47 甘味手土産
また食い物です
ヨッシーがいない。
と言う話はすぐ城中に広まった。
全員で手分けして探し、少なくとも城の中にいないことは確認できた。
心当たりとしてまず浮かぶのは、工房にいた雌馬達の所に行っている可能性である。
それ以外の可能性としては、魅力的な雌馬が前を通ったので付いて行ってしまったケース。
腹が減ったので、草が生えてそうな場所に一人で出かけて行ったケース。
一人で散歩しているところを、誰かに見つかり、通報されてお役人に捕まったケース。
そして、誰かに盗まれたケースである
正直この時代警察も無いので、工房に行った以外のケースでは探しようが無い。
せいぜい迷い馬の看板を立てるくらいである。
ただまあ、あれだけ目立つ馬なので、誰かに見られていれば何かしら噂ぐらいは立ってもおかしくはない。
ともかく、確認のため工房まで出かけてみる。
夜の間は工房は大きな木戸で閉め切られる。
だから、夜のウチに馬が単独で入り込むことは不可能である。
そして、やはり工房には来ていなかった。
しょうがない。
貰ったばかりの馬を無くしたとあっては、信長さんに申し訳ないが、相手が生き物である以上、仕方がないというものだ。
みっともないけど迷い馬の立て看板しかないか。
そう思い、さっそく硯プリンターでヨッシーのイラストを描き出していると、何やら表通りの方が騒がしい。
すると、町の人々が麒麟に乗った鍾馗様が現れたとか、いや、あれは龍に違いないとか妙なことを言いだしている。
「ちょっとちょっと、そこの奥さん。それはこんな馬ではなかったかい?」
と聞いてみると、「そうそう!これよっ!」と集まってきた。
「それで、この馬に誰か乗っていたんですね?」
「そう、こんな立派な髭生やした大男。綺麗な着物を着てたからきっと毘沙門天様か鍾馗様よ」
「どの辺で見かけましたか?」
「ついさっきよ。そこの角、グルッと回る道を北の方に向かって行ったわ」
「ありがとうございます」
「あれ?あなたもしかして領主様?」
「いえいえ、弁天様です」
「あらまあ!」
正直、領主と名乗ると面倒なことになりそうだったので、適当に誤魔化しておく。
全然誤魔化しになってない気もするが、そんなことより、やはり盗まれていたのかヨッシー。
さて、この馬で追いつけるかな。
環状道路を北と言っていたな。
だとしたら美濃方面に逃げる気だな。
領地外に出られると面倒だ。
何とか追いついてくれ!
この馬も普通に駿馬として買った馬なので、足は遅くないのだが、ヨッシーには敵わないだろう。
あいつが道草でも食ってくれてれば、あるいは追いつけるかも。
環状道路をひた走り、城から真北に延びるメインストリートを左折して北に向かう。
民家が疎らになったところで、ヨッシーを発見した。
文字通り道草を食っていた。
乗っていた男というのは、まだ遠いので誰だか分からないが、草を食べているヨッシーを動かそうと必死で手綱を引っ張ったり、身体を押したりしているが全く動こうとしない。
ひたすら草を食べるヨッシー。
その男は馬で駆けてくる音で、こちらの存在に気付き、慌てて逃げようとしたが、人が馬に勝てるはずが無い。
あっという間に追い抜き、男の前で馬を止める。
「あれ?柴田さん?」
「あ……いや…これにはその…」
俺は馬を下り、その男“柴田権六勝家“を目で制しながら近づいていく。
色々聞きたいことがあるが、まずは「どうしてここに?」と、問い質した。
「いや、その〜、浅井との面談の日が近づいておってのう…」
「はあ」
「其方の所に寄って、良い手土産は無いか聞こうと思ったのじゃ」
「ほほう」
「ワシのことはホレ、みんな知っておるしな…弥四郎が屋敷まで案内してくれたんじゃ」
「なるほど」
「そうしたら、まあ、何とも美しい馬が繋がれておるではないか」
「ふむふむ」
「ちょっと乗ってみたくなってのう…」
「で、ちょっと乗ってみたと」
「う、うむ。だが、こいつ人の言うことを全く聞かん。左じゃと言っても勝手に右に行きよるし、挙げ句に木戸のある建物に勝手に入ろうとするし、往生したわい」
「往生したわいじゃないでしょう!」
「申し訳ござらんっ!!!つい出来心で…」
あの柴田権六が、鬼の柴田とも、掛かれ柴田とも、瓶割り柴田とも、二つ名だけでも3つぐらいある柴田さんが、俺の前でひれ伏して謝っている。
少し遅れて付いてきていた新九郎も何が起きたのかと、顔を青くして狼狽している。
