46 ヨッシー
妙な時間ですみません
市場関係者に改めて、来年から税制と商取引に関する法律の一部に改正があることを俺の口から説明した後、市場の建屋を増築して更に10軒ほどの商人スペースを増やすよう指示を出し、入荷、出荷時の検査所も2箇所に増やすなど、取引量の増加に備える投資を行うなどして、市場を後にした。
とりあえず、本日の業務はこれで終了である。
俺は「この後工房へ向かうけど、小一郎はどうする?」と尋ねると、馬車の開発に興味があるのか「お供します」と一緒に付いてくるようだ。
まあ、岡部さんと話すことがあるのかもな。
「お邪魔しま〜す」と工房の門をくぐると、なにやら厩の方が騒がしい。
どうかしたのか?と近くにいた岡部さんの弟子に様子を聞くと「どうもこうもおまへんがな」と厩の周りの人垣が出来てる方を指さす。
「ありゃとんでもない色情馬でんなぁ」
「色情馬?」
その人垣の後ろから厩の中を見ると、昨日連れてきたヨッシー君が、しっかり一緒にいた雌馬の上に乗っかり、種を仕込んでいた。
昨日の大人しい印象とは大違いの、歯をむき出しての激しい行為に、取り囲んでるみんなも苦々しい顔で見守るしか出来なかった。
下手に邪魔立てしようものなら、どんなことになるか分からない。
何しろでかい馬体である。
暴れられたら到底人の手で押さえられるとは思えない。
だから、こうやって遠巻きに眺める以外無いのである。
そんなギャラリーの中に岡部さんもいた。
「あ、これはご領主様、お、木下様もようこそお越し下さいました」
おい!と近くにいた弟子に俺たちの席を用意するように命じると、即座に用意された椅子に座るよう促した。
ずいぶんとテキパキ動くようになったな。
少しして、お茶が運ばれてくると「どうぞ」とお茶菓子まで用意して出迎えてくれた。
妙に手回しが良いな。何かあるのかな?
「いやぁ、朝までは大人しかったんですがねぇ」
と、ヨッシーの様子を話しはじめた。
こっちの勘ぐりすぎかな?
「飼い葉をやったあと、腹一杯になったら急にやる気になったのか、ずーっと乗っかりっぱなしですわ」
「4頭いたと思うけど、全員とやったの?」
「そうなんですよ、それも一回や二回じゃありませんでね、あの馬にはもう5回は乗っかってるはずですわ」
「すごいなあいつ」
「あっ……こりゃ、失礼。ご婦人の前でする話じゃ無かったですねぇ」
「いやいや。私の馬だからねぇ。教えてもらって有り難いけど。子種が付いたら暫くは使い物にならないよねぇ」
「まあそうですねぇ。その時はまた違う馬をご用意いただかないと」
「そうかぁ。牧場を作った方が良さそうだなぁ。ねえ小一郎」
「ですが、馬の牧場は広大な敷地を必要とします。現在の領地では厳しいと思いますね」
「一時凌ぎだけど河原ならどうかな」
「河原には柵が立てられませんし、川を渡って逃げてしまうことがありますから」
「そうかぁ。ダメか」
「それで、ご領主様は馬のご様子をご覧にいらした訳では無いですよね」
「ああ、そうそう。その後どうです?」
「いや、ほぼ出来上がってると思うんですが、やっぱり馬が引っ張ってくれないと、実際にどう動くかがよく分からんのですわ」
「へぇ、どれどれ」
座ったばかりだが、すぐにまた全員馬車の置いてあるところに向かう。
そこでは鐵之助が予備の車輪に鉄の板を嵌めている最中だった。
