60 量産に向けて
清洲城を出た我々は今井さんとは別れ、俺は宮大工の岡部さんのところに向かった。
馬車の量産化についての相談をしたかったのだ。
しかし岡部さんは、小牧山城建設の準備のため岩倉城に昨日から詰めているという。
あー始まっちゃったか。
まあ仕方ないな。
お邪魔かも知れないけど、一応挨拶だけでもしておこう。
岩倉城は清洲の北北東、那古野城との中間地点の真北に位置する。
清洲からだと、やはり10kmほど離れている。
築城予定地の小牧山はそこからおよそ4km東北東に行った辺りだ。
去年から道路の拡幅工事は行われていたようだが、年が明けていよいよ本格的に築城の準備に入ったというわけだ。
予定通りなら、あと2ヶ月とチョットで城は完成するだろう。
こちらもそれに合わせ、戦の準備を進めねばならない。
幸いにして、清洲から岩倉までは平坦な地形なので、ほぼ最短距離で行けた。
時間にして40分程だろうか。
普通に小走り程度の馬で行くのと時間的にはさほど差はない。
岩倉城では既に城の各パーツごとに組立が進んでおり、板塀が並べて立てかけてあったり、櫓の屋根の部分だけが地面にドンと置いてあったりと、さながら映画の撮影所に来たような感じである。
見る人が見れば、これが岩倉城の補修などでは無いことは分かってしまうだろうが、一応岩倉城の建物にもダミーの足場などが組まれ、さも改修中のような雰囲気にはしてある。
俺が馬車でやってきたところを、目聡く見つけた岡部さんが駆け寄ってきた。
「これはこれは、ついに実用化出来ましたか!」
「はい。え〜、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「年明け早々に、忙しそうですね」
「いやいや、ワシのやることはもうあまりありません。最後に組み上げる時に、ちょっと調整が要るくらいですよ」
「そうなんですか?実は、この馬車をとりあえず10台ぐらい作りたいと思ってるんですが、工房に残ってるお弟子さんたちだけで、大丈夫そうですかね?」
「あ、屋根取っ払っちまったんですね」
「ええ、ちょっと馬1頭で引くには重すぎると言うので、お弟子さんの寺造さんという人がチョンチョンと…」
「あいつ。まあ良いです、実際どうなんです?使ってみて。直したいところありますか?」
「そうですね、椅子がもっと柔らかい素材の方が良いですかね。座布団とかでも良いと思いますが。あと、けっこう揺れるので、座ってても手摺が欲しいです」
「手摺ねぇ」
しばらく考え込んでから、端切れなどが纏めて置いてある所から小さめの角材を持って来て、椅子の脇に当てがい様子を見ている。
馬車の椅子は、今は通勤電車の長椅子のような感じで、両脇が背もたれになるように取付けられている。
手摺を付けようと思うと椅子に直接付けるか、真ん中へんに支柱を立てるかである。
ただ、どちらの場合も荷物が積みにくくなるのは間違いない。
俺は岡部さんの様子を見ててアイディアを1つ思いついた。
ただ、これはどちらかというと、鐵之助の領分かも知れない。
まあ、一応提案してみるか。
「ちょっと岡部さん、良いですか?」
「お、何か思いつきましたか?」
「え?ええ、まあ」
「さすがは大谷様」
「まだ何も言って無いじゃないですか」
「大谷様がそう言いだした時は、だいたい正解なんですよ」
なんだそれ?
