35 おにぎりの功罪
諸事情により妙な時間になってしまいました。
森さんと二人きりで茶室に入り、とりあえずお茶を入れようとしたのだが、それすらも遮っていきなり問い質してきた。
「大谷殿!いったい三人衆に何を吹き込んだのじゃ!」
「三人衆ですか?」
「特に桑原殿じゃ。一昨日会った者から聞いた話では、もはや寝返るは時間の問題になっていると言うではないか」
「ああ、その件ですか…」
「安藤殿も先日会った際、同じような話をしておった」
「でも私、稲葉さんには会ったこともないですよ」
「稲葉殿は安藤・桑原に同調すると言っておるそうじゃ。先週まではそんな話にはなっておらん」
「うーん、これは言ってはいけないことになってるんで…」
「お主は竹中重治の担当であろう。そちらはどうなのじゃ」
「彼もその話に加わっています」
「お主が仕掛けたのか?」
「いえいえ、そんな大それたこと出来ません」
「では誰が糸を引いておる」
「多分安藤さんが仕掛け人かな。でも実は半兵衛の思惑通りに動いてるだけかも知れませんが」
「どうも話が見えぬな。お主はいったい何をしたのじゃ?」
「うーん、お弁当と差し入れを持って行って、あと、葬式に出たぐらいですかね」
「某を愚弄する気か?弁当だと?そんな物で人心が変わるわけがなかろう!桑原殿はその数日前に墨俣を襲っておるというのに!」
「まあ、そうなんですけどね。なんて言うか、美味しい物を食べさせて国力の差を悟らせる作戦?そんな感じです」
「たわけが!!どれほど食い物が美味かろうと、それだけで主君を裏切る所まで行くわけ無かろう!その時に何をしたか、何を言ったかじゃ、聞きたいのは!」
そんなこと言われてもなぁ。
ホントにそれだけなんだけどなぁ
「女子が口をとんがらかすな!」
「いやいや、そんなこと言われましても、ホントにそれだけなんですって」
「よし、そこまで言うならそれを食わせてみろ!」
「え?」
「ワシにも同じ物を食わせろと言っておる!」
「わかりました、少しお待ちいただきますが、よろしいですか?」
「ここで待っておる!」
「では、半時ほどお待ちを…」
まいったなぁ。
何あんなに怒ってるんだろうな。
顔、真っ赤にして身体に悪いだろうになぁ。
とりあえず、お茶だけ出して、おにぎりを作りに台所のある本殿に向かう。
さすがに残り物というわけにもいかないので、予備として用意していた鶏肉で唐揚げおにぎりでも作るか。
あぁ、でもマヨネーズが無いな。
仕方ない、作るか。
あと、マグロのフレークも残っていたな。
それで十分だろう。
まずは、マヨネーズを作る。
これが出来ないと、後が続かないので自家製マヨネーズに全身全霊を賭けるべし。
卵と酢と塩を用意する。
基本的にはそれを混ぜるだけである。
本当は胡椒があればなお良いのだが、さすがにそれは無理というもの。
ヨーロッパ人がそれを得るために、どれほどの血と汗と涙を流したことか。
卵をまず卵黄だけにして、十分に撹拌しておく。
そこへ菜種油を少量ずつ加えながら混ぜ合わせる。
完全に混ざったら酢を加えていき、最後に塩で味を調える。
これだけである。
うーん、久々のマヨである。
ちょっと味が薄い気もするが、唐揚げと混ざることを考えるとこのぐらいが良いかもしれない。
問題は唐揚げだが、こちらも胡椒が無いので代わりに山椒を使う。
まず、鶏肉を一口大に切って醤油、酢、酒、塩、山椒を混ぜたものに30分ほど浸け置く。
味がしみ込んだら汁気を切って片栗粉をまぶして、後はやや高温の油で揚げて出来上がり。
これをさらに小さく切ってマヨネーズを掛け、マグロフレーク入りおにぎりに入れて持って行った。
森さんは、最初マグロ入りご飯を丸めただけだと思ったようだが、中から唐揚げが現れたとたん、血相を変えた。
「な、何じゃ〜これはっ!!」
と、誰かさんと全く同じリアクションを取ったので、思わず笑ってしまった。
おにぎりとこちらを目をひんむいて交互に睨んでいる。
やはり、現代食はそれほどまでに衝撃的なのだな。
ちょっと高カロリーな感じだが、忙しい森さんにはちょうど良いかもしれない。
こうなると、レタスが欲しくなるよねぇ。
どっかに生えてないかな?無いよねぇ。
※ありますよ、レタス。
えっ!?うそ!
もう日本に入ってきてるの?
