48 ういろううり
おかしい。
どうしても食い物の話になってしまう。
浅井との面談の日、柴田さんは朝の6時ぐらいにやってきた。
早すぎるわ!と思ったが、近江までの距離を考えると、それでも遅いくらいかも知れない。
こちらもそれを見越していたわけではないが、朝の5時頃から起きて、下準備を進めていた。
運搬中の冷蔵用に氷の塊も用意した。
溶けて水浸しにならないよう油紙でくるみ、溶けた水が品物にかからないような仕組みを施した特殊な行李も用意して、万全を期した。
それを背負子のような物に縛って固定する。
これで完璧だろう。
それを柴田さんに渡すと、「かたじけない」と畏まりながら、お供の一人に持たせようとするが、一旦躊躇してから考え直したのか、こちらにまた返そうとする。
こちらが怪訝な顔をしていると、柴田さんは言った。
「やはり、こういう物は作った本人が行かねば駄目な気がするのじゃ。済まぬが一緒に近江まで来てはくれんか?」
「えぇ?」
いきなりすぎるだろう柴田さん。
こっちだって予定があるのに。
まあ、予定と言うほどの予定では無いけど、寒天を作ってみようと思っていただけだからな。
「いや、駄目なら仕方ない。最初から頼んでおけば良かったのだが、今ここで言われても、難しいのは分かっておる。ただな、ワシがこれを持って何処の誰それが作ったものですと渡しても、それで仕舞なのだ。だが其方が持って行けば先方の反応はだいぶ違ったものになるはずじゃ」
「まあ、それは確かに、話題は広がりましょうね」
「そして、これが一番の理由だが、この菓子が評判になれば、其方の手柄となるであろう?」
「いやぁ、手柄は最近上げすぎてるので、ちょっと控えないと」
「何を言っておる。そんなことでは天下など取れぬぞ、貪欲なぐらいでなくてはいかん」
「あれ?その話はだれから?」
「大殿に言い放ったそうじゃな、目指すは天下統一と。織田の下でそれが成せぬのなら、自らが成すと」
「ああ、信長さんからですか」
「その気持ち、ワシにも良く分かるのじゃ。ただ、ワシはもう老境に差しかかっておる故、今さら無理だが、其方はまだ若い。おおいに野望を抱くべきじゃ」
そうだった、稲葉さんに言われたことでちょっと考え違いをしていたな。
あの人は家が生き残ることが目的なんだよ。
俺はそうじゃ無い。
ガツガツ行って後ろから刺されても本望のはずだ。
なにせ一度死んだ身だしな。
よし、ここは顔を売るチャンスでもある。
ガンガン行ったれぇ。
「ありがとうございます、柴田様。今の言葉で目が覚めました。ガツガツ行かしてもらいます」
「おおそうか。では一緒に行ってくれるか」
「はい」
「じゃ、これ持ってってね」
「え?私が?」
「そりゃそうじゃ。作った本人が持って行かんでどうする」
良く見たら他の部下の人も、それなりに大荷物で、俺が行かないとどれか一つは柴田さんが背負わないといけなくなるのだ。
なんだよ。
荷物持ちが欲しかっただけかよ。
なんかニカッっと笑ってるぞ。
こりゃ上手く口車に乗せられたな。
食えないオッサンだ。
ヨッシーに乗るため工房に寄ってから近江に向かう。
工房の扉が開くと、プロトタイプの馬車が、いつのまにか屋根がついて綺麗な色に塗られ、各所に細かい細工なども施され、何やら高貴な方の乗り物のようになっていた。
「ありゃ、何かすごいねこれ。ずいぶん綺麗になったじゃない」
「ああ、これはご領主様。馬の準備が整うまで暇があったので、ちょっと細工をしておりました」
「さすがは日の本随一の宮大工だね。すばらしい!」
「ありがとうございます」
その様子を柴田さんは興味深げに眺めていたが、我慢できずにピカピカに仕上げられた車輪を触ったりしはじめた。
「おや、柴田殿ではござらぬか。お久しぶりでございますな」
「おお、岡部殿。これはお主が作ったのか?」
