
皆さん初めて見る羊羹と甘納豆をしげしげと眺めている。
いやぁ〜緊張するなぁ。
そんななか、徐に山科さんが「ほな、いただきまひょ」と言って、まず羊羹を楊枝で切って食べ始めた。
「ほぉ!これはまた……変わった食感であるの…」
いや、食べながら喋っちゃダメでしょ。
などと、思いながらも「お粗末さまでございます」と応じておいた。
すると、一番末席の利休…じゃ無かった宗易さんからも反応があった。
「この、黒豆のような物は、甘納豆と仰る?」
「はい、小豆を砂糖と水飴で煮込んだだけの物にございますれば」
「いや、なかなかのもんにございますなぁ。甘いだけやあらへんで、自然の味も残ってる。放っておいたら止めどなく食べてしまいますわ」
「ありがとうございます」
そして、梛さんこと松永りきさんも目を丸くして、羊羹を頬張っていた。
「いやぁ、これは美味しいおすなぁ。ういろうの真似っこや、思うとったけど、こちらの方が上品どすなぁ」
おやおや、言葉遣いがまるで違うんですけど。
こっちが本来の姿なんだろうか。
すると、今井さんが解説をしてくれた。
「おりきさん。ういろうも大谷様の発案なんでっせ」
「はぁ、ほんまに?いやぁ、うちえらい失礼なこと言うてもぅたわ。堪忍してなぁ」
「ま、世間話は後ほど、お時間なんぼでも取ってますよって……」
暫く無言で皆さんお菓子を食べているので、俺もバクバク食べないように気をつけながらいただいた。
うん。くるみ餅もなかなか旨いね。
抹茶の餡子だろうか、風味が良いね。
餅を餡子でくるむという逆転の発想が面白い。
ここで、千宗易先生が発言なさった。
「なるほど、それで今日のしつらえの意味が分かりましたゎ」
「さすがは先生」
「まだ何も言うてへんがな」
「いや、言わずとも分かりますよって」
「まぁ、皆まで言わんでええか」
そこで一同がドッと笑う。
いやぁ、ここまで緊張感の無い茶会というのも、珍しいんじゃないか?
普通、侘、寂、などと言う世界観からすれば、もっと張り詰めた空気感が漂うものだが、今回はずいぶんとフランクな会のようだな。
当然のことながら、俺にはさっぱり分からない。
掛け軸には達筆すぎて読めない字が書いてあるし、生けてある花も何の花だか知らない。
ただ、種類が6種類あるので、今日の出席者と係わりがあるのかな、と言う推測は出来る。
掛け軸や花器をじっと見て何やら考え込んでる俺の姿を見て、今井さんはニヤニヤとしている。
何か意図が有るんだろうけど、分からんな、やっぱり。
皆がお菓子を食べはじめたところで、いよいよ今井さんが茶を点てる。
手慣れた手つきで抹茶を茶碗に入れ、ゆっくりとお湯を入れていく。
手でお茶碗を回しながら粉とお湯を馴染ませているようだ。
茶筅で少し掻き回した後、また少しお湯を足し、今度はサッサッサと茶筅でまんべんなく掻き回している。
一旦お茶の様子を確かめてから、もう一度お湯を足し、再び茶筅でまんべんなく混ぜ合わせる。
それで納得したのか「どうぞ」と言って、山科さんの前に茶碗を置いた。
「お先にいただきます」
そう言って我々に向け礼をすると、山科さんは両手で茶碗を掲げ、茶碗の正面をじっくりと眺め、何も言わずに茶碗を2度回して一口グイッと飲んだ。
そして、二度三度と茶碗を傾け、全て飲みきった。
「ん〜」と言いながら、飲んだ後を拭うと再び茶碗を回し、正面に向かせ、今井さんの前に戻すと、深々とお辞儀をした。
「どうでっしゃろ。三月ですさかい、ちょっと伊勢の茶葉も入れてみました」
「いや、スッキリとした飲み口で、菓子とよう合うとりますなぁ」
「それは、よござんした」
再び次の茶が点てられ、順番に同じように飲んでいく。
俺のところにもようやく廻って来た。
山科さんの所作と同じように、両手で茶碗をいただき、器を眺め、飲む前に器を回して飲み、飲み終わったら飲んだ跡を拭って再び器を回して正面を向かせ、今井さんに戻す。
そして、深々とお辞儀をし「結構なお点前でございます」と礼を述べた。
すると今井さんが、言った。
「こちらが感想を聞かへんかった時は、要らんこと言わんでええんですわ」
「あ、そうなんですね。すみません」
おっと、なんか拙いこと言ったのかな。
よくテレビなんかで普通に言ってた気がしたんだが。
すると宗易先生から、指導が入った。
「大谷さんな。結構なお点前言うと、逆に取りよる者がおんねん。ようこないな茶ぁ出しよるな、みたいに思う者も中にはおるからな、向こうが聞いてきたら、その時は素直に答えたらええねん」
「はい、ありがとうございます」
俺は、深々と宗易先生にお辞儀をし、先生もお辞儀をしてこの話は終わった。
ふ〜。緊張したぁ。
いやぁ俺のようながさつな人間には無理かもなぁ。
緊張のお茶会はそんな感じで、俺がちょっと余計なことを言った以外は、
恙無く終了し、その後は場所を移しての夕食会となるようだ。
今井さんが出てくるのを待つ間、少し雑談する時間が出来たので、俺はおりき(梛)さんを捕まえて、松永久秀夫人だったことに驚いたことを伝え、色々と余計な詮索をしていたことを詫びた。
すると彼女も、ういろうの件では不愉快な思いをさせて済まなかったと詫びを言ってくれた。
正体が分かってみれば、実に真っ当なお人であった。
だが、その旦那は違ったようだ。
「お主が最近売り出し中の、大谷吉子であるか」
「え?売り出し中?」
「尾張の殿様に、ずいぶんと上手く取り入って、並み居るお歴々を尻目に一番の出世頭と聞いておるぞ」
「いやいや、出世頭は秀吉じゃないですかね」
「はて、秀吉とは聞いたことの無い名だ」
そうかぁ。
今井さんのおかげか、近江での事件のせいか、畿内では俺の方がすっかり名が売れちゃってるかもな。
だが、その時、松永久秀から爆弾発言が出た。
「お主、尾張などで燻っておらずに、こっちへ来ぬか?」
「いやいや、それはちょっと、既に領地もあることですし」
「筑前守様の嫁の席が空いておってな」
ま〜たそういう話か。
そうそう、そういえば三好筑前守って誰だっけ?
えーと人物名鑑っと。
三好……義興かぁ!
ここまでお読みくださりありがとうございます。
茶道のことなんか、全く知らなかったので、色々と勉強させてもっらてます。
さあ、三好家の中枢に食い込むチャンスだが、どうなることやら。