※萵苣または掻き萵苣として、中国経由でかなり以前から入って来ていますよ。
なに〜、早く言ってよ〜。
マヨとレタスでもう唐揚げは完璧じゃない。
まあいい、それはいずれ料理として出すとしよう。
とりあえず携行食としてのおにぎりである。
笹で包んで紐で結んでおけば、真夏でなければ一日は持つので、ちょっと遠出ぐらいの時はちょうど良いのだ。
一心不乱に食べている森さんに、そんな話をしつつ生暖かい目で見守る。
おにぎり2つを、ものの5分で食べ切ると、お茶を一服啜って満足そうな顔をしている。
しばらくそうしていたが、ふと、我に返るとこちらに向き直り、深々と頭を下げた。
「この森可成、生まれてこのかた、これ程旨い飯は食ったことが無い。某が悪かった。これを桑原殿にも?」
「同じ物では無いですが、桑原さんと不破さんに、4種類ぐらい作って持って行きました。あと、別の日にもっと豪華な海鮮寿司弁当とかも」
「何と!大谷吉子恐るべし!」
「やめてくださいよ、何か悪いことしてるみたいじゃないですか」
「いやいや、敵将を胃袋から籠絡するとは、誰も考えつかぬ方策じゃ。竹中殿もこれでやったのか?」
「いえ。先日お亡くなりになった竹中さんのお父上に、雑炊を持ってお見舞いに行ったのですが、その際お父上に大層喜んでいただいたので、おそらくそのせいだと思います」
「なるほど!お主だけは敵に回さぬようにいたそう」
「すみません、出過ぎた真似をしまして」
「うむ、しかし結果良ければ全て良しじゃ。むしろ良くやってくれたと言うべきじゃな」
「そう言っていただけると、たすかります」
「それで…じゃ。この件は不問に致す代わりと言ってはなんだが、この「おにぎり」とやらはその、もう残っておらぬのか?」
「ああ、お土産にするんですね。分かりました、ご用意しましょう」
「あいすまぬ」
8つぐらいおにぎりを持って、満面の笑みをうかべ森さんは帰っていった。
何か食で天下を取る的な「食○のソーマ」みたいなことになってきてるなぁ。
その2日後、予想通り信長さんから呼び出しを食らってしまった。
こりゃあらかじめ、お弁当を持っていった方が良いんだろうな。
そう思い、およそ10人分くらいのおにぎりを笹で巻いて肩から掛けて出かけて行った。
重っ!
もう、絶対馬車作るぞ。
宣教師に会うのなんか待ってられるか。
※ご自分で作るのなら、木工のスキルが必要になりますがよろしいですか?
もう待ってられないよ。
何かこのところ、一人で運ぶにはちょっとしんどいってのが多いのよ。
誰か木工のスキルとか持ってたっけ?
※木下秀吉さんが持ってますね。
ああ、そうか。
でもあいつ忙しそうだしな。
※大丈夫じゃないですか?
彼なら一日もあれば完成できると思いますよ。
そうかあ、じゃあ今度頼んでみるか。
清洲まで一人で行こうとしたところ、なぜか新九郎が付いてきた。
大丈夫だと言ったが、聞き入れてもらえなかった。
襲われたって話が、よっぽどショックだったんだな。
そういうことなら半分持ってもらおうと、おにぎりが入った笹の束を渡す。
はあ、随分楽になった。
信長さんに呼ばれた理由は、案の定、調略に関しての話であった。
森さんから、ご注進があったのだろう。
こちらが予めおにぎりの束を用意してきたことを言うと「さすがは吉子じゃ!」と言って、食べる前から褒美を戴いてしまった。
重箱に入った目録のようなものを戴いたのだが、物は字が達筆すぎて良く分からなかった。
内容は後で確認するとして、とりあえず目録は新九郎に持たせて、皆さんでおにぎりを戴く会へと移行する。
参加者は、丹羽さん、森さん、佐久間さん、滝川さん、池田さん、柴田さんである。
今回持って来たおにぎりは、ウチの家臣の中でも一番評判の良いツナマヨと鶏飯のおにぎりである。
海苔の代わりに紫蘇の葉で巻いて食べていただいた。
抹茶だと、おにぎりとは合わないので煎茶をわざわざ入れて戴いたが、それがまた評判が良かったようだ。
とにかく皆さん一心不乱に食べる食べる。
日頃美味しい物食べてるはずの信長さんでさえ、欠食児童のごとく貪り食っていた。
そして食べ終わってから目録の箱がもうひとつ追加されてしまった。
「お主のやりかたが、ようやっと分かったわ。これを食べさせられれば、このような贅沢な戦飯を食っておる相手には勝てぬと悟るであろう」
「恐れ入りましてございます…」
「やはりお主を膳奉行にしたのは間違っておらなんだ。これからも励むが良い」