「いやいや。ほとんどがご領主の大谷様とこちらの鐵之助殿が作ったようなものです。私は手助けしただけでございますよ」
「またまたぁ。ご謙遜にもほどがありますよ。私はこんなの作りたいと絵を描いただけです。絵から構造を読み解き、作り上げたのは岡部さんですから」
「有り難きお言葉、感謝いたします」
「で、この馬車とやらを引くのは、四ッ椎なのか?」
「いやいや。そちらの4頭のウチの2頭で引こうと思います」
「ほう。2頭で引くと、御者は2人になるのか?」
「いや、一人です」
「なんと。それはどうやるのじゃ?」
「今、研究中です。だから当面は1頭で試してみようと思います」
「そうか。上手くいくと良いな」
「そうですね。これで街中を走る時が来るのが楽しみです」
「うむ。では、そろそろ参ろうか」
「あ、はいはい。では岡部さん、鐵之助、また来ます」
「いつでもどうぞ。あ、それと、厩はお戻りになる頃には出来上がっておると思いますので、よっしーは城の方にお戻しになればよろしいかと」
「あ、ホントに?助かるわ。ありがとう!支払いの件は千恵蔵に言っておいてね」
そう言って、俺はヨッシーに乗っかり、柴田さんたちと近江へと向かう。
見送る岡部さんは深々とお辞儀をしているが、いくら掛かるんだろうね開発費と合わせて…。
高いんだろうなぁ、きっと。
近江に着いたのが3時をちょっと回った頃だろうか。
浅井氏の居城、小谷城まではさらに2時間ほど掛かる。
そのため、今回は近江と美濃国境の近く、須川城を会談の場所とした。
須川城は以前お会いした遠藤直経の居城である、が、直経は現在は小谷城のそばに居宅をし、須川城は息子に任せているようだ。
その遠藤さんが会談の相手なので、今日は我々に会うため、こっちに来ていた。
「お久しぶりです遠藤様」
「おや。これは大谷殿ではないか、息災でありましたか?」
「おかげさまで」
「なにやら、織田家中では大谷殿の噂を聞かぬ日は無いと聞いておりますぞ」
「それはどうせ与太話の類でしょう」
「いやいや、とんでもござらん。泣く子も黙る美濃の三将を手玉に取ったとか、10人の刺客を1太刀で葬ったとか、こちらの柴田様も裸足で逃げ出すと言っておりましたぞ」
「やっぱり与太話じゃないですか。全く」
「ハッハッハッ」
今日は平和的な会談ということもあってか遠藤さんは実に明るい。
元々こういう感じの人なのかも知れないが、到底浅井の殿様に信長さんの暗殺を唆したりするようには見えないな。
こちらのやり取りが終わるのを待って柴田さんが挨拶をする。
「遅くなってすまなんだ。ちと寄り道をしておったもので」
「寄り道ですか。大谷殿を訪ねていたということですな?」
「相変わらず鋭いですなぁ。吉子殿に土産の差配を頼んでおったのでな」
「ほう、土産ですか」
「あ、もうお渡しします?」
「殿のお口に入れるもの故、早くせんとな」
「はいはい。じゃあちょっと分けますね」
「ほう。氷が入った行李とは、洒落が効いておりますな」
ああ、そうか…。
気付かなかった…。
聞かなかったことにしよう。
「『ういろう』という生菓子なんですけど、米粉と片栗粉に砂糖を加え、蒸したものです」
「ほほう。外郎とは薬のような名じゃな」
「あ、語源は一緒です。外郎の苦みを忘れるほど甘いということで」
「それは是非食べてみたいのう」
「どなたかに小谷城まで運んでいただけるのですか?」
「うむ、息子に運ばせようと思うが、そのまま持って行って良いのか?」
「はい。生ものですので、なるべく今日のウチに、遅くとも明日の日中ぐらいのうちにはお召し上がりください」
「あい分かった。かたじけない」
「なんでしたら、私が届けてもよろしいですけど」
「む?いけませんぞ大谷殿。抜け駆けして殿に会って名を売ろうとしても」
「あ、すいません。バレてましたか」
「これ、調子に乗るでない」
「まあ、良いではないか柴田殿。若い者はこれくらいでないとハッハッハッ」
