15 第2回村長会議
前回同様、小樽まで大きな船で行き、今回はそこから小舟で石狩川を遡上する方法にした。
足腰の悪い今井さんが居るためだが、前にも言ったとおり、時間的にもあまりお得ではない。
歩かないで済むと言うだけだ。
しかし今にして思えば、馬車にすれば良かったと思ってしまった。
小樽から札幌までは、特に街道が整備されているわけではないが、比較的平坦で、人が頻繁に行き来するため自然と道ができているのだ。
道が細いので、馬車で行くと、他の人の迷惑になると思ったのだが、避けられるくらいのスペースは十分あったように思う。
馬車なら船で行くより、半日以上時間を短縮できただろう。
まあ、次からはそうするかな。
大きく蛇行している石狩川を船で遡上するのは、かなりの忍耐を要する。
グルッ〜と大回りして、さっき曲がった場所のほんの数メートル先に戻ってくるという、この歯がゆさが耐えられない。
その陸の部分を、船を担いででもショートカットしたくなる誘惑に抗しきれない。
そんな俺の様子を、タンタカはニヤニヤと眺めている。
「和人てのは、誰でもそうなるんだな」と、日本人全体に対する印象として、気ぜわしい、短気である、無駄を嫌うことを挙げていった。
これはやはり俺だけでは無かったと、安心すると共に、アイヌ人との根本的な差を実感させられた。
とにかく、流れに身を任せることが彼らは得意というか、無駄な抵抗をしないというか、なるようにしかならないと達観しているのか、常に悠然と構えている。
俺とか今井さんは、どうにかしてもっと良い手はないか常に考えてしまうのだが、それは日本人の強みでもあるが、他ののんびりした民族からすれば、「何をそんなにあくせく働いているのか分からない」というところだろう。
日本人の職場文化で、「上司に言われる前に自分で仕事を見つけろ」というものがある。
最近はどうだか分からないが、俺が会社員だった時はそれがまだ健在で、つまり、職場内で全員分のコーヒーを用意するとか、そういうことは上司に命ぜられずとも自発的に行うべきことなのだ。
この自発的な部分が、自分で見つける“仕事”なわけだが、もちろんそんなものは給料には含まれない。
だが、給湯室に湯沸かしポットがあって、全員分のカップが用意されていたなら、それを行うのは新人の役目という暗黙の了解がある。
それと同じように、自発的な仕事を発展させて上りつめていったのが秀吉であり、それを定着させたのは丁稚奉公の文化である。
一見穏やかに見える日本人の文化は、いわゆる影働きにおいては厳しい競争社会である。
穏やかに振る舞って、人に迷惑を掛けぬよう気配りを欠かさない一方で、人知れず努力し、表立って評価はされないけど、気遣いが出来る、目端が利く人材は次第に重用されていく。
その影の働きで評価を得ることが、実は競争を生き抜く上で重要なのだ。
仕事の結果が同じでも、気遣いが出来る人からは、より多くのサービスを受けられることを誰もが知っている。
そのサービスも、単に良い思いをするだけでなく、余計な手間を省き最終的に効率アップに繋がることが多い。
だから、より重用され、それが出来ないものは淘汰されていく。
この気遣いの文化は、実は隠れた競争社会の賜物でもあるのだ。
そういった文化的背景は、アイヌの知る由ではないし、それを彼らに求めるのは酷というものだが、日本と商売をする上で、これは結構重要なポイントとなるだろう。
これを分かっているかどうかで大きく違いが生まれる。
だから、いずれ彼らにもそれを理解し、対応を求めることも必要になってくるだろう。
これには、日本の無駄に高い教育水準ってものも影響しているのかもしれない。
そういう意味では、ここでも学校は早めに作っておきたいところだ。
はたして生徒が来るかどうか分からないが、少なくとも日本語を教える学校は必要だろう。
その中で、お互いの文化も伝え合うようになれば、今後交流を深める上でも、大きな助けになるに違いない。
次からは絶対に馬車で来るぞと心に誓いながら、今井さん親子共々、多くの村長たちが集まる会合に参加することが出来た。
全てのコタンから村長が来た訳ではないが、北からも東からも代表者が来てくれたことは大きな進展だ。
どんなヤツが日本の代表になったのか、興味があったこともあるのだろうが、これにネコ車が果たした役割は大きいだろう。
あるコタンからは、村長をこのネコ車に乗せて、運んで来た者も居た。
ちょうど椅子のように座りやすい形になっていることもあってか、ミニ人力車のような使われ方もしているようだ。
地面の凹凸が直接伝わるので、決して乗り心地が良いはずはないだろうと思うが、意外にも車輪というものがアイヌの人達にとっては新鮮な驚きがあったようだ。
テコの原理と車輪の効果で、1人の力でも大きな作業が出来ると初めて気付いた者も多かったのだろう。
