61 あちらを立てれば…
遅くなって申し訳ありません!
馬車の量産に向けて、目処が立ったことで岡部さんには城づくりに戻ってもらうことにした。
量産の仕切りについては岡部さんのお弟子さんたちに一任することにして、鐵之助にはバリスタの製作に戻ってもらい、金属の部品が必要な時だけ、鐵之助がチョイチョイと作って渡すというスタイルにしてもらった。
鐵之助に手伝いを雇ったらどうだ?と聞いてみたが、自分は人を使うのが苦手だから、と言って良い顔をしない。
説明するより、自分が作った方が早いと思ってしまうのだそうだ。
自分も似たような性分なので、その気持ちが良く分かるからそれ以上言えなかったのだが、このままでは鐵之助への負担がドンドン大きくなってしまうだろう。
有能すぎるのも困りものである。
馬借から馬が届いたというので、引き取ってヨッシーとは別の厩に入れて置いた。
それなのにどこから嗅ぎ付けるのか、俺がちょっと町子ちゃんの店でうどんの何たるかパート2をやっている間に、6頭全てに種を付けてしまった。
あのエロ馬が!
とんでもない奴だな。
しかし荷役用の馬って何でみんな牝馬なんだ。
馬借のオッサンに聞いたところ、やはり牡馬は体力的に優れているので、駿馬として先に取られて行ってしまうので、残るのはどうしても牝馬ばかりになるという。
しかも荷役用であれば牛でも出来るし、そもそも牝馬の需要が子馬を産む以外にほとんど無いという。
だから、身体の弱そうな牝馬はすぐに殺されてしまうらしい。
俺のような変わった要望を出す客は少ないらしく、大変助かっていると言っていた。
そう言う事情なので、ウチに来た馬達は牝馬の中でも丈夫そうなものを選んで連れて来てもらったようだ。
子供が出来たらどうしたら良いんだろうねぇ。
やっぱり牧場が要るんじゃない?
誰かに預けるしかないのかな。
美濃攻略で大手柄を上げれば、もっと領地をもらえて、牧場ぐらい持てるかも知れないけど、多分間に合わないよな、そんな狸の皮算用みたいな話。
まあ、ヨッシーのこと気に入っていた柴田さんあたり、牧場の1つぐらい持ってるんじゃないか?
まあ、それは今すぐどうこうと言う話ではない。
当面は、この6頭の馬をちゃんと面倒を見て御者になれる奴を見つけなくては。
今のところ候補は弥四郎ぐらいしかいないので、まずは彼にお願いしよう。
厩に詰めてもらい、馬の扱いをみっちり仕込んでもらうことになるのだが、 彼にその話をすると「非常に名誉なことです」と言って、喜んで引き受けてくれた。
思えば、ずっと農民兵の訓練ばかりさせられていたので、いい加減嫌気がさしていたのかも知れない。
ただ、そのおかげというか、農民たちと付き合いが長くなったせいで、彼らとはずいぶん仲良くなったらしい。
その中でも目を引く才能がある者が何人かいたそうなので、後で紹介してもらうことにした。
馬車の問題が一通り片付いたので、次は新領地の開拓状況の確認である。
年明けから玉ちゃんも加わったので、今後の日程の見通しにも変化があるかも知れない。
まあ、年が明けて五日ぐらいでそうそう変化があるとも思えないが、もしかすると何か起きてるかもと思い、エロ馬に乗って開拓作業中の普請小屋を訪ねる。
起きてました、変化が。
玉ちゃんが予想以上に、あえて言えば数字以上に優秀だったと言うことだ。
とにかく人を乗せるのが上手いらしい。
簡単に言えば、褒めて、その気にさせ、本人の実力以上の力を引き出す、と言うことなのだが、その褒め方が変わっている。
今や玉ちゃんは、人足衆のアイドルのような存在になりつつあるという。