まあ良いや。
俺の案ってのは、要するに手摺を折りたたみ式にするってヤツだ。
方式はどうするかは、職人に任せるべきだが、案としては単純なものだ。
ジェットコースターなんかで良くある、跳ね上げ式のハーネスが元ネタだ。
あんなにガッチリしたものじゃなくて良いのだが、前後左右にかなり揺れるので、手で掴まるだけじゃなく、ある程度身体も支えてくれる方が女性や年寄りなどは助かるだろう。
仮に横転した時など、頭から落っこちないためにも、身体の前に掴まるところがないとダメだ。
一番単純な方式としては、コの字形をした手摺を、頭の後ろから前に倒して金具などで固定する方式だ。
俺がそういった説明をすると、岡部さんはニヤニヤしながら聞いていた。
「そこまで説明されたら、大谷様の言う通り作る他無いじゃないですか」
「いや、あくまで提案だから」
「そこまで決まってたら他にやりようなんて有りませんや」
「そうなの?」
「そんな、横倒しになった時のことなんか、ワシらには考えもつきませんよ。こちらの用事は、あと一時ほどで片付くんで、その後一緒に工房に行きましょう」
「そ、そうですか。よろしくお願いします」
「お茶でも飲んでお待ち下さい」
そう言うと、岡部さんは門のパーツの組立手順を指示するため、お弟子さんたちのところに戻っていった。
岩倉城からウチの領地に行くには、川を5本ぐらい渡らないとならない。
浅い川ならそのまま渡ってしまうことも出来たが、川幅が10m以上あるような川だと、さすがに無理だった。
そういう大きな川も、なかなかまともな橋が無くて、かなりの遠回りを余儀なくされた。
こりゃ、わざわざ出張してでも橋を架ける事業を推進するべきだな。
岡部さんは一緒に馬車に揺られながら、俺の言ったアイディア色々と頭の中で吟味しているようだ。
道路の状況が劣悪なため、特に田んぼや畑の中を通る道で大きく揺れることが多い。
かなり重い荷物でも固定しておかないと、簡単に馬車から放り出されそうになる。
エドはそれを見て、普通は床に大きな革の敷物を敷いておくという。
固定する場合、その革を巻き付け、ロープで縛っておくそうだ。
そして、重い荷物は車軸の真上に乗せるのが常識だというので、端っこに荷台を付けるのは、やはり良くないようだ。
直線距離なら12kmほどなのだが、結局2時間半ほど掛かって領地に到着した。
領地の周辺の道路は幅を広く取ってあるし、なるべく平らにしてあるので、馬車には実に快適なのだがな。
岡部さんは馬車を降りると、鐵之助との挨拶もそこそこに早速紙に何かを描き始めた。
「大谷様、ワシが思うに、このバネの動く範囲が狭いから、揺れがきつくなると思うんですわ。これをもっと長く出来ませんかねぇ」
「あぁ、それは分かってます。けど、そうするには板バネがやっぱり必要になるんですよね」
「板バネ?」
「均質な鋼の板を重ねて弓のように撓らせたものです」
「鋼か、じゃあ鐵之助の領分だな」
「いくら鐵之助でもさすがに厳しいよな」
「いや、実はそれらしきものは作ってますよ」
「え?うそ!」
「いや、ご自分が作れと言った弩ですよ」
「え?」
「この弓の撓る部分は、薄い鋼を三枚重ねて作ってます」
「あ、ホントだ。すげえ!」
「なんだ大谷様、いつの間にかすごい物作ってるじゃないですか」
「ごめん、気付かなかった。これどうやって作ってるの?」
「試作の弩は金槌で延ばして作ってましたが、それじゃ追っつかないんで、重石を乗せたコロで薄く延ばしてます」
「ワオ!圧延鋼板ってか」
「何です?それ」
「いや、気にしないで。すごいな鐵之助。君は日本の発明王になれるよ」
「何ですか発明王って?」
「色々世の中のためになる物を考えついて、それを売って大儲けした人のことさ」
「別に王にはなりなくないですが、発明っていうのはドンドンやりたいですね」
「素晴らしい!ドンドンやってください!」
「あぁ、はい」
俺は例によって硯プリンタで板バネの概念図と、求める諸元を書き込んだ物を鐵之助に渡した。
「なるほど。この端っこの仕上げがくせ者ですが、やってみましょう」
「すごいなぁ。これ出来たら乗り心地は格段に良くなるよ」
「はいはい、頑張ってみます」
「で、岡部さんは、全体の軽量化をお願い出来ますか」
「分かりました、やってみましょう」
そう言うと岡部さんは、今乗ってきた馬車を分解し始めた。
あれ?バラしちゃうの?