「あ、これは。ようこそ」
「ご苦労さんです」
「ほう、これが馬車ですか」
「確かに、完成してるねほとんど」
「そうですね。後は母衣をかけて、油を用意すれば使えると思います」
「思ったよりも大きなものなんですね」
「そうね。米俵なら8〜10俵ぐらい乗せられるように作ってあるから」
「ほう、10俵ですか」
「だから、これが10台用意できたら兵站はずいぶん楽になるんじゃない?」
「なるほど。そういう考えでしたか」
「えぇ?どういう考えだと思ってたのさ」
「いや、単に楽したいだけなのかと…」
この野郎。
しれっとした顔でなに言い出すかと思えば、まったく。
岡部さん曰く、人間が引っ張ってちゃんと動くことは確認できたのだが、馬が引くのとでは速度が違うだろうから、何とか早めに試したいという話だった。
要するに馬具を早く手配しろという催促だな。
そう言えば、この前頼んだ革職人、まだ連絡よこさないな。
どうなってんだろう。
革職人の工房までは、環状道路を1/4周しないといけない。
歩きでは日が暮れてしまうな。
こういう時に限って馬に乗って来ていない。
馬なら、すぐそこに5頭もいるんだけどねぇ。
「ここには鞍とかは置いてないですよね?」
「あ、ありますよ。使います?」
「あるの?」
何で?と思ったけど、まあ厩があるんだから当然か。
「どの馬に着けますか?」
ヨッシーと言いたいところだが、今引き剥がして暴れられてもなぁ。
そう思ったが、ヨッシーと目が合ったとたん、どういう訳か自分から雌馬の背中から降りて、トコトコとこちらにやってきた。
まあ、そういうことなら君にお願いしようかエロ馬君。
鞍を持って来たお弟子さんも、ちょっと驚いたような顔をしていたが、本人(馬?)の意思を尊重することにした。
鞍が据えられ、鐙に足をかける。
大丈夫かなぁ、腰が抜けたりしないだろうね。
「よっと」
※ここでちょっとお知らせがあります。
は?神様?
何のご用でしょう?
※登場人物が増えてきた関係で、大谷さんの占有チャンネルがだいぶオーバーフロー気味になっておりましたので、システムの見直しをしたところ、無駄な要素に多くのリソースが食われていたことが判明。
より効率的なシステム運営に切り替えたところ、リソースにだいぶ余裕がでてきたので、各AIの拡充と共に見直しを行いました。
それにより、現在大谷さんの乗っている馬にもAIを搭載いたしましたので、今後は関係が深くなるほどに、馬の反応も変わってきますので、ご注意ください。
また、AIの拡充により各武将の反応もより複雑なものへと変わっておりまして、これまで以上に行動に個人差が出るようになります。
恋愛感情なども変化しておりますので、月並みな対応で適当にあしらっていると見透かされたり、逆ギレしたりしますのでご注意願います。
いやぁ、どういうシステムだか知らないけど、これだけ人間的なAIって見たことないし、更に人間的になるってどう人間的になるか、全く分からないよ。
※そうですね、例えば美味しい物を食べた時のリアクションに、バリエーションが増えるとかですかね。
あぁ。
何か納得した。
もう、みんながみんな「何じゃあこりゃぁ」だったもんな。
※ご理解いただけてなによりです。
でもさ、馬にAIは要らないんじゃない?
このエロエロ馬もそのAIのせいなわけでしょ?
