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32 三顧の礼

やっと半兵衛登場です

 約束通り、大垣城、不破城の前を通っても、咎められることはなかった。

 今回は二人連れで、しかも小六は馬子のような格好をしており、少しばかり馬を走らせても違和感が無かったというのもあるのだろう。

 およそ3時間ほどであっけなく菩提山城に到着した。

 城門に着いて驚いたのは、門前に竹中半兵衛重治本人が出迎えてくれたことだ。

 そして、一番驚いたのが竹中半兵衛が本当に「美人」だったことだ。

 美形という言葉では足らない、まさしく美しい人であった。

 ヤバい、惚れちゃいそう…。

 俺が惚けた顔で半兵衛を見ていたら、向こうから声をかけてきた。


 「ようこそお越し下さいました。お話は桑原様から伺っております。私が竹中重治です」

 「あ、ども、大谷です…」

 「狭いところですが、どうぞお入り下さい」

 「あ、はい、失礼します」

 「失礼ですが、お連れ様は…」


 おっと、言われるまで、紹介するのを忘れていた。

 名乗らない者を通すわけに行かないので、竹中さんの方から聞いてくれたのだ。


 「あ、これは蜂須賀小六というつまらないものですが…」

 「蜂須賀様と言えば、美濃では名の通ったお方。けしてつまらない方では…」


 ああ、何だろう。

 テンパってるな俺。

 どうも、昔から美人に弱くていけない。

 しっかりしろ、男だぞ向こうは。

 俺は女だけどな。


 菩提山城は標高400mほどの小さな山の山頂に作られた山城で、重治の父、重元が建てた城だ。

 その重元は現在病に伏せっているという。

 そのため一応お見舞いという形で、今回は雑炊を持って来たのだ。


 「あの、お父上がご病気と言うことで、こちらお召し上がりになれますかますかどうか分かりませんが…」

 「何でしょう?鍋ですか?」

 「雑炊です。暖めていただければ、すぐ食べられるようにして持って来ました」

 「これは、ありがとうございます。後ほど食べさせていただきます」

 「えー、生ものではありませんが、なるべく早くお召し上がり下さい」

 「はい、では後ほどすぐに」


 そうかぁ。

 そりゃすぐに食べるわけ無いよね。

 これまでは目の前で食べてもらってたから話が早かったけど。

 作戦失敗かぁ。


 「さて、わざわざ雑炊を届けるために、三度もお越しいただいたわけでは無いでしょう。お話を伺いましょう」

 「あー。まあ、お話しと言うほどのことも無いんですが…」


 うーん。

 どうしよう、何も考えてなかった。

 しょうがない、もう小細工は無しだ。


 「単刀直入に伺います。斎藤家を離れる気は無いですか?」

 「いやぁ、気持ちが良いほど真正直な質問ですね」


 笑った顔がまた良いなぁ!

 馬鹿にするでも無く、涼やかな笑顔って奴ですか?

 いつか間違いを犯しそうで恐いわ。


 「すみません、話すこと何も考えてなくて」

 「話すことを考えてないのに、会いたいと仰るとは変わったお方だ」

 「申し訳ありません。お会いすることが目的になってました」


 こちらが全くの無策で来たことに、多少あきれたような顔をしたものの、少し考えてから、逆にこちらに質問をしてきた。


 「それ程までに私に拘るのは何故でしょう?私などただの若輩者で斎藤家では下っ端の方ですのに」


 まさか、自分の価値に気付いてないとか?

 いや、そんなはずは無い。

 俺の口から言わせたいんだな。


 「それだからですよ。その若さで織田軍を手玉に取った手腕を信長さんは高く評価しています。織田家であればもっと重用されることは間違いないでしょう」

 「なるほど、斎藤家での扱いに私が不満を持っているとお考えなのですね」

 「そうでは無いと?」

 「不満はありません」


 相変わらず涼やかな笑みをたたえて答える。

 うーん。不満がある人間の態度じゃ無いな。

 こりゃ難しいかな?


