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16 医食同源

妙な時間ですみません。

 翌朝、吉乃さんに会って驚いた。

 体調が以前より良さそうなのである。

 甘酒が効いたんだろうか。

 節さんも聞いている状況と違うじゃないという顔をしたが、一応問診を始めた。

 聞けば、毎日三食の甘酒と蜂蜜入り豆乳を欠かさず飲んでいるそうで、最近になり少し固形物も食べられるようになってきたという。

 なんだ、回復してきてるんじゃない?

 だが、節さんによれば悪露は収まっておらず、腹痛と微熱は依然続いているので根本的な解決にはなっていないそうだ。

 節さんはいくつかの薬草類を混ぜ合わせ、煎じ薬をつくって、これを10日ほど飲み続けるようにと指示を出した。

 体力は思ったほど減っていないようなので、悪露が収まれば回復に向かう可能性が高いだろうと言ってくれた。

 「大丈夫、必ず良くなります。きちんと食事を取って頑張りましょう」と、節さんが吉乃さんを勇気づける。

 吉乃さんは涙を流しながらも、希望が見えたことで心持ち表情に明るさが見えるようになった。

 信長さんからもらった小箱を大事そうに抱え、いつの日かその簪(かんざし)を髪に着け、お披露目したいという気持ちになれたようだ。

 多分もう、大丈夫だろう。

 なぜここまで深刻な事態になったかといえば、単純に、それ以前の食事が酷すぎたのだ。

 とにかく縁起を担ぐなど、迷信に基づいた悪習が、こういった妊産婦の死亡といった悲劇の多くの原因だったのではないだろうか。

 粥(かゆ)しか食べていなかったと言うから、それでは身体が持つわけが無い。

 加えて吉乃さんは、この時代で言えば、そうとうな高齢出産である。

 その辺の産中産後のケアが、まだまだこの時代ではタブー視されていたことも、医療技術の進歩を遅らせた原因なのかも知れない。

 それはともかく、若干回復したとは言え、現状では栄養バランス的に鉄分、カルシウムが圧倒的に足りてないことは間違いない。

 さらに蔵に閉じ込められていることで、日も浴びていないので完全にビタミン不足になっているだろうから、その辺を補える食事も必要だ。

 現代の日本であれば、様々なサプリメントや、特保の飲料などがあるので便利なのだが、この時代、牛乳を手に入れることすら難しい。

 手軽に栄養価の高い食事が摂りにくいというのも問題である。

 だから、一度体力が落ちると、そこから持ち直すのがなかなか大変なのだ。

 そういったにわか栄養士的な知識を節さんに説明すると、彼女は目を丸くして驚いている様子だった。

 彼女の見立もまったく同様で、カルシウムと鉄分を同時に補う生薬を処方したという。

 そこに殺菌作用の強い生薬と、部分的にではあるがビタミンD、Bを補う物も加えて与えたそうだ。

 素晴らしい。

 そこまで言うから、こちらにも多少の医学の知識があると思ったのだろう、節さんは「脈の数が多くややこうみゃくのけがある」とか言ってきたが、さっぱりチンプンカンプンなので、俺が知っているのは栄養学という知識だと言うと、今度はむこうが??な顔をする。

 そう、この時代で医学というのは東洋医学1つしかない。

 西洋医学をはじめ様々な科学的な見地から見ることのできる現代人とは感覚が違うのだ。

 俺の見立とだいたい合ってるから、大丈夫だと伝え、その場は誤魔化したが、節さんがその栄養学というのを教えろとしつこいので、後で神様にテキストを用意してもらおうかな。


 ※ちょっと!そんな物ありませんからね!

  それはもうゲームの範疇を超えてるからダメです。


 なんだぁ。

 見てたんならこの流れ何とかしてほしいな。


 ※それは身から出た錆ですから自分で責任取ってくださいね。


 最近放り投げるねぇ。

 この時代で使える百科事典みたいな物ないの?