最初に士気高揚のため、人足達のためにわざわざ踊りを披露したらしいのだが、それが彼らの心に響いたというか、「こんな娘がワシらのためにこまでやって下さる」という気持ちが芽生え、この娘の力になりたいと思わせるのだろう、玉ちゃんが「お願い」すると、皆、今まで以上に力を出して頑張ってくれるのだ。
そして、特に頑張ってくれた人足には、ご褒美として舞台に上がってもらい玉ちゃんと一緒に踊れるという特典を付けた。
さほど名家の娘ではないにせよ、人足達にすれば、それなりに見目麗しい若い武家の娘と、手取り足取り踊りなど出来る身分ではない。
明日は玉ちゃんと踊りたいと、無理をしてでも成果を上げようと働く奴も現れてくる。
作業効率はみるみる上がり、堤用の石積み作業は10日の予定が5日で終わってしまったそうだ。
だが、こう言った手法を危惧する者もいる。
兄の錦之輔である。
最初はこのやり方でも上手くいくだろう。
だが、これを続けると、いずれ人足たちの間に不和が生じるようになるのだ。
お互いが競い合っていくウチに、中には人の妨害をする者も現れる。
こうなると、お互いが足を引っ張り合う状況になり、全くの逆効果になってしまうのだ。
それを見越していた小一郎は、石積みが終わると全く違う現場、道路整備の作業に玉ちゃんを回した。
道路整備は黙々と作業を進める以外、方法がないので先ほどの手法は使えない。
だが、玉ちゃんはめげない。
道路を繋がった線とは考えず、四角い面の連続と捉えた。
整備の人足をいくつもの班に分け、道路予定地を細かく分割し、各班に一斉に当たらせたのだ。
そして、ここでも他所の班より早かった班全員に倍の褒賞を出すとしたのだ。
玉ちゃんは、兄の危惧もちゃんと理解していたと見え、今度は班を固定メンバーとせず、一区画終えるたびに班を組み替えた。
こうすることによって、特定のメンバーにだけ褒賞が集中することを避け、かつ技能の習熟が公平に行われる。
最終的には人足全体の技能向上につながるという、玉ちゃんなかなかな、施策である。
錦之輔は気が気ではないだろうが、ここはこいつらに任せておいても大丈夫そうだな。
鐵之助にバリスタの製作を依頼してから5日が経った。
そろそろ出来てきても良い頃かなと思い、工房の様子を見に行くと、どうも作業が捗ってない様子である。
「何か問題でもあった?」
「それがですね…」
指さした先に弓本体のいわゆる板バネ部分がバッキリと折れた、バリスタだった物が2つ転がっていた。
どうやら200回の耐用試験に耐えられず、折れてしまったのだろう。
やはり、この時代の冶金技術ではバネ鋼は難しいのだろうか。
鐵之助は、どうやら鉄の作り方そのものを見直しているらしい。
重ねた板バネが折れるのは材質が均一で無いからだと言う。
均質な鉄材を作るには、もう少し大きな炉が要るそうだ。
ただ、今ある炉もかなりの大きさな上、熱がそうとう籠もる。
これ以上大きな物を街中に設置するのはちょっと厳しいだろう。
これは、ちょっとたたら場のオヤジに聞いてみるしかないな。
と言うことで、鐵之助と共に領地の外れにあるたたら場まで出かけることになった。
日本で明治維新より以前に製鉄と言えば、たたら製鉄のことである。
鉄鉱石があまり取れない代わりに、砂鉄は比較的豊富に存在したため、世界でも類を見ない進化を見せた製鉄法である。
極おおざっぱに言えば、木炭と砂鉄を一緒に熱し、溶融した鉄を鞴を使いさらに高温に熱することで、不純物を分離させ、出来た物が玉鋼である。
この鞴のことを「たたら」呼ぶことから、たたら製鉄と言われたのだが、特徴として最初から炭素の含有量が少ない鋼が出来上がることだ。
炭素が多いと鉄は硬くなるが、その分脆くもなる。
日本刀の独特の硬さ、切れ味といった特長は、この製鉄法が生み出したと言って過言では無いだろう。
