80 堺到着
関西弁が難しい……。
宿に戻ると、てっきり先に戻っているものと思っていた梛さんは、まだ戻っていなかった。
どこかで買い物でもしてるのだろうか。
二人連れで不安だとか言っておきながら、どうもわからんな。
梛という名前だって、たぶん目の前にあった梛の木を見て思いついただけだろうしな。
何か、影のある人だねぇ。
本当は何処の誰なんでしょうねぇ。
この時代は食事は大抵1日2食である。
なので、2時ぐらいになると腹が減るので、皆さん間食を食べる。
こんな事態を予想していた訳ではないが、船の中で食べるかもしれないと思い、ういろうも3本ほど持って来ていたのだ。
ちょっと人数分には足らないけど、お茶をいただくとしようかな。
船員全員分は無いので、船長の眞鍋さんだけお裾分けしてあげたが、食べたかどうかは分からない。
「えらいおおきに」
と言って、どこかへ持って行ってしまったからな。
熊野水軍の偉い人に持って行ったのかもしれない。
いちおう梛さんの分も残して、我々だけでお茶をいただいていると、ちょうどそこへ梛さんたちが戻ってきた。
「あ、お帰りなさい。お茶菓子がありますよ、ご一緒にいかがです?」
梛さんは「まあ!ありがとうございます」と言いながらも、我々と余り係わりになりたくなかったのか、固辞してそのまま通り過ぎようとした。
だが、ういろうを見て目の色が変わった。
ん?知ってるのかな?ういろう。
「それはもしかして、ういろうというのではありません?」
「はい、そうですが。よくご存じで」
「大谷さんと仰いましたね。近江の方かしら?」
「いえ、尾張ですけど」
「あら、そうですの。失礼。近江で今評判になってますから、そちらからと思ってしまいましたわ」
「え?近江では評判になってるんですか?」
「ええ、もう、お殿様直々にお手売りになるほど、熱心に売り出しておりましたよ」
お殿様直々って、何やってんだ?長政君は。
人のフンドシで相撲取りやがって。
って言うか、近江だとなんか問題あるのかな?
まあ、あまり素性を明かしたくないようだから、こちらも詮索しないようにしたいのだけどね。
行きがかり上というか、話題を振った手前仕方なしにという感じで、梛さんも一緒にお茶を飲んでういろうも食べた。
「大変美味しゅうございました」と、お褒めいただいたのだが、もうひとつ本気で美味しいと言って無い感じなので、こっちも素直に喜べなかった。
何となくだが、もっと美味しい物をいくらでも食べたことある、とでも言いたげな、そんな感じがちょっただけしたのだ。
あくまで俺がそう感じただけだが。
夕食は昨日ほど豪華では無かったが、2人組みが抜けたので、今日は全員揃って大部屋での夕食会になった。
酒もふんだんに振る舞われ、船乗り達は初っ端からアクセル全開である。
どういう訳かエドもその中に加わり、名前も知らないヤツと肩を組んで飲み倒している。
やっぱり、根っからの船乗りなんだな。
顔が活き活きとしている。
我々はすっかり清酒に慣れてしまっていたため、出された濁り酒が甘い上に割りと臭みを感じたため、それ程酒は進まなかった。
贅沢とは一度身についてしまうと、なかなか元に戻れぬ物だな、と感じさせられた。
案の定、梛さんは一口飲んだだけで、ほとんど酒を飲んでいない。
そして、食事だけ済ませると、「お先に失礼させていただきます」と言って、部屋に戻ってしまった。
何かこのままでは気まずい感じなので、俺はアイテムボックスに隠し持っていた清酒を取りだし、全員に振る舞った。
30人ぐらいいたので、酒は一升ちょっとあったのだが、そのくらいでは1人1口である。
まあでも、船員達には普段飲めない酒なので非常に喜んでいただいた。
勢いで俺も舞を一差し披露したところ、割れんばかりの大喝采をいただいた。
やっぱり俺は、こういう下世話な騒がしい吞みが、性に合ってるのかもな。
新九郎も、なんだかんだ言いながらも変な踊りを披露していたし、やる時ゃやるね、皆さん。
次の日の朝は、スッキリと晴れ渡った。
ただし、風は少し強めである。
それでも昨日に比べればずいぶん穏やかと言えるだろう。
朝食もそこそこに、我々は宿の主人らにお礼を述べると、競い合うように船に飛び乗った。
風向きはやや向かい風だったが、そのくらいの方が船乗りとしての腕の見せ所と思っているのか、船長の命令で巧みに帆を操り風に向かって進んでいく。
潮岬を回ると、風向きがやや追い風となった。
そこからは船足が急にグ〜ンと上がり、体感的には14〜5ノットぐらいは出てる感じだった。
それでも時速に直せば30km/h弱と、驚くほど速いわけでは無い。
だが、ザブザブと波飛沫を上げながら、進む姿はいかにも快速船と言う感じだ。
エドに言わせれば、たぶん10〜11ノットぐらいだという。
この時代にはまだ、クリッパー船と呼ばれるような快速帆船はまだ出来ていないが、そこまでいかなくても快速型と呼ばれる帆船はいくつかあったと思う。
あくまでゲームの「大発見時代」の上での知識でしか無いが。
エドはおそらくそういった多種多様な船に乗ってきた経験から、ある程度見た目で速度が判断出来るものとみえる。
それらと比べても、関船のこの速さはかなり速い方だという。