※まあ、そうですね。
ただ、人馬一体という言葉もあるとおり、この時代、馬との関係はわりと重要なものがありまして、特に名馬と呼ばれる馬は主人との特別な関係が重要な要素になったりしておりますので、ただ反応するだけではない1つのキャラクターとして登場してもらうことにしました。
そうですか。
こいつが名馬ねぇ。
「そういうことなら、これからよろしく頼むわ」
「ブヒヒッ」
「おぉ、返事したねぇ」
軽く撫でてやると、心なしか嬉しそうな顔をしたように見えた。
「じゃあちょっと行ってくる」と言って、革職人の工房までヨッシーを飛ばす。
馬の種類は良く分からないが、体格から言って競走馬ではない。
おそらくは馬車やソリを引く大形種の祖先みたいな馬だろう。
だから、足はそんなに速くないはずなのだが、馬体がデカいので一歩の幅が大きい。
そのためさほど本気で走っていなくても、これまでの馬より明らかにスピードが出ている。
身体を低く屈めないと後にひっくり返りそうになる。
そのせいか、長いたてがみが顔に掛かって鬱陶しい。
切るか結ぶかしないとな。
見た目にはワッサワッサとたなびいて美しいかも知れないが、乗ってる方はたまったもんじゃない。
実際、町行く人々は、女領主が見たことも無いでかい馬に乗り、一緒に髪を靡かせ走って行く姿を、陶然とした眼差しで見つめている。
まあ、これで魅力というパラメータがあれば、上がったかも知れないがな。
※実は隠しパラメータとして「カリスマ」という要素があります。
「隠し」ですので数値はお教えできませんが、格好いい姿を見せるといった示威行為を行うことで、上昇していきます。
戦などで負けると、下がりますが、負け方によってはさほど下がらない時も、大幅に下がる時もあります。
隠しかぁ。
だいたい自作武将でパラメータMAXにしてると、隠しの数字はかなり低いものになるって聞いたんだけど。
※以前の戦国の野望ではそういうこともありました。
今回パラメータはボーナスポイント制なので、そういったことはありません。
初期値はすべて35で固定です。
まあ良いや。
隠しの数字のことなんか気にしている余裕は無いしな。
そう言っている間に、工房に着いちゃったし。
「棟梁は居る?」
工房に着くなり、門の所に居たお弟子さんに声をかける。
俺の姿を見るなり「少々お待ちを!」と、慌てて棟梁を呼びに行った。
棟梁は弟子に連れられ戻ってきたが、どうもばつが悪そうな顔をしている。
まあ、まだ出来てないのかな。
それならそれで仕方ないけど、せめて進捗具合でも知りたいところだ。
「その後どうなの、進捗具合は」
「申し訳ありません。なにぶん初めて作るものですので、どうやって良いやら悩んでおるところでして…」
「あ、そう。出来そうなの?」
「それがなんとも、なにぶん初めてなもんでして…」
おかしいな、AI調整したんじゃないのかよ。
返事がループしてるよ。
※すみません。これはループしてるんじゃなくて、やってないことの言い訳ですね。
あ、そうなのね。
ははあ、やってないのか……。
この野郎!
「棟梁さん。ハッキリしてくれない。出来るのか出来ないのか」
「それが、なにぶん初めてなもんで、やってみないことには…」
やっぱループしてんじゃん。
「出来ないなら出来ないとハッキリ言って。別に金返せとは言わないから」
「出来ません」
「おいっ!!」
「ひぃっ!」
「なんだその態度。酷いなあんた」
「申し訳ありません。なにぶん、やったこともないことなんで…」
「それでよく人を雇って務まるよね。もう職人なんか辞めたら?」
「……」
「帰るわ、全く!」
プロ意識の無さにあきれて、とっととヨッシーに乗って引き返そうとした時、工房の中から若い男が飛び出してきて、必死で俺を止めた。
「お待ちくださいご領主様!」
「なにか?」
「棟梁は今、酒の害が元で、手が上手く使えないんです!」
「やめろ善助!」
「なに?酒の害?」
「はい。棟梁はもともと酒好きでしたが、この地に来てあまりの酒の旨さに連日深酒を繰り返しておりまして…」
「やめんか!みっともない!!」
どうやら酒の飲み過ぎでアル中になったようだが、それを明かした弟子を拳でぶん殴って止めさせた。
情けなくて正直見ちゃいられないな。
「どうか、今一度挽回の機会をいただきたい!」
「やめんかと言っとろうが!」
なんか安い時代劇みたいになってきたな。
しょうがない。
「みっともないのはお前だ!棟梁!」
「ひぃっ!」
「ここの酒が旨いのは確かだが、それに溺れてどうする。職人としての誇りまで失うようじゃ身を引いた方が後進のためというものだ。立派な弟子がいるじゃないか」
「も、申し訳ございません」
「彼を見習うことだな。善助と言ったな」
「はい!」
「この仕事。お前に頼むことにする」
「ははぁ!有り難き幸せ!」
「師匠とよく相談して、見事成し遂げてみよ!」
「はい!必ずや!」
「では、任せたぞ」
「ありがとうございます」
はあ、やれやれ。
なんだこれ。
「暴れん坊○○」とか、「名奉行○○○○」みたいな感じになってきたぞ。
これもAIの効果なわけ?