いやあ、こんな姿を前田さんには見せられないね。
「まあ、頭を上げてください。悪意があったわけでは無いようですから、お返しいただければそれで良いです」
「それは、かたじけない。あまりにこの馬が美しいのでな…きっと名のある馬なのであろう?」
「ヨッシーと言います」
「四ッ椎?変わった名じゃの」
自分が呼ばれたと思ったのか、ヨッシーは草を食べるのを中断して、俺のところにやってきて頬をすり寄せてきた。
おお、ういやつよのぉ。
「ずいぶんと其方に懐いておる」
「何か気に入られたみたいです」
「その様子では、仮にワシの物になったとしても、なかなか馴れてはくれんだろうな」
「ダメですよ。この馬は信長様から下賜されたものですから、勝手に人にあげたりは出来ませんから」
「おお!そうであったか。それは益々申し訳なかった」
「まあ、怪我などの大事に至らなくて良かったですよ」
「かたじけない。この詫びは、必ずいたす」
「柴田さんの馬はどうされました?」
「それが…この馬が上に乗っかろうとするので逃げてしまったのだ」
「またか、この盛り馬め。あんまり酷いと去勢するぞ」
それを聞いてヨッシーはブルブルッと顔を振るわせた。
言葉が分かるのか?お前。
「なるほど。まだ若い雄であったか。ワシに懐かぬ訳じゃ」
「では、こちらの馬をお使いください」
そう言って新九郎が自分の馬を差し出した。
俺の馬はかなり無理に走らせたので、少し休ませねばならないからな。
ナイス判断である。
「重ねがさね、申し訳ない」
「先ほど、浅井との会談がどうのと仰っておられたようですが」
「ああ。同盟…と言うよりは見合いの話がずいぶんとトントン拍子に進んでな、浅井の当主が是非お市様に会ってみたいと言うので、その日取りを取り決める会談が行われるのじゃ」
「さすがは信長様ですね」
「いやいや、ほとんどお市様の評判が一人歩きしてるだけなのじゃ」
「それでも、我々ではこうはいかないですから」
「たしかにな」
「で、手土産に何が良いかと言う話でしたね」
「お、おう。いや、これ以上其方に迷惑を掛けられぬ」
「浅井長政さんの好みとか分からないですかね?」
「いやぁ、その方面はちと分からんが、甘いものが好きとは聞いておったと思う」
「甘いものねぇ」
名古屋と言えば“ういろう”かな。
※ういろうは元々京都で有名になったという説があります。
中国伝来のお菓子と言うより点心の一種だったようです。
あらら。
近江の方が京都に近いしな、それじゃ意味なしか。
※珍しいお菓子には違いないので、喜ばれるのではないでしょうか。
作るのも簡単ですし。
まあでも、生ものだからあまり日持ちしないんじゃない?
※だったらういろうの原型になった羊羹が良いのでは?
あー、でも寒天という入手が困難なアイテムが必要だからなぁ。
まあ、ういろうも3日ぐらいなら持つだろう。
「会談はいつ行われるのです?」
「明後日じゃ」
「また、ずいぶん急な話ですね」
「すまん、ワシが溜め込んでおった」
「あぁ」
「だから、これ以上お主には頼めんのじゃ。この話は忘れてくれ」
「そうも言っていられません、浅井の御当主に気に入られれば、さらに同盟締結の確率が高まるでしょうから、是非協力させてください」
「うむむ。そこまで言うなら…」
※寒天じゃなくてもゼラチンを使うという手があるかもしれません。
ん?ゼラチン?
※要するに膠です。
膠って、接着剤とかに使うヤツでしょ?
そんなの食べて大丈夫なの?
※成分はほぼタンパク質だけですので。
ふうん。
問題は食べて美味しいかだよね。
※それは食べてみないと分かりません。
やってみろと?
まあ確かにゼラチンだけ食べたことあるけど、味しなかったしな。
※それより砂糖の入手の方が困難なのではないですか?
ん?普通に売っていたような…
※お値段を見たことあります?
そう言えば、いつも町子ちゃんに買って来てって頼んでるだけだからな。
※料理に使う程度なら問題無いでしょうが、お菓子を作るとなると大量の砂糖が必要となります。
この時代、まだ日本では砂糖の生産は出来なかったので、高価な輸入品として金銀を対価に取引されておりました。
ですから、砂糖を使ったお菓子と言うだけで、贈答品としては価値のあるものだと言えます。
そうかあ、まず餡子を作るのに砂糖が要るよなぁ。
羊羹なら寒天かゼラチンを混ぜる時に、また必要になる。
※まあ、水飴なら比較的入手しやすいので、そちらを主に使えば良いのではないでしょうか?