刃物として使うなら硬くても良いのだが、バネなどに使う靱性が高い鋼は、さらに炭素を除去したかなり純度の高い鋼でなければならない。
この炭素を取り除く作業に大きな炉と、大量の空気を送り込む鞴が必要になるのだ。
街の工房ぐらいでは、どだい無理な話だったのだ。
ウチの領地にあるたたら場は、採れる砂鉄の量がそれほど多くないためか、規模はさほど大きくはない。
それでも炉だけで小さな家ぐらいの大きさがある。
とは言えそれで得られる玉鋼は、5300貫(約20トン)の砂鉄と5300貫の木炭、合わせて10600貫(約40トン)を燃やしてようやく300貫(約1.12トン)だけである。
やはり鉄とは貴重な物には違いないのだ。
俺がやろうとしている馬車の板バネとバリスタを合わせれば、鉄だけでやはり300貫ぐらいは必要になるだろう。
なかなかに大変な量である。
久々に会ったたたら場のオヤジに、300貫ばかし鉄をくんねえかと言うと、何とも渋い顔をする。
どうも、最近また砂鉄が取れなくなってきたというのだ。
原因はいろいろ考えられるが、どうやら上流でやってる護岸工事が原因じゃないかと言ってきた。
それって、俺たちがやってる工事だよねぇ。
まさかそんなことが起こっていたとは。
とは言え、今さら工事を止めるわけにも行かない。
とれる対策としては、護岸工事をしている更に上流にたたら場を移すくらいしかないが、そこは俺の領地じゃない。
今はまだ、1500貫ほどの溜め置きがあるから、すぐになくなることはないと思う、と言っているが、1500貫なんか無くなるのあっという間だろうな。
暫くは現状で我慢してもらうしか無いな。
ともかく、300貫でいくらか聞いてみたところ、そんな事情なので値上がりしているらしく、なんと金5000掛かるという。
金5000はさすがにキツいな。
仕方なしに、3000で買えるだけくれと言って、さらに炉を使って炭素を取り除く作業をしたいと告げると、もう500よこせという。
そりゃ厳しいなと言ったが、人手も要るし木炭をまた大量に必要とするため値切られても困るという。
仕方なしにお願いしたのだが、おかげで今月は早くもカツカツである。
全く、とんだ出費だな。
出来た鋼を荷車10台に振り分けて運ぶのにまた100ほど金が掛かってしまった。
もう今月は何も買えない、何も足せない…。
さすがに大枚叩いただけあって、作ってもらったバネ鋼の品質は申し分のないものだった。
それにしても馬車1つでこれだけの技術開発が必要になるとは、思いもよらなかった。
バリスタも、クロスボウが出来た時は簡単に出来そうに思っていたのだが、この調子だと、まだまだ紆余曲折ありそうである。
美濃攻略に間に合うか微妙なところだな。
せめて戦場馬車だけでも実現したいところである。
何しろ膳奉行などという仕事までもらってしまったのだ。
戦場に馬車が持ち込めないなら、兵糧はこれまで通り牛で荷車を引かせるしかない。
しかし、牛では遅くてどうしようも無い。
実は、馬車の兵員輸送の他にもアイディアがある。
昔プラモデルで作ったフィールドキッチンである。
ナチスドイツで第二次大戦中に使われた、野戦炊事車と呼ばれるものだ。
野営地などの竈が無いところで、温かいご飯や味噌汁を提供できるようにするための物で、要するに馬車で牽引する調理場である。
これは、もう、妄想の域に達していると思うのだが、出来たらすごく良いんだけどなぁ。
どうかな鐵之助君。
そんな俺の熱い視線を感じたのか、彼は逃げるように工房の奥へと消えていった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
やはり、物事すんなり行きすぎるのは面白くないですからね。