※ちょっと、違うかもしれませんねぇ。
まあAIの影響が無いとは言いませんが、やはり人間臭さの演出というか…
妙にドラマ仕立てなのもねぇ。考え物ですが。
※検討してみます。
はーい。よろしく。
無駄足とは言わないが、必要なものは手に入らなかったわけで、まっすぐ帰るのもつまらないと思い、一旦城に戻る道を通り、城の土手の草を食べさせて戻ることにした。
そうだ、岡部さんに頼んで、大きい厩を作ってもらおうかな。
30分ぐらい草を食べさせ、岡部さんの工房に戻ると、小一郎と岡部さんが何かの図面を見て頭を悩ませていた。
どうやら小牧山城の話のようだが、問題でもあったのだろうか。
「ただいま〜遅くなりました」
「あ、お帰りなさいまし」
「どうかした?二人して眉間に皺寄せて」
「いえね、半分出来た城の部材を運ぶのに、いちいち丸太並べてえんやこらってのも面倒な話で、専用の台車を作った方が速いんじゃないかって小一郎さんが言うもんでね」
「この馬車のように途中で折れ曲がる仕組みがあれば、かなり大きなものでも運べるんじゃ無いかと思いまして」
「ほほう。なかなか面白いこと考えるじゃん」
建造物を建物のまま運ぶ技術を曳家と言うが、家ごと運ぶ技術が確立されたのは江戸期に入ってからだと聞いた。
それ以前から大きなものを運ぶ技術はあったが、建物の中身までそのまま移動出来るようになったのはわりと最近になってかららしい。
この時代はまだ丸太のコロで引っ張る手法が中心だったろう。
しかし、小一郎の言っていることは、それからすれば20歩ぐらい先を行く話である。
新幹線などを街中で運ぶ映像を見たことがあるが、要するにあれに近いことをやろうというのだ。
そこで、どういう台車が良いか考えているところだったようで、なかなか面白いスケッチがいくつか描いてある。
だが、どれも構造が複雑そうである。
どれ、私が現代知識で簡易な台車を提案してやろう。
基本としてボギー台車があれば、だいたいのことに応用がきくんじゃないかな。
そう思い、4輪の台車のスケッチを描いた。
軸が太く径の小さい車輪を4つ四方に並べて1つの台車を作り、上に回転できる台を作っておく。
これを運ぶ物に合わせて数台並べてやれば、かなり大きなものでも運べそうである。
ただし、坂などで転がっていかないようにブレーキを付けておく必要があるだろう。
それを見た二人は、まさに畏敬の眼差しとも言える表情で、こちらを見ていた。
「いやあ、ご領主様の発想には驚かされますなぁ。素晴らしい。さっそくやりましょう!」
「ほんとですねぇ。さすがは吉子様です」
「何がさすがなんだか良く分からないよ。それよりさあ、ヨッシーの厩作ってくれない?」
「はあ、こいつの厩ですか?」
「城の厩が小さくて入らないんだ」
「分かりましたお安いご用です」
「助かるよ。よろしく頼むね」
「いやいや、こちらこそ。これが出来れば更に工期を縮められるでしょう。ありがとうございます」
「お互い、持ちつ持たれつだからさ」
「さすがは大殿が一目置くお方だ。有り難いことです」
「じゃ、ヨッシー置いていくから、あとよろしくね」
「お任せを」
そう言って歩いて帰ろうとしたところ、ヨッシーも付いてこようとする。
お前はここで待ってるの、と言ってもなかなか離れようとしないので、仕方なしに城に連れて帰ることになった。
これだけ懐いてるんなら、どこかへ逃げることも無さそうだと思い、屋敷の入口のところに紐で括っておいた。
翌朝、ヨッシーはいなくなっていた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
昔飼っていた犬が、よく逃げだしたものです。
その度にいつもの散歩コースを、声を嗄らして探して歩いたのも今となっては良い思い出です。