ただ、三角帆が無いため、風上に向かって進むのは苦手なのだそうだ。
また、一枚の大きな帆しか持たないため、微妙な操作が難しい。
常時この速度が出せるわけでは無いのは自然が相手である以上、仕方のないことだが、外洋を航行するなら向かい風でも進める船でないと大変だろうな。
そして、無情にも白浜を過ぎた辺りでまた、風向きが変わって、完全な向かい風になってしまった。
急いで帆を下ろすと、船員が総出で櫂を漕ぎだした。
速度は急に落ちて、3ノットぐらいだろうか。
皆さん必死に漕いでいるのだが、さっきまでの快足ぶりが嘘のようである。
こういうことになるので、平均にするとだいたい5ノットぐらいと言うことになるのだろう。
この辺はガレー船あたりから何も進歩してない感じだ。
えっちらおっちら何とか日ノ御碕の沖までたどり着いて、ちょうど正午になった。
ここでまた、風向きが変わり、ほぼ真横からの風になった。
再び帆を上げ、船員は一休みである。
帆を斜めに向けて推進力とするが、追い風のようにはいかない。
だいたい5〜6ノットぐらいだろうか。
船長が言うには、紀淡海峡を過ぎればまた追い風となり、そうすれば一時ほどで堺に着くという。
ならば、日のあるうちには楽々到着出来るだろう。
眞鍋七五三兵衛の言う通り、淡路島の横を通り過ぎると、船は向きを変え、西からの風に乗って速度をグンと増した。
そして午後3時頃には、無事、堺湊へ到着した。
俺と梛さんは七五三兵衛に丁寧にお礼を述べて、隠し持っていた二本目の清酒をそっと彼に手渡した。
他の者に見つかったらた集られるに決まっているからだが、ヤツはこちらのそんな気遣いはお構い無しに「おぉ〜酒もろたで〜」と、みんなに声をかけてしまった。
ま、それはヤツの勝手だからな。
だが、梛さんは俺の気遣いに気づいていて、ヤツがそれを無視した様子を見てホホホと笑っていた。
「せっかくのお気遣いでしたのに、残念でしたなぁ」
「まあ、もらった物をどう扱おうが彼の自由ですから」
「そうですわね、では私どもも、これにて失礼させていただきます。いろいろありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
堺に着いたはいいが、どこへ行ったら良いのやらさっぱりなので、暫く船着き場でウロウロしていると、今井さんがお供を連れて出迎えにやってきた。
「いやいや、大谷はん。遠いところようこそお越し下さいました」
「あ、今井さん。わざわざお出迎えありがとうございます」
「いやぁ、雨で1日留め置かれたそうで、お疲れにならはったんちゃいます?」
「そうですね、ちょっとばかし。まだ身体が揺れてる感じです」
「そうでっしゃろ、そうでっしゃろ。もう一番の宿用意してますさかい、ゆっくりしとくれやす」
宿は本当に高級な店で、芸者なども呼んで大人の楽しみも出来るような店のだった。
俺は女なので、残念ながらその手の接待は受けられないのだが、代わりに高級な料理でおもてなしを受けた。
それにしても、俺なんかが来たくらいでこんなにもてなしを受けるとは思いもよらなかったが、道中の仕切りといい、今回のお茶会には余程のVIPがお出ましになるとみえる。
俺への歓待はたぶん、そのお零れに預かったというところだろう。
もしかすると、千利休とか来ちゃったりして?
まあ、まだこの頃は無名だよね。
※そうでもありません。
今はまだ利休と名乗っておらず、南宗寺の僧侶、宗易と名乗っています。
禅の教えと、利休の師である武野紹鴎の求める佗茶を融合させ、華美な装飾を廃し無駄をそぎ落とした「侘び」の世界観の追求に既に取り組んでおりました。
ただ、彼の名が全国区になったのは、もちろん信長との出会いがきっかけであることは確かです。
今はまだ、茶の湯の世界では知る人ぞ知る、という程度だと思います。
そうですか。
ま、どんな人が来るのか楽しみにするとしよう。
宿で一服していると、今井さんが部屋にやってきて、明日の正午に茶会を開くので、お持ちいただいたお菓子を預からせて下さいと言ってきた。
俺は持って来た羊羹をまず渡し、そのあと甘納豆を「こちらが新作です」と言って渡した。
今井さんは甘納豆を見て、「これは何でございましょう?」と聞くので、「小豆を砂糖で煮しめたものです」と言って、試食用として、封を切ってひと掴み差し上げた。
「うん!こら…甘いもんですなぁ」
「砂糖と水飴がたっぷりしみ込んでますから」
「いやぁ、こらぁ喜ばれますわ!なにしろ甘いもんには目ぇの無いお人ばっかり来はりますからな」
今井さんがそう言うので好奇心に駆られて誰が出席するのか聞いてみたが、「茶の湯の世界では一期一会と言いましてな、事前に名を明かさんのが礼儀みたいになってますんで、そこは明日のお楽しみっちゅうこって」と、はぐらかされてしまった。
今井さんはこれ以上何か聞かれる前に「ほな、おおきにさんだした」と、羊羹と甘納豆を抱えて部屋を出ていった。
そういうことなら、茶会の席を楽しみに待つとしようか。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回、お茶会です。
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