40 プロジェクト馬車2
馬車の完成は先送りとなりました。
申し訳ありません(^_^;)
沼地の開発については、人が揃った時にもう一度考えよう。
俺ひとりで考えても限界があるしな。
そもそもパソコンばかりいじってた人間に、土木工事のノウハウなんかあるわけ無いんだし。
それよりも馬車である。
車輪を作らないことにはサスペンションだけあっても仕方がない。
日本には既に牛車というものがあり、もちろん車輪を作る技術はある。
問題は軽量化と耐久性の両立である。
馬車は牛車より高速で走るので車輪、車軸、軸受けへの負担は、牛車よりも大きくなる。
特に軸受けは回転が高速になればなるほど摩耗が激しくなるので、可能なら車輪のハブと軸受けは金属製が望ましいな。
まあ、旋盤とかボール盤とかが無いからなぁ。
難しいわなぁ。
そう考えるとベアリングとかって凄い発明だよな。
誰が考えたんだろうねぇ。
※いわゆる軸受けとしてコロを使ったアイディアはレオナルド・ダ・ビンチが最初と言われていますが、実用化したのはそれから250年後の時計職人のジョン・ハリソンまで待たねばなりませんでした。
おお!ダ・ビンチ!
そりゃあこの時代じゃ無理だわね。
しょうがない、普通に皮でもかませて油で持たせるしかないな。
とにかく自重はなるべく軽くしたいから、ハブだけでも金属化できないか聞いてみよう。
環状道路をブラッと1周してまた元の工房に戻ったのが約2時間後。
戻ってみてビックリしたのが、既に先ほどのサスペンションを組み込んだ荷車のような物が出来上がっていた。
岡部さんたちが持ち込んだ荷車を改造した物のようだが、実際に人が乗って試してみたりしている。
早いな仕事が。
ただ、この荷車の車輪は、丸く切った板を貼り合わせた物なので、重い上に耐久性に問題がありそうだ。
それでも、サスペンションの効果を検証するテストとしては、一定の物が得られたようで、大きな溝とかデコボコしたところの揺れについては随分と楽になったようだ。
ただ、小石などを踏んだ時の細かい振動は、竹の子バネでは吸収しきれないようで、これにはゴムタイヤの登場を待つ他は無いだろう。
「たいしたもんだ」と工房のみんなを讃えておいて、更なる難題を持ちかけるという、発注者としては最悪の行動に出る俺。
かつては受注者側だったため、気付かなかったのだが、上手く出来ているのを見ると、つい「もっともっと」と要求したくなる気持ちがようやく分かった。
金属製のハブを持つ車輪の構造を描いたスケッチを見せると、岡部さんは、とたんに難しい顔になった。
だが鐵之助は違った。
ニヤッと笑ったのである。
どうやら先に渡しておいた馬車全体のスケッチを見た時から、鉄で作ることを考えていたようである。
リムの縁に鉄の薄板を巻き付ける話は既にしてあることもあり、鐵之助としては当然の流れと受け取ったようだ。
ただ、スポークもリムも木で作るので、岡部又右衛門との摺り合わせが大事である。
この男にそれができるのだろうか?
そこだけが心配である。
一抹の不安を覚えながらも、着々と馬車の開発は進んでいるようなので、暫くは当人達に任せておこう。
月末まであと何日も無いので、諸事情により中断していた天ぷら店開店の準備も再開しなければならない。
そう思いながら城に帰ってくると、廊下で町子ちゃんが三つ指着いて待っていた。
おろっ…。
とうとう郷に帰らせてくださいとかか?