その様子を見ていて今気がついた。
この馬車、金具を留める以外には釘を一切使って無かったことを。
なので、木槌でくさびを外すと簡単にバラバラになっていった。
岡部さんもスゲェ。
さすが宮大工だわ。
そして、重要な構造を残して、軽量化出来るところを洗い出していく。
こういった職人気質が日本のモノづくりの原点なんだな、と改めて思い知った。
それを見ていたエドも、職人達の向上心と飲み込みの早さに舌を巻いていた。
『感心している場合じゃないよ、エドも2頭立て用のハーネス、10組作っておいてくれる?』
『今すぐにかい?』
『この様子だと、明日には馬車が一台出来上がってると思うよ』
『ヤレヤレ、人使いが荒いお嬢さんだぜ』
馬車づくりは職人に任せて、俺は馬の調達と、御者になれそうな者を見つけなければならない。
ただ、馬は現在4頭、馬車用に確保してあるし、蹄鉄の問題もあるので、もう6頭ほどいれば、とりあえずの用には足りるだろう。
問題は御者である。
エドに教えてもらわねばならないので、言葉が通じる俺がまず教わる必要があるだろう。
それにどれくらい掛かるかだな。
まずは馬借に行って荷役用の馬を6頭ほど見つくろってくれと依頼し、その日は城に戻った。
翌朝、朝食を終えてすぐ、俺は工房へ向かった。
エドにはああ言ったが、さすがに本当に完成してるとは考えていない。
おそらく板バネを一組作り終えてれば良い方だろう。
そう思って行ったのだが、予想に反して板バネはおろか馬車本体も完成していなかった。
どうやら二人して、1から設計を見直し始めてしまったようだ。
「何々?何か問題があったの?」
「これをご覧ください」
そう言って鐵之助が出してきたのが、車輪と車軸であった。
そのハブの所を指さし「後もう少し遠回りをされていたら大事故になっていたでしょう」と言った。
見れば鉄製の車輪のハブが割れて、木製の車軸が振動でドンドンと削られていたようで、確かにあと少し重かったり長い時間走っていれば、車軸が折れていただろう。
今井さんの重い荷物などで、けっこうな負荷が掛かっていたとは思うが、この程度で壊れるようじゃ、使い物にはならない。
おそらくハブの材質や構造、製造法などを見なおす必要があるだろう。
まあ、こういう問題があるかどうかを確かめるのが目的でもあったからな。
今見つかって良かったと言うべきだろう。
とは言え、俺もすぐに解決法は見つからない。
どうしようか悩んでいたところにエドが完成したハーネスを4組持ってやってきた。
『なんでぇ、何にも出来ちゃいねぇじゃねえか』
『急かせてすまなかったな、ありがとう』
『何が問題なんだ?』
『見てよ、車軸が折れる寸前だったんだ』
『おぉ、コイツはヤバかったな』
『何か良い知恵はあるか?』
『ちょっと見せてくれ』
しばらく車軸とハブ、そして軸受けをいじり回していたが、なるほど、とうなずいてハブを指さしながら言った。
『この金属が堅すぎるんだ。そして、この軸の周囲は木の方が良い』
『そうなの?』
『これが堅すぎるから重さや衝撃が、全て車軸に掛かってしまうんだ。ここが木で出来てればある程度衝撃を吸収してくれる』
『ハブそのものも木製で十分だと思うがね。この軸受けに当たる部分だけ鉄の輪を付けとけば良いのさ』
「ははぁ。なるほどねぇ」
結局ほぼ一から設計見直しを余儀なくされたわけだが、エド曰く、もしやるんなら車軸が鉄の方が良いと言う。
サスペンションを作るつもりなら、尚のこと鉄製にすべきという。
車軸には思ってる以上の力が掛かるので、戦場で使うなど酷使するような馬車であるなら木製では持たないだろうと言うのだ。
やはり、実際に使っていた人間には敵わない。
我々は、素直にその言葉に従うことにした。
結局、試作馬車第二号が完成したのはその3日後だった。
ただ、今回は完全に量産まで見越した設計で、完成度は非常に高い。
馬車が出来るのを待つ間に、俺はエドから馬車の操縦法を教わっていた。
そして、完成してすぐにいきなり実地試験となった。
ただ、基本は乗馬の時と変わらない。
指示を出す方法が、かけ声と手綱の引き具合に代わっただけである。
ただし、あくまでゲーム上の話なので、実際の馬車の操作も同じとは限らないが…。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
段々とご都合主義の色合いが濃くなってまいりました。
これもひとえに話のスピードアップのためと、ご理解いただけると助かります。
引き続きよろしくお願いいたします。