「申し訳ござらん」
「では、早速その大谷殿肝いりのういろうとやらをいただくとしようか。どうぞお通りくだされ」
「は、ではお邪魔いたす」
「失礼します」
我々の持って来た献上品は、遠藤さんの息子さん他3騎の早馬で運ばれていった。
俺と柴田さんは、茶室のような部屋に通され、甘いお菓子と言うことで、抹茶ではなく、わざわざ煎茶を立てていただいた。
三色のういろうが、小皿に乗せられ運ばれてくると、髭のおじさん二人が興味深そうに見つめている。
柴田さんはプレーンの白いういろうしか食べてなかったからな。
抹茶味と小豆味のういろうが早く食べたくて、遠藤さんが口にするのを待ちきれない様子だ。
「では、さっそく。いただきます」
遠藤さんは、ピンク色の小豆ういろうをパクリと口に放り込むと、ニコニコしながらムニムニと噛みしめ、ゴクッとのみこんだ。
「うむ!これは旨い!面白い食感じゃなぁ」
「では、私も…」
柴田さんは、抹茶味を頬張り「ほう…これは渋みがいい味わいで…なかなか…」などと言いながら、面相を崩している。
巷では、どちらも剛の者として知れ渡る二人が、向かい合ってういろうを食べながらニコニコしている。
なんとも平和な絵面ではないか。
ういろうを食べ終わった二人は、満足げにお茶を啜っている。
一頻り最近食べた甘味の話に花が咲いた後、いよいよ実務の話となった。
とは言え、こちらから既に候補の日どりをいくつか伝えておき、どの日が良いかという回答を頂くだけである。
その結果、年が明け雪も溶けて花の咲く頃の、4月10日頃が良かろうと言うことになった。
その日取りに関する覚え書きと、見合いの際に持ち込む土産物の目録用紙などを取り交わし、事務手続きは終了した。
その頃には辺りはすっかり夜になり、夕食をご馳走になることとなった。
お城の台所番は相当頑張ったと見えて、なかなか豪勢な夕餉を用意していただいた。
琵琶湖で捕れたと思われる鯉の煮付けと山芋の煮っ転がし、豆腐の田楽、青菜のおひたしのようなもの、あとは玄米と味噌汁である。
この時代の小大名としては、相当頑張った夕食だと思う。
ウチの城と遜色ない献立であるが、ご飯が玄米なのがちょっとアレだが、バランスも悪くない。
そう思ったのも束の間。
味噌汁がしょっぱい。
鯉も塩味がきつい。
豆腐の田楽がスイーツに思えるほどである。
こりゃあ、身体に良くなさそうだな。
ま、全部いただきましたけど。
その後は、お決まりの飲酒コース。
柴田さんなどは「こやつに良い酒を飲ますはドブに捨てるようなものにござる」とか言って、人を底なしの蟒蛇みたいに言いやがって。
まあ、結局一升飲んじゃったんで、その通りなんですけどね。
翌朝も、鮎の塩焼きにゴボウと蓮根の煮物、梅干しに味噌汁とご飯という、温泉旅館の朝食並のちょっと頑張った朝餉でありました。
柴田さんはまだ酒が残ってるのか、食が進まない感じだったな。
煮物の味は、少し甘味が足らない印象だったが、塩焼きが案の定超しょっぱい。
ってことは、なんだ?
ウチの料理は、実は味が薄いと思われてるかもしれないのか?
ちょっとリサーチしてみる必要があるな。
結局ういろうごときでは補えないほど、逆にお世話になってしまった。
今度我が領地に来た時は、ぜひお立ち寄りください、と天ぷら尾張家の無料券を10枚ほど進呈して須川城を後にした。
こんなので、営業活動になったのかな?
いまいち手応えを感じられぬまま、領地へと戻ってきた。
次の朝、浅井長政直筆の礼状と、ういろうを30人分、小谷まで届けて欲しいとの依頼が早馬で届いた。
営業、バッチリ効いてました。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回も否応なしに食い物の話になりそうです。
これに懲りずに、引き続きお付き合いいただければ幸いでございます。