 「ですが、正直申せば不安はあります」

 「不安ですか」

 「我が当主斎藤龍興様は、不遜なことを言わせていただくならまだ子供です。それ故、人を見る目が育っておりませぬ。私の扱いなどより、家老である三人衆のことも、口うるさい輩と遠ざけていることの方が心配なのです」

 「なるほど、桑原さんなど特に不満がありそうですね」

 「そう!大谷様が桑原様を撃退なされたと伺って、どれほどの猛女が来るのかと恐れておりましたが、これほどお美しい方とは思いもよりませんでした」

 「いやいや、照れるなぁ。あれは桑原さんがそもそも攻める気が無かったからで、私は嫌がらせをしただけですよ」

 「聞けば、大谷様はそのお年で既に自らの城を築かれたそうで、それも今までに見たことも無い素晴らしい城ともっぱらの噂ですよ」

 「いやいや…」


 あ、これは上手く乗せられてるな俺。

 話を変えてうやむやにしようとしてるな。

 食えない男だねぇ。


 「えー、ダメですよそうやって話をはぐらかそうとしても」

 「おや、これはしたり。さすがは織田様に見込まれるほどのお方。ただ正直なだけでは無いようですね」


 こいつ、ここで俺がおだてられて帰れば、ただそれだけの者と断を下すつもりだったようだな。

 やっぱり只者じゃねぇな。

 じゃあ、こちらもすこし寝技を掛けていきますか。


 「ところで、お父上のご容体はいかがですか?」


 その質問をしたとたん、一瞬にして顔色が曇った。


 「やはり、そちらからきますか」

 「いやいや、策とかそう言うことでは無くて、正直な話どうなのです?」

 「医者に言わせれば、明日身罷ってもおかしくないとのこと」

 「そうですか、それはご心配でございますね」

 「既に1年の長患い故、覚悟はしております」

 「差し支えなければ、直接お見舞いしたいのですが」

 「はてさて、会ったこともない父に何故そんなに拘るのでしょう」


 突如として警戒心を露わにしてきた。

 まあ、そうだよね初対面の人にそこまでされる理由が無い。

 こちらの下心まで見抜いているかはともかく、何かを企んでいることは気付いているのかも知れない。

 単純に現代人の目から見れば治療法があるかもしれないという希望的観測だけだからな。

 ただまあ、余命幾ばくもないところまで重症になってしまったなら、たとえ治療法が有っても難しいかもしれないな。

 それでも言い出した理由を説明しない訳にはいかない。


 「私、食べ物とその栄養について少し詳しいので、もしかしたら治療する方法がわかるかもしれないと思ったものですから」

 「食べ物と栄養?ですか?薬膳料理のことですか?」

 「それともちょっと違うのですが、どちらかといえば西洋医学に近いかな」

 「ほう、南蛮の医術ですか」

 「医術とまでは言えないな。健康になるための知識、といったところですかね」

 「いいでしょう、ただ死ぬのを待つよりはよっぽど良い」

 「恐れ入ります」


 半兵衛に連れられ、彼の父親の病床に向き合った時、俺は自分の浅ましさを呪うと共に猛烈に後悔した。

 父親、竹中重元はやせ細り青白い肌をし、周囲には血で汚れた手ぬぐいが散乱していた。

 見るからに死期が近いことを窺わせると共に、おそらく肺結核と見て間違いないだろう。

 これは竹中さんに悪いことしたな。

 変に期待を持たすようなこと言って。

 正直、何と声を掛けて良いのかわからない。

 こちらの表情を読みとって、竹中半兵衛は理解したのだろう。