あ、そうなんだ。
水飴の方が昔からあるのね。
※そうですね。
じゃ、羊羹にするか。
そう思ったが、羊羹のレシピなんて知っているはずがない。
前に神様から貰ったレシピは、家庭料理がメインだ。
業務用のは、さすがに○ックパッドでも載ってないだろう。
そう思いつつ脳内検索をかけると、「ばあちゃん秘伝の本格練羊羹」というのがあった。
書いてある材料で、唯一揃わないのが棒寒天である。
これをとりあえずゼラチンに置き換えれば良いわけだが、そのゼラチンが本当に膠で良いのか?
接着剤の他にも、日本画の材料として古くから使われているようで、食用にするなら最初から水で溶いてある膠水を使う方が手っ取り早い。
ちょっと千恵蔵に砂糖を買うついでに買ってきてもらったが、臭くてとてもじゃないが口に入れる気にはならない。
こりゃダメか?
と、思っていたところに神様から、追加の情報が入った。
※寒天の元になったところてんなら、この時代でも作られていたようです、
すみません。
え?ところてんを使うわけ?
※ただし、一旦凍らせる必要があるようです。
簡単に言うなよな。
この時代に冷蔵庫なんて無いんだから。
そういえば、今は12月。
ちょっと標高の高いところなら、朝は氷点下になるから、可能性はあるな。
あー、でも、この辺で標高が高い所って、みんな斎藤方の領地なんですけど。
それか揖斐川の向こう。
そっちは北畠領だけどな。
しかし、明後日に間に合うかな。
凍らした後、乾燥させなきゃいけないんだろ。
ちょっと無理じゃないかぁ?
※ちょっとお待ちください。
テングサが原料じゃない寒天も有ってですね、オゴノリが原料の場合、フリーズドライじゃなくて逆に加圧して脱水して乾燥させてます。
つまり、オゴノリでも作れそうですが、どうでしょう。
どうでしょうって、オゴノリって何?どこで手に入るの?
※浅瀬に生えている赤っぽい色をした海藻です。
日本中の海岸で普通に採れます。
ただし、きちんと煮沸してアルカリ処理しないと、食中毒の可能性がありますのでご注意ください。
ほらほら、また分かんない言葉が出てきた。
アルカリ処理って何よ。
※水酸化ナトリウム溶液に浸けることです。
水酸化ナトリウム…。
そんなもんどこにあるのさ。
※普通には売ってませんが、石灰と重曹があれば生成可能です。
いや、面倒くさいわ。
どうしてそこまで羊羹にこだわるの。
※……こだわってるわけでは無いですよ。
ういろうが嫌いなの?
※そういう訳では……
嫌いなのね。
はいはい。
でもね、試している時間無いし、明後日持って行かなきゃならないからね、ういろうで良いでしょ。
※…はい。
今ひとつ釈然としないが、ういろう作りのために準備を始めた。
必要なものは…
上新粉(うるち米を粉にしたもの)
片栗粉
砂糖
水
ベースとなるのはこれだけである。
ここで風味を変えたりするのに、餡子とか、抹茶、きな粉などを使うのだ。
砂糖はさっき買ってきてもらったので、大量にある。
1斤(600g)金200もするのには驚いたが、それだけ貴重品だと言うことが良く分かった。
作り方も簡単だ。
最初に粉関係を適量に混ぜ合わせて、徐々に水を加えて行き、緩いペースト状にする。
その状態で、型などに入れ蒸し器で30〜40分ほど蒸して、冷めたら出来上がりである。
プルプルッとした食感がなかなか上手く出なかったが、3回目ぐらいでコツが分かってきた。
柴田さんにも試しに食べてもらったが、涙を流しながら抱きつこうとしてきたので、鉄扇で防御して事なきを得た。
ただ、まあ、見るからに日持ちがしなさそうなので、なるべくその日のうちに食べてもらうようにしないとな。
と言うことで、明後日、近江に出かける時にここに立ち寄ってもらい、その足で近江に向かえば、何とかその日のうち、遅くとも次の日のうちには食べてもらえるだろう。
その後、餡子の製造にも成功し、プレーンと抹茶と小豆の3色のういろうを持っていってもらうことにした。
だが、神様のこだわっていた寒天は、今後のことを考えると作っておいて損は無いように思える。
戦略物資となるかも知れないしな。
甘味的な意味で。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
気がつけばユニークアクセスが一万件を超えておりました。
皆様ありがとうございます。
これを励みにこれからも頑張って行きたいと思いますので、ひきつづきよろしくお願いします。
そして、是非、ご意見、ご感想などお寄せいただければ幸いでございます。