 ※無いです。

  終わり。


 冷たいなぁ。

 仕方ない、なんとか早めに医学の知識のある宣教師の人に会う必要があるな。

 西洋と東洋の医学のミックスがこの時代に望める、最も優れた療法になることは疑う余地が無い。

 ただ、それを行う場が無いのと、せっかく良い物を作っても必ずそれを排斥する動きが出るのは世の常である。

 そういったものとも闘っていかなくてはならない。

 それができるのは、この時代、信長しか居ないのだ。


 我々は暫く小折城に居たが、生駒家長は戻る様子も無いので、明日また訪ねると伝言を残し、今日は帰ることにした。

 墨俣から直接小折城に向かったので、自分の領地に節さんを案内するのは初めてである。

 そう言えば自分自身、仮の城まで道が通ってからは、まだ行って無かったな。

 行きも通った美濃路の道だが、気のせいか人通りが多くなってる気がする。

 それも荷車やら、牛やらで荷物を運ぶ人が多い。

 これも公共事業の経済効果ってヤツですかね。

 美濃路から城に向かう道を曲がると、城からだいぶ離れたところなのに、すでに畑などを作っているヤツが居る。

 農地の開拓は一応登録制になっているので、切り開いていると言うことは、ちゃんとこの城下町に住むつもりでいるのだろう。

 なかなか先の見えている農民ですな。

 やはり初年度無税というのが効いてるんだろうか。

 しかし、城までまっすぐ伸びる放射道路は、この時代では珍しいのだろう。

 節さんが頻りに感心している。

 大抵の城下町が、攻めづらくするために道をくねらせ、見通しを悪くするように作っているし、道も細い。

 だが、広くて真っ直ぐに中心に向かって伸びる道路は、やはり見ていて気持ちが良い。

 放射道路と交差する環状道路の周辺では、既に民家や商店などが建ちはじめ、随分と活気をおびてきている。

 ここから急に道幅が広くなり、荷車などが2台横に並んでもまだ余裕がある。

 将来的にはこの道幅のまま美濃路まで繋げる予定である。

 さらにその先の将来には、美濃路の街道ももっと道幅を拡げたいと思っているのだが、主要な幹線道路の管轄が清洲城の奉行にあるので、今の俺には手が出せないのだ。

 まあ、この地域が発展してくれば嫌でも道幅を拡げざるを得なくなるだろう。

 町子ちゃん達はつい先週、出来たばかりの仮住まい用の屋敷に全員移ってきたそうで、俺自身もまだ見たことが無い。

 街の建設を始めて約3週間、そんなに速く物事が進むはずが無いと思いつつも、うっすらとでも街の形が見え始めていることに一種の感動を覚えたりするのだった。

 シムシテ○ーで、まだそう家も建ってないのに、街のツアーとかやってみるあの感覚である。

 城に近づくにつれ、建物が密になってきた。

 兵舎と一般住民用の長屋はいくつか完成しており、既に入居している者もいる。

 兵舎は、雇い兵の宿泊先確保のため最優先で建てさせたから当然として、長屋にも随分と人が住んでいるようだ。

 農民はここには住まないので、入っている者のほとんどが人足か商人ということになる。

 縄張りが決まったことで、街の将来像が見えたのか、あるいは様々な誘致策のおかげだろうか、利に聡い商人達が住み着いてくれるのなら、街の発展は約束されたようなものである。

 後は、ここが戦地にならないよう頑張るしかない。

 兵舎の区画を過ぎ、堀割の工事をしているところに差しかかった時、城門の前に人が並んでいるのが見えた。

 ん?町子ちゃん達、というか家臣一同だな。

 あれ?みなさん何やってるの?


 「「「お帰りなさいませ、御領主様」」」


 うわ、なに?

 お出迎え?

 メイド喫茶か?


 「何なのみんな、勢揃いして」

 「何を言ってるんです。御領主様の初登城の日を祝わない家臣がいるでしょうか」

 「登城って言ったって、城まだ出来てないじゃん」

 「いや、もう出来たようなもんですよ」

 「約束します。来年の今ごろには、この街は一万を超える人々が住んでいるでしょう」

 「へぇ…」

 「凄いんですよ入居希望者が多くて」


 そう、この城下町では一般向けにも住宅を貸し与えることにしたのだ。

 一年間家賃無料。

 あからさまな人口増加策であるが、効果てきめんだったようだ。


 「このままだと居住区画をもっと拡げないとダメかも知れません」

 「えぇ〜!そんなに?」

 「おそらく、墨俣の城が影響してますね。あの城がかなり堅固な城になったおかげで、たとえ戦になってもここまでは来ないだろう、という思惑が生まれますから」


 小一郎君も、冷静な顔をして言っているが、何となく顔がニマニマしているので、ちょっと嬉しいんだろうな。


 「そうかぁ。まあ、いずれにしても、みなさんのおかげです。ありがとうございます」

 「と、とんでもない!!全て大谷様のお考えの賜物。我々にこのようなご普請、思いも付きませぬ」


 又右衛門は相変わらず堅苦しいなあ。

 コイツの思想がまた中道だからかなぁ、今後思想教育が必要だな。フフフ。


 「あと、スッゴイお知らせがあるんですよ」

 「え?なにか良いことがあった?」


 ズイと錦之輔が前に出てきた。

 そう言えば錦之輔に金山の探索をさせていたのだが、まさか見つかったのか?