 突然の見舞いの理由を父親に説明し始めた。


 「父上、こちら大谷様と仰る方で、初対面にも拘わらずお見舞いをしてくださいました。雑炊を差し入れてくださいましたので、後で戴きましょうね」

 「大谷です。ご療養中にお伺いしましてご無礼いたしました。少しでもお力になればと粥よりは雑炊と思い、お持ちしました。お口に合えば幸いでございます」


 それだけ言うのが精一杯であった。

 もう早々においとまする他は無いな。

 そう思っていると、重元が掠れる声をおして何か訴えてきた。


 「…いま…たべ…たい…」

 「今ですか?」

 「いま…すぐ…」

 「分かりました、少しお待ちを」


 半兵衛はこちらに向き直ると目で合図して、一緒に来るよう促す。


 「あ、ではお手伝いいたします。お邪魔しました、失礼いたします」


 慌てて、半兵衛の後について部屋を出た。

 客間に置いたままの鍋を取り、厨房へ向かう。

 小六は置いてきぼりを食らって、少々不服そうな顔をしていたが、俺のテンパった顔を見て状況を何となく察知したのだろう。

 そのまま待っていてもらおう。

 半兵衛が既に竈に火を入れて待っていたので、そこに土鍋をドンと置いて、持って来た薬味を入れるため蓋を開ける。

 その中身を見て半兵衛が驚いた。


 「随分と豪華な雑炊ですね」

 「すみません、あそこまでお悪いとは思いもよりませんで…」

 「あ、いえ、それは構わないのですが、これほどの食材を揃えるのは大変だったでしょう」

 「そうですねぇ、まあでも尾張ですべて揃う物ですし、楽市で買えばさほど値段も高くありませんので、手間と言えば市場から城まで持って来るのが大変だったくらいですかね」

 「いえ、ご領地では皆さん白いご飯を食べているのですか?」

 「あ、そっちですか。そうですねわりと頻繁に。まあ、白米だけだと栄養が偏るので、他の食材で補ったりはしてますけど」

 「その栄養の意味が良く分からないのですが、食べ物の養分ということですか」


 ※栄養という言葉は明治時代以降になって中国の医学書「脾胃論」に由来する言葉として「営養」という表現で使われはじめ、1918年に佐伯矩さえきただすによって「栄養」に統一されました。


 あー、いつも○ィキペディアな注釈、ありがとうございます。


 ※いえいえ、今回はウィ○ペディアじゃありませんよ。

  コトバ○クです。


 どっちでもええわっ!

 ふう、まあおかげで、少し落ち着いたわ。


 「そうです、食べ物には色々な種類の養分が含まれてるんですが、欠けてはいけないものがいくつかあるんです」

 「なるほど、それが大谷様の仰る健康になるための知識と言うことですね」

 「そうなんです。ですが今日は本当に出過ぎた真似をしたと後悔しております」

 「いえいえ、父もこの雑炊を見れば、きっと喜ぶでしょう」

 「そんな…申し訳ない…」


 こちらが恐縮しているなか、半兵衛はむしろ嬉しそうな顔をしている。

 鍋がぐつぐつと煮え始め、薬味を入れてかき回していると、出汁の香りが厨房を満たしていった。

 その様子を見ていた半兵衛は「一口よろしいでしょうか?」と聞いてきた。

 普段なら「大丈夫ですよ毒など入っておりませんから」という軽口の一つも出るところだが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 しかし半兵衛は一口啜ると目を見開いて「美味しいですね!」と喜んでくれた。