まあ、それは杞憂だったが、少し早めに暇をいただきたいと言うことだった。
天ぷら店の開店自体は一月遅れたが、それに向けての下準備は引き続き続けられていた。
天ぷら以外のメニューや、蕎麦と天ぷらを合わせたコースメニューなど、この時代としてはお公家さんしか食べたことが無いような、高級食材をふんだんに使った料理を比較的庶民的な価格で提供すべく、農家と直接契約したり、港から直接大量に仕入れたりと、色々地道な努力を重ねていたようだ。
店の構えもそれなりに豪華な感じで、例え将軍様をお招きしても恥ずかしくない程度には、しっかりとした作りになっている。
今の感覚で言う高級料亭のような建物である。
なので、それなりにお金を持った方々に、そのような使い方をしていただくのが理想的である。
町子ちゃんは、そこの大女将というか、総支配人というような仕事をお願いすることになっている。
なので、こちらの仕事もしながら、開店準備を進めてもらっていたのだ。
それがおおよそ整いつつあるので、そろそろ自分も店に移って本格的に開店の準備に掛かりたいと言うことであった。
こちらとしては千恵蔵君が町子ちゃんの代わりになるとは、未だに思えないのだが彼女は大丈夫と太鼓判を押しているので、その言葉を信じる以外無いだろう。
俺は「これまで良く尽くしてくれて、ありがとう」と礼を言って、「立場は変わるが、これからもよろしく頼む」と、これまでの労い賃および支度金として、金200を渡した。
すると、彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに恐い顔になって言った。
「何ですか、このはした金は!こんなことに小金を使わず、きちんと貯めて、武器の強化でもしてください!」
「へ?」
「もっと月に2万でも3万でも入ってくる、大領主になったなら遠慮なくいただくとします」
「町子ちゃん!」
「勘違いしないでくださいね。私はそれよりもっと多く稼ぎますから!」
「うん。頑張れよ」
いやぁ。
良い娘だ。
ホント男だったら何としても嫁にしたかったよなぁ。
「ところで大谷様、店の名前をまだ決めてもらってませんが」
「ん?名前?」
話は終わったと思って油断していたが、名前は町子ちゃんが考えるもんだと思っていた。
そうか、こっちに振ってくるか。
「え?町子ちゃんが考えるんじゃないの?」
「なに言ってるんです。お店を作ったのは大谷様じゃないですか。だったら作った本人が決めなきゃダメですよ」
「ああ、そう…」
名前かぁ「大谷屋」じゃなんか違うしな「吉子家」って牛丼屋みたいだしな。
天ぷら屋だから「天屋」じゃあ商標に引っ掛かりそうだし、こういうの苦手だな。
将来規模が大きくなっても恥ずかしくないヤツが良いよな。
となると「亭」とか「庵」とか「軒」とか付くやつはちょっとダメだろうな。
「天道」っていうのも考えた。
たしか何バージョンか前の「戦国の野望」にもそんなタイトルがあった。
しかし、ベタすぎるしこれも商標に引っ掛かりそうだ。
あとは地名を付けるパターンか?
木曽川の側だから木曽路ってこれも商標に掛かるし、美濃路ってのも同じだな。
あとは全くなんにも関係無いヤツ?
「開化」とか「光栄」とか…。
うーんイマイチだな。
やっぱ天が付くヤツかな。
えーと「天山」?。なんかレスラーみたいだしな。
天麩羅から麩を取って「天羅」とか?
………
……
…
そうやっていろいろ考えていたのだが、ふと町子ちゃんの方を見ると、なんかものすごい形相でこちらを睨んでいる。
辺りを見回すとすっかり夜になっていた。
あれ?もう1時間以上も考え込んでた?
「あ、ごめん、なかなか良いのが…」
「長い!もう『尾張家』で良いですね!はい決まり!」
「ちょっとちょっと…」
まあ、それでも良いけど…。
町子ちゃんはスタスタと自分の部屋に戻ってしまった。
え〜!?この時間は何だったの?
その夜は急遽夕食兼送別会となり、すぐ集まれるメンバーだけでささやかな宴会を開いた。
町子ちゃんに手土産として牡蠣フライと和風タルタルソースを食べていただき、そのレシピも進呈すると、「これでこの戦は勝ったようなものです!」と言ってガハハハッと高笑いをしていた。
何が勝ったのか良く分からないが彼女なら大丈夫だろう。
酒さえ飲まなければ。
緊張の糸が途切れたのか、他の者は飲んでも5合程度だったのに、彼女だけは一升以上飲んでいた。
最後には寧々さまとまつさまに羽交い締めにされて止められるまで、歌い出すわ踊り出すわの大騒ぎになってしまった。
まあ、いろいろ溜まっていたんだろうけどね。
でもこれからが大変なんだからね。
頑張ってもらいたい。
次の朝は数名顔色の悪い者はいたが、概ね平常通りに業務を再開した。
町子ちゃんだけは昼まで寝ていたようだが。
岡部さんは、若干毒気に当てられたようで朝から目が泳いでいた。
後でフォローしてあげないとな。
こちらも午前中いっぱいは、人事に関する書類やら法令の発布の準備で忙殺されていたため、工房を見に行っている余裕が無かった。
町子ちゃんと出来たばかりの店舗に一緒に行き、結構お高そうな店の外観に若干気後れしつつも、テキパキと指示を出す町子ちゃんの様子を見て一安心した。
町子ちゃんと別れた後、その足で工房に向かう。
気がつけばもう2時半頃になっていた。
この時代、普通の人々は1日2食で、八つ時に間食を取っていた。
それが「おやつ」の語源であることはご存じの通りである。
工房ではちょうどその「おやつ」を食べているところだった。
この辺ではよく食べられている干し柿を、皆さんでお茶を飲みながら食べていた。
鐵之助もその輪に入ってすっかり打ち解けている感じなので、それほど変な人でも無かったようだ。
俺も小腹が減ってたので、最近出来たばかりの茶屋で団子を買って手土産に持って来たのだ。
大事なプロジェクトとは言え、こうも頻繁に領主が様子見に来るのも迷惑かも知れないが、交通網の整備がこれからの戦争にも、国の発展のためにも、どちらに取っても重要なことなのだ。
とにかく敵より速く大量に兵を動かし、敵より速く国を富ませなくてはならない。
そのためには徒歩より速く、牛車並の量を運べる馬車が鍵を握るのだ。
そして俺は密かにもう一歩先のことを考えている。
馬車の速度は牛車より速いとは言え、高々15km/hぐらいである。
これは人が小走りで走る速度とあまり変わらない。
つまり移動速度は馬車にしたからと言って劇的に速くなるわけでは無い。
ただし、それは軽装の槍隊、または弓隊に限っての話で、重装の侍や荷物の多い鉄砲隊はもっと遅くなる。
そこで、戦場でも馬車を使えないか考えているのだ。
いわば兵員輸送車である。
ナチスドイツの電撃作戦ではないが、重装の騎馬隊が戦場に穴を開け、そこに兵隊を乗せた馬車が後に続く。
城攻めでは意味が無いが、野戦ではかなり使える作戦ではなかろうか?