ネコ車のもたらした影響は、俺たちが感じる以上に大きなものだったのかも知れない。
全体会合で、俺の目的が北海道の支配ではなく、その地下資源にあること、農業生産を拡げたいこと、商売を活発化したいことなどであることが分かると、彼らとしても十分共存の余地があると感じてくれたようだ。
特に我々の持っている優れた技術は、彼らに、このままでは知らぬ間に世界から取り残されるという危機感を抱かせたようだ。
鉄砲の存在はもちろん彼らも知っていたが、当初は自分達に必要無いと思っていたものが、試しに使ってみると、1人でも狩りが出来ることに気づき、今では普通にヒグマを撃つ時ときなどでも重宝していると聞く。
つまりは食わず嫌いだった訳だ。
矢とか槍では到底おぼつかない相手でも、銃なら一撃で、しかも1人で倒せてしまうので、狩猟が村の一大行事ではなくなってきた。
そのため、ヒグマなどは、神格化されたカムイより少し格が下がってしまったかもしれない。
ただ、火縄銃には火薬の臭いで悟られるとか、雨の日に使えないとか制約が多いことも事実で、何より高価なこともあって、そこまで普及はしなかった。
しかし、俺が最近持ち込んだボルトアクションライフルを見て、これが出回るようになったら、自分達に勝ち目がないことはすぐに分かったのだろう。
だから、こちらがわざわざ自分達に従えなどと言わずとも、自然発生的に主と従の関係が出来上がっていった。
ただ、彼らにも土地を持っている強みがあるため、そこはこちらも上から目線にならず、お金を払って土地を借りているという立場を理解して、対等な関係であることは常にみんなに言い聞かせておいた。
それより、むしろ同じ日本人の方が、俺の官位とか皇子様の母であるとかの理由で、やたらと皆さんへりくだってしまうのが、問題ではあるな。
そんな様子を見て、アイヌの人達は、実は俺は偉い人なのかとわざわざ聞いて来るのだが、彼らは俺が持っているお金がカムイだと思っていると伝えることにしている。
まあ、盛大な皮肉のつもりなのだが、あながち外れでもないところが、悲しい事実だ。
そんな感じで、結果的には会合は大成功で、今井さんもアイヌの海産物や反物などを、他より高く買い取ることを約束して商売を成立させることが出来た。
俺を通さず、直接堺とやり取りが出来るメリットは、彼らにとっては大きいだろう。
おそらく、蠣崎が得ていた利益は、相当なものだったはずだが、それはほとんどアイヌには渡っていない。
それが丸々彼らのものになるのだ。
こういったことを通じ、これまでのやり方が、いかに一方的なものだったかを彼らが理解することになった。
もはや二度と、彼らと取り引きをすることは無いと豪語するコタンの長も居たくらいだから、相当腹に据えかねていたに違いない。
これで、彼らが反抗的になることが抑えられるなら良いのだが、騙されまいと警戒する気持ちはそう簡単に拭えるものではないし、むしろ警戒をしながら商売をする方が健全と言えるだろう。
なんでも信じてしまうような、未成熟な感覚では、これから先、ヨーロッパの商人が来た時など、良いように言い包められてしまうからな。
人間不信ぐらいの方が良い、とまでは言わないが、そのくらい賢くならないと生き残っては行けないのだ。
そんな状況を良しとしないのは、もちろん日本の大名たちだ。
特に安東さんは、かなり俺に不信感を抱いているらしい。
まあ、それはそうだろうけど、あんたらがしくじったからこうなってるんだからね。
明らかに敵対するような相手でもない限り、最初から力で押さえつけようとすれば反発をするのは当然だ。
何代にもわたって迫害されてきた彼らを懐柔するのは並大抵じゃないんだからな。
共存する気など最初から無いヨーロッパ人たちは、いきなり滅ぼすつもりでやって来るから戦わざるを得ないのだが、それと同じ事をしてどうするんだと思う。
太古の昔からアイヌとは共存してきたはずなのに、和人の社会と同化しないからと言って排除するのは侵略と何ら変わらない。
そうやって彼らを本州から追い出し、北海道に押し込めた上に、さらにその北海道も取り上げるというなら、温厚なアイヌ人だっていつまでも大人しくはしていないのは当然だ。
ただ、日本の大名も生き残りに必死であるため、きれい事は言っていられないというのも分かる。
しかし、一方だけが利益を得るような関係は、長続きするわけが無いことは明らかだ。
いずれ不満が蓄積し、暴発すれば双方が損害を被る。
それは結果的に、互いに身を滅ぼすことになるのは歴史の常だ。
そんなことを言ったところで大名たちが態度をあらためないことは分かっているが、俺は彼らの代理人では無い。
それは最初に伝えたはずだが、どうも税金徴収人みたいな感覚でとらえていたようだな。
確かに立場としては、都落ちしたお局様には違いないので、いわゆる「殿様商売」をしに来たように考えたのかも知れない。