 いやぁ、気つかわしちゃって申し訳ないな。


 その後、鍋を少し冷まし、半兵衛は再び父の所へと向かう。

 行きがかり上、付き合わないわけにもいかないので、一緒に付いて行く。

 非常に気が重かったのだが、鍋の蓋を開けた時の重元の顔が実に嬉しそうだったのが唯一の救いだろうか。

 レンゲで三口ほど食べて満足したのか、俺に向かって礼を述べてくれた。

 その顔がまた実に嬉しそうで、こちらの動機が不純だっただけに、罪悪感に苛まれるのだが、喜んでくれたのなら良しとするか。


 鍋を厨房に置いて、我々は再び客間に戻ってきた。

 もう今日は純粋にお見舞いだけにしておこう。

 調略の話はお父上が亡くなり喪が開けてからだな。

 小六には小声で、今日はこれで帰ると伝え、彼もそれでうなずいた。

 だが、事態は思わぬ方向に向かった。

 急に半兵衛がこちらに深々とお辞儀をしたのだ。


 「大谷様。本日はお見舞いいただき本当にありがとうございました」

 「いやいや。逆に申し訳なくて、本当に失礼いたしました」

 「いえ、父上があのように嬉しそうな顔をしたことは、今の今まで無かったのです」

 「えっ?そうなんですか?実に自然な笑顔だったように思いましたが」

 「そうですね。とにかく厳しい父で、元気な時でもあのような笑顔を見せたことはありませんでした。ですから大谷様には本当に感謝しているのです」

 「そう言っていただけると、あの鍋も意味があったということで、救われますです」

 「大谷様は父をどう見ましたか?医者は労咳ろうがいだとしか言わず、さしたる治療もしなかったのですが」


 さて、本当のことを言うべきか。

 まあ、今後半兵衛自身の健康にもかかわる問題だしな、正直に伝えるか。


 「そうですね、その見立てに間違いは無いです。ただ、もう少し早い段階であれば対処法は有ったと思います」

 「治ったかも知れないと?」

 「いえ、治ることは難しいでしょう。労咳とは感染症…つまり流行病の一種です」

 「では、感染うつると言うことですか」

 「その通りです。病気の元になる目に見えぬほど小さい菌という物が有りまして、それに冒されると身体の臓器が破壊され、最後には死に至ります。この臓器が冒されていく過程で、例えば咳などをするとその飛沫に菌が付いており、他の人がその飛沫を吸い込んだりすると菌が感染ります。普通の健康な人であれば、ちょっと菌が付いたぐらいでは病気にはなりませんが、身体が弱っている時とか子供や老人などはそれで病気になってしまうことがあります」

 「その菌を殺す薬は無いのですか?」

 「今はまだ無いです。遠い未来には可能になるかも知れませんが、今は無理です。だから身体を健康に保つ以外に予防法はありません」

 「身体を健康に保っていれば、病気にはならないということですか?」

 「絶対ならないとは言えませんが、ある程度は押さえられると思います。年齢を重ねても食事に気を配り、体力を維持出来れば病気に対抗することが出来ます」

 「なるほど、もう10年早くお合いしていれば、父はもう少し長生き出来たかもしれないですね」

 「いやいや、まだ闘病中じゃないですか」

 「さすがにもう諦めていますよ。ただまあ、死ぬ前に美味しい物を食べられて良かったと思っています」

 「恐縮です」

 「先ほどのお話ですと、私も既に感染ってしまったと考えるべきでしょうね」

 「ええ、その可能性が高いです」

 「それで、私がふつうに暮らすなかでも、咳もすればくしゃみもします。それにもその菌が付いているわけですよね」

 「竹中様自身が健康であれば、さほど心配はありませんが、身体が弱っている人には近づかない方が良いかもしれません」

 「そうですか。有り難うございます。そのお話が聞けただけでも今日お会いした意義があったと思いますよ」

 「そう言っていただけると、こちらも少し気が楽になります」

 「今度、もっと詳しくその健康について、聞かせてください」

 「え、今度?」

 「おや、もうお会い頂けないのですか?」

 「いえいえいえ、ご希望とあらば、何度でも」

 「そうですか、ではまた近いうちに」

 「あ、はい、ではまた」

 「今日は色々と有り難うございました」

 「こちらこそ失礼いたしました。それでは」


 とまあ、結論は出さず体よく追い出されたと言えなくも無いが、少しでも気持ちが伝わったのなら成功と言えるのかな。

 本当なら隔離して、誰も近づかないように指導するべきだろうけど、死期が近い実の親だし、それも言いづらいよな。

 帰途についた我々は、領地に帰るまでほとんど何も話をしなかった。

 そして竹中重元死去の知らせが届いたのは、訪問から五日後であった。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

礼服のサイズが合わないことに、今日気付きました。

自分がいつ死んでも良いようにするのに悩むことも多いのですが、人がいつ死んでも良いようにするのも大事ですね。

社会人なら。

社会人で無いなら問題ありません。

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