まあ、まだ妄想の段階でしか無いが、馬車の早期の実用化は、そのような妄想も実現できるかも知れないと期待させるものなのだ。
こちらの妄想のために、せっつかれる職人はたまったものでは無いだろうが、とりあえずスポンサーは俺だし、鬱陶しかろうがやりたいことをやらせていただくのみである。
そして彼らは大人だし、なによりプロである。
嫌な顔の一つか二つ程度で、暖かく迎え入れてくれた。
単に、追い返す訳にいかなかっただけ、とも言えるが。
しかし、彼らが暖かく迎え入れてくれた訳は、もっと積極的な理由があっった。
8本スポークの車輪が2つ完成していたのだ。
もちろんハブは鉄製で、リムにも薄い鉄板が張ってあった。
仕事速いなしかし!
ただ、俺の馬車のスケッチは四輪である。
これはあくまでテスト用と言うことかな?
その辺は、弁が立つ岡部さんが説明してくれた。
曰く、木と鉄の組み合わせ部分が、長時間使ってみないとどのくらいの頻度で緩むのか、または錆びたりしないのかなど、まずはテストで使ってみる必要があるという見解だ。
そのため、とりあえずは荷車用にこの車輪を少なくとも2〜3ヶ月使ってみて、木だけで作ったものとの違いを検証するべきだという。
至極ごもっともである。
同様に、長期の耐久テストが必要な部分として、軸受けがある。
これまでの、木同士の軸受けは、お互いの接する面積を極力減らし摩擦抵抗を減らすため皮などを巻き、油で潤滑させて使っている。
軽負荷で低回転ならこれでも十分だろう。
ただ、馬で引かせる荷車用となると微妙なところだ。
ハブの車軸は木製だが、軸受けに乗っかる部分は金属製である。
鋳鉄製のハブは筒状になっており、木の棒を筒の中に突っ込み、外れ止めをしてあるが貫通はしていない。
外側はキャップ状になっていて、車が倒れても破損しにくくなっている。
鉄製であるため、木製よりは滑り抵抗が低いはずである。
プラモデルから発展した軍事知識しかないため、そこまで工業の専門知識は無いが、現代人の感覚からみても多分間違いないと思う。
検証の段階なので馬で引いてみせるわけにはいかないし、そういう構造にもなっていない。
とりあえずは人が引いて検証することとなった。
その検証をしている間に、岡部さんたちは上部構造の設計に取り掛かることになった。
俺のスケッチどおり進めるなら、馬車は四輪で、前二輪と御者台が一体だがその後の構造は、いわばトレーラーのように前の二輪に引かれる形で、カーブで折れ曲がるようになっている。
これは小回りが利くようにという意味もあるが、後部の構造を目的に応じて変えられるようにするためである。
荷車としても、乗合馬車としても、兵員輸送車としても、後部構造を取り替えるだけで使えるようにするという、我ながら画期的なアイディアである。
もしかして将来的には大砲なんかも積んで、自走砲みたいな使い方も出来るかもしれない。
そうなれば本当にブリッツクリーク(電撃戦)の再現である。
そう考えると思わず口角がニマニマと怪しく動いてしまう。
ただの妄想でしかないと、分かっているんだけどね。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
ものづくりって大変だけど、楽しそうと思う今日この頃。
ひきつづきよろしくお願いします。