「ははぁ!」
その後話題は犬山城攻略に移り、周辺の調略が予想以上に早く進んでいるので、小牧山城の築城を急ぐ必要があると言うことで、丹羽さんの責任で築城の準備を進めているが、もう一人補佐を付けたいという話になった。
そこで、俺は秀吉を推挙しておいた。
奴も忙しい最中だと思うが、ここで一発手腕を見せつけておけば、その後の出世にも拍車が掛かろうと言うものだ。
他の人たちもそれぞれが推す補佐役の人事案を見たところ、滝川さんと池田さんも秀吉を推していた。
信長さんは追って沙汰をすると言っていたが、ほぼ秀吉で決まりだろう。
ただ、徳川との同盟がまだ正式に纏まったわけでは無いので、同盟が決まってすぐに築城にかかることになっている。
だが、普通のやり方をしていてはどう見ても三ヶ月はかかる。
それではせっかくこちら側に付いた大沢次郎左衛門も、心変わりをするとも限らない。
そこで、墨俣でスピード築城をやり遂げた秀吉に協力してもらおうと言うことになるのだろう。
臨時の調略会議(おにぎり試食会)は、これで一応お開きとなったが、おれと森さんだけ残れと言われた。
恐らく、美濃攻略についての個別の案件でもあるのだろう。
他のメンバーや、小姓達が全て出て行き、三人だけになると信長さんが話を始めた。
「吉子の類い希なる料理の才で、予想以上に調略が進んでおる。それは結構な話であるが、順調すぎるのも色々と困りものでな、浅井との同盟の話も未だ進んでおらん」
「すみません、私もこんなに速くことが進むとは考えておりませんでした」
「責めているのではないぞ、聞けば美濃から帰る道で、何者かに追い回されたというではないか」
「げっ、どこからその話を?」
「某じゃ」
森さんがそう言うと、こちらに向き直り神妙な顔をして見せた。
「実は、大垣の城下町に某の部下を潜ませてあったのだが、昨日お主の城から帰った時に報告を聞いたのだ」
「一人で竹中重元の葬儀に行ったそうだな」
厳しい顔で信長さんが問い質す。
もう、ここまで全員から言われるとは思わなかったな。
「はい、私しか呼ばれなかったので、大勢連れて行くのはまずいと思いまして」
「たわけめ。最低でも10人は護衛を付けよ。今はそれだけの身分となったことを知れ」
珍しく厳しい口調で咎め立てされた。
これまでがあまりにも脳天気すぎたと言うことだろう。
ここは素直に謝るほかは無い。
「申し訳ありません」
「用心棒の当てがなければ申し出よ、こちらで用意するぞ」
「そうですね、では暫くの間だけでもお願いできますでしょうか。いずれ自分できちんと雇いますので」
「あいわかった」
森さん、間者を放っていたというなら、敵の正体を知っているかも知れないな。
「恐れながら森様。襲った連中に心当たりはありますでしょうか?」
「密偵によれば襲った敵の頭目は、恐らく三雲賢春と思われる」
「ん?誰ですか?」
「三雲と言えば六角じゃな」
「六角さんがなんでまた」
「三雲家と言えば甲賀者の代表格。三雲賢持が現当主で賢春はその子じゃ」
「甲賀者ですか、じゃあやっぱり暗殺しに来たのかな」
「暗殺する気は無かったのではないかと某は踏んでおる。相手が女子1人だったのでちょっかいを出してみたかったのじゃろう。それがまさか反撃してくるとは思いもよらなかったと言うところではないかな」
「部下が討たれたことで、頭に血が上ったとみえる。所詮青二才よ」
信長さんが吐き捨てるように言うが、こちらの不用心さにも非があることを暗に含ませているようだ。
「しかし、よく1人で8人も倒せたものじゃ。褒められたことではないが、お主を侮るとひどい目に遭うことがよく分かったわい」
「恐れ入ります」
暫くこちらの様子を見ていた信長さんが意を決したように言った。
「お主に新たな命を下す。今の領地の東側30町歩を新たな領地として加え、向こう三ヶ月は開発に専念せよ」
「えっ!?それは加増ということでしょうか」
「結果的にはそうなるのかも知れぬが、あの周辺は沼地のため開発に手間がかかる。三ヶ月では足らぬであろうがお主なら、良い手を思いつくやもしれぬからな」
「ははっ!ありがたきしあわせ〜!」
「そして一時の措置であるがお主の護衛役に、前田又左衛門利家をつかわす」
「えぇ〜っ!前田さん!?」
ここまでお読みくださりありがとうございます。
なかなか美濃攻略に取りかかれませんねぇ。
次回は馬車の製作かな?
ひきつづきよろしくお願いします。