だが、最近、事が上手く運びそうな雰囲気が出てきたせいか、自分達が排斥されるという危機感を抱いているようだ。
まあ、その危惧は的外れじゃないし、最終的にはアイヌ商圏として独立も辞さないつもりだからな。
それが明らかになって、目障りになってきたのか、徐々に俺の権限を取り上げようという動きを見せているという。
恐らくは北海道からの利益が増えるか、アイヌとの交渉が上手く行ったと見れば、そこで俺を追い出して、漁夫の利を得ようと考えているのだと思うが、そのとたんに彼らの信用を失うのは目に見えている。
そこで、俺は北海道の権益そのものを、日本国の幕府直轄にするよう、関白にして我が義父である近衛前久に進言しようと思う。
それにはこの場で、それなりに商売が成立するようにならないと、難しいと思うので、まずはその体制を固める必要があるが、鉱山が本格的に稼働できればその見込は十分達成できるだろう。
そのためにはもう少ししっかりした貿易港が必要だな。
函館でも良いのだが、地理的に北海道の中心から遠い。
俺は苫小牧辺りが良いと思うのだが、タンタカがどう思うかだな。
ちょっと掛け合ってみるか。
全体会合が終わり、俺の存在は各村長に広く認められ、鉱山開発も自然を壊さないことを条件に進めて構わないことになった。
鉱山を掘る時には、少なくとも隣接するコタンと、その隣のコタンの了解を取りつけることも条件に含まれた。
そして、河川の汚染が彼らの一番心配することだった。
これは彼らに伝えてはいないが鉱山を掘ると、必ずと言って良いほど、地下水脈を痛めることになる。
だが、山を掘れば何が起きるかは、こちらが言わなくても彼らは理解しているようで、湧き水が失われたり、川の水が汚れたりすることが経験上分かっているのだろう。
この辺の技術的課題は、現場と相談しながら慎重に進めるしかないだろう。
地下水が出た時の退避施設や、その水が川に流れ込まないようにする措置も必要だ。
普通に掘るより何倍も時間が掛かるだろうが、これは必ずやらなくてはならない。
彼らの信頼を得るためにも、やり遂げねばならないのだ。
そのための基礎を固めるためには、アイヌ人ではなく日本人の鉱夫を集めなくてはならない。
アイヌ人が参加したいと言い出したら、雇ってもいいが、最初は日本人だけで始める必要がある。
特に最初の人材は、その後の鉱夫の教育や技術の継承など、重要な役割を果たすので、適当な人材ではダメだ。
しっかり人物を見極め、信頼できる人間を選ぶべきだろう。
この時代、そこまで都合良くリクルートできる仕組みは無いので、東北地方を中心に、人材募集のお触れ書きをバラ撒くしか無いのかも知れないな。
しかし、大名たちにとっても、人材の確保は悩ましい問題だ。
移住などが勝手に出来ないこともあって、基本的に人口が動くことはあまり無い。
飢饉や災害などがあった時に、村ごと無くなったり、避難のため移住せざるを得ないような時ぐらいしか、人が動くことが無いのだ。
さらに、戦国時代であることがそれに拍車をかけている。
一国を攻め落とし、支配下に置いた武将は、働き手を確保するため、土地に居た者だけでなく、他所から連れて来た者を開発に当たらせたりする。
そういった言わばエッセンシャルワーカーを確保するため、捕虜や犯罪者、身分の低いものを、懲罰的に過酷な労働に当たらせることが多い。
だから、こういうお触れ書きで集まる連中は、だいたいろくでなしみたいなヤツが多いのだ。
そういった人材は、初期の段階ではなるべく避けたい。
しかし、鉱山での労働など、まさしく懲罰的な労働そのものとしか思えないだろう。
やはり、労働のシステムから、考え直す必要があるな。
泥にまみれた男の力仕事、というイメージから離れるべきだろう。
逆に、女性でも可能な作業、だとしたらどうだろう。
そのためには、掘削作業などの大幅な自動化が必要だが、そんなこと出来るかな?
人力が使えないなら何処かから動力を確保する必要がある。
動物の力か、あるいは蒸気か。
蒸気だとボイラーが要るし、地下の閉鎖空間では事故の可能性が高まるから、ちょっと危険だな。
近くに川などがあるなら、水力も使えるかもな。
掘り出した石炭を運ぶにも、ネコ車だけじゃ足りない。
是非トロッコが欲しいところだが、果たして可能だろうか。
まあ、それはもっと大規模化が可能になってからだな。
とにかく、力仕事はなるべく機械化して、女でも働ける鉱山を目指すことにしよう。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
はたして無事鉱山を開けるのか。
アイヌの人権を守りながらの経営は可能なのか。
引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