 「温泉が見つかりました」

 「おおっ!それは凄い!」


 金山では無かったが、それでも大発見である。

 湯治場が有ると無いじゃ、怪我人の回復具合とかに大きな差が出るし、観光名所にもなるので、これまた人口増加に繋がるのだ。


 「領地のはずれで、ちょっと危険な場所ですが、砦などを建設して守を固めれば、安定的に利用できると思います」

 「そりゃどの辺だ?」

 「おや、小六さん心当たりでも?」

 「ええ、川並衆の面々なら知ってる物かも知れん」

 「木曽川に下流にある祖父江という村の外れです」

 「やっぱりそうか」

 「何か問題でも?」

 「あそこは毎年氾濫するところで、水が引けば元に戻るんじゃが、いつ水が出るか分からない温泉に、ビクつきながら浸かるわけにいかんじゃろ。だから知っていても誰も使ったことは無いんじゃ」

 「なるほど、先に護岸工事ね」


 何度も言っているが、木曽三川と呼ばれるこの川の流域は、毎年洪水などが起きて、その度に川の流れが変わるほどの暴れ川である。

 歴史上では、本格的な治水工事が始まったのは、江戸時代に入ってからだったと記憶している。

 なので、ここで俺がそれをやってしまって大丈夫だろうか、と言うのはある。

 治水工事というのは広域を支配し、長期に渡る安定した政権が無ければなかなか出来ない。

 さらに、部分的にやってもあまり意味が無いと言うのもある。

 また、戦争中であれば、後の秀吉の高松城の水攻めのように、逆に攻略に使われる恐れもある。

 それを差し引いても、武田信玄の例を見るまでも無く、治水工事の重要性は誰もが知るところである。

 問題は、とにかく法外な金と時間と労力が必要だということだ。

 温泉は是非とも欲しいところだが、この領地で今後数年以内にそんな大工事に取りかかれるとは思えない。

 自分が家老になる方が速いかもな。

 

 「それは、いずれやります。今は城下町の整備に集中しましょう」


 節さんをみなさんに紹介して、その日は新居で宴会となった。

 吉乃さんのことはまだみんなに話していないが、とりあえず希望が見えたことでずいぶん気が楽になった。

 そのせいか、またしても飲み過ぎてしまった。

 いや、今回は一升でとどめましたよ。

 大人ですから。


 次の朝、再び三人で小折城に向け、出かけて行く。

 俺以外の二人は具合が悪そうである。


 「なんだ、だらしないなぁ皆さん」

 「もう…ホントにあんたとは二度と飲まん!…うっぷ」

 「私も、やっぱり酒断ちします…」

 「小六さ〜ん、前にもそんなこと言って、結局昨日も節さんと飲み比べとかしてたじゃない」

 「いえ、今度こそ本気です」

 「そんな死にそうな顔で、医者のあなたが吉乃さんの前に出ないでくださいね」

 「は、はい…」


 そう言いながらも、馬に揺られてさらに気持ち悪くなったらしく、道中で何度も休憩しなくてはならなくなった。

 おかげで小折城に着くのが、夕方近くになってしまった。

 幸いにして吉乃さんの方は、回復傾向に向かいつつあったので、ひとまず安心である。

 逆に節さんの体調不良を心配してくれるほどで、気の持ちようというのは大きい物だなと実感させられた。

 そこで、節さんの体調不良の理由をちょっと面白おかしく話して上げると、吉乃さんはお腹を抱えて笑い始めたのだ。

 これには側にいた世話係のお婆さんも驚いたらしく、涙を流して感謝してくれた。

 節さんは苦笑いをしつつも、喜んでくれて何よりだったようだ。

 吉乃さんの様子を聞いた生駒家長は、我々に非常に感謝していると言ってくれたが、まだ治ったわけでは無いので安心するのは早いと、釘を刺しておいた。

 その日は生駒家長の屋敷に泊まり、きちんと客としての扱いを初めて受けた。

 それまでは、あくまでお忍びでと言う話だったので、大っぴらに出来なかったのだ。

 だが、回復の目処が立ったので生駒家としても、正式な扱いに切り替えたのだ。


 翌朝、生駒家長も交え、吉乃さんに今後の治療方針を説明する。

 現在の投薬に加え、食事をもう少し多く摂るということと、何より前向きな気持ちで、もう一人ぐらい子供を産んでやるぐらいの気持ちで行きましょう、と元気づけて5日後にまた見に来る約束をし、我々は領地に戻った。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

ちょっと横道に逸れすぎたので、徐々に美濃攻略に戻していきます。

ひきつづきよろしくお願いします。

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